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第二話  全員集合! これより和やかな朝食をいただきます!

 食堂には、すでにヒーサが着席していた。給仕役の者達が行き交い、飲み水やパンを用意し、主人の食事の準備に余念はなかった。


「皆が集まってからにするから、スープは冷めてもいかんし、まだ皿には入れないでくれよ」


 ヒーサの指示に給仕が恭しく頭を下げ、他の食器類の準備を進めた。

 ヒーサが公爵家の家督を継いで、まだ一月も経っていないが、館の者達はすっかりヒーサを主人として認め、それに仕えることを何よりの喜びと感じるまでになっていた。

 これはヒーサの持つ《大徳の威》による心象向上効果も大きいが、主君に相応しい言動を完璧な演技でこなしているため、皆がすっかり心服しているためだ。


(まあ、これを維持するのも骨ではあるがな)


 色々とやりたいことはあるし、そのための準備も進めている。しかし、領主としての領分は守らねばならないし、勝手気ままに振る舞い過ぎては《大徳の威》の効果が消えてしまう可能性もあったので、あまり自由過ぎる行動は控えていた。

 人前ではあくまで“理知的な名君”でなければならないのだ。

 今日はどういう予定で動こうかと考えていると、ヒーサの目に見慣れぬ少年が視界に入って来た。


(あれは確か、ティースが連れてきた士分の少年だったな)


 ティースは輿入れに際して、側仕えとして二人だけ同行させていた。一人は侍女のナルであり、もう一人が目の前の少年であった。


「そこの少年、こちらへ」


 ヒーサが少年に向かって手招きをすると、少年はと緊張した様子も見せず、整った姿勢のままヒーサのすぐ横にまで歩み寄った。

 恭しく頭を下げた。癖の強い蜂蜜色の髪もまた、硬く微動だにしなかった。


「おはよう、少年。ティースと一緒にやって来た者だな。まだ名を聞いてなかったので、教えてはくれないだろうか?」


 ヒーサの呼びかけに応じ、少年はゆっくりと頭を上げた。


「ご挨拶が遅れましたること、まずお詫び申し上げます。私の名はマークと申します。まだ若輩の身ゆえ、無作法なことがあるかもしれませんが、誠心誠意おつかえさせていただきます」


「うむ、ちゃんと作法が身についていて結構なことだ」


 ヒーサは満足そうに頷き、マークに主人ティースの食事の準備をするように手で合図すると、もう一度頭を下げてから御前より下がっていった。

 何気なくマースの行動をヒーサは視線で追ったが、すぐに違和感に気付いた。


(こやつ……、よく躾けられている。いや、訓練され過ぎて整い過ぎているな)


 睨んだ通り、ただの見習い少年でないことはすぐに気付いた。なにしろ、ティースが敵地に等しい公爵家の屋敷に、わざわざ選んで連れてきたのである。

 ナルもすでに密偵の類であることは察していたし、おそらく目の前の少年もそうなのだろうと考えた。

 そうこうしていると、ティースが食堂にやって来た。

 麗しの愛しき妻がやって来たとヒーサは笑顔と共に立ち上がり、彼女を出迎えた。


「おはよう、ティース。昨夜はゆっくりと眠れたかね?」


 ヒーサの優しい口調に、ティースはすぐ近くまで歩み寄ってから会釈して応じた。


「おかげさまで、ぐっすりと眠ることができました」


「それはよかった。枕が変わると寝つきが悪くなる者もいるからな」


「そこまで神経質ではございませんわよ」


 上等の寝具は、確かな安らぎを与えるのに十分であったし、今のところはいきなり襲撃されたり罠に落とされたりする雰囲気でもないので、一応は安心していた。


「それはさておき、甲冑姿で食堂に現れやしないかと心配していたが、杞憂であったな」


「ちょっと、ヒーサ、私をなんだとお思いなのですか!?」


「昨日、ティース自身が言ったではないか。『甲冑がどうなるのかは、あなた次第だ』とな。だから何もせずに一晩放っておいたのだが、すんなり脱いでくれて助かる。甲冑姿で現れたら、なお面白かったのだがな」


「それで昨夜も放置されたんですか!?」


 とんでもない理由を聞かされて、ティースは思わず絶叫してしまった。貴婦人としてははしたない姿であり、周囲の者達から怪訝な視線を向けられた。

 なにより、ニヤつくヒーサの顔が痛すぎた。

 まるで、床に呼んでもらえなかったことを残念がっている、ようにしか見えないからだ。


(ああ、もう! この人のこういうところが苦手かも)


 不意打ちのごとき文言を浴びせ、からかってくることがしばしばであった。基本的には温厚で優しくあるのだが、たまにこうしたお茶目な行動もとって来るのが悩ましいところであった。

