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第三話  領内巡察! 公爵と花嫁のお披露目行!

 穏やかであり、剣呑でもあった朝食を終えると、ヒーサは出かける準備を始めた。

 シガラ公爵の地位を継ぎ、初めての領内巡察であった。

 なにしろ、暗殺事件以降、事後処理に追われてろくに領内を回れず、しかも王都への呼び出しもあって、とても巡察している余裕などなかったのだ。

 そして今日、ようやくその機会が巡って来た。なにより、花嫁として迎え入れたカウラ伯爵ティースのお披露目でもあるので、今日はなんとしても仲睦まじい夫婦を演出し、領民に対して公爵家の健在ぶりを見せつけねばならなかった。


「というわけで、ティースも同行してもらうわけなのだが、しおらしい淑女風でいってくれ」


「いきなり演技要求ですか」


 ティースとしては苦笑いせざるを得なかった。闊達な性格をその持ち前の行動力で示してきたのがティースであり、しおらしい淑女など、真逆もいいところであった。

 演技でもいいから大人しくしておいて、という気持ちも分からなくもない。暗殺事件のせいで伯爵家への風当たりは強く、公爵領内においてもそれはあらぬ噂として飛び交っていた。

 そのため、ヒーサとティースの婚儀には懐疑的な者も多く、目立つ言動は控えるべきであるとティース自身も思っていた。

 一応、布告は出して経緯を説明し、問題はないことを強調はしておいたが、どの程度まで効果があるかは、まだ未知数であった。

 そのための、大人しくしていろという要請なのだ。


「馬に跨って、何も言わず、笑顔で手でも振ってればそれでいい」


「でしたら、いっそのこと、馬車の方がよろしいのでは?」


 笑顔を振り撒くというのであれば、馬車の車窓から手を振るだけで事足りる。なにより、淑女が馬を乗り回すのはどうなのか、という考えもあった。

 貴族の女性で、馬を乗り回せる者は意外と少ない。ティースのように馬を操り、それどころか武芸にまで通じている女性の方が少数派なのだ。


「まあ、ティースの言わんとすることはわかるが、馬車では時間がかかる。できるだけ、回りたいからな。それに、用意する馬車は荷馬車だしな」


 ヒーサの指差す先には、確かに荷馬車が用意されていた。二頭立ての幌付馬車だ。行商などが使っていそうな荷馬車で、領内巡察にはあまり適してはいなさそうであった。

 では、何か運ぶものでもあるのかと、中を覗いてみると、いくつか木箱が置かれているだけであった。


「あれ? ヒーサ、荷物はこれだけですか? このくらいの量なら、馬にくくりつけても大丈夫ではないですか?」


 スカスカの荷台を見て、ティースは疑問を抱かざるを得なかった。あちこち回りたいなら、手早く移動するのも分かるが、あえて足の遅い荷馬車、しかもそれほど荷を積んでいない馬車を同行させる意味を見出せなかった。


「箱の中身は薬だよ。忘れてるかもしれないが、私は公爵であると同時に、医者でもあるのだぞ」


「それは存じ上げておりますよ。そもそも、私は公爵ではなく、医者に嫁ぐはずでしたので」


 元々ヒーサは公爵家の次男坊であり、公爵ではなく、医者を開業して生計を立てるつもりでいた。ティースとの結婚もそれを分かった上で両家の間で結ばれ、家同士の結びつきを強めることを目的としていた。

 まさか、互いにそれぞれの家督を相続することとなり、その上で結婚することになるなど、“毒殺事件の首謀者”を除けば、誰も予想しえないことであったのだ。


「ま、巡察がてら、医者の真似事もやっているわけだよ。医者はいくらいても困るもんでもないからな」


「だからと言って、公爵自らが診察しなくても」


「民の健康を願うのもまた、領主としての本音だよ。なにしろ、私はわがままだからな。思いがけず手にしたものとはいえ、失うのが怖いのだ。領地領民に問題あらば、それを取り除いて平癒させるのもまた、領主の役目だ」


