エピローグ6 天上の大茶会
そこは実にのどかな草原であった。
一面が緑の絨毯が敷き詰められ、時折通り過ぎるそよ風が草と戯れている。
どこからともなく小鳥のさえずりも聞こえてきていて、天より降り注ぐ陽光が心地よかった。
そんな一角に、深紅の絨毯が敷かれ、幾人かがその上に座していた。
その内の一人が茶碗に湯を注ぎ、薄茶を仕上げている最中であった。
金髪碧眼の偉丈夫にして、どこか涼し気なる佇まいの青年だ。
「うむ。良い出来だ。では、一番手柄の“ヒサコ”から飲むがいい」
「お兄様、ありがとうございます。相変わらず見事なる御点前にて」
そう言って、黒髪の美女が差し出された茶を飲み、その“うまさ”を存分に味わった。
「いや~、今回はヒサコに美味しいところ持ってかれたな~。もう少し早めに仕掛けておくべきだったよ」
銀髪の少女が残念そうに言いつつも、ヒサコから回されてきた茶碗を受け取り、茶を飲んだ。
「そうね。今回はアスプリクも頑張ったけど、詰めがまだまだ甘いわよ。攻めるときにはとことん攻めないとね~」
「む~。見てろよ、ヒサコ。次は僕が一番手柄を上げるからね!」
「そりゃこっちの台詞だわ」
アスプリクが回した茶碗を今度は茶髪の女性が受け取り、これもまた茶を飲んだ。
「ティースお姉様の場合は突っ込み過ぎなのですよ。頭の中の辞書に“自重”の文言を差し入れておくことを提案いたしますわ」
「うっさいわよ、ヒサコ。あんたの場合は黒犬の分まで手柄に加えられるんですから、それを差し引きなさいよ!」
「では、お姉様も優秀な従者を手放してくださいませ」
「あぁん!?」
バチバチと火花を散らす二人であるが、これもまた毎度の光景であるため、むしろ笑いを誘った。
「二人ともそのくらいにしておけ。張り合うのは結構な事だが、足を引っ張るのはやめてくれよ」
亭主のヒーサは妹と伴侶を宥めた。
納得していない二人ではあるが、茶席でこれ以上の騒ぎは相応しくないので矛を引っ込めた。
今、主だった顔触れを揃えて茶会を開いている真っ最中であった。
亭主はヒーサであるが、客として招かれているのは魔王との死闘を潜り抜けた猛者揃いであった。
ヒサコ、アスプリク、ティースが主客であるが、他にも幾人かいる。
アスティコス、ルル、ライタン、マーク、そして、“ナル”。
誰も彼も、魔王との戦いで手柄を上げた者達ばかりだ。
「今回で丁度、百回になったわけだが、感想はあるかな」
「うわ。もうそんなになるのですか。ある意味で大盛況ですね」
ルルは“死しては復活する百回の激戦”に思いをはせるという有り得ない状態に驚きつつも、なんやかんやで楽しく過ごせて、こうして茶会まで開かれるのはいいかなと感じていた。
「まあ、私は温泉に浸かって、たまにやって来る獲物を刈り取る程度ですが、楽しんでおりますよ」
ライタンはのほほんと答え、この顔触れの中では一番の怠け者と化していた。
“生前”の激務を思えば、それくらいいいかと放置していたが、よもやここまで手を抜かれるとは思っておらず、ヒーサを苦笑いさせていた。
そう、ここは神々の遊戯盤『カメリア』ではなく、天上の世界である。
今やここの顔触れは天上の世界の住人であり、同時に遊戯世界『カメリア』の従業員でもあるのだ。
「まさか世界そのものを娯楽施設に作り変え、神々相手に商売を始めるなんてね」
アスティコスの漏らした感想こそ、今のこの顔触れの現状を表していた。
松永久秀は上位存在と交渉し、『カメリア』に大改造を施したのだ。
試験場、訓練場としての建前を残しつつ、神と英雄の組み合わせを招き入れては、ここの面々が“おもてなし”を行うというわけだ。
文字通りの熱烈歓迎であり、その熱量にやられ、消し炭になる者が続出していた。
それが逆に評判を呼び、すでにこの“興行”は百回を数えるまでになり、予約がずっと先まで埋まっている状態であった。
松永久秀の手掛けた世界は俊逸で、特に難易度調整には定評があった。
ランクも最上位の“S”から、割と優しい“C”まで取り揃えているのだが、クリアを果たした組み合わせはまだ三組しかいない。
それでいて負けた側も「あと一手か二手、猶予があれば勝てた」くらいの場面まで行ける事が多く、次こそいけると思わせることに成功していた。
ガチ戦闘三割、頭脳戦七割くらいの調整で、上位存在からは「見習い連中の頭を鍛えるのには丁度いいかもしれん」と、こちらからも上々の評価を得ていた。
設定の改変はなされており、大まかなストーリーは以下のようになっていた。
***
カンバー王国は“国王”ヒーサによって治められている平和な国である。
国王は“誠実で人が良いだけだけ”の凡人であり、国政は武断傾向の強い王妃ティースと、頭脳派の王妹ヒサコによって切り盛りされていた。
しかし、ティースとヒサコはこれ以上に無いくらいに仲が悪く、ヒーサはその板挟みに合う日々を送り、国民からも笑いの種にされるほどであった。
そんな中、王宮詰めの枢機卿アスプリクから報告がなされる。
曰く「魔王復活の兆しあり。隣のジルゴ帝国にも不穏な動きがある。注意されたし」と。
かくして平和な王国に危機が迫り、人々は英雄の登場を待ち望む。
***
そこに神により導かれた英雄が降臨し、人々を救っていくというのがだいたいの骨子だ。
