第五十四話 不成立! “楽”への道は反対者が多すぎる!
「魔王と言う力に溺れるお前自身もまた、十分に醜いぞ」
ヒーサの言葉はヒサコを怒らせた。
自分がこうなったのは誰のせいか、こうぶちまけてやりたい気分であった。
だが、寸前で思い止まった。
いくら圧倒的な力を有しているとは言え、周囲にはヒーサを含む腕利き揃いだ。
激情のままに動いても、流されて、返されて、思わぬ攻撃を食らうだけだ。
「ヒサコよ、諦めろ。今のお前では残念だが、手数が足りんぞ。黒犬の寝返りに乗じて詰め切れればよかったのだがな。すでに逆転の手はない」
ヒーサは睨み付けてくるヒサコに冷ややかな視線を送り、勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべた。
逆転の一手はただ一つ。女神の身柄を再奪還し、魔力を補充することだ。
だが、女神の立ち位置で勝敗が左右される事は、すでに周知されていた。
それゆえに、ヒサコとテアの間にはヒーサが『不捨礼子』を構えて立ち塞がり、更にテアのすぐ横にはマークとルルが両脇に張り付いて警戒に当たっていた。
女神の奪還と言う相手が犯した愚を、絶対にやるまいと言う意思が感じられる布陣だ。
「すでに時間はお前の味方ではない。体が蝕まれてくるのが分かっているはずだ。いっその事、このまま睨み合いでも構わんのだ。そんな下らん結末でもいいのか?」
ヒーサに指摘されるまでもなく、ヒサコは毒が回ってきたのを感じていた。
ジッとしている分には毒のダメージを回復させることができる。
しかし、戦闘機動を取っている際には魔力をそちらに回さねばならず、しかも活発に体を動かす分、毒の周りも早くなる。
本当に嫌らしい状況であった。
「ナルがもたらしてくれた好機よ。数カ月越しの毒の刃に身悶えながら、惨たらしく朽ちていきなさい!」
ティースもいよいよヒサコの最後が近付いていると感じ、いよいよ無言のままで斬り合うのも止めにした。
いつ頃からだろうか、ヒサコがこうなるように願い続け、ようやくそれが叶うのだ。
無論、その感情は少々複雑だ。
ヒサコはただの人形で、実家の伯爵家が崩壊したのも、すべては夫ヒーサの仕業だという。
恨んで、絆されて、愛して、事実を知って、絶望して、従者と我が子を奪われて、今に至っている。
言葉で表すのも難しい出来事の繰り返しだ。
後はもう自分の手で弱った義妹を斬り伏せるか、自滅を待つかの状況であり、相手の出方を待つばかりであった。
だが、自分で終わらせたいとの衝動があり、刀を握る手には一層力が入っていた。
当のヒサコも“死”の匂いを感じているのか、その表情は無念と苦痛でいっぱいであった。
「認めない……」
「ん?」
「なんでこんな腐り切った世界を続けさせようというの!? 悩んで、苦しんで、平然と他者を蹴落とし、陥れる。そんな世界に価値がある!?」
「少なくとも、評価の下しようのない“無”よりかはな。それこそ無価値と言うものだ」
ヒーサは鼻で笑い、そして、見下した。
「私から枝分かれして生み出されたという割には、ここまでつまらん奴になるとはな。“世界の意思”とやらからの、くだらん啓蒙に毒されたものだ。私の毒の方がまだマシと言うものだ」
「欲望と言う名の毒こそ、この世で最悪の毒でしょうが!」
「では、欲望と言う言葉を……、欲する心を“願い”に置き換えてみろ。幾分か語彙が和らぐ」
「言葉遊びに興じるつもりはありません!」
「それよ、それ。今のお前に足りないのは“遊び”だ。だから、誰もお前には付いて来ない」
ヒーサは悠然と構えた。
魔王と対峙している状況とは思えないほどの落ち着き具合で、笑みすら浮かべていた。
「遊びがあるからこそ、余裕の態度を他者に見せ付けられる。そして、余裕が貫禄を生み、貫禄が人々を惹き付ける。所謂“かりすま”とか言うやつだ。勿体ぶった長口上もその延長だ。ヒサコよ、お前も魔王を名乗るのであれば、邪悪な哲学や思想で私を惹き付け、魅了して欲しいものだな。少なくとも、私の知っている信長は、腹立たしいまでに魅力的であったぞ」
目を瞑れば、かつての魔王の姿を松永久秀は思い浮かべる事が出来た。
小さな地方豪族から成り上がり、瞬く間に成り上がっていった大うつけだ。
何度も戦い、時には手を組み、それでも最後は抗うも果てる結果になった、大嫌いな男であった。
それに比べれば、この世界の魔王と化した自分の分身の、何と矮小な事かと嘆きたくもなった。
