第六十一話 断ち切れ! 少女は忌まわしき過去と向き合う!
「世界が滅びを望んでいたとしても、私はそれを拒絶する!」
堂々たる宣言がヒーサ(姿はヒサコ)によって発せられた。
兄妹の中身である松永久秀にとって、この世界は自らが楽しむ場でしかない。
かつて炎上する信貴山城にて爆発四散し、女神に拾われるという思わぬ事態となった。
ようやく自分好みに世界を作り変え、さて楽しもうかと言う段に場が整ったのだ。
それを邪魔されるのは、甚だ不愉快でしかなかった。
「どこまでも鬱陶しい奴め!」
「ああ。何しろ、魔王を打ち倒すのが英雄の務めなのでな。世界の意思とやらが魔王と習合した以上、それは断固として討滅しなくてはならん。それが女神との契約だ」
「神の奸計に乗り、世界に更なる苦痛を与え、悦に浸るか!」
「そんな事は埒外だ。私にとって重要な事は、“自分が楽しむ事”と“女神との契約の履行”だけだからな。交わした約束はきっちり守る。その枠内でしっかり楽しむ。他の事は、割とどうでもいい」
「裏切りを重ねてきたお前が言えた台詞か、それは!」
「それが“戦国の作法”ゆえに。奪われたのであれば、奪い返せばいい。文句があるのであれば、口ではなく刃で語れ。私はそうして生きてきたし、これからもそうするだろう」
七十年もの長きにわたり、修羅の巷を渡り歩いてきた戦国の梟雄・松永久秀。
異世界においても、そのやり方は一切変わることは無い。
魔王を相手に抗うなど、手慣れたものであった。
「だが、それでも、と思うのだ。だからこそ、私はその先が見たい、と。戦国乱世の終えた、その先を……。もちろん、私が天下統一した上でな。お前の計画が成就してしまっては、それは望めぬ。世界よ、お前を拒絶する理由としては、これで十分ではないかな?」
「どこまでも我欲か!」
「願望を並べてどこが悪い! 欲する心があるからこそ、人は前へと進めるのだ。私はそれが他者よりほんの少しばかり強いに過ぎん」
「どこまでも傲岸で強欲な!」
「当然! 人は欲を満たすために生きるからだ!」
ヒーサは不遜な態度を一切崩さない。
魔王であり、世界の意思を携えた存在であろうとも、どこまでも己を貫く。
その姿勢は一切揺るがない。
「人に足があるのはなぜか? 欲するものに近付くためだ! 人に手があるのはなぜか? 欲するものを手にするためだ! 人に目があるのはなぜか? 欲するものを見つめるためだ! 人に口があるのはなぜか? 欲するものを味わうためだ! 人は欲望の塊だ! それを満たす行為を否定するのであれば、それはもはや人とは呼べぬ、別次元の存在だ! あいにくと、私はそこまで悟ってはおらん。諦観しておらん。願い、欲し、今日と言う日を刹那に生きる。それだけだ」
「その醜悪な願望の果てに、数多の流血を呼び、戦乱が巻き起こるのだ! その世界を生きてきた貴様が、その地獄を望むか!」
「そんな世界は望みはしない。だが、遥か先のことまで責任は取れん。先の事は先の時を生きる者に任せるよりない。今と言う名の刹那を生き、それを楽しむだけだ。世界を消し去り、未来すら否定する貴様に、“先”を語る資格などない!」
そして、ヒーサはまだ倒れたままのアスプリクを見つめた。
心の中と言う事で傷らしいものはない。
ただ精神が衰弱しているだけのように見えた。
ならば励ましてやるだけでいいなと判断し、姿も男性体に戻した。
あれだけガンガン捲くし立て、煽ってやったわけであるし、ヒサコの溜飲も下がったと言うものだ。
ここからは“惚れさせた娘”を鼓舞するために、男の体でいた方がいいと判断した。
「アスプリク、私がしてやれるのはここまでだ。なにしろ、ここはお前の心だ。あいつのように無粋な脅しをかけるつもりはないし、かと言って手を差し伸べて引っ張り起こしてやるつもりもない。どうするか、どうしたいか、何をするべきか、それは自分で考えろ」
ヒーサは敢えてアスプリクを冷たく突き放した。
口八丁で気分を高揚させ、心を熱で満たしてやることはできる。
だが、それでは自分で解決したとはならない。
力のベクトルは逆方向だが、やっている事はカシンと同じでしかないのだ。
アスプリクもそれにはすぐに気付き、相変わらずだなと笑った。
「そうだね、ヒーサ。これは僕が解決しなきゃならないことなんだ。過去の拭えぬ記憶の数々、決して楽しい思い出なんかじゃない。考えただけで反吐が出る。でも、向き合わないといけないんだ」
