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第六十六話  奪還! 子は母の温もりある腕の中に!

「私は納得しないわよ」


 ようやくまとまりかけた場に、今度はティースの横槍が入った。

 その顔は明らかに不機嫌であり、ヒサコを睨む視線は怒気を含んでいた。


「この期に及んでまだ何かあるのか?」


「あるに決まっているでしょ、ヒーサ! あなたも当事者なのよ!」


「……息子マチャシュの事か」


「他に何がありますか!?」


 ティースは怒りのままにヒーサの襟首を掴んで睨み付けたが、その怒りも当然の者だと周囲も納得した。

 そもそも、マチャシュはヒーサとティースの間に生まれた子であり、ヒサコとアイクの間に生まれた子ではない。

 表向きは後者なのだが、それをティースはよしとはしていなかった。


「奪われたのなら奪い返す! こうして勝ったんだから、敗者は貢物を差し出しなさい! この世で最高の宝をね!」


「母にとって子は最高の宝、か」


「父親の癖に、子に対して無頓着すぎるのよ、ヒーサは!」


「まあ、子が欲しくなればまた作ればいいし、そのための“側室”だからな」


 そう言って、ルルの肩に手を回し、これを抱き寄せた。

 ルルはいきなりの事に困惑し、ニヤつくヒーサと睨み付けてくるティースを交互に見やり、ただただ汗を流すだけあった。


「ヒーサ! 僕は!?」


「身長が伸びてからな」


 取り付く島もなかった。完全な“おあずけ”の状態である。

 焦燥感にさいなまれたアスプリクは、オロオロしながらアスティコスに視線を向けた。


「叔母上! 母さんの作った薬の中に、“身長を伸ばす薬”ってなかった!?」


「ないわよ、そんな物」


「ライタン! “身長を伸ばす術式や儀式”ってない!?」


「寡聞にして聞き及びませんな」


「ヨハネス! ええっと……」


「その手の聖遺物なんぞ、聞いた事もないな」


 今すぐにでも身長を伸ばさねばならないというのに、回答は全て“否”である。

 正妃ティースどころか、ルルにすら後れを取りかねない状況に、アスプリクはただただ焦るばかりだ。

 そこへマークがポンとアスプリクの肩に手を置いた。


「自然に伸びるのを待つ、という選択肢を取られた方がよろしいですよ。ほら、俺もちゃんと伸びましたから」


「成長期の男子と、成長期が終わりつつある女子を一緒くたにするな! あぁ~、チクショウめ、そう言えば、出会った当初から随分と身長伸びたわね、あんたは!」


 初顔合わせの時、アスプリクは十三歳で、マークは十一歳だ。

 それから一年半程度経過したが、その間、マークの身長は伸びまくっていた。

 当初はマークの方がちょっと高いかな程度であったが、今や並んで話していると、確実に視線が上向きになるほどの身長差が生じていた。

 同じ“魔王の器”なのに、なぜこうも差が出てしまったのか。

 神とやらにその理不尽さを呪いたくもなった。

 なお、その神とやらは元魔王ヒサコの介抱をしていたりして、アスプリクの感情の動きを気付かないふりをしていた。


「はぐらかすな! 場の空気を和ませて誤魔化すのは許さないわよ!」


 ティースの怒号でまた場の空気が孵られた。

 魔王ヒサコに限らず誰かをやり込める際に、夫婦漫才で場の空気を操って来たティースだからこそ、この手のやり口は熟知していた。

 どうやら本気で息子を取り戻すつもりだと、ヒーサは判断した。

 その結果がどうなるかも理解した上での要求だという事も。


「ティースよ、そこまでしてマチャシュを取り戻したいか?」


「私は勝つためにヒーサの策に乗った。我が子を殺す、という人間性を捨ててまで。事が終わったから、元に戻すだけです」


「元には戻らんぞ。捨てた、という過去があるからな」


「だからこそです! だからこそ、これから息子をきっちり育てたいのです! それこそ、ヒーサの寝首をかけるくらいの強かな男になる程度には!」


「ククク……、これはたまらんなぁ~」


 どうやらこれはまだまだ楽しめそうだと、ほくそ笑むヒーサであった。

 梟雄の妻もまた奸物に成り果てた。

 その“いびつさ”もまた愛でるに値する。

 それはそれで一興であると、ヒーサはこれからに思いを馳せて満足げに頷いた。

 そして、ヒサコを見つめた。


「さて、ヒサコよ、どうやら我が妻は息子を御所望のようだ。返してもらえぬか?」


「……その結果、私がどうなるか、知った上で、ですか?」


「無論。世間には『華々しく戦場に散った』と公表しておく。そして、私は“摂政大公”としてこの国を統べ、ティースにはマチャシュの養育を任せる。元鞘とは言わんが、一応の形は整うわけだ」