そして、そのストーリーに添って、それぞれが配置に着いている。
ヒーサは“人が良いだけの無能”な王様として、玉座に腰かけている。
その脇には王妃ティースと、王妹ヒサコが侍っており、ことある毎に喧嘩していた。
ティースの脇には従者としてナルとマークが控えており、ヒサコの側にはルルが近侍としていた。
アスプリクは王宮詰めの枢機卿として王宮に出仕し、その側仕えにはアスティコスがいた。
ライタンは我関せずを貫いているのか、ケイカ村の現地司祭を務めていた。
これが現在組まれている“設定”である。
なお、法王ヨハネスがこの顔触れから外されているのは、「〈蘇生〉が反則過ぎた。これがあると難易度が調整しずらい」ということで、NPCとして普通に法王をやってもらう事にしていた。
もちろん、イベント進行上のキーキャラの一人にはしてあるので、出番は用意されている。
それぞれの役目は色々とあるが、二つの点は共通していた。
一つは、『進行中は天上世界の記憶が消されている』ということである。
これがあるとないとでは、動きに大きな差が出てしまうので、『カメリア』に滞在中はここでの記憶はなしにしていた。
唯一の例外は“松永久秀”である。
ヒーサは松永久秀が〈投影〉を用いて作り出した分身体という扱いになっており、松永久秀の本体は国王に侍っている“じいや”がそれであり、諸悪の根源、全ての黒幕扱いとしていた。
やって来た英雄達が話を進めていくと、イベントの進行ルートや進捗率によってフラグが立って行き、最終的にはヒサコ、ティース、アスプリクのいずれかが魔王として覚醒し、最終戦が行われ、それに勝つとクリアと言う事になっている。
ただし、それは“ノーマルクリア”でのルートだ。
“ベストクリア”は全ての黒幕である松永久秀を倒す事なのだが、そこまでの到達ルートは複雑怪奇であり、フラグを建てるのが容易ではない。
しかも、立てるフラグが不十分な状態で“じいや”を攻撃すると、三名の魔王候補が一斉に覚醒し、絶望的な最終戦が始まるという仕様になっていた。
「どこまでもいやらしい調整ですね。おまけに三陣営に競わせるように仕向けていますし」
復活したナルもまた、変わらぬ直言をぶつけてきた。
この“興行”の件を話した際、各人より要望が出ていた。
それを踏まえて世界観や設定を弄った久秀であったが、特にティースが求めたのは、ナルの復活であった。
それは即座に実行に移され、以前と変わらぬ姿と性格のまま、ティースに侍っていた。
戦闘力としては“上様”をインストールしているティースに劣るが、頭脳戦においては久秀、ヒサコに次ぐ三番手と呼び声高く、ティースの知恵袋として活躍していた。
なお、猪突する主人の宥め役として、義弟のマークと一緒に毎回苦労しているのももはや様式美と化していた。
一方のルルは、兄アルベールの復活を望まなかった。望むのならばいつでも復活させるぞと、久秀から言われていたにも関わらずだ。
「兄は戦って、戦い抜いて、満足の内に亡くなりました。それをあの世から呼び戻すのは、その気持ちを踏みにじる行為です」
それがルルの決意であり、ヒサコの側近に収まる事を容認した。
そのヒサコはと言うと、黒犬と合体したままの状態であり、魔王の力を使わずに戦うんであれば、ぶっちぎりの強さを誇っていた。
ただでさえ強力な黒犬に、ヒサコの頭脳と変身能力が備わったようなものである。
模擬戦をやらせてみると、ティース相手には勝率九割、アスプリク相手であっても勝率八割という、圧倒的な成績を残していた。
そのため、ヒサコが全力を出せるのは満月の夜だけ、という設定が盛り込まれたほどだ。
それでも頭脳戦主体の『カメリア』における戦いであるので、ハンデがあっても戦績はアスプリクと並んでいる。
そのアスプリクはヒーサと一緒がいいとのことで、火の大神官から王宮詰めの枢機卿へと役柄を変えていた。
魔王の力は抜き取られ、イベントで覚醒しない限りは目覚める事もない。
なお、“身長を伸ばす薬や術式”の開発にのめり込んでおり、いまだにそれは完成の目途が立っていない。
アスティコスとしては、そろそろ諦めて欲しいと願うばかりであったが、絶対に諦めそうもない事も知っていた。
「アスティコスよ、お前、やられてばっかりだし、次に無様を晒したら伽を命じる事にするぞ」
「ふざけんじゃないわよ! 絶対嫌だから!」
「では、頑張って御首級を上げる事だな」
ヒーサは下品な笑いを浮かべ、アスティコスは怒ってそっぽを向いてしまった。
「む~。ヒーサ、叔母上を呼ぶくらいなら、僕を寝所に呼んでよ。僕は心の準備は万端なんだから」
「体の準備はできておらんようだが?」
「んんん!?」
実際、約束の“十センチ伸びたら”は、未だに達成されていない。
この点ではヒーサは一切の設定を弄っていないため、天上世界においては少しずつだが、身長は伸びていた。
だが、目標達成はまだまだ先である。
しかも、成長期はどこで終わるか分からないため、気が気でないアスプリクであった。
そんな不貞腐れる銀髪の少女を見て、また周囲から笑いが起こった。
ヒーサこと、松永久秀の求めた平和な時が、ようやくに訪れたと言える。
~ エピローグ7に続く ~
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