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エピローグ2 規定違反

「さあ、答えろ、クソジジイ」


 久秀は怒りの感情をあらわにし、上位存在に詰め寄った。

 相手が神であろうが、久秀には関係ない。

 ただただ邪魔された事が気に食わないのだ。

 だが、気に食わないという点では、上位存在も同じであった。

 高が別個の世界に住まう一生命体が、神を糾弾しようなどおこがましいにも程があった。

 その不快感は圧となって空気を支配し、テアニンすら息苦しく感じていた。

 だが、久秀は表情一つ変えずに、上位存在を睨み続けていた。


「ますます気に入らんな。今すぐにでも」


「消すか? それは別に構わんが、拭えぬ汚点を残すことになるぞ。『いと尊き高次元におわす天上の神が、人間などという低次元の猿に言い負かされ、力任せに問答の場をひっくり返した』とな。ちなみに、ここにいる全員が証人となることも付け加えておこう」


 久秀の先手必勝とばかりに、挑発して捲くし立てた。

 相手の反論のできぬ状態に追い込み、口を封じる策だ。

 もちろん、実力行使されればそれまでなのだが、それはないとも見抜いていた。

 テアニンを始め、周囲に他の神(見習い)がいるのだ。

 先輩風を吹かし、上司としての体面を維持するために、威厳を崩せると思えなかった。

 実際、すぐにでも実力行使に移せるにも拘らず、躊躇いが生じているのをすぐに感じた。

 まずは第一関門突破、と久秀は心の中で舌を出した。


「まあ、世界に規定違反の干渉を行ったのは、“八百長”されると困るからであろう? 長々居座られると、後がつかえるから、とかな」


「半分正解、だな」


「ほう、半分か! では、残りの半分は、バグったからその後どうなるのか気になり、あえて放置したと言ったところか。後学のために」


「……見事、と言うべきかな。大した洞察力だ」


 上位存在は軽くため息を吐き、久秀の正しさを認めた。


「つまり上位存在様は、バグった原因究明のために、敢えて干渉ではなく観察に終始したと!?」


「そうだ。幸か不幸かは判断が分かれるだろうが、あの世界に“お前だけ”が取り残されたからな」


「マジですか」


 テアニンは事実を知って呆然となりつつも、上位存在の後ろに控えている三人の神(見習い)を見つめた。

 本来であれば、今回の試験では神と英雄の組み合わせは“四組”いるはずなのだ。

 ところが待てど暮らせど、別の三組からは連絡も接触もなく、様々な要素から推察して、自分達の組だけが何かしらの事情で取り残されたと判断した。

 結界、魔王に対して単独で当たるという、かなりな無茶振りを強いられる事となった。

 それが今、上司の口からはっきりと告げられたのである。

 これにはテアニンも怒りと呆れが同時に湧き上がり、いよいよ上位存在への不信感をあらわにした。


「どういう事ですか! 危うくこっちは世界の崩壊に巻き込まれて死にかけたんですよ! ヒサヒデの言う通り、納得の行く説明を願いますか!」


 テアニンも必死だ。

 神は本来、不老不死、不滅の存在ではあるが、さすがに世界の消滅などと言う膨大なエネルギーの暴走ともなると話が違ってくる。

 その渦中に取り残されていたとなると、お前は別に死んでもいいよと言われたに等しい。

 どう取り繕うとも、これは揺るがない。

 久秀に比べて気付くのが遅かったが、これは確かに激怒すべき案件であった。

 もっとも、この女神と英雄の組み合わせではあるが、片方は労災案件、もう片方は遊興の妨害と、怒っている根本原因が乖離しているが。


「まあ、はっきり言うとだ、お前の連れていた英雄が、あまりに想定外の事態を引き起こし、他の三組が帰還してしまったのだ。もちろん、本来であればお前らも撤収するはずであったのだが、どうやらバグが原因で通信が混線状態になり、上手く送受信されなかったようでな」


