最終話 初宮詣! 闇の神の祝福あれ!
「まあ、なんとか形だけは整ったかな~」
瓦礫と化した神殿を前に、ささやか人数が顔を並べていた。
王族に対する儀式であるのに、頭数が少なすぎだろうと思うアスプリクではあるが、勝手に笑いが込み上げてきていた。
ようやく終わったという実感と、大仰な儀式よりも身近な連中だけの質素なものでもいいやと言う思いが混じり合い、自然と笑ってしまうからだ。
「まあ、崩れた神殿が立っているかのように想像しながらやればいいさ」
これがヒーサの言であり、皆もそれに従うこととした。
一国の王に関する儀式を執り行うには、かなり寂しく感じるのは止むを得なかった。
誰もいない神殿、魔王との死闘が終わった直後、人がいない理由はいくらでもあるのだ。
列席者はヒーサ、ティース、ヒサコ、テア、アスティコス、そして、主役のマチャシュだ。
マチャシュにとっては始めて神殿に参拝する“初宮詣”であり、神の恩寵を授かる大事な儀式であった。
儀式が始まろうという時にあっても、母親の腕の中で静かな寝息を立てていた。
一方、儀式を執り行う側には、ヨハネス、アスプリク、マーク、ライタン、ルルの五名が並んでいた。
「では、国王マチャシュ陛下の健やかなる未来と、王国並びに教団の復興を願い、神への祈りを捧げる」
法王ヨハネスの言葉を皮切りに、賛美歌のごとき祝詞が読み上げられた。
読んでいるのはアスプリクだ。
本来、この手の儀式はアスプリクにとって苦痛でしかなかった。
教団に属していた頃は、何度となくこの手の儀式や祝祭において、祝詞を読み上げたり、あるいは奉納の舞いを踊ったものだが、立ち位置的には完全に“見世物の珍獣”扱いであった。
王族にして半妖精、しかも白化個体ときた。
高貴なる血筋にして珍妙な容姿は人々に幻想的な雰囲気を植え付け、そういう場が設けられる度に満座を作り出してきた。
そんな雰囲気が嫌いなアスプリクは嫌々儀式を執り行ってきたのだが、今日だけは違う。
(多分、初めて真面目に儀式しているんだろうな~)
なにしろ、今日の主役はヒーサの息子マチャシュであり、その初宮詣だ。
生まれて初めてできた“オトモダチ”の息子の儀式となると、手を抜くわけにはいかなかった。
しかも、鬱陶しい余計な観衆もいない。
ただただ目の前の赤ん坊に祝福を与えるだけでいいのだ。
気が楽だし、ヒーサの依頼とあってはなおの事、大真面目であった。
(しっかしまあ、魔王になってから真面目に儀式をすることになるなんてね~)
今、アスプリクの中には魔王の因子が根付いているが、それが暴走する気配は一切ない。
万が一に暴走しても、ヒーサがこれをどうにかすると明言しており、安心していられた。
大好きなヒーサやヒサコと遊んで、叔母のアスティコスもそれに加わる。
そんな暮らしが約束されているのだ。
祝詞を読み上げる声にも、自然と力がこもるというものだ。
「ここに未来を紡ぐ希望の星、マチャシュへの恩寵が有らん事を五つの星の神に、畏み畏み申し上げる」
祝詞が読み終わると、それぞれ五星の神への個別の祈りが始まった。
ヨハネスは白の法衣を纏い、光の神フォスに祈りを捧げた。
アスプリクは赤の法衣を纏い、火の神オーティアに祈りを捧げた。
マークは黄の法衣を纏い、土の神ホウアに祈りを捧げた。
ライタンは緑の法衣を纏い、風の神アーネモースに祈りを捧げた。
ルルは青の法衣を纏い、水の神ネイロに祈りを捧げた。
なお、本来神職でないマークとルルは、祈祷文が書かれた紙を見ながらの慣れない儀式であり、詰まりながら悪戦苦闘していた。
「二人とも、しっかり励め~」
ヒーサの激励(?)に、マークは憮然とした顔に、ルルは気恥ずかしそうに顔を赤らめた。
そこへからかうなと言わんばかりに、ティースの蹴りが入る。
国王への神事としては無作法もいいところだが、この夫婦の子供としてならばあるいはお似合いのハチャメチャぶりである。
それが分かるからこそ、どちらの側からも笑いがこぼれるのだ。
だが、ここに本日最大級の衝撃が走った。
「闇の神テアからの祝福が有らん事を」
「待てゐ!」
ヒサコの口より闇の神への祈りの言葉、何より名が失伝したはずの神名に、“テア”の名が当てはめられての祝福である。
当然テアは抗議の声を上げた。
「何を言ってるのよ、あんたは!? 最後の最後で何やらかしてんのよ!?」
「え~? じゃあ、テアの正体は?」
「……通りすがりの鍋の女神です」
ヒサコの嫌がらせに対する返答としては、苦しすぎるものであった。
「おいおい、ずっと一緒にいておいて、通りすがりはないだろ~」
当然のごとくヒーサからもツッコミが入ったが、この兄妹は本当にどうしようもないくらい性格がアレすぎると、最後の最後までたっぷり思い知らされるテアであった。
なお、ほぼ全員笑っているが、ヨハネスだけが渋い顔をしていた。
他の者ならいざ知らず、五星の神を奉じる教団の最高責任者である以上、六つ目の星、すなわち失伝した闇の神を讃える事は異端中の異端である。
「ヨハネスもさ、いい加減認めようよ。魔王はそんなに怖くも恐ろしくもないし、それを生み出した闇の神も、ただの抜けが多いドジっ子だよ?」
アスプリクの更なる追撃に、場が更に笑いに包まれた。
なお、テアは顔を真っ赤にしながら頭を抱え、ヨハネスはやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。
ヨハネスも当然、テアが常人でない事は承知している。
