エピローグ5 帰って来た平蜘蛛
「平蜘蛛を返せ」
松永久秀の要求はただただこれのみであった。
『古天明平蜘蛛茶釜』
松永久秀が愛用していた茶道具・茶釜であり、かつての世界においては最後まで共にした。
城を包囲され、炎上する天守閣の上で、この茶釜に火薬を詰め、一緒に自爆したほどの仲だ。
だが、それも女神が不燃物の日にゴミ出しするという、弁明不能な愚行によって離れ離れになったのだ。
例え、神への願いが一つ通るとしても、他に頼み込む事案などない。そう言いたげなほどの真っ直ぐな“愛”であった。
「久秀、あんた、本当にそんなんでいいの!? 多分、結構な要求出しても、通るわよ、今なら!」
「ならば、“当初”の要求通り、ワシの情婦になれ。たっぷり可愛がってやろうではないか。それこそ“一生”をかけてな」
「ひぃ!」
神が人間の情婦になるなど、当然ながら願い下げであった。
しかも“一生かけて”ときた。
神の寿命は実質永遠であり、それこそ悠久の時の先までこのろくでなしと一緒にいるなど、勘弁してほしいというのが本音であった。
「そっちがよければ、許可するぞ」
「上位存在様!?」
「天上の甘露を味わってみるのも一興だろうて」
「いやいやいや! そもそも今回の一件は上位存在様のメンテ不足と、その後の対応のマズさが原因であってですね」
「では、尻拭いは任せた。英雄殿を歓待してやれ」
まさかの上司からの一言に、テアニンは美女がしてはならない顔で露骨に嫌がる態度を見せた。
職権乱用、横暴にも程があった。
「そもそも、お前の軽はずみが原因であるからな。規定違反じゃぞ、英雄の持ち物の扱いについては」
「ほう、そんな規定があったのか」
早速、久秀が食い付いた。
規定違反は相手の非を鳴らす材料であるため、知っておいて損はないのだ。
「基本的に、神がこの『時空の狭間』に英雄となるべき者の魂を召喚するのだが、その際は過去世の垢落としと言うか、ほぼマッパでやって来るのだ。しかし、相当な思い入れのある物品が英雄の魂と結合し、稀に一緒にやって来る場合もある。それこそ、その英雄の代名詞的な武器なんかがそうだ」
「なるほど。カシンが召喚した上様が『鬼丸国綱』を所持していたのは、そこらの事情と言うわけか」
「うむ。しかし、お前の場合は武器にならない“茶釜”であるからな。テアニンも不要と判断したのだろうが、持ち主に一言確認してからにするべきであったな」
そして、久秀と上位存在の視線がテアニンに突き刺さり、何度も何度も頭を下げた。
いくらなんでも思い入れのある品を、なんの一言もなしに捨て去るのは常識がなさ過ぎた。
この点に関して言えば、弁明の余地はなかった。
「まあ、だからこそ、代わりの鍋の持ち込みには目を瞑ってやったのだが、それがああなるとはな」
「なるほど。『不捨礼子』の件は、そちらにとっても想定外じゃったというわけか」
「バグがバグを呼び、イレギュラーな存在を増やす結果になるとはな。そういう意味においてはいいデータ取りができたと言えば聞こえはいいが……」
「巻き込まれる現場には、たまったものではないのう」
だが、あのイレギュラーな鍋の勝利への貢献度は計り知れない。あれがなければ、間違いなく途中で頓挫していた場面がいくつもあるのだ。
そういう意味では、平蜘蛛にはない、別の愛着がわいてくると言うものであった。
浮気ではない。どちらも“愛でる”のが、松永久秀と言う男である。
「では、平蜘蛛を呼び出すとするか。時の流れに揺蕩う歪の穴よ、我が意に応えよ」
上位存在が軽く手を振ると、目の前の空間に線が入ったかと思うと、クパァと穴が開いた。
そして、そこに無造作に手を突っ込み。モゾモゾまさぐってから引っこ抜いた。
その手には、見覚えのある茶釜が掴まれていた。
「ほれ、約束の茶釜だ」
上位存在は久秀に茶釜を渡した。
そして、手にすると同時に、久秀は角度を次々と変えては受け取った平蜘蛛を舐めるように見回した。
「この感触、肌触り、手に馴染む。それに細かな瑕の位置も、完全な一致であるな。なにより、茶釜より発する気配が違う」
「茶釜の気配……?」
この数奇者には何が見えているのだろうか、と真面目に考えるテアニンであった。
つくづく変態だなと妙な点で納得してしまった。
そして、納得したのか、久秀は茶釜をギュッと抱き締めた。
まるで愛しい恋人とようやく再会できたかのごとく。
「さすがに、ここで偽物を出すような真似はせんか」
「当たり前だ。そんなアホみたいなことはせん。どこかの誰かのように、いきなりゴミ出しとかな」
「まったくだ。物の価値が分からんバカが、よもや神を名乗るとは思えんがな」
「うむ! その通りだ! そんなバカは神の風上にも置けん!」
「神だけに!」
いちいち二人の吐き出される言葉がテアニンに突き刺さり、居心地の悪さから汗がダラダラ出る始末だ。
絶対こいつら楽しんでいるだろうと思ってはいるが、非は自分にあるため言い返す言葉もなかった。
「さて、これで、質問、要求は終わったな。残るは提案のみとなったが……。その提案とやらは当然、こちらにも利点はあるのだろうな?」
「無論。そうでなければ“呑ませる”ことはできんからな。互いに利があるからこそ、交渉というものが成立する。一方的な押し付けでは、恫喝にしかならん。圧倒的な力の差があって初めて成立するが、力関係が崩れた際に“仕返し”が待っているから、あまり賢いやり方とは言えん。特に長く付き合う事を考えるのであればな」
「ほう。こちらと長く付き合うという事か」
「それで提案と言うのは……」
久秀は自分の考えている計画を披露した。
それは上位存在が腹を抱えて大笑いするようなものであり、同時にテアニンを絶望の淵に追い落とすに十分すぎる内容であった。
当然、テアニンはありとあらゆる理由を持ち出して、それに対して反対の意を示した。
だが、目の前の二人には通用しなかった。
「平蜘蛛が戻ってきたとはいえ、お前自身からの“誠意のこもった詫び”はまだであるからな。存分にその体で払ってもらうぞ」
「許す。存分に使ってやってくれ。“多少”であるならば、手荒でも構わん」
「テアだけに」
「うむ。策士殿の眼鏡に適って良かったよ」
「女神だけに」
「わっはっは!」
かくして、女神の受難は“延長戦”へと突入していくのであった。
ろくでなし二人の高笑いは、それを暗示する陣太鼓のごとく響き渡った。
~ エピローグ6に続く ~
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