「うるさい! 黙れ! どうせ世界は消えてなくなるわ! 遅いか早いか、それだけの差よ!」
「ならば、それを早める必要はあるまい。人は生きて、繋げて、そして、死ぬ。その繰り返しだ。派手に散る、という行為自体は分からんでもないが、それに巻き込まれるのは我慢ならんな。まあ、世界規模の自死ともなれば、巻き添えは止むなきかな。ゆえに、全力で阻止というわけだ」
この点では、全員の思惑は一致していた。
やりたい事があり、果たすべき責務がある。それを成すのに、この世界が無くなっては、話にならないのだ。
そう思えばこそ、嫌々ながらもヒーサに協力している者もいる。
結局のところ、ヒサコの仲間と言えば、“世界の意思”などという雑音しか発しない存在だけだ。
何の助力も、助言もない。
孤独なのだ。
唯一人、手を差し伸べる者を除いて。
「ヒサコ、もう一度言う。諦めろ。そして、私の手を取れ。今までの件は許してやろう」
ヒーサは左手を差し出し、愚かな妹を許すと言い切った。
当然、周囲からは困惑と同様で空気は満たされた。
「ちょっと、ヒーサ! そんな事は許さないわよ!」
「ティースよ、前にも述べたが、私の目的は唯一つ、“茶を飲んでのんびりしたい”だけなのだ。こうも殺伐とした空気は、前世で腹いっぱいに食らってきたからもう十分だ。しかし、魔王が復活した以上、そうも言ってられんが、“幸いな事”に魔王は私自身の妹なのだ。闘争ではなく、交渉を……。騙し合いは脇に置いて、表裏のない茶会を催したいのだよ」
「だからって言って、ヒサコを放置するの!?」
「目的へ辿り着く手段として、“八百長”を考えているのだ。魔王が存在しても、戦争はしない。そう確約するだけでいい」
「そんな約束に意味があるとでも?」
いつもの夫婦間の口論に、口を挟んできたのはヨハネスだ。
事情は移動途中にマークから色々聞かされていたが、“八百長”については初耳であった。
ヨハネスとしては、《五星教》の責任者として、それを看過することはできなかった
「公爵よ、魔王と馴れ合うつもりか!?」
「共存、と表現して欲しいものだがな」
「闇の神の落とし児たる魔王と共存など、絵空事も甚だしい。仮に何かしらの協定が成立したとしても、いずれ袂を別つのが目に見えている」
「はて? つい先頃、五つの星の神を奉ずる王国の国民が、血で血を洗う抗争を繰り広げたばかりではありませんか。身内であろうと、袂を別つ事もあり得るということです。ならば、言葉が通じて意思疎通の図れるのである以上、魔王も人間も変わりはありますまい」
「詭弁だ! 闇を懐に入れ込むなど、輝く魂に影を差し入れる行為となろう。わざわざ危険を冒してまで成す意味を見出しかねる」
ヨハネスの意見に、何人かが頷いて同意した。
ヒサコを危険視する者、個人的な恨みのある者、賛同者は様々であるが、動きのない者も含めて、魔王は野放しにするには危険過ぎるという意見の一致を見ていた。
「では、法王よ、ヒサコを討滅する、という事で良いのか?」
「無論。影差す所に人が立ち入るべきではない。温かな陽光の下でこそ、健やかな日々を送れるのだ」
これもまた頷く者が多く、ヒーサとしてもこれ以上は無理かと諦めざるを得なかった。
八百長で時間を稼ぎ、ようやく手にしたこの国を好き放題に遊び倒そうという計画も、どうやら賛同を得られそうもなかった。
勿体ない、というのが正直な話であるが、だからと言って反発心が膨れすぎて、内部対立が発生する事だけは避けねばならないという、理性の部分が疼いているのも事実だ。
下手な動きは、追い詰めた魔王に隙を生じさせる結果にも繋がりかねない。
そう考えがまとまると、ヒーサはヒサコに差し出していた手を引いた。
そして、ため息の後、切り出した。
「さて、ヒサコよ、望みの最後はあるか? 焼死、凍死、圧死、失血死、溺死、お望みの最後を用意しよう。それとも、そのまま毒で死ぬというのもありだ。どんな死に様でも思いのままだぞ」
「フンッ! 趣味の悪い言い方だわ。……それで、どんな最後でも叶えてくれるのかしら?」
「ここにいる顔触れに用意できるやり方であれば、な」
「なら、一つあるわ」
ヒサコは剣の切っ先をヒーサに向けた。
「お兄様との一騎討ち、これで決着を付けましょう!」
~ 第五十五話に続く ~
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