第六十二話 決意! 真なる魔王はこの僕だ!
(なんだ!? 気配が変わった!?)
カシンはアスプリクの顔が先程とは打って変わって、やる気に満ち溢れているのを感じ取った。
過去の出来事を思い出させ、しっかりと見せつけた。
数々の不条理な仕打ち、それは精神を壊すのに十分だったはずだ。
だが、アスプリクがそこから立ち上がったのを見せ付けられた。
流れは変わった。
ヒーサがここへやって来て、アスプリクに道を指し示したのだ。
「ああ、ヒーサ、本当にありがとう。僕が僕のままでいられたのも、全部ヒーサのおかげだ」
「そうだ。それでいいぞ。闇に呑まれるのではない。逆に呑み込んでやれ。今のお前なら、それができる」
「ああ、本当だ。実に軽いよ。なんだってできそうだ!」
そう言って、アスプリクは更にカシンの側に歩み寄り、手を伸ばせば届く位置にまで来た。
そして、手を差し出した。
小さな鼠の姿をしたカシンに対して、だ。
「さあ、カシン、僕は宣言するよ。今から僕が魔王だ!」
「なんだと!?」
魔王を受け入れる。この状況はカシンにとって計画通りであり、同時に計算外であった。
無論、アスプリクに魔王にはなってもらうつもりではいたが、それはあくまで“心の闇”が醸成され、魔王としての破壊衝動と、世界の意思による世界の消滅を考えてからのはずであった。
今こうしてアスプリクの心の中に侵入したのも、そのように“啓蒙”するための外ならない。
こんな男とイチャついてハッピーな魔王など、望んではいないのだ。
「どのみち、お前に選択肢はないよ。僕を魔王にするために僕の心の中にやって来て、そして、僕は魔王になる事を受け入れた。今お前が魔王の因子を持っているのも、あくまで“誰か”を魔王に覚醒させるための橋渡しでしかない。さあ、魔王よ、本来あるべき場所に来い! 僕はお前を受け入れる!」
そして、それは起こった。
カシンの体から急に力が抜け落ちていくのと同時に、どす黒い何かがアスプリクの体に吸引されていったのだ。
「バカな!? 力が……、魔王の力が奪われる!?」
「単なる使い走りが、調子に乗るんじゃない! 魔王の力が、魔王の器に注がれる。至極当然じゃないか」
「そんな不完全な精神で魔王になったら、どうなるか分からんぞ!?」
「そりゃ結構。男とイチャイチャする魔王なんて、魔王としては不健全かもね~。でも、僕は恐れないよ。だって、僕に期待の眼差しを投げかけてくれる“オトモダチ”がいてくれるからね」
チラリと見るヒーサの顔は一切の焦りがなかった。
“オトモダチ”が魔王に変じようとしているのに、冷静そのものだ。
勝てる、調伏できる、そう信じているからに他ならない。
「ぐ……、このままでは計画が完全に崩壊してしまう! こうなったら!」
「おっと、それはダメだ」
ヒーサが素早く動き、カシンを抑えつけた。
人と鼠とでは体格差が有り過ぎて、手で圧し潰される格好となった。
力を吸い上げられ、急速に弱まりつつあるこの状態では、逃げる事が出来なかった。
「おのれ、ヒーサ! どこまでも邪魔をする!」
「そりゃまあ、私は“世界を救う”英雄だからな。世界を滅ぼす悪に対して、邪魔するのは当然ではないか」
「その世界が神の横暴に耐えかねて、自死を望んでいるのだ!」
「だからなんだ? “器”は“器”であるべきであり、それ以上でも以下でもない。思い出せ、私が先程の茶席で出した茶碗の事を」
それはヒサコの夫アイクが残した遺作だ。
黒備前にもよく似た出で立ちで、ヒーサこと松永久秀も会心の出来であると感じ入った作品なのだ。
「世界は闇だ。未知と言う名の闇だ。先の事など、誰にも分からん。分からないからこそ、面白いのだ。あの器は世界そのもの。縁よりわずかに垂れたるものが、実に味わい深い。世界は世界としてその役目を果たし、命がこぼれ溢れるまで受け止めるがいい」
「それに世界が耐え難いと、異議を申しているのだぞ!?」
「主張は聞いた。だが、それをよしとするかは、器の中身に聞いてからにしろ。勝手に巻き添えにするな。そして、その中身の代表者として、私は魔王を推そう」
「き、貴様! 今の魔王は、アスプリクは……!」