 優し気な瞳を向けられたティースは、少しばかり気恥ずかしくなって顔を赤らめた。

 嫁入りしたため、自身の領地の経営は置いてきた家臣らに丸投げしている状態であった。自身のことで手一杯なこともあり、領主として領地領民を顧みていないのが現状だ。

 しかし、目の前の夫はより大きな領地をもっていながら、真摯にそれと向き合っている。その姿勢が誠実過ぎて、自分のことがたまらなく恥ずかしいのだ。


「ああ、それと、荷馬車の御者はナルに任せてもいいかな」


「え、ナルに?」


 ティースは思わず自身の侍女の方に視線を向けた。ナルなら馬車の御者くらいこなすことはできる。むしろ、自分とナルを別行動させる意味の方をこそ、目的ではないかとかと勘繰った。


「ええっと、テアに任せないのですか? あるいは、屋敷の者で、手隙の者とか」


 テアはヒーサの専属侍女であり、当然ながら巡察にも同行する。

 だが、ティースの提案は実行不可能なのであった。ヒーサと転生者プレイヤーであり、女神たるテアと離れての行動ができないためだ。屋敷内程度であれば大丈夫だが、先行する馬と後追いする馬車では、かなりの距離を空けることになる。

 そのため、ティースの案は却下せざるを得ないのだ。


「テアは本来、“医者”としての私の従者、助手であるからな。離れるわけにはいかんのだよ。診察には助手がいた方がいいからな。公爵としての公務であれば人を呼ぶが、医者としての活動は、私の道楽みたいなものだからな。専属でもない者を呼ぶのも気が引ける。であるから。同行してもらうティースの専属に頼んでいるのだ。ナルが無理なら、マークでも構わんが?」


 もっともらしい理由をこじ付けてあえて自家の人間を使わず、ティースの側近に役目を押し付けようとした。

 そうしたやり取りこそ、裏に何かあるのではないか、と警戒せざるを得なかった。

 ティースとしてもただでさえ味方が少ない中、二人と別行動をとるのはやはりまずいのではと考えていたのだ。

 思案がまとまらず、どうしたものかと、ティースは側近二人に視線を向けた。


「公爵様、我々は公爵領に着いたばかりで地理不案内ですし、誰か別の」


「ナル、嘘は良くないな。もうとっくに把握しているだろう?」


 突然発せられた夫の冷ややかな言葉に、ティースは背筋に寒気を覚えた。

 実際、ヒーサの言う通りであった。

 カウラ伯爵領とシガラ公爵領は隣接しており、しかもティースが前々から嫁ぐことになっていたのだ。事前の調査はしているし、地形や人口分布、産物などはしっかり把握していた。

 まして、裏では密偵をやっているナルにマークである。地理不案内など、絶対にありえないのだ。


(試されている・・・か。どこまで本気か、公爵家への嫁入りがただの形だけのものか、公爵家に尽くす覚悟があるか、いつも見られている。試されている)


 無論、ティースの想いは前者の方が圧倒的に強い。伯爵家の存続こそ第一であり、それを成すために嫁いできたと言ってもよかった。

 目的は全ての鍵である“村娘”の捜索と捕縛。それさえ叶えば、地に落ちた伯爵家の名誉は回復され、公爵家への吸収合併が目前に迫る中、それを回避する一手にもなるのだ。

 そんな考えを抱いているのを、夫はとっくに見抜いている。ゆえに、試している。

 どうするのかね、そう冷たい態度から訴えかけられているのだ。


「……分かりました。ナル、御者をお願い」


 渋々ながら要求を受け入れたティースに対し、ヒーサは笑顔に変じて肩を軽く叩いた。そして、自身が乗る馬の方へと歩み寄っていき、その馬具の具合や診察道具の入った鞄の中身を確かめ始めた。

 まんまと要求を呑まされたティースではあったが、短時間の別行動ならそこまで問題にならないかと考え直し、平静を取り戻した。


「ティース様、よろしいのですか?」


「ナル、よろしいもなにも、選択の余地はないのは分かっているでしょう? 今はとにかく、ヒーサの印象を悪くするようなことをしてはダメ。その気になれば、いつでもこっちを潰せるような状態なんだから、致命でない要求なら、受けざるを得ないのよ」


「それはそうなのですが……」


 伯爵家の立場は非常に弱く、ヒーサの匙加減一つで制圧されかねないのも事実だ。


「異端者たる《六星派シクスス》に備えるため、巡検隊を組織し、各所に駐留させる」


 この一言で、伯爵家は容赦なく事実上の制圧下に置かれるのだ。《六星派シクスス》への備えともなれば、誰も断れないし、事実、先頃の暗殺事件でも異端者達の暗躍が指摘されていた。