 なお、もう一つの頭痛の種に比べれば、些末な問題と言わざるを得なかったが。

 そう、最大の障害たる、ヒーサの妹ヒサコが食堂に顔を出したのだ。金髪碧眼の整った顔立ちで、吊り上がった眉が意志の強さ、気の強さを表していた。

 兄妹であるがゆえに、ヒーサとヒサコはよく似ており、その一点を以てこの出生不肖の娘を、ヒーサは妹であると皆に喧伝していた。

 実際のところは、ヒサコはこの世に存在しない作り物であった。ヒーサの持つスキル《性転換》から派生したスキル《投影》によって実体のある人形のごとき存在となり、動作も会話もすべてヒーサが操作していた。


「おはようございます、お兄様。今日もいい朝ですわね!」


 威勢のいい声が食堂にこだまする。大声を張り上げるなど、貴人の作法としては落第点であるが、それを当人も周囲も気にはしていないようであった。

 屋敷の者にとって、いきなり主君に妹ができたなどと言われて困惑したが、それ以上にヒーサへの忠義が勝り、主君がああ言っているのだし間違いないだろう、との考えの下、ヒサコに接していた。

 もっとも、勝手気ままにあちこちふらついているようなので、姿が見えなくなることもしばしばであったが、ここ数日ですっかり慣れていたのだ。


「ああ、ヒサコ、おはよう。さあ、揃ったことだし、朝食にしようか」


 ヒーサに促され、ティースもヒサコも席に着いた。

 長机の上座にヒーサが座り、左右にティースとヒサコが腰かけた。互いに正面を向き合う格好であり、ティースとしては見たくもない義妹の顔をしっかりと見させられることとなった。


「お姉様もおはようございます。昨夜はよく眠れたようでなによりでしたわ。寝台の大きさを確認するには、一人で寝ないとわかりませんものね」


 早速の嫌味である。結婚してから未だに同衾させてもらえない、寂しい姉への一撃であった。

 もちろん、ティースはイラっと来たが、朝っぱらから不毛な論争をする気にもなれなかったので、涼しい顔で無視することにした。

 そうこうしていると、料理が運ばれてきた。水やパンはすでに机の上に置いてあったが、これとは別に深皿にはスープが注がれ、あとはベーコンとソーセージなどの燻製肉が出てきた。

 しかし、ティースの目を引いたのは、真っ黒な長い棒のような物が長皿に盛られ、目の前に置かれたことであった。


「あの……、ヒーサ、この焦げた物はなんですか?」


 ティースの目にはどう見ても焦げた何かであり、何かの嫌がらせかと勘繰ってしまった。

 だが、ヒーサの目の前にも同じ黒い棒があるので、そうではないとすぐに分かった。


「ああ、これは留学先で食べた“白ねぎの丸焼きカルソッツ”という物でな。焦げを取り除いて、酢を付けてかぶりつくのだ」


 よく見ると、小壺が側に置かれており、これを付けて食えということらしい。

 ヒーサはまずネギの頭の緑色の部分を掴み、もう片方の手で根の部分を掴んだ。そして、それを引っ張るとズルリと表面の焦げた部分が剥けてしまった。


(おお、これは面白そうな……)


 ティースもヒーサのやりようを真似てみては、黒焦げのねぎを掴むと、引っ張って表面を取り除いた。、中の焦げていない白い部分を露出させ、酢の入った壺にねぎをぶっ刺し、それを引き抜いて齧りついた。


「うお、これは甘い! 酢がいい感じで引き立ててくれて」


「なかなかのものだろう?」


 気が付くと、手にしていたねぎを食べつくし、次のねぎに手を伸ばしている自分がいることに気付いたティースであったが、朝からこんな贅沢が味わえるのかとついつい夢中になって、ねぎに齧りついてしまった。

 そして、落ち着いた時には、四本もねぎを平らげていた。

 焦げの付いた手を布で拭い、水をグイっと飲み干して、フゥと一息ついた。


「いい食べっぷりだ。ティースの反応を見るに、領内に定着させるのも悪くはなさそうだ。今後はねぎの増産も視野に入れておこう」


 伴侶の反応を見て、ヒーサは満足そうに頷いた。実際美味しかったし、朝からいい物を食べさせてもらったと、ティースは素直に喜んだ。

 だが、やはりそこへ横槍を入れる者が、真正面に存在した。


「お姉様、随分と見事な食べっぷりですわね。まあ、それくらいしっかり食べておかねば、調査の際に腹の虫が鳴いて、それどころではなくなりますからね」


 ヒサコが真正面のティースに嫌味全開の言葉をぶつけてきた。

 先程のこともそうだが、ティースはイライラしながらも無視を決め込んだ。口達者な義妹と舌戦を繰り広げるのは分が悪い。御前聴取の席でそれを学んだのだ。

 逃げの一手は癪に障るが、揚げ足取りからの致命の一撃を繰り出してくることも考えれたので、ここは忍耐の一言であった。


「あらあら、無視ですか。バレバレですから、隠すのも徒労というものですよ。お供に“二人”も密偵を付けているというのにね~」


 このヒサコの言葉には、ティースも驚かざるを得なかった。

 ナルが密偵スカウトであることはすでにバレている。どころか、暗殺者アサシンの特性すら見破られている。王都で色々と試していたため、しっかりと気付かれていた。

 だが、マークの方はおかしい。特に指示を出して密偵の活動を行っていないし、あくまで士分として主君の従者を務めている。そう見えるようにしているのだ。

 にも拘わらず、マークの密偵としての部分を見破ったというのだ。


(こいつ……、やはり目聡い)


