第四十八話 必滅! 形あるものはいつしか崩れる!
「バカな!? なんでアスプリクがここにいるのよ!?」
それは決してあってはならない事であり、ヒサコは夢か幻でも見ているのかと錯覚した。
だが、すぐに否定した。
白化個体にして半妖精と言う、一度見たら忘れられない特異な容姿もさることながら、駆け巡る魔力は間違いなくアスプリクのそれであった。
しかも、着ている服も変わっていない。体の線がよく分かるぴったりとした黒い服で、祭壇で寝かされていた時のままの服装だ。
つまり、あそこで首を跳ね飛ばしながら、首を引っ付けてここまで追ってきた。
そうとしか考えられなかった。
ゆえに、ヒサコは混乱した。どうなっているのか、と。
(間違いなく本物! だって、首のところに斬られた痕がある!)
よく見ると、アスプリクの首には切り落とされた痕が見えていた。
傷痕はまるで首輪でもハメられたかのようにぐるっと首回りを一周しており、かなり乱暴に縫い付けられた後に治癒を施された、そんな感じの傷痕だ。
つまり、自分が首を切り落としたのは間違いなく、その後に復活したと言うわけだ。
だが、それを考える隙を、ヒーサは与えなかった。
アスプリクが詠唱を始めると同時に、ヒサコに向かって突っ込んだのだ。
(ここで特攻!? アスプリクの術式で一緒に丸焦げに……。いや、『不捨礼子』があるから、火属性の術式は食らわない!)
もうここでヒサコは確信した。
ヒーサはアスプリクが“復活”するのを知っていた事を。
そして、そのための時間稼ぎをしていた事を。
長々と無駄とも思える会話を続けたのも芝居。
茶席に招いて必死に説得しようとしていたのも演技。
事ある毎にティースと口論していたのも嘘。
全部がこの瞬間、アスプリクの背後からの奇襲と、それを利用して挟撃をかける事。これに集約されていたのだと、ヒサコはようやくにして気付かされた。
(何もかもが嘘! 何もかもがデタラメ! 状況を作り出すための小芝居! 知っていた、分かっていたはずなのに、どこまで嘘つきなの!?)
アスプリクが復活した理由は皆目見当が付かなかったが、確実にヒーサが何かしらの仕掛けをしていたのは間違いなしと確信していた。
だが、皇帝ヨシテルとの戦いの間隙を突き、黒衣の司祭カシン=コジが誘拐してきた以上、アスプリクへの仕掛けはそれ以前でなくてはならない。
(どこまで!? どこまで遡れば、今の状況を作り出せるような仕掛けをできるのよ!?)
まったくもって訳がわからなかったが、一つだけ確実な事がある。
今この場を凌げば勝てる、と言う事を。
(お兄様とアスプリク、狙うのは当然……!)
挟撃されるこの状況、どちらかに仕掛けるとすれば、もう片方に背を晒す事となる。
少しの思案の末に出した結論は、アスプリクの方を振り向き、ヒーサに背を晒す事であった。
(お兄様の武器は鍋。つまり、近接戦で殴り付けないと意味のない武器。いやまあ、鍋を武器に分類していいのかは疑問が残るかしら。つまり、アスプリクに斬りかかれば、距離が詰まらない。一方、お兄様を迎撃した場合は、アスプリクから背後を撃たれる。おまけに、鍋の効果でお兄様に火の術式は効かず、一緒に焼かれることは無い)
これがヒサコの結論であり、まずはアスプリクに仕掛ける事を選んだ。
ヒーサに背を向けると同時に、駆け出そうと一歩踏み込んだ。
そして、コケた。盛大に、前のめりに態勢を崩した。
理由は“でっぱり”だ。
先程までなかったはずのでっぱりが、ボコッと顔を出し、ヒサコのつま先を引っかけたのだ。
(え、な、何、これ!?)
