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第五十五話  決闘! 英雄と魔王の一騎打ち!(前編)

「お兄様との一騎討ち、これで決着を付けましょう!」


 いきなりの一対一サシでの決着を言い出したヒサコ。

 だが、当然ながらその反応は冷淡なものであった。

 毒を食らわせ、包囲し、あとはジワジワ削るだけだ。

 魔王自体は強固であるが、難攻不落の要塞とは呼べない状態である。

 兵糧めがみを奪われ、内通者つくもんは手懐けられ、疫病どくに犯され、完全包囲下にある籠城戦のようなものだ。

 その条件下で一騎討ちを受ける理由は何一つない。

 だが、ヒーサは周囲の反応を理解しつつも、異なる見解を打ち出した。


「いいだろう。我が妹の最後の願いだ。聞き届けてやろう」


「ちょっと!?」


 ヒーサの意外過ぎる反応にティースは驚きの声を上げた。

 周囲の反応も似たようなもので、明らかに難色を示していた。


「すでに勝ちへの道筋は出来上がっているのに、なぜあえて面倒な方法を取るのか!?」


 こう顔に書いてある者ばかりだ。

 ティースに至っては、殺意マシマシで睨み付けてきた。


「ヒーサ、おふざけも大概にしてください! 一騎討ちなど、それこそらしくない。それとも、ヨシテルの時のように、“騙し撃ち”でもしますか!?」


「まさか! バカ将軍ならいざ知らず、この期に及んで妹に奸計を用いるつもりはない」


「私の記憶が確かなら、茶事にかこつけて油断させた後、毒を盛って、テアを引っぺがして、そんな感じだったと思いますが?」


「あれは魔王に対して嫌がらせをしただけであって、妹とじゃれついていたわけではない」


 そう言って、ヒーサはティースに手を差し出した。

 そして、視線の先には『鬼丸国綱おにまるくにつな』があった。


「てなわけで、その刀、ちょっと貸してくれ」


「嫌です。と言うか、中の人ヨシテルが断固拒否しています。『あの愚物にいい様に虜となるならば、腹掻っ捌いて果てる』とか言ってますが?」


「刀がどうやって切腹するのか、興味が尽きないな。そもそも、上様、さっさと成仏してください。私の妻に粉かけるとか、いよいよ落ちるところまで落ちましたな」


「『先程、バカ将軍がどうとか言っていながら、図々しいにも程がある』ですって」


「天下五剣の大業物、魔王との一騎打ちにはこれ以上に無い逸品と思えばこそだ。いくら強力無比とはいえ、『不捨礼子すてんれいす』では格好が付かん」


 実際、鍋で魔王に殴りかかるなど、様にならなさ過ぎた。

 “神の力が付与された”と言う点では、伝説に語られる幻想的な武具と言えなくもないが、形状が鍋ではいくらなんでも格好が悪い。

 最後の閉めくらいは、キッチリ絵になりたいと言いたげに、ヒーサの視線はなおもティースの持つ刀に注がれていた。


「お兄様、早くしていただけませんか? それとも毒の影響を鑑みて、またお得意の時間稼ぎですか?」


「いやいや、私も妹の最後くらいはきっちり決めたいのだが、上様が強情でな」


「後世の評を気にする事もないのですし、さっさと始めましょう」


「やれやれ、せっかちな事だな。だが、ヒサコを“生け捕る”には、刃物より鈍器の方がマシか」


 ヒーサは軽く鍋を振り回して感触を確かめつつ、ヒサコを対峙した。

 しかし、当のヒサコは呆れ返っていた。


「まだ生け捕るとかお考えですか!? お兄様も意外と甘いようで」


「ああ、何しろ諦めが悪くてな。手が残っているのであれば、それに賭けるだけだ。お前を生け捕り、その上で“八百長”の件を呑ませる。何のことは無い。結局、私は気兼ねなく遊びたいだけなのだよ」