「そう、全てを受け入れる覚悟を得た。苦しくとも、世界の意思に抗う道を選んだ。全てを忘れ、なかった事にできるのであれば、それはある意味で楽なのかもしれん。だが、魔王はそれを拒んだ。そう、魔王が世界を滅ぼすのではなく、魔王が世界を救うのだ!」
二人の会話が成されている間にも、力はさらに吸われていき、必死にもがくも、ヒーサの手の中から逃れられなかった。
そんな見苦しい程に滑稽な姿を、アスプリクは鼻で笑った。
「ざまぁないね、カシン。必死に立ててきた計画が、寸前でひっくり返される気分はどうだい?」
「魔王は魔王らしく、破壊と殺戮を欲しいままにすればよいものを!」
「やだね。お前の語る“無”の世界よりも、ヒーサの望む“闇”の世界の方が面白そうだ。それ以上の説明は必要かい?」
「世界の意思に反し、世界を今のまま弄ぶ気か!?」
「弄ぶんじゃない。ありのままで行くんだ!」
アスプリクの目にはもう迷いはない。
気持ちの中に蠢く“心の闇”を、もはや完全に制御下に置いていた。
呑まれることなく、かと言って拒絶するでもなく、器の中に奇麗に納めたのだ。
「僕は過去に拘らない。振り向いてばかりじゃ、前に進めない」
アスプリクはカシンを握り、そして、睨み付けた。
「僕は未来を待たない。立ち止まっていては、何も話が進まない」
その握る手にはさらに力がこもった。
「現在と言うこの時間を、今と言うこの瞬間を、生きていく」
グルグル腕を振り回し、カシンは勢いのままに振り回され、意識が飛ばされそうになった。
「全部、ヒーサが示してくれた! 闇の中にこそ、可能性があると! そんな闇すら内に収めようとする英雄に、僕はどうしようもなく惚れているんだ!」
「ハッハッハ~、照れるな~」
などと言いつつ、ヒーサは笑いを堪えるのに必死であった。
無様に振り回されるカシンの姿があまりにも滑稽で、のびる寸前の格好が面白過ぎた。
「ま、魔王が英雄に惚れたなど!」
「禁則事項に、そんなものはないよ。魔王が英雄に惚れたっていいじゃないか! 誰が誰に惚れた好いたなんてのは自由だ!」
「そういうことだぞ~、カシン。生あるものはいつしか死に、形あるものはいつしか崩れる。栄枯盛衰、盛者必滅、それこそ世の倣いだ。だが、いくらそのうち崩れるからと言って、崩すのを早めるのとはちと違う。ありのままに、崩れる時に崩れるのが自然の成り行きだ。わざわざ壊すような真似は、私の趣味ではないな」
ヒーサはなおもぶん回されているカシンにそう投げかけるも、返答はない。
意識が飛びかけているので、それどころではないのだ。
「と言うわけでさ、ヒーサ。君も魔王になった僕に惚れてはくれないかい?」
「卵が孵って、雛となり、そして、成鳥になった暁にはな」
「具体的には?」
「あと、身長を10センチばかり伸ばせ」
「うわ、きっつ。伸びるかな~」
長身なヒーサと並んで歩くのには、確かに身長差があり過ぎるとも考えているため、ヒーサの要求も分からないでもなかった。
ここで先程の“孫”という評価が重くのしかかる。ちんまい孫娘の手を引っ張ってやる爺さん、そんなイメージが頭によぎるのだ。
人族に比べて小柄なエルフ族の血が濃く出ているアスプリクには、これ以上伸びるだろうかと言う不安は尽きない。
下手をすると、一生“孫扱い”である。
それだけは勘弁してほしかった。
「まあ、魔王パワーとやらで頑張ってみるんだな」
「うん、頑張ってみるよ」
言質は得た。今のアスプリクにはそれで十分だった。
好きな人に好きと言われるために努力する。なんという明るい闇なのだろうか。
可能性が“無”でないだけで、アスプリクは救われた気分だ。
今まで向けられてきた悪意の視線など、すべて清算されたと言ってもいい。
たった一人の理解者だけでも、たった一人でもいいから好きだと言ってくれる人がいてくれるだけでも、心は晴れやかな気分になれた。
「と言うわけで、邪魔者はお呼びでないんだ! 滅びを強要する世界の意思なんて、クソ食らえだ! そんなものは拒絶して、僕は世界から“自立”する! どっかに行ってしまえぇぇぇ!」
アスプリクは勢いよく握っていたカシンを投げ飛ばした。
そして、世界の意思はアスプリクの心の中から追い出されるのであった。
~ 第六十三話に続く ~
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