第五十一話 奪い合い! 女神の体は誰の手に!?
「でもさ、ヒーサ、酷いじゃないか~。マークから聞いたけど、僕が死ぬ事を前提に策が組まれていたって。普通、そんな策使う!?」
そんな抗議の声を上げたのはアスプリクであった。
皇帝ヨシテルとの戦いに際して魔力を使い果たし、休んでいるところを黒衣の司祭に襲撃され、囚われの身となった。
その後は“ヒサコ”を中心に奪還作戦が展開されるも、そのヒサコこそが魔王であり、隠れ潜んでいた魔王が時機到来として正体を表し、アスプリクを生贄として首を刎ねたのだ。
その白い首には斬り落とされた痕があり、さながら首輪をかけられたように痛々しい傷跡が首をグルッと回っていた。
「いや~、その点は弁解できん。予定よりも早くカシンが仕掛けてきて、準備できていなくてな。その後も奴に煽られた反乱軍の鎮圧にも難儀したしな。なんなら、伝書鳩でも飛ばしておけばよかったか?」
「届くわけないじゃん。地下の祭壇の上だったし、縛られていたし」
「まあ、それもそうだな。だが、薄っぺらい勝率などではなく、五分五分くらいで大丈夫だとは考えていたぞ」
「それでも、五分五分なんだ」
かなり分の悪い賭けで勝負に出るであろうことは予想していたが、自分の命すら五分五分で勝負に出ると言うのは、なんとも釈然としない感覚に襲われるアスプリクであった。
常に圧倒的優勢になってから動くヒーサにしては、本当にギリギリであったのだと、その点はどうにか納得はしていたが。
「まあ、あれだ。ヒサコは私の模倣をしているからな。ならば、“武士”としての習性が出るであろうと踏んだのだ」
「モノノフ、って何?」
「武芸を磨き、戦場にて手柄を立てて、褒美を貰い受け、寸土のために命を張る。そんな連中だ。かく言う私もそんな一人だ」
「以前の世界はかなり過激だって聞いてたけどさ。そんなおっかない連中が跋扈してるんだ」
「まあな。そして、手柄を示すための最重要の証拠が、“首級”なのだ。倒した相手の首を掲げて己を主張し、首実検に参じては武辺話を得々と語り、手柄を認めてもらって褒美をいただく。武士としてはごくごく当たり前の事」
「え? 何? その悪魔召喚でもしそうな儀式は!?」
ヒーサの話を聞き、アスプリクはドン引きした。
また、周囲もそれには同感らしく、「えぇ……」とこれまた引いていた。
「つまり、だ。雑兵ならいざ知らず、名のある大将首は必ず“取る”ということだ。首は切っても、身体を辱めるような真似はしない。遺体は丁重に扱うし、まして戦利品たる“首級”に関してはなおの事な。遺体が修復可能な状態で置かれるだろう、と言うのが私の予想だ」
実際、アーソでの騒乱の際も、殺したヤノシュの首“だけ”は丁重に扱っていた。
体の方は証拠隠滅のため、やむなく処分してしまったが、見せる首はちゃんと奇麗にして家族のところへ返している。
エルフの里でも、里長のプロトスを殺しても、首はちゃんと娘のアスティコスに渡していた。
首は刎ねるが、それを丁重に扱う。
まさに“武士”としての習性、習慣そのものが染み付いている結果と言えよう。
「だが、結果こそすべてだ。アスプリク、お前の犠牲で、この状況を作り出せたのだ。後でいくらでも埋め合わせはするから、まずは目の前のバカに反省してもらうとしよう」
「はいはい、了解っと。んじゃ、叔母上、気張っていこうか」
「分かっているわ。まあ、私もヒサコには色々と思うところはあるし、好き放題殴り飛ばしていいんなら、喜んで協力するわよ」
