エピローグ3 バグの原因
「まあ、お前が極めて有能な策士であることは理解した。話は聞いてやろう」
上位存在がパチンと指を鳴らすと、そこにはテーブルが現れた。
横長のテーブルに純白のテーブルクロスがかけられ、異彩を凝らした椅子も三脚現れた。
「策士よ、椅子に腰掛けるが良い」
「ご用意のよろしいことで」
そう言って久秀が椅子に腰掛けると、なんとそのすぐ横の椅子に上位存在が座してきた。
「ん〜!? ちょっと上位存在様! こういう場合は、対面に座るものですよ!?」
テアニンは久秀がから見て、机を挟んだ反対側にある椅子を指さした。
状況的には、今、上位存在が座っている椅子こそ自分が座る場所でしょうと訴えた。
これに対して、上位存在どころか、久秀までニヤリと笑う始末だ。
「女神よ、何か問題か?」
「テアニン、この席ではお前は“添え物”だ。ほぼ外野と言ってもいい。行く末はおおよそ固まっていて、後はこやつとの交渉次第。そこに座って眺めておれ」
「えぇ……」
まさかののけ者である。
「あ、一応先んじて言っておくと、お前、合格だからな。近くちゃんとした辞令が下りるから、肩書から“見習い”の文言を消しておいても良いぞ」
「そういう重要な事を、サラッと言わないでください!」
試験に合格したのは嬉しいが、どうにも釈然としないテアニンであった。
女神として英雄を召喚し、異世界でこれを導いた。
だが、実際のところは導いたではなく、振り回された、と表現したほうが適当であった。
(なんかな〜。こんな大雑把でいいの!?)
おまけに、最後の交渉の席でも“見学席”へと追いやられた。
久秀の交渉力には信頼をおいているが、釈然としないまま、テアニンは対面の椅子に腰掛けた。
「まあ、ざっくばらんに行こうか」
上位存在が再びパチンと指を鳴らすと、酒瓶と杯が現れた。
宙に浮く酒瓶は、久秀の目の前に現れた杯に中身を注いだ。
澄んだ赤色の酒であり、ほのかに甘い香りが漂い始めた。
久秀が思わず、ほぅ、と感嘆の声を上げる程だ。
だが、久秀はそれを辞退し、杯を遠ざけた。
「私の酒が飲めんのか?」
「歓待痛み入るが、今のワシには天上の甘露は過ぎたるもの。地上の玉露ですら甘いのですからな。口に入れてしまえば、黄泉国より出られなくなった伊邪那美のごとく、地上に戻れなくなる」
「上手い事を抜かしおる。それでもなお、勧めても飲めぬのか?」
「うむ、飲まぬ」
神の盃をも拒絶する久秀に、上位存在は逆に興味が強くなっていった。
そんな神に対し、久秀はニヤリと笑った。
「何より、約を交わした証文が、酒の味や香りが染み付いては後で何かともめる元ですからな」
「ぐははは! それはいかんな! 確かに調印書から酒の香りが漂って来てはいかんな! よしよしならば止むなし。だが、後で付き合ってもらうぞ」
「それに尽きましては確約いたしましょう」
やたらとグイグイ迫って来る上位存在に、久秀は少しばかり引いていた。
第一印象とあまりに差異があり過ぎた。
(これはあれか~。基本的には尊大じゃが、砕けた関係になると距離をとことん縮めてくる種類の奴か。与し易いと言えば与し易いが、後でしこたま飲まされそうじゃな)
そう考えると少々億劫ではあるが、これからの交渉についての事を考えると、大事の前の小事に過ぎない。
むしろ、そういう対象と判断してくれた点だけでも、よしとせねばと気持ちを切り替えた。
「で、早速なのじゃが、こちらとしては質問、要求、提案がある」
「クハハ! ヒサコとか言う魔王に言った台詞まんまではないか! よいよい、聞こう。では、順番通り、質問からな」
本当に砕けた関係でいくのか、やたらとノリが軽い神となりつつある上位存在であった。
暑苦しいと思いつつも、これは色んな意味での誘いかと警戒しつつ、話を続けた。
「質問の内容は至極単純。『あの世界はなぜバグってしまったのか?』じゃな」
「まあ、当然の質問だな。しかし、そちらの態度を見るに、実はそれについてある程度考察が進んでいるのではないか?」
「慧眼、痛み入ります。ですが、こちらもあくまで証拠のない推論であり、神の口から直接回答を得たいのでございますよ」
「ふむふむ。では、その推論とやらを聞こう。答え合わせはその後だ」
なお、二人の対面に座っているテアニンは完全に置いてけぼりであった。
あの世界がバグっていたのは理解しているが、その原因が全然分からないのだ。
(いやまあ、カシンからの情報だと、例の『シガラ公爵毒殺事件』の際に、ヒーサがやらかしたって言ってたけど、あの事件の中で世界が狂うような話ってあったっけ?)
