表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

547/570

第五十四話  不成立! “楽”への道は反対者が多すぎる!

「魔王と言う力に溺れるお前自身もまた、十分に醜いぞ」


 ヒーサの言葉はヒサコを怒らせた。

 自分がこうなったのは誰のせいか、こうぶちまけてやりたい気分であった。

 だが、寸前で思い止まった。

 いくら圧倒的な力を有しているとは言え、周囲にはヒーサを含む腕利き揃いだ。

 激情のままに動いても、流されて、返されて、思わぬ攻撃を食らうだけだ。


「ヒサコよ、諦めろ。今のお前では残念だが、手数が足りんぞ。黒犬つくもんの寝返りに乗じて詰め切れればよかったのだがな。すでに逆転の手はない」


 ヒーサは睨み付けてくるヒサコに冷ややかな視線を送り、勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべた。

 逆転の一手はただ一つ。女神テアの身柄を再奪還し、魔力を補充することだ。

 だが、女神の立ち位置で勝敗が左右される事は、すでに周知されていた。

 それゆえに、ヒサコとテアの間にはヒーサが『不捨礼子すてんれいす』を構えて立ち塞がり、更にテアのすぐ横にはマークとルルが両脇に張り付いて警戒に当たっていた。

 女神の奪還と言う相手が犯した愚を、絶対にやるまいと言う意思が感じられる布陣だ。


「すでに時間はお前の味方ではない。体が蝕まれてくるのが分かっているはずだ。いっその事、このまま睨み合いでも構わんのだ。そんな下らん結末でもいいのか?」


 ヒーサに指摘されるまでもなく、ヒサコは毒が回ってきたのを感じていた。

 ジッとしている分には毒のダメージを回復させることができる。

 しかし、戦闘機動を取っている際には魔力をそちらに回さねばならず、しかも活発に体を動かす分、毒の周りも早くなる。

 本当に嫌らしい状況であった。


「ナルがもたらしてくれた好機よ。数カ月越しの毒の刃に身悶えながら、惨たらしく朽ちていきなさい!」


 ティースもいよいよヒサコの最後が近付いていると感じ、いよいよ無言のままで斬り合うのも止めにした。

 いつ頃からだろうか、ヒサコがこうなるように願い続け、ようやくそれが叶うのだ。

 無論、その感情は少々複雑だ。

 ヒサコはただの人形で、実家の伯爵家が崩壊したのも、すべては夫ヒーサの仕業だという。

 恨んで、ほだされて、愛して、事実を知って、絶望して、従者と我が子を奪われて、今に至っている。

 言葉で表すのも難しい出来事の繰り返しだ。

 後はもう自分の手で弱った義妹を斬り伏せるか、自滅を待つかの状況であり、相手の出方を待つばかりであった。

 だが、自分で終わらせたいとの衝動があり、刀を握る手には一層力が入っていた。

 当のヒサコも“死”の匂いを感じているのか、その表情は無念と苦痛でいっぱいであった。


「認めない……」


「ん?」


「なんでこんな腐り切った世界を続けさせようというの!? 悩んで、苦しんで、平然と他者を蹴落とし、陥れる。そんな世界に価値がある!?」


「少なくとも、評価の下しようのない“無”よりかはな。それこそ無価値と言うものだ」


 ヒーサは鼻で笑い、そして、見下した。


「私から枝分かれして生み出されたという割には、ここまでつまらん奴になるとはな。“世界の意思”とやらからの、くだらん啓蒙に毒されたものだ。私の毒の方がまだマシと言うものだ」


「欲望と言う名の毒こそ、この世で最悪の毒でしょうが!」


「では、欲望と言う言葉を……、欲する心を“願い”に置き換えてみろ。幾分か語彙が和らぐ」


「言葉遊びに興じるつもりはありません!」


「それよ、それ。今のお前に足りないのは“遊び”だ。だから、誰もお前には付いて来ない」


 ヒーサは悠然と構えた。

 魔王と対峙している状況とは思えないほどの落ち着き具合で、笑みすら浮かべていた。


「遊びがあるからこそ、余裕の態度を他者に見せ付けられる。そして、余裕が貫禄を生み、貫禄が人々を惹き付ける。所謂“かりすま”とか言うやつだ。勿体ぶった長口上もその延長だ。ヒサコよ、お前も魔王を名乗るのであれば、邪悪な哲学や思想で私を惹き付け、魅了して欲しいものだな。少なくとも、私の知っている信長まおうは、腹立たしいまでに魅力的であったぞ」