アスプリクの側にいたアスティコスもすでに弓矢を構えており、いつでも仕掛ける準備はできていた。
この二人に限らず、周囲はすでに戦闘態勢であり、ヒサコを袋叩きにする気満々であった。
しかし、ヒサコは追い詰められてはいたが、逆に頭が冷えた。
魔王に挑みかかる英雄、豪傑達を前にして、あるいは“らしくなってきた”とさえ感じているのだ。
それゆえに、口の端を吊り上げる不気味な笑みを見せた。
「ほんと、お兄様の策謀には脱帽ですわ。勝ったと思った瞬間こそ、策を仕掛ける隙が生じる。まさにそのとおりで、あたしもまんまとハメられましたわ」
「なら諦めて城下の盟でも結ぶか? “八百長”の誘いなら、いつでも受け付けるぞ」
この期に及んで、ヒーサはなおも諦めていなかった。
あくまで、この世界を遊び倒すつもりでおり、そのためにわざわざ魔王討伐を企図した策を展開しつつ、カンバー王国の実権を握って自分好みに作り変える手筈さえ整えたのだ。
ここからが面白い。
表向きは魔王と戦いつつ、裏では繋がって戦っているように見せ、築いてきた“茶の湯”を始めとする文化興隆を楽しむつもりでいた。
英雄と魔王、どちらかが倒れぬ限り続く世界だからこそ、八百長が成立しさえすれば可能なのだ。
「私もな、戦国乱世にあって、平穏を求めてきた。もちろん、自分が主役の世界という話ではあるがな。そして、それは目の前にある。お前が世界の破滅などと言う下らぬ所業を放棄すれば、いつでも手と手を携えることができるのだ」
「まだ言いますか! 妹と呼んでいた存在に毒を盛っておいて、よくもまあそんな台詞が吐けますね!」
「妹ではなく、魔王に毒を盛ったのだがな。まあ、どのみち、過ぎた事であるし、これからの事こそが肝要だ。……ああ、お前には未来は必要なかったか」
露骨すぎるほどの挑発であり、冷ややかなヒーサの視線を見ればそれは明らかであった。
本当にイライラすると憤激したヒサコは、クルリと体の方向を変え、一足飛びに“それ”に向かって斬りかかった。
その先にはアスプリクがいた。
「叔母上、離れて!」
狙いが自分であることが分かると、アスプリクも即座に反応した。
得意の炎を呼び出し、これまた炎をまとうヒサコにぶつけて相殺を謀った。
「ヒサコ、僕は君に二度殺される事を拒否させてもらうよ!」
「“オトモダチ”なら、糧になって欲しいわね!」
「そういうのは友達とは言わないよ!」
ヒサコとアスプリクの炎がぶつかり合い、凄まじい熱風が吹き荒れた。
近くにいたアスティコスの肌や髪が焼けてしまう程であり、ヒサコに向けて放った矢も、命中する前に燃え尽きてしまう程だ。
「いいのかい、ヒサコ? 毒で気分が悪そうだけど?」
「ええ、問題ないわ。あなたがいてくれるから!」
ヒサコの袖口から黒い触手が飛び出し、アスプリクに襲い掛かった。
「闇を祓う壁となれ、〈対闇属性防御幕〉!」
ヨハネスが生み出した光の幕がアスプリクを包み込み、黒い触手を弾いた。
「ええい、どこまでも邪魔をする!」
「ああ、邪魔させてもらうぞ、魔王よ!」
ヨハネスとしても、いよいよ登場した敵総大将に容赦するつもりはなかった。
《五星教》は壊滅状態の損害を受けたが、なおも法王は健在である。
代表者のみが残るという皮肉な状況だが、それだけにそれを成した魔王を逃すわけにはいかなかった。
さらにアスティコスとライタンが放った〈風の刃〉も、ヒサコを挟み込むように襲い掛かった。
渦巻く炎の竜に命中するも、裂いた箇所が瞬時に元通りとなった。
「やれやれ、これは面倒ですな!」
「わざわざ“餌”が飛び込んできてくれたわね!」
