エピローグ8 二人のピロートーク
残ったのはすべての始まりとなった、いつもの二人だ。
「さて、今回は“Sランク”か。調整、ご苦労だったな」
「注文が細かすぎるのよ。神様も楽じゃないわ」
「城造りは大の得意でな。図面を引くくらいお手のものよ」
「んで、図面引くだけ引いて、人足や左官、大工を私一人に押し付けるし」
「そこは“神様ぱわ~”で頑張ってくれ。ワシが考え、おぬしが作る。見事なコンビではないか」
「楽に言ってくれるわね。まあ、内容の出来はハイレベルだから、文句は言えないけどね」
仕上げていていつも思うのだが、ヒーサの作品は本当に“面白い”のだ。
凶悪な罠やイベントもふんだんに用意されているのだが、同時に笑いを取りに来る場面も多々ある。
緩急をつけ、“楽しませる”事に余念がないと言えよう。
だからこそ、リピーターが多いのだ。
もう一度やろう、という気を起こさせる。
「まあ、次に挑戦した時は別のギミックに差し変わっていて、前の知識が役立たない場面が多いけどね」
「そうだぞ。絶えず進化、変化を求めるのが私のやり方だ。成長を怠れば衰退に転じるのは自明の理。神と言えども例外ではない」
「はいはい、身に染みておりますよ」
テアが松永久秀と出会って学んだ事、その最たるものは学び続ける姿勢と、諦めの悪さである。
常に学び、応用する事を忘れない。
僅かでも勝機があればそれに賭ける。
そのしぶとさこそ、目の前の相方の最大の武器だ。
「まあ、もう百回も世界をリセットして作り変えてきたし、段々と慣れてきたわよ」
「なれば結構。んで、いつになったら私はお前の寝所に呼ばれるのだろうか?」
「百年先にも有り得ない話だから」
「やれやれ。女神を口説き落とすのも、容易ではないな。まあ、それはそれで目標があって良い事ではあるがな」
「ほんと前向きね~」
「前を向かねば、前に進めぬからな。何より、前に立っている女神を眺めるには、前を向くより他にないからな」
当たり前のことを当たり前に話す。ただそれだけなのに、ヒーサにとっては楽しかった。
戦国乱世では味わえなかった気安さと娯楽、それがここにはある。
その点では、女神に拾ってもらったのは幸運と言えた。
もちろん、この状況を作り出すのに苦労はしたが、それも許容範囲の内だ。
苦労したからこそ、享楽もまた一入なのだ。
「さて、こちらも準備をするかな。出でよ、わが体よ」
ヒーサの目の前にモクモクと煙が巻き起こると、そこから老人の体が現れた。
戦国日本にいた頃の姿であり、本来の松永久秀でもある。
「では、若者の体は分身体として、本体の方はこっちでっと」
老人の体に乗り移り、ちゃんと体が動くかどうかの“動作確認”を行った。
状態は極めて良好。すでに百回も繰り返してきたが、日々のチェックは欠かす事はない。
最高の状態で戦場に臨むのは当然と言えた。
そして、若者の体の方はと言うと、老人に向かって頭を下げって来た。
「“大魔王”松永久秀様、此度もよろしくお願いします」
「うむ。よろしくたのむぞ、ヒーサ」
自分で自分に挨拶するのは何とも不思議な気分であったが、ヒサコ相手に散々やった一人芝居かと思えば、それほど違和感を感じなかった。
目の前の若者は人が良いだけの優柔不断な王様であり、側仕えの老人こそ諸悪の根源にしてすべての黒幕。
そういう設定にしているので、こういう芝居をせねばならなかった。
「自分より有能な奴を演じるのはボロが出るが、無能を演じるのもそれはそれで一苦労だな」
「隠しボス隠匿のためでしょ。頑張りなさいよ。自分で設定したんだから」
テアニンのつっこみに、まさにその通りだと松永久秀は笑った。
上位存在にも言ったように、規定を作る側がそれを破るのは、秩序の崩壊を意味する。
上が順法精神を蔑ろにして、下々が付いてくるわけがないんのだ。
今や松永久秀は“世界”と呼ばれる巨大な城の主である。