「そして、あたしには“死ね”と?」


「ティースが人間性を取り戻したいのだそうだ」


「妹を殺して人間性がどうのこうのとは、お姉様、あなたも十分“こちら側”ですわよ」


 ヒサコとしては笑うよりなかった。

 人形の状態であったとはいえ、今まで散々に小姑として義姉をいびって来たのだ。

 それが今や立場が逆転。

 しかも魔王になった上で、その力を飛び越えて今喉元に刃を突き付けてきた。

 あるいは、一番成長したのはティースかもしれない。

 そのようにヒサコが思うほどに、義姉は強かになった。

 この数奇なる事に笑わずにはいられなかった。


「……ならば、お返ししましょう。ですが、お兄様、最後に一つだけお聞かせください」


「なんだ?」


「お兄様にとって、あたしはなんなのでしょうか?」


「妹」


 ヒーサの答えは実に端的であり、即答であった。

 かつて同じ質問をこの世界に来て間もない頃に、利用して始末した侍女のリリンにされた事があった。

 その際の答えは“人形”。

 操られるだけの人生であり、自らの明確な意志を持たず、そして、果てた少女に向けた冷酷な回答だ。

 だが、目の前のヒサコは違う。

 人形から人間へと脱皮し、さらに長じて魔王にすらなった。

 魔王として暴れ回り、ヒーサに対してほぼ王手をかけるところまで詰め寄ったのだ。

 結局は逆転を許したが、それでもヒーサとしてはあるいは“楽しめた”のである。

 それはもはや“人形”とは呼べない。

 利用されつくしてもなお独立独歩を勝ち得て、しかも噛み付いてきたのだ。

 これはもう一己の存在として、“梟雄の妹”として扱わなくてはならなかった。


「ただし、枕詞に“出来の悪い”と付くがな」


 ヒーサはニヤリと笑い、釣られてヒサコも笑ってしまった。


「出来の悪い妹、ですか」


「ああ、出来の悪い妹だ。残念な事に、甚介のようにはいかなかったな」

 

「甚介……。ああ、かつての世界の弟の事ですか」


「あいつは飛び切り優秀な弟だったからな。鬼に殺されていなければ、今少し私も楽が出来ていたであろうに」


 かつての世界の弟の事を思い浮かべ、それをヒサコに重ね合わせた。

 と言っても、日本人顔とヒサコの金髪碧眼のそれとは似ても似つかぬものであり、ヒーサは何をやっているんだと自分自身に失笑してしまった。


「では、お返しいたしますので、お手を」


「うむ。ティース、お前が受け取ってやれ。私が受け取るには、少々手を汚し過ぎた」


 今更なんだと思うティースであったが、ヒーサの言葉に従う事とした。

 テアに支えられ、上半身を起こしているヒサコに寄り添った。

 義妹を間近で見ると本当に美人だと思うティースであったが、それだけにこの美貌に誑かされた男のなんと多い事かとも考えた。

 そして、自分が切断した方の腕を差し出すと、その切断面から血と肉がこぼれ始めた。

 それは徐々に人の形を成していき、一人の赤ん坊になっていった。

 間違いなく、マチャシュであり、ティースにとっては生まれて初めて我が子を抱いた瞬間でもあった。

 かつて、公爵領巡察の際、お産に立ち会って赤ん坊を取り上げた事もあったが、その時と同じか、それ以上の感動と温もりを感じる事となった。

 魔王の手から解放された赤ん坊は山々に響くような泣き声を上げ、母親ティースにとっては嬉しくもあり、困惑する事態だ。


「わわわわわ! えっと、どうするんだっけ!?」


「はいはい、これもあの時と同じね」


 慌てふためく母親に助け舟を出したのは、マチャシュ専用地母神(ベビーシッター)のテアであった。

 いつの間にか『不捨礼子すてんれいす』に湯を沸かし、それを用いて血で汚れた赤ん坊を奇麗に拭いていった。


「あの時もこうだったな! ティースめ、赤ん坊の扱いが分からなくて、あたふたしていたからな。テアが産湯で洗う姿もまたそっくりだ!」


 笑う父親(ヒーサ)の言葉にティースはムッとなったが、それ以上に夫の手にある物に目が行っていた。

 茶道具を運んできた箱の中に、“なぜか”赤子用の服が混じっており、それを差し出してきたのだ。


(どこまでも用意周到。これだからこの人は油断ならない)


 ヒーサにしてみればここまでは“予想の範囲内”であり、“大名物わがこ”を取り戻せるという算段があればこそ、ヒサコに差し出したというわけだ。

 抜け目がないとティースを戦慄させるのと同時に、やはりこの梟雄であっても“人の子”なのだと再認識させられた。

 情を持たぬ者が、我が子の衣服を先んじて用意するなど有り得ないからだ。

 とはいえ、ティースは赤ん坊の着せ替えをやった事がなく、戸惑うばかりであった。

 そこもまた手慣れた地母神ベビーシッターの出番である。

 テアがティースから受け取ってササッとマチャシュに服を着せ、再び母親の元に返した。

 その際見せたマチャシュの笑顔は、周囲全員を和ませるのに十分なほど可愛くあった。

 子供は未来と希望の象徴である。

 それを今更ながらに噛み締める一同であった。



           ~ 第六十七話に続く ~

松永久秀の弟は松永甚介長頼と言います。


政務と知略に優れた兄・久秀に対し、武勇と軍略に長けた弟・長頼というバランスの取れたコンビでした。


久秀が中央で全体を統括し、長頼は丹波や若狭などで活躍を見せており、三好家の北方軍の軍団長を務めるほどに優秀でした。


また、丹波の守護代である内藤家の家督を相続し、内藤宗勝と途中で名を改めています。


丹波の大半を収めるも、『丹波の赤鬼』こと赤井直正に討たれてしまい、三好家の勢力が一気に後退してしまいます。


なお、彼の次男は有名なキリシタン武将・内藤如安 (ジョアン)です。


如安は江戸時代に入って高山右近と一緒にフィリピン・マニラへと島流しとなり、その縁でマニラ市と内藤家ゆかりの八木町(現・南丹市)は姉妹都市関係にあります。





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感想等も大歓迎でございます。


ヾ(*´∀`*)ノ

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