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エピローグ4  壊れた引鉄

「リリンを殺害したことにより、魔王の魂がヒサコに移り、ヒサコの特性である“虚像の実体化”によって魔王はそのまま存続し続けていた。少なくとも、私とヒサヒデの組の中では」


 随分と無茶苦茶なレアケースを引き当てたと、テアニンは頭を抱えた。

 思わぬ副作用で余計な苦労をする羽目になり、あの世界で何度も酷い目にあってきたのだ。

 その原因が相方のせいだと分かるだけに、なんとも言い表せない感情が沸き上がったきた。

 もどかしさ、とも言うべきものだ。

 久秀を責めたいが、責めるべき材料がない。

 何より、久秀には好きにしていいとフリーハンドを与えたのは自分自身でもあるからだ。


「で、リリンが魔王だと分かったのは凄いけど、どうやって見破ったのよ?」


 テアニンとしてはそこが引っかかる部分であった。

 何より、推論とは言え気付いていながら、自分には一言も話が来なかった点を不満に思い、それを視線に乗せて久秀に突き刺した。

 当然のごとく、軽く流されたが。


「状況証拠が二つあったからな。そこから推察した」


「二つもあったの!?」


「一つは、ワシがマイスとセインを毒殺した直後じゃ」


「え!? あの時!?」


 テアニンは当時の状況を思い浮かべた。

 ヒトヨタケとワインのコンボで二人を昏倒させ、さらに薬と偽ってヒトヨタケの毒性を増幅させる薬を飲ませた時だ。

 これであの二人は死に、父兄を失ったヒーサが家督を相続する流れとなったのだ。


「あの時な、リリンの体から凄まじい程の邪悪な気配が出ていたのだ。恐らくは、結婚するまでという時限付きの愛妾関係が解消されず、しばらく続くという邪な感情であったのだろうが、それが魔王の感情を刺激したのだろうな」


「うわ、マジか。騒動の方に気を取られてて、そっちには全然気づいていなかったわ」


「といっても、これは後からそうなのかと考えたようなものだ。その後の事象でリリンが魔王だったのではないかと疑い、その補完材料としてな」


「なるほど」


 以前の不可解な事象も、後々になってその理由を知る場面などいくらでもある。

 リリンの邪悪な気配も、後になってそうなのではという疑いを持った程度のもので、これで魔王と断じるのには弱すぎる。


「で、別件で思考を進めている際に閃いたのじゃ。リリンが魔王という可能性についてな。えっと、いつじゃったか~、あ、そうじゃ、あの時じゃ。ジェイクが毒殺されて、アスプリクと合流した時じゃ。あのとき、正規ルートについて話したじゃろ」


「あぁ~、そう言えばあの時、そんなこと話していたわね」


「で、その際の補足事項。もし正規ルートで進み、ヒーサが医者として方々を旅して回ったと仮定する。そこにリリンはいるのかどうか?」


「ヒーサに気がある上に、専属侍女だもんね。可能性は十分にある」


 テアニンも先輩メイドとして彼女と接しており、そのヒーサへの思い入れの強さを目の当たりにしてきたのだ。

 正規ルートだと、結婚してからも何かと理由を付けて側にいる可能性は高い。


「つまり、想い人ヒーサとティースとのラブラブぶりを、四六時中見せ付けられるということだ。嫉妬と言う名の最強の劇物が醸成される、最高の状態だとは思わんか? そして、平静を装いつつも精神がグラグラの状態で、例の『ケイカ村黒犬事件』が発生した場合、どうなると思う?」


「…………! まさか、リリンがティースへの嫌がらせのために、マークの素性を密告すると?」


「宗教改革前だから、術士の隠匿は重罪じゃ。カウラ伯爵家の三人組は危機的状況に陥り、それにこちらも巻き込まれる。軽はずみな行動が新婚夫婦の破綻を招き、リリンは大いに疎まれる事となる。そこに《六星派シクスス》からの勧誘でもあれば一発だろうな」