「はぁ!? それで現地に取り残されてしまったと!?」


「そうだ。それで今後のためにも、敢えて取り残された組による“単独続行”を提案してきて、それを受け入れた」


「ちょっとちょっとちょっと! なんて事をしてくれたのよ、あんたら!?」


 テアニンは後ろの三人に抗議の声を上げた。

 上位存在の判断も大概だが、その判断に方向性を与えたのが、同輩らによる余計な提案だと聞かされたからだ。

 怒って当然であった。


「つまり、今回のやらかし案件は、全面的に非はそちらにあると考えてもいいのだな?」


 久秀はここぞとばかりにズバッと切り出した。

 今までの会話で、そう判断するに足ると考えたためだ。

 実際、控えている三名はバツの悪そうに、明後日の方向に視線を飛ばしていた。

 唯一、上位存在だけが久秀と顔を合わせ、威圧とも値踏みとも取れる視線を送ってきた。


「そうなる、かな。いささか本来起こり得なかった不測の事態に浮足立ち、ハメを外し過ぎた点は認めよう。それを見事に乗り切った点もまた、評価に値する」


「なれば、結構! 十分に過ぎる!」


 そう言うなり、まるで憑物でも落ちたかのように、いつものニヤつく顔に戻る久秀であった。

 その豹変ぶりは、テアニンが驚くほどだ。


「あなた、まさか!?」


「前にも言ったはずじゃぞ、女神。切った張ったが武士の仕事ではあるが、ワシにとっては評定の場そこが主戦場であると。“三枚舌”こそ、ワシの最大の武器じゃ」


「じゃ、じゃあ、さっきまでの態度は!?」


「無論、“演技”じゃよ。この際、“演出”と評してもよいかのう」


「うわぁ」


 またしても騙された。最後の最後まで騙された。

 テアニンはしてやられたと舌打ちしたが、久秀はいつもの如く笑うだけであった。

 だが、今回ばかりは違った。

 何しろ、それにつられて上位存在までもが笑い出したからだ。


「なるほど、なるほど。操作性悪し。性格にも難あり。しかし、それを補って余りある知恵と行動力、そして、胆力を持ち合わせている。“Cランク”は不当な評価であったな」


「評価痛み入りますな。先頃の世界においても、無い知恵を必死に絞ったものじゃ~。“人の智”こそ、“神の業”や“魔王の術”に勝ると信じるがゆえに」


「神を前にしながら抜かしおるな! だが、まあ良い。その人智とやらに、今この時は敬するとしよう」


「望外の事に存じます」


 先程とは打って変わって、二人の態度が変わった。

 久秀とは思えぬほどに礼儀正しく、上位存在もやたらと上機嫌だ。

 完全に置いてきぼりになったテアニンは、二人の顔を交互に見やりながら困惑するばかりだ。


「え? ちょ、え?」


「何を呆けた顎をしておる。もう“事前交渉”は終わったぞ。ここから“本交渉”が始まる」


「へ? 何を言って」


「じゃ〜か〜ら〜! 先程の流れは、相手から言質を取るための演技! そして、非を認めさせた以上、これで十分だというわけじゃ!」


「うわぁ」


 神を相手にしながら、恫喝とハッタリで“ペテン”にかけたというわけだ。

 どこまで図太いんだと、テアニンとしては冷や汗ものであった。


「でも、“十分”だなんて、らしくないんじゃない? あなたなら、もっとグイグイ行きそうなのに」


「バカ。前に出る時と、後ろに下がる時、これは見極めが必要じゃ。あまりに抱え込みすぎて、欲望に押し潰されるのは三流のやり口。抱えきれずに前のめりに倒れて、手にした獲物をぶちまける。そうならぬよう一流に必要なのは、引き際、損切りじゃよ」


「ははあ」


「孫子曰く、『彼を知り、己を知れば、百戦危うからず』じゃ。自分がどこまで行ける力があるか、相手からどこまでなら譲歩を引き出せるか、これの見極めが肝要だ。そうでなければ交渉いくさには勝てんて」


「じゃ、じゃあさ、今回の“これ”は成功だったと!?」


「非を認めさせた以上、報酬の上乗せは確約されたようなもの。あとは相手を上機嫌にさせて、舞台を引っ掻き回さらないように留意すればよい」


 わざと相手にも聞こえるように述べたが、特段気にした様子を上位存在は見せなかった。

 余裕こそ貫禄を生むと、知っていればこその態度であった。

 軽い譲歩でこの場を鎮めれて、部下達へのメンツが保てるならばまあ良いか、というラインだ。

 久秀も、まあ、この辺りならば、と目星を付け、それが当てはまったというだけの話だ。


「女神よ、覚えておけ。欲深いからこそ、あまり前のめりに掴みに行って、却って損なう場面というものがある。自分の手の大きさを知り、幾らまでなら掴めるか、それの見極めが出来る者こそ、本当の意味での強欲! 掴みすぎて獲物を落とすなど、それは単なる間抜けであって強欲などではない」


 久秀は上機嫌に笑い、この笑い声はどこまでも突き抜けて行った。



         〜 エピローグ3に続く 〜

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