第五十八話 ヒモ扱い!? さあ魔力を貢いでもらおうか!
渦巻く炎に加え、巨大に二本の大剣。少女の姿をした魔王の威圧感たるや、見る者を圧倒する迫力があった。
だが、怯む者は一人としていない。
この魔王を止めない限り、世界が消えてなくなるのは自明であるからだ。
特に、パーティーの先頭に立っているヒーサの堂々たる態度は、さすがと言わざるを得なかった。
いくら火属性への耐性を付与する神の鍋『不捨礼子』を装備しているからと言って、その度胸たるや並ではなかった。
「いやはや、なかなかのものだ。時にテアよ、今の魔王はヒサコに取り付いていた時よりも強く感じるのだが、その辺りはどうなのだ?」
「そりゃそうよ。元々、ヒサコは魔王としては弱い。魔王適性の低い“松永久秀”をベースにして生み出された存在なんだから、例え魔王として覚醒しても本来の実力は発揮できない。ヒサコがべらぼうに強く感じたのは、あなたに渡す分の私の魔力を、横から掠めていたからよ」
「ふむ。それもそうか。つまり、能力的には、ヒサコの体であった時よりも、アスプリクの体に入っている今の方が強い、と?」
「ええ、そうよ。アスプリクは魔王としての適性は、この世界では一番高い。つまり、一切の裏技なしに魔王としての力を全力で使えるって事よ」
「なるほど、それは厄介だな」
テアから一通りの説明を受け、ヒーサは状況を理解した。
それと同時に笑いも込み上げてきた。
「なあ、魔王よ、一つ質問をいいかな?」
「この期に及んで何を……」
「いや、その、何と言うか、お前、とんでもない大失敗を犯しているぞ?」
「失敗だと? この私が?」
アスプリクを人質同然に使い潰し、しかも漲る力が迸るこの状況で、一体どんな失敗を犯しているというのか。
魔王にはヒーサの言わんとしている事が理解できず、思わず首を傾げてしまった。
「再度の確認となるのだが、魔王よ、お前の目的は世界の意思とやらに従い、この世界を消し去る事で間違いないな?」
「いかにもその通り」
「では、アスプリクの体ではその願いは成就されることは無いぞ」
「そう言い切れる根拠は?」
「女神の力を運用できない。これに尽きる」
テアの魔力は人間のそれと違い、文句なしの桁違いな魔力量である。
ヒーサがスキルを回数制限、再装填時間などの仕様を除けば、スキルを連発しても平然としていられたのは、テアの魔力供給あればこそである。
しかし、アスプリクを乗っ取った今の魔王は、そのテアの魔力が使えない。
この世界の法則に基づき、英雄の分身体であるヒサコを魔王化し、システム上の誤認を誘発する事により、魔王はテアの魔力を掠めていたのだ。
ヒサコの体を捨て、アスプリクの体に移った以上、この手段は使えない。
ヒーサはそう言いたかったのだ。
「ああ、そういう意味か。その点は問題ない。ヒサコであった時よりかは効率が悪くなるが、すでに解決方法はある」
「おや、あるのか。テアから魔力を搾り取る方法が」
「あるも何も、女神から魔力を搾り取るのはお前の仕事で、そのお前から魔力を掠め取るのがアスプリクの“下心”なのだ」
口の端を吊り上げ、可憐な少女とは思えぬ卑下な笑みを浮かべる魔王の表情たるや、歪で不快なものであった。
少なくとも居合わせた面々はそう感じているが、ヒーサだけはその口より発せられた言葉を冷静に分析した。
「なるほど、理解した。いわゆる“貢ぐ君”と言う奴か。……いや、魔力の出所は女神であるし、むしろ、ヒモか」
「言い方ぁ……」
理解力の速さはさすがだと思いつつも、その表現はどうなんだと思うテアであった。
なにしろ、“絞られる側”にいるのが自分だからだ。
女神から英雄に魔力を送り、送られてきた魔力を、今度は英雄から魔王へと移す。
とんでもない話ではあるが、英雄と魔王との間に“欲情”があれば、あるいは可能ではないかともテアは懸念した。
実際、魔王側はそのつもりのようで、ニヤリと不気味に笑った。
「お前が女神から魔力の供給を受け、お前がこの娘に魔力を“貢ぐ”というわけだ」
「……私とヒサコは、“一心異体”ゆえに魔力の共有ができた。だが、私とアスプリクは当然、別個体だ。何を介在として両者を繋ぐ?」
「ずばり“愛”だよ」
「魔王の口から漏れ出てはならない言葉が飛び出したぞ」
「お前がそれを言うかね? 先程の茶会の主題であったろうに」
「あれは妹への手向けの意味合いもある」
「ククク……、毒を仕込むのが手向けとは、つくづく度し難い事をやるものだ」
「お前が余計な事をしなければ、ヒサコは数奇者として目覚める事ができた」