 目を瞑れば、かつての魔王の姿を松永久秀は思い浮かべる事が出来た。

 小さな地方豪族から成り上がり、瞬く間に成り上がっていった大うつけだ。

 何度も戦い、時には手を組み、それでも最後は抗うも果てる結果になった、大嫌いな男であった。

 それに比べれば、この世界の魔王と化した自分の分身の、何と矮小な事かと嘆きたくもなった。


「うるさい! 黙れ! どうせ世界は消えてなくなるわ! 遅いか早いか、それだけの差よ!」


「ならば、それを早める必要はあるまい。人は生きて、繋げて、そして、死ぬ。その繰り返しだ。派手に散る、という行為自体は分からんでもないが、それに巻き込まれるのは我慢ならんな。まあ、世界規模の自死ともなれば、巻き添えは止むなきかな。ゆえに、全力で阻止というわけだ」


 この点では、全員の思惑は一致していた。

 やりたい事があり、果たすべき責務がある。それを成すのに、この世界が無くなっては、話にならないのだ。

 そう思えばこそ、嫌々ながらもヒーサに協力している者もいる。

 結局のところ、ヒサコの仲間と言えば、“世界の意思”などという雑音しか発しない存在だけだ。

 何の助力も、助言もない。

 孤独なのだ。

 唯一人、手を差し伸べる者を除いて。


「ヒサコ、もう一度言う。諦めろ。そして、私の手を取れ。今までの件は許してやろう」


 ヒーサは左手を差し出し、愚かな妹を許すと言い切った。

 当然、周囲からは困惑と同様で空気は満たされた。


「ちょっと、ヒーサ! そんな事は許さないわよ!」


「ティースよ、前にも述べたが、私の目的は唯一つ、“茶を飲んでのんびりしたい”だけなのだ。こうも殺伐とした空気は、前世で腹いっぱいに食らってきたからもう十分だ。しかし、魔王が復活した以上、そうも言ってられんが、“幸いな事”に魔王は私自身の妹なのだ。闘争ではなく、交渉を……。騙し合いは脇に置いて、表裏のない茶会を催したいのだよ」


「だからって言って、ヒサコを放置するの!?」


「目的へ辿り着く手段として、“八百長”を考えているのだ。魔王が存在しても、戦争はしない。そう確約するだけでいい」


「そんな約束に意味があるとでも?」


 いつもの夫婦間の口論に、口を挟んできたのはヨハネスだ。

 事情は移動途中にマークから色々聞かされていたが、“八百長”については初耳であった。

 ヨハネスとしては、《五星教ファイブスターズ》の責任者として、それを看過することはできなかった


「公爵よ、魔王と馴れ合うつもりか!?」


「共存、と表現して欲しいものだがな」


「闇の神の落とし児たる魔王と共存など、絵空事も甚だしい。仮に何かしらの協定が成立したとしても、いずれ袂を別つのが目に見えている」


「はて? つい先頃、五つの星の神を奉ずる王国の国民が、血で血を洗う抗争を繰り広げたばかりではありませんか。身内であろうと、袂を別つ事もあり得るということです。ならば、言葉が通じて意思疎通の図れるのである以上、魔王も人間も変わりはありますまい」


「詭弁だ! 闇を懐に入れ込むなど、輝く魂に影を差し入れる行為となろう。わざわざ危険を冒してまで成す意味を見出しかねる」


 ヨハネスの意見に、何人かが頷いて同意した。

 ヒサコを危険視する者、個人的な恨みのある者、賛同者は様々であるが、動きのない者も含めて、魔王ヒサコは野放しにするには危険過ぎるという意見の一致を見ていた。


「では、法王よ、ヒサコを討滅する、という事で良いのか?」


「無論。影差す所に人が立ち入るべきではない。温かな陽光の下でこそ、健やかな日々を送れるのだ」


 これもまた頷く者が多く、ヒーサとしてもこれ以上は無理かと諦めざるを得なかった。

 八百長で時間を稼ぎ、ようやく手にしたこの国を好き放題に遊び倒そうという計画も、どうやら賛同を得られそうもなかった。

 勿体ない、というのが正直な話であるが、だからと言って反発心が膨れすぎて、内部対立が発生する事だけは避けねばならないという、理性の部分が疼いているのも事実だ。

 下手な動きは、追い詰めた魔王に隙を生じさせる結果にも繋がりかねない。

 そう考えがまとまると、ヒーサはヒサコに差し出していた手を引いた。

 そして、ため息の後、切り出した。


「さて、ヒサコよ、望みの最後はあるか? 焼死、凍死、圧死、失血死、溺死、お望みの最後を用意しよう。それとも、そのまま毒で死ぬというのもありだ。どんな死に様でも思いのままだぞ」


「フンッ! 趣味の悪い言い方だわ。……それで、どんな最後でも叶えてくれるのかしら?」


「ここにいる顔触れに用意できるやり方であれば、な」


「なら、一つあるわ」


 ヒサコは剣の切っ先をヒーサに向けた。


「お兄様との一騎討ち、これで決着を付けましょう!」



          ~ 第五十五話に続く ~

気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。


感想等も大歓迎でございます。


ヾ(*´∀`*)ノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