アスプリクはゆっくりと立ち上がり、そして、自分を見つめているヒーサを見つめ返した。
悪辣極まる策を用いる智謀の持ち主なのだが、その瞳はどこか優しい。
少なくとも、アスプリクにはそう感じられた。
疑心、侮蔑、恐怖、欲情、様々な目で大人達からアスプリクは見られてきた。
無言の非難を浴び続けてきたと言ってもいい。
しかし、ヒーサだけは違った。
その視線から感じた感情は、“興味”だった。
気になる、知りたい、純粋なまでの探求心や知識欲とも言えた。
初めて出会った日に国家転覆などと言う企てについて話したかと思ったら、「梅干しぃ!」と絶叫して無邪気に喜ぶ姿も見せられた。
純粋に、人生を楽しみ、謳歌しているように思えた。
それがアスプリクには眩しくて仕方がなく、羨ましいのだ。
どこまでも自由で、ともすれば単なるわがままなのだが、気ままに動いているように見えて、女神と交わした約束はきっちり果たそうとするし、そうした律義な面もある。
この人なら大丈夫。どこまでも付いて行こう。
そう思わせる魅力が、ヒーサからは感じられた。
(でも、それじゃあダメなんだ。“付いて行く”んじゃない。“共に歩む”じゃないといけないんだ。引っ張ってもらうんじゃなくて、一緒に肩を並べて進んでいくんだ。……まあ、僕の背丈じゃ、ちょっとちんまいけど)
改めて見比べてみると、頭二つ分は違う二人の身長。
ヒーサが長身で、アスプリクが小柄だとしても、やはりこの身長差は大きい。
並んで歩くと、恋仲ではなく、父娘と間違われても仕方がない程の差だ。
齢十四、これから先、伸びてくれるかどうかと心配になるアスプリクであった。
「あ、あのさ、ヒーサ、ちょっと質問したい事があるんだけど」
「何か?」
「えっとさ、ヒーサって僕の事をどう思っている? 仕事を抜きにした関係だと」
「ん~、強いて言えば……、孫?」
ここはアスプリクの心の中である。
ほんの一瞬だが、“心の闇”が色濃く表れた、ような気がした。
「孫……!? よりにもよって、孫!? そういう風に見ていたの、ヒーサは、僕の事を」
「ああ、ちなみに、枕詞に“手のかかる”が差し込まれるぞ」
むしろ、枕詞を備え付ける事により、悪化したとさえ言えた。
これはどう反応すべきか迷うアスプリクであった。
ヒーサは十八歳であるが、異世界からの転生者であり、元の世界ではかなりの高齢だとは聞いていた。
十四歳ならば、孫と言われても仕方がない部分もある。
しかし、“今”のヒーサは十八歳の好青年である。
齢にして、アスプリクとは四つしか違わない。
見た目的には、孫扱いされるのは複雑極まる事であった。
「……ちなみに、ティースは?」
「嫁」
「……ルルは?」
「愛妾」
「僕とティースは四つ、ルルとも三つしか違わないのに、その扱いの差は何なの!?」
「ティースは成熟した大人、ルルは大人へと移行する過渡期、お前は背伸びしたがりな女童、といったところだな」
きっぱり言い切られて、アスプリクとしてはショックであった。
二人に比べて子供なのは自覚してはいるが、こうもズバズバ物申されるのは腹立たしくもあり、同時に恥ずかしくもあった。
もっと落ち着いた大人になろう。
そうすれば扱いも変わるだろう。
そう考えるに至った。
「まあ、あれだ。アスプリクよ、お前は“卵”だ」
「雛ですらないんだ、僕は」
「何が生まれて来るかわからない、そういう楽しみはある。アスプリクと言う卵から何が生まれ、どう成長するのか、それは分からない。それを決めるのはお前自身だ」
「僕が、決める……!」
「殻の内側は未知であり、未知とはすなわち闇である。魔王が闇の神の落とし児であるならば、魔王とは未知と共にある者。殻の内側にある宇宙を見よ。生きるという事は無限の可能性の中にあるということだ。限られた世界にあっては、その願いを受け止めきれぬ。殻を打ち破れ、そして、飛び立て、遥かな天へ向かって!」
軽やかな言葉であった。
それだけに、アスプリクにはスッと入ってきた。
本当に翼でも生えてきて、どこまでも飛んでいけそうな気分になった。
もう大丈夫だと、アスプリクは自分の足で歩き、カシンへと近付いた。
「さあ、決着を付けよう。忌まわしい過去からも、自分自身の因縁とも!」
~ 第六十二話に続く ~
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