国盗りの規模も大きくなったものだとにやけつつ、皆が飛び込んでいった穴の前に立った。
「女神よ、感謝しているぞ」
「何よ、改まって今更」
「命とは吹けば飛ぶようなもの。人が生きている限り、死は常に隣り合わせ。昨日笑顔で顔を合わせていた者が、今日には骸として転がっている。その言う自分も、明日にはそうなっているかもしれん。そういう世界で生きてきた」
「あなたの言葉を借りるなら、戦国ゆえ仕方なし、じゃないの?」
「ククク……、まさにな。だからこそ、今を精一杯に生き、“楽”という一点で天下を制したいものだ」
「数奇者として?」
「然り。笑って暮らせる世を作る。少なくとも、自分の手の届く範囲くらいは、な」
かつての事を思えば、今は実に平和だ。
ぬるま湯と言っても障りない生活であり、同時に適度に刺激も入れられる、実に理想的な生活と言える。
戦国乱世の先は見る事が叶わなかったが、それでも今を満足している。
楽しいと感じれる感性を残していた事を、今ほど感謝していることは無かった。
数多の屍山血河を見て、自らも炎で焼き、行きついた果てがここだ。
鼻持ちならない神とやらを、引っかけて遊べるなど、これ以上に無い遊戯だ。
すべては偶然から始まった。
女神の気紛れで拾われ、そして、今に至る。
やり甲斐のある素晴らしい仕事を得る事が出来たのも、目の前の女神の導きあっての話だ。
神とは英雄を導く。まさにそれだなと、ついつい感じ入る松永久秀であった。
「さて、では行こうか、女神よ。また楽しく轡を並べてな」
「はいはい、分かってますよっと」
「さてさて、次はどんな奴が顔を出すか、今から楽しみではある。まあ、どんな相手であろうとも、我が点前にて、“おもてなし”をするだけであるがな」
「随分物騒なもてなしだけどね」
「なぁ~、所詮英雄などと言うものは、自己顕示欲、自己陶酔の塊みたいなものよ。壁があればそれを乗り越え、時に破壊して前に進み、自分に酔う。そういう生き物であり、端から見れば度し難いからこそ、魅力を感じる」
「あなたもそうなの?」
「さてな。今のワシは“壁役”なのでな。その英雄とやらに嫌がらせをするのがお仕事よ」
「なら、壁として、破壊されないようにね」
「死のうは一定。はてさて、誰の言葉であったかな」
久秀はその言葉を誰が言ったのかを覚えている。
自分が一番嫌っている相手であり、同時に最も魅力的に感じる者の言葉だ。
世界は狭すぎるゆえに、互いの野心がぶつかり合い、そして、自分が破れた。
だが、それとてもはやどうでもいい事であった。
なぜなら、“今”が楽しいからだ。
「愛は渇く。ゆえに九十九」
「満たされることなき一を求めて、ね」
「あ、女神を我が物すれば、案外満たされるかも」
「ウダウダ言ってないで、さっさと行けぇ!」
女神の蹴りが久秀の尻に炸裂し、なぜか笑いながら穴に落ちていった。
同時に分身体も穴へと飛び込んでいった。
「……おっと、忘れものよ~!」
女神が被り、神力が溜まった鍋を穴に放り投げた。
『不捨礼子』はベストクリアを目指す際のキーアイテムであり、これがなくてはフラグが立たないようになっていた。
ちゃんと久秀の手元に届いたのを確認すると、女神は穴を閉じ、世界を起動させた。
そして、百一回目となる演劇が始まる。
今回はどんな奴がやって来て、どんな舞台となるかは役者次第だ。
「さて、茶でも飲みながら、見学させてもらいましょうかね。えっと、茶菓子は何にしようかな~♪」
女神もまた、久秀との関係を楽しんでいた。
いつか欠けたる一が満たされる事を、女神として導いてやれると考えながら。
今日は少し濃いめの熱い茶を喉に通す。
~ エピローグ9に続く ~
気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。
感想等も大歓迎でございます。
ヾ(*´∀`*)ノ