 ヒーサが容赦のない性格なら、とっくの昔に伯爵領は制圧されて終わっていた。

 しかし、意外なことにヒーサはその手を打ってこず、まるで伯爵領に関心がないように振る舞っていた。ティースへの対応も紳士的で、礼に適ったものだ。

 結局のところ、ティースが考えていた公爵家による伯爵家への攻撃、収奪は一切なく、不安はあっても不満はないのだ。

 ヒサコという唯一の特異点を除けば。


「ティース、言い忘れていた。この巡察にヒサコは同行しないぞ」


「え?」


 ヒーサから発せらえれた意外な言葉に、ティースは目を丸くして驚いた。てっきり同行して、余計なちょっかいをかけてくるかと思いきや、いきなりの不在宣言であった。


「なんか、用事ができたとか言って、どこかへすっ飛んでいったぞ」


「そ、そうですか……」


「なんだ? 寂しいのか?」


「それはありません。いない方が清々します」


「当人が聞いたら、また喧嘩にでもなりかねんな」


 冗談めかして、ヒーサは言い放った。

 なお、当人ヒサコはばっちり聞いているのだが、さすがに《性転換》も《投影》も見破られていないので、そのことに気付いている者は誰もなかった。


「でもなんでしょうか、すごく不安なんですが?」


「友人は近くに置いておきたいが、敵となる者はもっと近くに置いておいた方がいい」


「そう、それですよ、ヒーサ! ギャーギャーうるさいのは癪に障りますが、姿が見えない方が不安で仕方がないんです!」


 ティースとしては、不意討ちやら奇襲やらの心配があるので、ヒサコが単独でウロウロしている方が怖かったのだ。

 そして、今は公爵領の中である。領主たるヒーサの妹ということで、その動きを掣肘できるのはヒーサ本人のみであったが、ヒーサはヒサコの行動に特に関心を抱いていないようだと、ティースには見えていた。

 どこで何をしようが好きにして構わない、これがヒーサのヒサコへの対応であり、直接目にしたことでなければ何も言わないのだ。


「つまり、ティースはヒサコを敵と認識している、と」


「どこに友好的に接する要素があると!?」


「遺憾ながら、まったくもって思いつかんな。しかしながら、私としては、義理の姉妹として、仲良くやっていってほしいのだが」


 なお、こう言ってはいるが、ヒーサは二人が仲良くなることを望んでなどいなかったし、仲良くする気もなかった。

 ヒサコはあくまで盾役であり、ヒーサに向けられる敵意や悪意を全部引き受けさせる役目を負ってもらっているのだ。

 どうせ人形、スキルによって生み出された別の自分であるし、痛くもかゆくもないのだ。

 そして、現在はティースへの飴と鞭作戦を主目的に運用している。ヒサコへのヘイトが貯まれば貯まるほど、ヒーサがティースに施す優しさと慈悲が倍化するのだ。


「いっそのこと、一晩くらい水入らずで語り明かしたらどうだ? 案外と、意外な接点とやらが見いだせるやもしれんぞ」


「あちらがそれを望まない限り無理ですね」


「まあ、無駄かもしれんが、伝えてはおくよ」


「伝えなくても結構ですわ。あんなのと一晩一緒だなんて、途中で発狂してしまいます」


 当然ながら、同一人物が聞いているため、しっかりと伝わっていた。

 こうして、公爵即位と花嫁のお披露目ということで、往診名目での領内巡回に出発した。

 ヒーサ、テア、ティース、マークの四人が馬に跨って、訪問を予定している村に向かって走り出し、それを追いかけるように荷馬車を操るナルが続いた。

 ヒーサ自身、往診であちこち出かけたこともあるので、領民に顔は知れ渡っているが、公爵としての領内巡察はこれが初めてである。

 しかも、今回は花嫁付きである。

 そうした晴れ姿と、凄惨な事件の末に代替わりすれど、公爵家に一切の陰りなしとアピールせなばならなかった。

 一方のカウラ伯爵家の三人組はヒサコの動向に気にかけつつ、馬を走らせた。何事もないことを願いながら。



           ~ 第四話に続く ~

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