第六十五話 沈黙! 不都合な事実に口を紡げば、そこから先は平和が待つ!
“魔王との八百長”
それはヒーサが望んで止まない状況であった。
世界の終わりは魔王か英雄のどちらかが倒れた時である以上、どちらも倒れなければ世界は続いていくのである。
折角築いて富も権力も、決着していしまえばすべてがご破算。
ならば、終わりを作らなければよい、と言うのがヒーサの前々からの考えであった。
状況作りが困難であるため、半ば諦めていたのだが、いくつかの偶然と臨機応変の対応によりそれが完遂された。
魔王と化したアスプリクは、英雄ヒーサに惚れている。
しかも、すでにスキル〈手懐ける者〉によって支配下にある。
その気になれば命令一つで使役する事もできるのだが、それは面白みがないと考えていた。
あくまで酒池肉林を楽しみたいのであって、操り人形と戯れたいわけではないのだ。
当人はまんざらでもないという態度ではあったが、最初から堀も城壁もない城攻めには興味がないので、今は放置しておくこととした。
「で、問題はこっちよ、こっち!」
いつの間にか側に寄って来ていたティースが指さす先には、ヒサコがいた。
〈毒無効〉を使って、体内の毒は消しておいたが、肉体の欠損と体力の低下が著しかった。
毒は消えたと言っても、毒によって受けた臓器への被害はかなりのものであるし、ティースによって右手首を切断されていた。
魔王としての力はアスプリクが持っているため、それによる頑強さも失われている。
要は、今のヒサコは“重症の人間”であり、ちょっと気を抜けばすぐに死ぬくらいの重篤な状態にあった。
「で、ティースとしてはどうしたいのだ?」
「斬る」
「簡潔な回答ありがとう。だが、それを承認するとでも?」
「承認の必要性を認めません。私が斬ると言ったら斬るんです!」
「だが、有無を言わさず即斬りしなかったということは、後悔する事に勘付いているな。例えば、こいつの中にいる息子の事とか」
図星を指され、ティースは露骨に不機嫌な顔をした。
マチャシュはヒサコに取り込まれ、合一した存在となってしまっている。
もしヒサコを切り捨てたらば、息子も同時に殺してしまう事になりかねないのだ。
そうなれば、ティースは“二度目”の息子殺しをしてしまう事になる。
ティースの刃を止めているのは、そうした事への躊躇なのだ。
「なるほど、それがお姉様の気掛かりな点ですか」
ヒサコは朦朧としながらも、辛うじて意識を保っていた。
なにしろ、身体の節々まで激痛に苛まれており、生きているのが不思議なほどだ。
元・魔王を助けるなど不本意であったが、国一番の治癒の使い手であるヨハネスがいた点は大きかった。
実際、ヨハネスは促されるままに治療を施したが、当然不機嫌であった。
「納得いっていないようですな、法王」
「元とは言え、魔王を助けるなど不本意極まる。ティース夫人の言うように、禍根を断つ意味においても処断しておくべきですな」
「賛成! 賛成!」
ティースもここぞとばかりにヒサコの処断を訴え出た。
この二人に限らず、ヒサコへの敵愾心、警戒感は強い。
マークは主人に属している以上、ヒサコの処断には前のめりであった。
何より、義姉の仇でもあるのだ。すでに魔王ではなくなったと言えども、許す事は到底できなかった。
ライタンやアスティコスにしても、ヒサコに殺されたのである。
いつ良からぬ事を企むか知れたものではないので、消極的ではあるものの処断自体には反対しなかった。
ルルも迷っているようで、明確な回答を導き出せないでいた。
「ダメだよ、ヒサコは殺させない」
そう言って皆の猜疑の視線の前に立ったのはアスプリクであった。
庇うように立ち塞がり、周囲の敵意を制した。
「アスプリク、本気なの?」
「じゃあ、叔母上は僕も処断するかい? ヒサコは元・魔王だけど、僕は現・魔王だ。魔に属する者すべてが危険だっていうのなら、僕も処断するなり、どこかに封印、幽閉でもする?」
そうまで言われてはアスティコスとしても、押し黙るよりなかった。
目の前にいる可愛い姪っ子が魔王になってしまったのである。
それを封印するなど、とんでもない話だ。
世界の危機より、感情を優先してしまう。それがアスティコスであった。
「……で、他のみんなはどうなんだい?」
半ば威圧しながらアスプリクは周囲を見回した。
ならばと、ルルとライタンは止むなく賛意を頷いて示した。
だが、ティースとヨハネスは当然ながら突っぱねた。
「承服しかねますな。私はお前に対しても、懐疑的なのだぞ。今は魔王の存在を制御しているようだが、何かの拍子に暴走しかねない危うさがある」
「ヨハネスも心配性だね」
「教団が実質崩壊している以上、魔王を止める戦力はもうないからな。ここにいる全員が賛同して、初めて拮抗できるのだ。ところが、ここにいる顔触れも魔王への譲歩を考える者ばかり。警戒は当然だ」
「その魔王を支配しているのは、ヒーサなんだけどね~。ついでにヒサコも」
今やヒサコもアスプリクも、ヒーサの〈手懐ける者〉にかかっている状態だ。
特に命令するつもりはないが、八百長のための保険程度には考えていた。
そのため、現在有効な二人への指示は“私を殺すな”であり、自分の身を護るためでしかない。
なにより、ヨハネスの指摘には無理があった。
戦力が拮抗していないのだ。
あくまで、アスプリク“単体”に対しては、あるいはこの場の全員で当たればどうにかできるかどうかと実力であって、一人でも外れれば不可能事になる。
そして、黒犬はアスプリクに従属しているし、アスティコスもどんな状況であろうともアスプリクに加担する事は目に見えていた。
戦力的には、魔王アスプリクの陣営が圧倒的と言える。
それを分かっていても、口出しせざるを得ないのがヨハネスの性格であり、それは周囲も理解していた。
「まあ、法王よ、ここは私の顔を立てて下がってはくれないか? 私としても教団の復旧には尽力するし、アスプリクに何かさせるとかそういうのもない。すでにこの国の支配者は実質、私なのだからな。これからさらに評議国や帝国まで併呑しようとも思わん。アスプリクが魔王になった、この事実に対して口を紡ぐだけで、全ては丸く収まるのだよ」
ヒーサは口調こそ穏やかであったが、実質脅しでもあった。
それこそ魔王との八百長が成立した以上、すでにヨハネス個人にも教団にも用はないのだ。
ただ、人心の安定化のためには宗教の力が有効であるのはよく理解しているので、その役割さえ果たしてくれれば援助は惜しまないという、最大限の譲歩であった。
それこそ、最悪の場合でもヨハネスの首をライタンに挿げ替えればいいとさえ考えていた。
それを察すればこそ、ヨハネスは渋い顔にならざるを得なかった。
「一難去ってまた一難、か」
「闇を許容する。これだけで前途は明るいのですぞ?」
「発言に矛盾がありますな。明るい闇など、どこにある?」
「少なくとも、闇の眷属の長たる魔王は、眩しい笑顔を向けてくれる」
ヒーサはアスプリクの頭を撫でると、気恥ずかしそうに顔を赤らめて喜んだ。
魔王らしからぬ笑みに、ある者は同じく笑い、別の者は苦々しくもこれを受け入れた。
その笑みこそ、これからの平和を約束してくれるかのように眩しかった。
~ 第六十六話に続く ~
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