唯一思い当たるのは、“家督相続”に関する話だ。
そもそもの話として、ヒーサは公爵家の次男坊で、医者になるはずの人材であったのだ。
それが松永久秀という英雄の魂が転生したと同時に、別の人生が始まった。
本来あるべき医者ルートから外れ、父兄を殺して(殺させて)家督を強奪し、医者ではなく公爵になりおおせたのだ。
狂いがあるとすれば、その辺りかとテアニンは予想した。
だが、ヒーサの推論はそこではなかった。
「リリンをワシが、さらに言うと“ヒサコ”が殺害した事が“歪み”の原因じゃろう?」
「え!? リリンって、ヒーサの専属侍女だった……」
「おお、見事だ。それで正解だ」
「えええええええええええええ!?」
まさかの“正答”に、テアニンが椅子を吹っ飛ばすように立ち上がった。
「騒々しい女神じゃな。ちゃんと座ってろ」
「まったくだ。この程度で取り乱しているようでは、合格取り消しにしようかな」
二人揃ってテアに哀れみの視線を送り、女神は慌てて表情を取り繕いつつ、再び椅子に腰かけた。
「では、あの侍女を殺した事が、どう歪みに繋がったと考えている?」
「これも推論じゃが、あの娘が“魔王候補”じゃったのではないか? それもアスプリクやマークの方が予備で、リリンこそ本命の魔王候補である、と」
「そこまで思考を進めていたか! それも正解だ! 少ない情報で、よくぞそこまで考えが及んだものだ」
上位存在はヒーサの答えに満足してか、大いにはしゃぎながら拍手をした。
もちろん、テアニンはまたも蚊帳の外だ。
「ちょ、ちょっと! ヒサヒデ、なんであの子が魔王候補なのよ!?」
「なに、ちょっと考えれば分かる事だ。そもそも、医者になる事が正規のルートであるとすれば、家督簒奪自体が想定外の事態だということだ。あの世界は神々の遊戯盤。筋書きのない本物の世界と異なり、管理者側がある程度の台本が用意し、それに沿った行動をするようになっていたはず」
「まあ、家督簒奪をしていなければ、そのまま医者として旅に出ていた可能性があるって前にも言ってたしね」
「だからこそ、出会った先にいる連中の中に、魔王が潜んでいる可能性が高いのだ。今回用意された魔王は潜伏が得意なタイプの魔王であったようだしな」
「だから、アスプリクとマークが怪しいってなって、《魔王カウンター》で調べたものね。まあ、一番魔王っぽい奴が大ハズレ、と見せかけたシークレットレアだったというオチだけど」
「その原因となったのが、リリンの殺害。つまり、いの一番でワシは覚醒どころかまともな意識すらない状態の“魔王(Lv1)”の暗殺に成功してしまった、というわけだ」
「あ……!」
テアニンは思い当たる点がいくつかあり、すぐに久秀の仮説を頭の中で検証し始めた。
(もし仮にリリンが魔王だった場合、それがどう後に影響するのか? 考えるまでもなく、魔王が最初に倒されてしまって、その後がなくなる。試験終了、そうなってもおかしくない。でも、それじゃあ、あいつらが納得しないわよね)
テアニンの視線は、隅の方で控えている他の見習い神を見つめた。
リリンが殺害された時、あの世界ではまだほんの数日しか経っていなかった。
他の組も手にしたであろうスキルの“慣らし”をやっているはずの時期だ。
(それがいきなりゲームセットでは、評価の下しようがないわよね。そりゃこっちに嫌な顔の一つもするでしょうよ)
これで他の組がいなくなった理由も説明が付いた。
魔王が倒されたと判断されたため、他の三組は先に撤収してしまったというわけだ。
「それにしてもヒサヒデとやら、お前も酷い奴だな~。自分に思いを寄せて、健気に身も心も捧げてきた娘を、真っ先に殺してしまうとはな。普通、躊躇するぞ」
「邪魔者は不要。まして“下心”を抱いて近付いてきたのだからな。抱き枕以上の価値はない。なれば、口封じをしておくのは当然ではありませんかな?」
「良心が咎めなければな」