「どこまでも強欲ですわね」


「首尾一貫と評して欲しいところだが、時間も押しているようだし、決着を付けようか」


 すでにヒサコの体は毒が回り切り、肉体の維持が困難になって来ていた。

 あちこちの皮膚がただれ始めており、滴る血が服に吸われているのが見ていて痛ましい程だ。

 魔王でなければ同情を禁じ得ないであろうが、そこはヒサコの悪名が一切の手心を封じていた。

 肝心のヒーサを除いて。


「では、これで最後の決闘だ。全員、手出し無用だ!」


 そう宣言したヒーサであるが、いきなりそれは破られた。

 ヒーサの目の前に、光り輝く剣が投げ込まれ、地面に突き刺さったのだ。

 投げてきたのはアスプリクであり、魔力を収束して作り上げた光刃ライトエッジであった。


「ヒーサ、それを使って! “確実”にヒサコにとどめを刺してくれ!」


 アスプリクにしては珍しい事に、ヒーサの指示に反する行動であった。

 生け捕りにするとヒーサが宣言したが、アスプリクは行動によってそれを制した。

 常にヒーサの言動には、肯定的な態度を示すアスプリクとは思えない剣幕を向けていた。

 ヒーサはやれやれと言わんばかりにため息を吐き、投げられた光刃ライトエッジを見つめ、それからアスプリクの方へ視線を向けた。


「アスプリク、話は聞いていただろう? 私は……」


「それは分かっているつもりだよ。でも、理解と納得は別儀なんだ。僕もそうだけど、ヒサコと言うより、魔王と言う存在が害悪なんだ。それを生かしておく理由はない」


「生かしておく理由が、私にはあるのだが?」


「逆に言えば、“ヒーサ以外”にはないとも言える。僕もそうだ。だから、さっさととどめを刺して欲しいんだ」


 混じり合う二人の視線は、特に火花を散らすようことはない。

 ほんの些細な“共犯者おともだち”同士の意見の不一致であるからだ。

 しかも、互いの考えを理解し、それについても納得できていた。

 更なる催促の意味として、アスプリクはヒーサに駆け寄り、突き刺さった光刃ライトエッジを手に取り、それをヒーサに差し出した。


「ヒーサ、受け取ってくれ。そして、確実に倒してくれ」


 アスプリクの眼はしっかりとヒーサを捉え、揺るがぬ意志と共に剣を突き出した。

 半ば脅しとも取れるこの行動には、誰しもが驚いた。

 ヒーサに対して従順なアスプリクはそこにはいない。

 魔王を憎む一人の少女として、その討滅を願っているのだ。

 魔王は英雄の手で倒されるべし。

 その赤い瞳はそう物語っていた。

 ならばと、ヒーサは鍋を頭に被り、光刃ライトエッジを手に取った。


「不本意だが、仕方あるまい。今ここでアスプリクと事を構えるつもりもないし、“遊ぶ”事に関しては私の完全なわがままであるからな。末期の茶は飲んだことだし、閉めるとしよう、この“喜劇”を」


 ヒーサはポンとアスプリクの頭に手を乗せ、二度、三度と頭を撫でると、改めて剣を構え、ヒサコと対峙した。


「ヒーサ! その刃は本来、それを作り出した術士専用なんだ。遠隔での形態維持は結構手間なんだよ。手早くやって!」


「了解だ。テア、ありったけの魔力を私に送れ」


「分かったわ!」


 テアも意識を集中させて、ヒーサに魔力を送り始めると、途端に光刃ライトエッジが噴き上がるように巨大な剣へと変じていった。


「全力だ。一撃で決めてやるぞ!」


 ヒーサは改めて剣を握り直し、いつでも踏み込めるように体勢を整えた。

 これに対して、ヒサコも残る魔力をありったけ込めた『松明丸ティソーナ』に火を灯し、渦巻く炎となって天へと突き上がる程の勢いとなった。

 これが最後と互いに決め、英雄ヒーサ魔王ヒサコはどう詰めて相手に必殺の一撃を叩き込むか、頭の中で読み合いが始まった。



           ~ 第五十六話に続く ~

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