「そのまま魔王街道まっしぐらね」


 仮説の域を出ないが、十分に有り得る事であり、テアニンも冷や汗をかいた。

 そして、今の話はどうなのだと、上位存在の方に視線を向けた。


「おおよそ正解だ。まあ、旅にリリンが同行しないルートも用意していたがな。その場合はマークかアスプリクが覚醒するように、イベントを組んでおいた」


「それまた準備のよろしい事で。と言うか、魔王候補を複数用意して煙幕を張り、魔王探索の難易度を挙げるなんて、鬼畜の所業ですね」


「誉め言葉として受け取っておこう」


「ヒサコの覚醒が、無数の可能性の中から、一握りの一つまみであったのか分かると言うものです」


「あれは本当にイレギュラーであったからな。もう一度やれと言われても、誰も再現できんだろう。偶然に偶然が重なり、イベントのフラグをことごとくへし折り、バグを呼び寄せるほどに、な」


 上位存在は悪びれもせずに言い切り、テアニンもため息を吐き、気を落ち着かせた。


「それで筆頭候補リリンが潰れ、“ふらぐ”とやらがめちゃくちゃになったのを修正すべく、作り出したのが“カシン=コジ”と言うわけじゃな?」


「おお、そちらの方にも気が回るか」


「もし、カシンがいなかったと仮定した場合、“魔王との八百長”は余裕で達成できていたからな。教団改革とマークとアスプリクへの友好度管理、どちらも達成されていた。カシンの横槍がなければ、悠々自適に茶を飲んでいられたであろうに」


 久秀の記憶では、カシンはここぞという場面いつも現われ、面倒事の種を撒いていた。

 あれがなければどれほど楽だったろうか、考えただけでも苛立ちが込み上げてくると言うものだ。


「そのために生み出されたのが、カシンであるからな。お前がメチャクチャしたせいで、用意していたイベントのフラグが崩壊し、どこがどうなっているのか分からなくなっていた。だが、魔王さえ覚醒してしまえば強引に元の道筋に戻せると判断し、カシンを送り込んだ」


「結果、大失敗だったと」


「まあな。追加キャラを入れたはいいが、不具合が却って加速した。まずは情報収集をするように命じておいたのだが、そこで問題の“傷痕”に触れてしまった。前任者のデバッグがいい加減で、欠損した数字の羅列がカシンの中で蠢き、そして、暴走を始めた。魔王を復活させるという命令が書き換わり、世界を完全消滅させるとなった」


「迷惑この上ないな」


「文句なら、前任者に言ってくれ。ちゃんと掃除してから私に引き渡していれば、こんな事にはならなかったのだぞ」


 これには上位存在もご立腹のようで、憮然とした顔になっていた。

 もっとも、久秀に言わせれば、ちゃんと“動作確認”をしてから本番で使え、と考えたのだが、それは口を紡いでおくことにした。


「まあ、過ぎた事はいいでしょう。これからの事を考えねば」


「少し念入りにメンテナンスをせねばならんな。ただでさえ後が閊えて、訓練設備の拡充が急務であるというのに」 


「なるほど。疑似世界とは言え、完全崩壊してしまえば、神々全体のスケジュールが乱れる。そういう意味では、世界が神に一矢報いるとなるわけか」


「お前らの言うところの“世界の意思”はそんなところなのだろうがな。迷惑極まりない」


「それはそちらの都合。こちらの言い分もあるのですぞ~」


 世界がバグった理由、壊れた引鉄もすべて把握したが、それもこれも全て確認でしかない。

 非を認め、相手にそれを分からせたのであれば、交渉も次の段階へと進める。


「では、上位存在。質問はここまでにして、“要求”に移ろう」


「何を欲するのやら」


 上位存在としても、出される要求には応えるつもりであった。

 それこそ、望みさえすれば“神格”すら与えてもよいと考えた。

 だが、久秀の欲するものは、想像の斜め下を転がり落ちていった。


「平蜘蛛を返せ。ただただそれだけだ」



          ~ エピローグ5に続く ~

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