「私に言わせれば、それこそ余計な事だよ。ヒサコは魔王となる運命だったのだから」
「急ごしらえの策を、さも必然のように語るな。息子がいなければ成立しなかったのだぞ」
「まあ、それはお前と夫人の“愛”が形を成したということで」
「なるほど、なるほど。物は言いようだな」
そう言うと、ヒーサは横で刀を構えているティースに視線を向けた。
殺意と困惑と苛立ちが程よく混ざった表情を浮かべており、刀を持つ手も力んで震えていた。
「ティースよ、お前と私は睦まじい夫婦であると、魔王からの評価を得たぞ」
「斬ります」
「どっちを?」
「両方をです!」
ティースはヒーサを睨み付けてきたが、ヒーサはにやにやと笑うだけであった。
それがまた腹立たしいと、顔を真っ赤にした。
「そう照れるな。ティース、私はお前を愛しているのだ」
「一方通行では、睦まじい夫婦とは言えません!」
「信頼や愛情と言うものはな、一方通行でも成立するのだぞ。両方が壊れて初めて、不信や敵意へと変じるのだ」
「歪み切ってますね、相変わらず」
「歪みがあろうとも、それさえを愛でるのが数奇者の度し難い性質だ。まあ、今は目の前の問題を処理してから、床の中でゆっくり語るとしよう」
「犬と寝ててください」
「嫁が冷たい。なあ、黒犬」
なお、その黒犬も理解はできておらず、低く唸って首を傾げる有様だ。
魔王を前にしても変わらぬ夫婦のやり取りをしている間にも、目の前の魔王の魔力はさらに充実してきており、荒々しくも漏れ出ていた力の奔流が安定してきているようにも見えた。
「馴染んできたぞ。体の隅々まで力が行き渡って来た感覚だ」
「それは結構な事で。ちなみにアスプリクはどうしている?」
「消している最中だ」
「ヒサコのように誑かして操作する、ではなく?」
「人形はやはり、人形であるべきだ。“自律”して動き回るのも一興であるが、アスプリクはどうにも操りにくい。やはり、そこはお前に惚れ気を起こしているせいで、魔王の“精神”としては落第もいいところだ。ヒサコと違い、“心の闇”が不足している」
「そうなるように仕向けたからな」
「ああ、本当に迷惑だよ。お前がいかに“魔王を覚醒させない”方向に事態を進めていたのかが、垣間見えると言ったところだな」
話している内にも、安定しながらも更に力が増しているようにも見え、炎と、闇と、光が、三重に折り重なる強烈な渦がアスプリクの姿をした魔王を取り巻いていた。
圧で言えば、テアの魔力を掠めていたヒサコに匹敵するほどの気配であり、あれともう一度戦うのかと考えると、その場の全員が辟易する気分であった。
だが、ヒーサだけは余裕の構えであり、鍋の脇をポンポンと叩いて弄んでいた。
「今、アスプリクが心の内でもがいている。消されまいとして、必死で抗っておるわ。健気ではあるが、同時に愚かでもある。かつての記憶を掘り返されて、絶望の奈落へと落ちようとしている」
「あまり、他人の心に干渉するなよ。まして、アスプリクは私が手塩にかけてきたのだぞ」
「今の発言、大いに矛盾していると思うのは私だけか?」
「お前のは強制であり、私のは誘導だ。いやまあ、指導と言ってもよいか」
「要は立ち直ったと錯覚させているだけではないか」
「有無を言わさず握り潰すお前よりも、遥かにマシな手段だと自負しているよ」
「強者が弱者を従わせることは当然の帰結ではないか。その結果として潰れようとも、それも止む無しと言ったところだ。お前の言葉を借りるのであれば、これもまた“戦国の作法”なのだろう?」
勝ち誇ったように語る魔王に、ヒーサは心底うんざりしていた。
深いため息を吐き出し、そして、不敵な笑みを浮かべた。
「では、その作法に乗っ取り、私はお前に言っておくべき事がある」
「何かな?」
今更なんだと思う魔王であったが、その時、普段見られないものが視界に飛び込んできた。
それは“女神の笑み”だ。
普段、テアは笑わない。
外面をよくするため、演技として笑う時はある。
一応、世間的にはヒーサの専属侍女となっているので、愛想笑いくらいはするのだ。
だが、本当に心の底から笑う事など、この世界に来てから一度もなかった。
主に“共犯者”のせいで。
その女神が笑っているのは、魔王の視点からすれば異常でしかなかった。
その理由が分からないだけに、魔王は混乱した。
なぜ、この状況下で笑えるのか、と。
そして、同じく笑うヒーサの口から漏れ出た。
「我々の勝ちだな、愚かなる魔王よ」
~ 第五十九話に続く ~
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