第五十話 明かされた真実! 勲功第一はお前だ!
「ティース様、こちらを!」
駆け寄ってきたマークは、ティースに一本の刀を差し出してきた。
儀式の祭壇に放置されていた『鬼丸国綱』であり、ティースの得物だ。
「よし、これでヒサコをぶった斬る事が出来るわね」
何度か素振りし、しっかりと手に馴染む感触を楽しんだティースは、切っ先をヒサコに向けた。
「さぁ~て、ヒサコ、今までの分も含めて、全部この刃に乗せて返品してあげるから、あなたの罪の数でも数えてなさい。もっとも、全部を丁寧に数えていたら、日が暮れてしまいそうだから、私に関する事だけでもいいわよ」
ティースもようやく得物が戻ってまともに戦えるようになり、ヒサコを斬り伏せたくてウズウズし始めていた。
なにしろ、“ヒサコ”に対する鬱憤など、それこそ出会った頃からずっと溜まる一方だ。
それを思う存分晴らしていいと来れば、刀を握る手に力がフツフツと湧いてくるかのようであった。
(何かもが計算外だ。どうしてこうなったの!?)
ヒサコとしても、訳の分からぬうちに面倒な状況に陥っていた。
息子を取り込んで完全覚醒し、女神の力をも我がものとして、満を持して世界を破滅させる事ができると確信した。
それがあっさりとひっくり返されたのだ。
道端の、ほんの小さな石ころに躓いたばかりに。
「よくも……、よくもこうまで計画をめちゃくちゃにしてくれましたね!」
「吠えるな、愚妹よ。今回の策は運要素が強いといったであろう? だから勝率は十の内の一つと述べたのだ。一つでもいい。こちらの綻びを見出し、それを引っ張れば布は解けて糸となる。布と違い、糸では“真実”を覆い隠せないからな。裏が、仕掛けがあらわとなれば、お前の計画が崩れる事もなかったのだ、間抜けめ」
先程の意趣返しか、ヒーサは鼻息荒く余裕の態度でヒサコを見下した。
だが、ヒサコも負けてはいない。
手に持つ『松明丸』に魔力を送り、炎の竜をまとわせた。
「フンッ! 惨めよな、ヒサコ」
「何が!?」
「その竜だよ。先程よりも小さくなっているということだ。まあ、女神を奪い返された分、攻撃に回せる魔力も減るわな。ここでこそ、毒が有効に作用するというものだ。放っておくと、身体が崩れかねんしな。傷口を塞ぐのと同時に解毒するのは難儀であろうな」
実際、ヒサコの周囲を渦巻く竜は、先程よりも細くなっていた。
ヒーサの余裕の態度は、こうした目に見える形での弱体化があるからこそだ。
「お兄様、わざわざ山の上で茶席を設けたのも、実際は“景”を楽しむためでなく、あの場所から、湖畔や儀式の祭壇から離れたかったからですか?」
「いかにも。あそこにいつまでも逗留していると、法王が〈蘇生〉を使えないからな。死後六時間という時間制限がある以上、さっさと離れ、しかも注意を完全に私に向けてもらう必要があった。ククク……、こうして道具を揃えるのに苦労した茶事、見事に魔王への必殺兵器に化けてくれたわな」
なお、茶席はすでに戦闘の余波で吹っ飛んでおり、手元に残っているのは茶釜として使った『不捨礼子』だけであった。
だが、その役目は十全に果たしたと言えよう。
魔王の油断を誘い、殺された三名の復活までの時間を稼ぎ、“毒饅頭”をも食べさせたのだ。
松永久秀の茶会は、まさに“大成功”と言ってもよかった。
「あの時、あたしを説得しようとしたのは全て噓であったと?」
「当たり前だ。万に一つくらいは可能性を信じないでもなかったが、基本的には他の策を覆うための煙幕だよ。ククッ、魔王相手に、騙って何が悪いのか? 子殺しを行う外道な母親に、何の躊躇がある?」
「あの真摯な説得の態度が偽物だったとは!」
「真摯な態度で、自軍のために嘘も辞さない覚悟で交渉に臨むのが、伝者の仕事でもあるのだぞ。私はかつての世界においては、三好長慶殿の代理……、伝奏役として方々を走り回っていたからな。これくらい“手慣れたもの”なのだよ」
「クッ……、正直、お兄様を甘く見ておりましたわ!」
「甘いのは饅頭だぞ。ちょっと余計な物が入ってはいたがな」
なお、その余計な物のせいで、今、ヒサコは体中を蝕まれていた。
ヒーサの生み出した毒は思いの外に強烈で、解毒が思うように進まなかった。
毒によるダメージの回復をしつつ、戦闘までこなし、更に解毒ともなると、魔力配分にかなり無理が生じているのだ。
テアを懐に入れていた際はそれほどの威力を感じていなかったので、軽く流していたのだが、それを奪われた途端に一気に重くのしかかってきた。
これもまた、ヒサコの油断が、と言うより油断させられたヒーサの演技であった。
「あたしは魔王だ。だから平然と悪事を成す。心はない。始めから無かったからだ。だから、痛む心を持ち合わせていない。ですが、お兄様は人間である以上、心はあるはず。あの真摯な態度で妹の説得を試みながら、それも全部嘘ですか。あなたには人の心がないのですか?」
「あるよ。人の心があるからこそ、人を騙せるし、おちょくれるし、時に説得して仲間に引き入れ、用済みとなれば合理的判断に基づき、これを切り捨てる。人の心がなければ、人の心を本当の意味で操ることなど叶わんよ。お前がやっているように、力で抑え付けたり、ゴリ押しするのは、まあ、あれだ、芸がない」
そう言って、ヒーサは手を広げ、見てみろと無言で促した。
そこには何があるのか?