ただ、それが神か否かと言う点では疑義が強い。
そう簡単に神が降臨するのか、という常識に捉われているのだ。
「では~、神様からの~、お有り難い~、御神託を~、いただきましょう~」
ヨハネスの視線を完全無視し、ヒサコの悪ノリは続いた。
最後の最後までやってくれる。テアは振り回され続けた今までの事を回想しつつ、トボトボと前の方へと進み出た。
本来、現地民に神であることを名乗り出るのは禁則事項なのだが、ここの顔触れは完全に色んな意味で毒されてしまっている。
テアは敢えてその禁を破る事にした。
もうバグりにバグったこの世界で、今更なんだという気持ちが強くなり過ぎていたのだ。
そして、前に出ると同時に衣装を変えた。
普段来ているメイド服は光と共に消えてなくなり、『時空の狭間』で来ていた神衣だ。
ここにいる顔触れでは、ヒーサ以外が知らない姿であり、神徳溢れる神々しいテアがそこに現れた。
そこまでされるとヨハネスとしても認めざるを得ず、無意識的に頭を下げていた。
「畏まる必要はありませんよ、神の子らよ。ほんの気まぐれに過ぎませんから」
声の雰囲気も変えてきた。
慈愛に満ちているようで何かしらの圧も感じさせるその威厳は、やはり神である事の証であると納得させるものであった。
「神の一柱として告げる!」
テアもノリノリである。
本当の神になった際の予行演習くらいのノリだ。
後で上位存在にドヤされないかと思いつつも、人に毒され過ぎた自分はどこまでも突っ走ってしまうんだろうなと思いつつ、“御神託”を続けた。
「闇を恐れるな! 闇とはすなわち可能性である! 無明なるはすなわち無知であり、恐怖を掻き立てるのは言うまでもない。ならば、光を差し入れよ。光さすところに闇もまたあり、闇があるからこそ、光もまた輝ける。未知を恐れていては、人の英知に先はない。闇に踏み込む勇気こそ、新たなる世界には必要なのです! 皆、努々忘れ亡きように!」
なんとなくそれっぽい事を言って茶を濁そうとしたが、どういにも思った以上に神威が溢れていたようで、これが通用しないヒーサを除いて全員がテアに頭を下げた。
こりゃやってしまったな~、と思うテアであったが時すでに遅し。
それは突如として起こった。
カチンッ!
そんな音が響くと同時に、世界が動きを止めた。
完全に停止したのだ。
周囲も頭を下げた状態で膠着し、そこらを飛んでいた鳥もそのままの状態で空中にて停まっていた。
ただ二人、女神と英雄を除いて。
「ようやく来たか、諸悪の根源が」
ヒーサは天を見上げ、同時に睨み付けた。
“笑う”と“嘲る”以外の感情をあまり表に出さないヒーサであるが、この時ばかりは違った。
不快感と憤怒が程よく混ざり合った顔をしており、露骨すぎるほどに感情をむき出しにして天を睨み付けていた。
「え!? ま、まさか!?」
テアも慌てて上空を見上げた。
そして、感じ取った。
「上位存在様!? ここで!?」
「どうやら、私が仕掛けた“八百長”が、いよいよお気に召さなかったらしいな。それとも、見習いが神として振る舞った態度に、イラっと来たのもしれんがな」
「それは……、マズい!」
テアとしても、最後の最後で墓穴掘ってしまったかもと大いに焦った。
テアは元来真面目であるが、この世界で松永久秀にかなり毒されている事を自覚していた。
先程の件にしても、本来ならやってはならない事だと知りながら、神を名乗り、御神託まで与えてしまったのだ。
見習いの分不相応である。
「……お小言で済めばいいけどな~」
「何を素っ頓狂な事を言っている。これから一合戦いくぞ」
「はぁ!?」
「今回の締め括り。最後の相手は“神”そのものだ!」
「ちょっとちょっと!」
焦るテアを他所に、ヒーサはすでにやる気満々であった。
神と戦う。それはとんでもない話であった。
「本気なの!?」
「無論。“ワシ”は今、大真面目に怒っているからのう。神を高みから引きずり下ろしてやるわ」
口調もすでに変わっていた。ヒーサではなく、“元来”の松永久秀に戻っていた。
もはや演技の必要なし。本気で“神”と戦うつもりでいるとテアは感じ取った。
「女神よ、この世界を“本当の意味”で救いに行くぞ。ここは“ワシのもの”だ。神から切り取り御免の領土とする」
「いや、でも……」
「さっさと『時空の狭間』に飛ばせ。もう制限云々は切れているはずだ」
「わ、分かったわ! でも、できるだけ穏便に、ね」
「それは相手の出方次第だ」
「で、出方次第では……?」
「どちらかが滅びるまで戦うまでよ」
「ひぃ!」
とんでもない話ではあるが、目の前の梟雄は下がるという気配を一切見せていなかった。
本気でやり合うつもりだと、テアもいよいよ覚悟を決めた。
どのみち、色々と禁則事項を犯していることだし、自分もただでは済まないと自覚していた。
どうにでもなれと思いつつも、この場で最も役に立つのは今まで寄り添ってきた、この世界一の性悪男でもあるのだ。
神が人に頼るなど情けなくもあるが、事ここに至っては仕方がない。
テアは覚悟を決めて、〈瞬間移動〉を発動させた。
松永久秀は周囲を名残惜しむ様子もなく、女神と共に天界へと飛んでいった。
折角手に入れた“大名物”を救うために。
~ 最終部・完 エピローグに続く ~
これにて最終部は完結です。
あと数話分、エピローグがありますので、今しばらくお付き合いください!
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