危うく倒れかけたがどうにか踏ん張り、地面と熱烈な接吻をかわす事は避けたが、行き足が完全に殺された。
そして、気付いた。
下手人はアスプリクのすぐ横にいた。
それはマークだった。
マークの掌はでっぱりに向けられており、得意の地属性の術式ででっぱりを生成したのは明らかであった。
(ここでマーク!? あのでっぱりを出す為だけに!? 奇襲を仕掛けて女神の石像を分捕るとかでなく、足止めに貴重な手駒と奇襲効果を使ったの!?)
だが、それは値千金の隙を作り出すための、必要な手順であった。
全速力で駆け寄るヒーサは目の前にまで迫っており、態勢を立て直した時にはすでに大上段からヒサコの脳天目がけて振り下ろされようとしていた。
(素手では受けれない!)
他の武器であれば、素手で受け止めれる事も出来た。
それならば『松明丸』をアスプリクに向け、これから飛んで来るであろう炎の術式に対して防御を行う事が出来た。
だが、ヒーサの持つ『不捨礼子』は魔王にとっての天敵とも言うべき力が備わっている。
素手で受け止めると、間違いなく大ダメージを受けるであろうことから、接触を避けねばならない。
ゆえに、自然と鍋を剣で受け止める事となった。
(間に合うか!?)
ヒサコはやむなく空いた左手で防御結界を展開しようとしたが、それより先に“矢”が飛んできて、ヒサコの左腕を貫いた。
それはまたしても有り得ない光景であった。
矢を放ったのは、アスティコスだったからだ。
しかも、その横にはライタンまでおり、弓矢の威力を高めるよう魔力を付与までしていた。
(アスプリクに続いて、アスティコスにライタンまで!? なんで!?)
死者が闊歩し、あの世から復讐のために舞い戻って来た。
そうとしか思えない現象にに、ヒサコはますます混乱した。
もちろん、アスティコスも、ライタンも、すぐに本物だと分かった。
アスプリク同様、首の傷が見えたからだ。
(首が切断されて、生きてる奴がいるわけないでしょ!?)
驚愕するヒサコであるが、現にこうしてここにいる。
縫合して、治した痕はさながら首輪のようだ。
訳の分からぬうちに、ヒサコは次々と押し寄せる怪現象に混乱し、そこへ追い打ちが入った。
「神々の魂すらも焼き尽くす、原初の炎を今ここに! 〈火神降臨〉」
ついにアスプリクの術式が組み上がり、ヒサコを中心に強烈な火柱が上がった。
「あがぁぁぁ!」
防御する暇も与えられず、アスプリク最強の火属性の術式が突き刺さった。
ヒサコは回避も防御もできないと悟ると、全力で魔力を活性化させ、耐える事とした。
だが、それをヒーサは見逃さなかった。
「待っていたぞ! 唯一無二の逆転の一手を!」
荒れ狂う炎の中、ヒーサはお構いなしにヒサコに取り付いた。
鍋に備わるスキル〈焦げ付き防止〉によって、火属性に耐性を得ているからこそできる動きだ。
そして、狙いはただ一点。
ヒサコが全力で魔力を絞り出しているからこそ丸見えとなる、“女神の石像”だ。
放出されている魔力はテアの物であり、それだけに“英雄”も引き寄せられる。
英雄と女神は離れられぬ一対の組み合わせ。今はそれを魔王が無理やり強奪し、石像に封じ込めて利用しているに過ぎない。
剝き出しとなれば、女神は英雄を導くものだ。
ヒーサの鍋による一撃は、その女神の石像に命中した。
そして、石像にメキメキと亀裂が走った。
「バカな!? 神の力を宿した石像が、人間の手で破壊される!?」
「ヒサコ! 神とて不滅ではないのだ!」
何もかもを焼き尽くす炎の中、神が封じられた像は破壊された。
騙して、隠して、そして、それらをすべて集約する。
ヒーサが考えに考え抜いた逆転の一手が、ようやく突き刺さった瞬間であった。
~ 第四十九話に続く ~
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