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第六十三話  自立! 世界の意思は拒絶された!

(バカな!? 弾き出された!?)


 気付いた時には、カシンは外に追い出されていた。

 アスプリクの心の中に侵入し、“心の闇”を増幅させて、魔王に“堕とす”つもりでいた。

 だが、結果は望んでいたものではなかった。

 アスプリクは過去と向き合い、その上でそれを受け入れたのだ。

 闇を闇と認識し、その上で全てを吞み込んだ。

 魔王の力ごと、全てを取り込んだ。

 滅びを望む世界の意思を除いて、それ以外のものを全て、だ。


(こんなことが! クソッ、すべてあの男の策か!?)


 そう、すべてはヒーサの、松永久秀の用意したものだ。

 本来ならば、ヒサコが魔王に覚醒した段階で計画は完遂していたはずなのだ。

 ところが余計な“遊び心”のせいで茶会への招きに応じ、そこからすべてが狂わされた。

 たった一杯の茶で惑わされ、挙げ句に毒饅頭を食らってしまい、奪った女神も再奪取された。

 死んだはずの者達までもが復活し、囲まれて攻撃を受けた。

 ならばと当初の計画を切り替えて、アスプリクの乗っ取りにかかると、それも妨害されて今に至る。

 すべてはあの男の用意したものであり、それを読み切れなかったカシンの負けだ。

 世界の意思は拒絶され、独立独歩の道を行く。

 それが世界の“住人”の意思だ。

 今やカシンの方こそ、廃棄物であり、切り捨てられる側であった。

 魔王を覚醒させる権限を持っていたが、今はもう覚醒してしまっている。

 覚醒した魔王の力に寄生して、破滅を求める世界の意思を代行しようとしたものの、“一杯の茶”と“毒入りの饅頭”によって全てをぶち壊された。

 これで魔王ヒサコは終わった。

 アスプリクに至っては魔王の力だけを奪い取り、世界の意思は上手く切除してカシンと共に破棄する事に成功した。

 アスプリクは今や独立した意志を持ち、世界の意思を跳ね除け、自我を保ちながらも魔王になるという、カシンとしてはあまりに計算外な事態となった。


(いや、そもそもの話として、アスプリクが生きている事自体がおかしいのだ。本来はヒサコ覚醒の段階で生贄となり、死んでいるはず。だというのに、全部が狂わされた!)


 結局、カシンの思考よりも、ヒーサの思考の方が深かったのだ。

 互いに今日この瞬間に向けて準備してきた。

 相手を騙し、虚実の手札を晒したり隠したりして、最終的に勝ちを拾いに行く。

 そう言う算段であったのだ。

 それだけに、伏せられた手札を互いに場に出す度にひっくり返され、別の札を出してはまたひっくり返すの繰り返しとなった。

 結果、最後の最後で読み違えた。

 松永久秀の“欲深さ”を。

 欲深いからこそ、絶対に諦めない。欲しいと思ったものは絶対に手に入れる。

 手放したとしても、それは後で取り戻すための算段があればこそ、だ。

 結果、ヒサコは魔王として覚醒するも取り戻され、アスプリクはヒーサの愛情欲しさに魔王になる事すら容認してしまった。

 世界も、美女も、芸事も、権力も、富も、全てを欲する松永久秀の、“いつを求める心”の勝利であった。

 そして、世界の意思カシンには、ヒーサが用意した最後の刃が襲い掛かった。

 今までの“ツケ払い”だ。


「捉えたわよ、カシン!」


 アスプリクの体から放り出され、虚しく宙を舞う鼠の体の目の前には、刀を大上段に構えているティースがいた。

 暴走しないよう、他全員で抑え込んでいたアスプリクの体はであったが、今は全員が散開していた。

 完全なる無防備であり、余計な思考をする時間を与えず、一撃で仕留めるこの瞬間こそ、ヒーサの待ち望んだ瞬間であった。


「奴は私が追い出すから、その際に初太刀で決めろ」


 これがヒーサの残したティースへの指示だ。

 ヒーサ自身が決めたかったが、アスプリクの心の中に進入しているため、おそらく戻るのは間に合わないとして、ティースに任せたのだ。

 これですべてが終わる。

 ティースの渾身の一撃が振り下ろされた。


「カシン! 皇帝ヨシテルからの餞別よ! 受け取りなさい! 〈秘剣・一之太刀〉!」


 振り下ろされた『鬼丸国綱おにまるくにつな』はカシンに直撃した。

 小さめの握り拳程度しかない大きさであるが、その中心を捉え、真っ二つにし、地面に剣が叩き付けられると同時に、その蓄えられた力が爆発した。

 断末魔すらなし。

 世界の意思は刀により否定された。

 弱肉強食、力こそすべて、それこそが戦国の掟である。

 目の前の事象に異議があるならば、刀で解決するか、知恵を絞って相手を引っかけるしかない。

 戦国の作法にして、絶対の真理だ。

 力ある者が統べ、力無き者は首を垂れる。

 ただそれだけだ。

 そして、今回の戦いは、全てを欲する松永久秀ヒーサが、全てをもろとも破壊しようとする世界の意思を拒絶した。

 舞う砂埃が晴れると、振り落とされた刀を中心に大穴が開き、そして、邪悪な気配が完全に消え去ったのを確認した。


「勝ったわよぉぉぉ!」


 ティースは刀を振り上げ、勝鬨を挙げた。

 周囲もまたそれに倣い、拳を振り上げてそれに続いた。

 世界の意思を拒絶し、“自立”するという、まごう事なき勝利であった。



           ~ 第六十四話に続く ~

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