ヒサコの体からさらに数本の触手が伸び、周囲に群がる面々に襲い掛かった。
「みんな、距離を詰め過ぎないで! ヒサコは魔力を奪うつもりよ!」
テアからの警告が飛んだが、そこは手練れ揃いである。
すでに回避行動に移っており、伸びる触手を寸前で交わした。
「どこまで逃げられるかしらね!」
ヒサコもさらに触手を動かし、捕まえようとするが、ヒーサとティースが割って入った。
ライタンの方に伸びていた触手はティースが刀で切断し、ヒサコに対してはヒーサが直接『不捨礼子』で殴りにかかった。
「足りない魔力を、ここにいる顔触れに払ってもらうつもりか!」
「ええ、そうですよ。面倒ですが、もう一度手順を踏み直します。ここにいる面々の魔力を吸収しつつ、今一度、テアを取り込みます。そら、そっちがお留守ですよ!」
ヒサコは鍋の一撃を素早く動いて回避しつつ、次なる一手を打った。
触手の一つが急激に角度を変え、テアの方に向かって伸びたのだ。
捕まったかと思ったが、マークが咄嗟に手を引いて転びながらも回避には成功した。
だが、そこに更なる一撃が走った。
「やれ、“黒犬”!」
巨大な黒い塊がテアに飛び掛かり、その体を咥えた。
「きゃぁあ!」
「…………! この駄犬が!」
マークは懐から短剣を取り出し投げようとしたが、黒犬は加えたテアを盾にするように突き出し、その動きを制した。
「元々そいつは闇の眷属! “飼い主が二人”いるのなら、お兄様と、あたしと、どっちに靡くかは一目瞭然でしょうよ!」
「ここへきて、裏切りか! 飼い犬の手を噛まれるとは、こういうのだろうな!」
「“また”ですか、お兄様! 以前もそうやって、身内と思っていた者の“裏切り”によって、果ててしまいましたからね? 火薬の詰め物は準備よろしいでしょうか!」
ヒサコの挑発に、ヒーサはかつての信貴山城での出来事を思い出した。
難攻不落の強固な山城に籠るも、内通によって防衛線が綻び、自害を遂げる結果に終わった。
今また、番犬の鞍替えによって、包囲が崩された。
「余計な手間をかけさせる! どちらが主かを、ちゃんと躾けておかんとな!」
ヒーサは黒犬の前に立ち塞がり、鍋を構えて対峙した。
黒犬もヒーサを睨みつつ、テアを突き出して、これを誇示した。
「おい、下らん事をやっとらんで、女神を放せ。そいつは私のものだ」
ヒーサは睨み付けながらそう言い放ったが、黒犬の返答は簡潔であった。
甘噛み状態を止め、本気でテアに牙を突き立てたのだ。
「うぁぁぁ!」
テアの悲鳴と共に黒犬の口から血が滴り落ちた。
それに呼応してか、深紅の瞳がより一層怪しく輝き、その軍馬を上回るほどの巨躯が、さらに一回り大きくなった。
「女神の魔力を吸収したか! 駄犬が、その体は私が予約を入れていたというのに、先に食い散らかしおって!」
「あぁ~らぁ~、ごめんなさいね、お兄様、お先にいただちゃって♪」
軽口を叩くヒサコであったが、その力は明らかに上昇していた。
「魔力を逆流させてみました。本来は使い魔に指示や魔力を送りますが、使い魔が吸収したテアの魔力を、こちらに送り返させています。効率は悪いですが、まあ、それも今しばらくの話ですわ!」
炎の竜が、あるいは黒い触手が、勢い良く動き回り始めたのはその時だ。
再びテアの魔力を吸収し、勢いづいたのだ。
世話のかかる事だと思いつつ、ヒーサは女神を取り戻すべく、再び鍋を構えた。
~ 第五十二話に続く ~
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