グルリと魔王を取り囲むヒーサの揃えた仲間達(自己申告)がいた。
麗しい最愛の伴侶にして、勇猛な女剣士であるティースがいる。
何かと裏で活躍し、今回もまんまと魔王を出し抜いてくれたマークがいる。
最強の術士にして、魔王すら焼き払えるアスプリクがいる。
可愛い姪っ子のために、命を張れる森の妖精アスティコスがいる。
茶道具を無事に届け、今の状況を作り出す事に尽力したルルがいる。
足止めや自らの死によって、魔王を嵌める事に成功させたライタンがいる。
死んだ者達を復活させ、見事とに魔王を包囲網の中に入れることに成功したヨハネスがいる。
闇を駆け抜け、裏でが活発に動き回った黒犬がいる。
みんな、一人の例外もなくヒーサが集めた人材であり、今この瞬間、魔王を討ち果たすために揃った顔触れだ。
欠ける事の許されぬ“名物”なのだ。
だが、ヒーサはそれだけでない事を誰よりも知っていた。
今この状況を作り出した、最も重要な人物をだ。
ヒーサは空を見上げ、ティースもまたそれに倣って顔を上げた。
そして、二人の頭には、常に無表情で冷静沈着に主人の側に付き従う一人の侍女の姿が浮かんでいた。
「感謝するぞ、ナル! 此度の戦の勲功第一、それはお前だ!」
ヒーサの口から放たれた言葉に、ティースもまた頷いた。
すべてはあの時から始まっていた。
分身体を暗殺するという、でっち上げの毒殺劇を用意した本当の理由。
発案者であるからこそ、ヒーサだけは最初から知っていた。
ティースは後から知った。
そして、ナルを犠牲にすることに嫌悪しながらも、納得してしまった。
ナルが事情を全部知れば、躊躇なくそうするであろうと理解すればこそだ。
暗殺者にとって標的を仕留める際には、いざともなれば自分の命すら武器にしてしまう。
ナルはその覚悟を以て、ヒサコに毒を盛った。
これに難癖をつける事はナルの覚悟をふいにする行為であり、その犠牲が浮かばれない。
だからこそ、ヒーサの策に乗り、“演技”を続けてきた。
表向きは反目しつつ、“魔王を倒す”という一点でのみ、協力するために。
「ナル、お前のおかげだ。お前が分身体に毒を打ち込む事により、魔王にも毒が通用すると言う“動作確認”ができた! 今の状況は、間違いなくお前の献身あってこそだ!」
「本当にありがとう! 私の最も忠実な臣にして、友であり、姉であり、掛け替えのない人! ナル、あなたが差し入れようとした毒の刃、今、ヒサコに届いたわよ!」
夫婦揃って絶叫した。
これこそナルが成した、値千金の一撃だった。
まともなやり方では、魔王に勝つのは難しい。
ならば、有効な一撃は何か?
姿の見えぬ敵に対して、これを探るのは急務であったが、ナルのおかげで結論が出た。
「魔王にも毒が通用する」
この情報こそ、ヒーサの最も欲していた情報であり、魔王に勘付かれることなく毒を盛り、王位簒奪と嬰児交換と言う状況操作を隠れ蓑に、魔王に毒が通るかどうかの確認を行えた。
これが大きかった。
毒が通用するとなれば、あとは毒を盛れる状況を作り出す事に専念すればいいだけなのだ。
「あの時の毒が……!?」
「ヒサコ、気付いてなかったようだな。毒を呷ったあの時、〈毒無効〉で解毒するのを焦らしていた本当の理由は、魔王にちゃんと毒が通じるかどうか、確かめたかっただけだ。犠牲を強いた私が言うのもなんだが、それがようやく実ったというわけだ」
「なら、マチャシュを玉座に据えて悦に入っていたのすら!?」
「ああ、ご想像の通り。本当の理由を悟られん為の、“国盗り”と“魔王の倒し方”を兼ねた、ほんの小芝居だよ」
「毒を盛るために、あんな大掛かりな、回りくどい事を!?」
「“国盗り”といういかにもな理由を付けていたが、本当は“魔王を倒す”方にこそ注力していたのだよ。まあ、分の悪い賭けに勝った、と言った感じかな?」
何もかもが嘘や誤魔化しだらけ。
魔王を倒す為だけに、国を乗っ取り、仲間の犠牲すら了として、まんまと欺いた。
魔王に毒を盛り、弱体化させたところを袋叩きにする。
それがいよいよ実った瞬間の到来。
誰よりも忠勤に励む一人の暗殺者が放った毒の刃が、半年ほどの時を経て、今ようやく標的に突き刺さった。
~ 第五十一話に続く ~
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