「そんなものはとうの昔に釜茹でにして、どこかに消え失せました」
シレッと言ってのける久秀に、上位存在はニヤリと笑った。
どこまでも冷徹で、“茶”へのこだわり以外に隙を感じさせない。
少なくとも、今まで観察してきて、実際に口を交わし、間違いなしと確信した。
「でだ、テアニンよ、その件でお前には『それはダメ。気を付けろよ』と注意を促したのだが、どうやら間違った解釈をしたようだな」
「……あ! ヒーサとリリンが関係を持った前後の頭痛! あれがそうだったんですか!?」
「直接言葉をかけると、リリンが魔王候補だとバレてしまうから、それとなく察するように注意信号を送ったのだが、ダメだったな」
「分かりづらい……。いや、まあ、魔王候補のネタバレになりかねないから、分かりづらく連絡するのは当然か」
あの頭痛にはそういう含意があったのかと、今更ながらに知らされて唖然とした。
もう少し注意深く思考していれば、色々と違った展開もあったのだなと唸った。
「でも、それだとおかしいわ。魔王が倒されたのなら、私とヒサヒデも撤収するはず。でも、世界は続き、魔王討伐は続行された」
「そう、それだ。それが今回起こった史上初の事案だ。以前にもな、魔王がちゃんと覚醒する前に、あてずっぽうで殺した現地民の中に、魔王がいたという事例はあった。今回もそれかと思ったら、スキル〈性転換〉が思わぬ作用を生み出した」
「あのスキルが!?」
男と女が入れ替わる、そういうスキルだ。
久秀もこれの着目し、男女の自分を使い分け、偽装工作に利用しようと考えたのだ。
実際、ヒーサとヒサコの入れ替わり作戦は功を奏し、数々の悪事をすり抜けて、美味しいところだけをいただいた事など、指で数える事が出来ないほどにやって来た。
「まあ、言ってしまえば“ヒサコ”と言う存在は虚像だ。何ら実体を伴うものではない。言うなれば、“存在はしているが、生きているわけではない”という状態だ。存在自体は認識されている。無論、スキルを活用した“誤認”ではあるがな」
「確かに……。第三者の視点では、ヒサコと言う“悪役令嬢”は確かに存在しています。裏の事情を知らない限りは、ヒサコの存在を疑う者はないでしょう」
散々、ヒーサ・ヒサコの間にいたテアニンである。
ヒサコなどいないと知りつつも、それをさも存在しているかのように自分も芝居を打っていた側だ。
いないけどいる事にされてきた存在。それがヒサコだ。
「そのヒサコが魔王(Lv1)を殺し、行き場を失った魔王の魂がヒサコに結合した。その結果、思わぬ副作用が生じた」
「副作用、ですか!?」
「魔王が倒された以上、その時点で試験終了となるはずだった。だが、そう認識できたのは他の三組だけで、お前の組はそう認識されず、試験続行と誤認してしまった」
「誤認!?」
「まあ、魔王もヒサコに結合した結果、ヒサコと同じ特性になったというわけだ。“存在はしているが、生きているわけではない”と言う具合にな。結果、魔王は消え去り、世界に平和が訪れた。他の三組はそう誤認したために撤収した。しかし、魔王はヒサコの特性を得て松永久秀の中に潜み、時が来るのをずっと待っていたのだ。身近にいた分、“魔王はまだいる”と認識したために撤収しなかったというわけだ」
上位存在の説明を聞き、ようやく理解したテアニンであったが、よもやたった一人の娘を安易に粛清した事が、世界規模での改変を余儀なくされるなどとんでもないレアケースを引き当てたなと狼狽した。
(やっぱ、こいつと組んだの間違いだったかな~!?)
確証を得られないでいた推論に、ようやく答えを得られて、久秀は満足そうに頷いていた。
テアニンにしてみれば、結局全部あんたのせいじゃんと思わずにはいられなかった。
~ エピローグ4に続く ~
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