 ティースはヒサコへの警戒感を更に一段上げた。


「な、何を根拠にそんな戯言を……」


「歩幅、それと態度」


 ヒサコはきっぱりと言い切り、視線をマークに向けた。


「歩いている時の歩幅が一定過ぎるのよ。何気なく歩いて、腕の長さや歩幅、自分の体を測量器具の代わりに使って、長さ、間取りを測るなんてのは密偵、間者のやり口よ。これから住むことになる屋敷の、正確な地図作成マッピングをさっさとやっておきたかったんでしょうけど、見る人が見たらバレバレだわ。もう少し、偽装に気を遣いなさい、ぼ・う・や」


 ヒサコは後ろに控えていたマークをチラッと見て、それからティースに視線を戻し、ニヤついた。

 ヒーサ、ヒサコの二つの顔を使い分け、挙句に腹話術人形のように振る舞って偽装しているのが、二人の中身である戦国の梟雄・松永久秀だ。演技や擬態と言う点では完璧であり、未だに誰も見破っていないほどだ。

 その視点からすれば、マークは動きとして“なっていない”のだ。


「あと、態度が落ち着き過ぎているのよ。多感な年頃の少年にしてはね。“警戒”しているはずのお兄様と相対して、感情の動きがなさすぎる。どんな場面でも落ち着いていられるよう訓練されすぎて、却って不自然に感じてしまうわ。少年らしく見えるよう、少年っぽく振る舞える訓練をしておいた方がいいわ」


 嫌味の聞いた助言であった。ヒサコはそれでも動じた姿を見せないマークを鼻で笑い、視線をヒーサに向けた。


「お兄様、やはり信用なりませんわ。侍女だの、士分だとの紹介しておきながら、その実、密偵を潜ませているのですから」


「別に構わんさ」


 ヒーサは特に気にした様子もなく妹の言葉を退け、ティースに視線を向けた。


「どう取り繕うとも、色々あったのは事実だしな。むしろ、警戒もせずに無防備に公爵家に嫁いでくる方が能天気過ぎて、却って反応に困る。この程度の警戒であるならば、笑って流すべきだ」


「甘いですわね、お兄様は。新妻のわがまま、大きな顔は窘めておくべきだと具申いたしますわ」


 そう言うと、ヒサコはスッと席を立ち、ティースを睨みつけた。


「あいにくと、あたしは誰かを観察するのは大好きですが、誰かにじっくり見られるのは嫌いなので、退出させていただきますわ」


 正面から嫌味をティースに放ち、それからヒーサの方を向いて一礼すると、さっさと食堂から出ていってしまった。

 立ち去る妹の後ろ姿を見送ってからため息を吐き、ヒーサは視線をティースに向けた。


「すまんな、ティース。ヒサコが余計なことをベラベラ喋ってしまったようで」


「いえ……。大丈夫ですわ」


 ティースはそう言いながらも、ヒサコの出ていった入口の方から視線を動かせないでいた。

 頭の回転が速く、目端も利いて、隠そうとしていることをすんなり暴いてくる。ティースからすれば、これで警戒するなという方が無理であった。


(まあ、それが狙いなんだけどね~)


 ヒーサの後ろに控えていたテアは、不安と警戒が入り混じるティースを見ながら思った。

 あくまで、ヒーサは人の好い優しい夫を演じ、警戒心は全部ヒサコに回させる。演技、腹話術を駆使した擬態だ。どこまでも警戒心を抱かせず、自然に惹かれるようにと仕向けていた。

 その偽装は完璧であり、裏事情を知っている者だけがそうだと気付けるのだ


「さて、ティースよ、今日は私と一緒に領内を回ってもらうぞ」


「お披露目、ということでしょうか?」


「ああ。私としても、美女を妻として迎えたのを、下々の者まで自慢して回りたいのだよ」


「お、おだてても、ないも出ませんわよ」


 少し気恥しそうに応じるティースに、ヒーサはにこやかな笑みを浮かべた。

 ヒサコで締め上げ、ヒーサで緩める。この緩急こそ、最大の曲者なのだ。警戒心がどうしてもヒサコに引っ張られ、夫からの優しい一言が刺々しい心に染みわたってくる。

 ティースも注意を払わねばと思いつつも、ヒーサの優しげない態度に心を許してしまいそうになった。


「なんなら、昨日のように、甲冑姿で巡察するか?」


「・・・重いので、遠慮させていただきます」


「ほほう、そうかそうか。花嫁の鋼鉄の心が解れてきてなによりだ」


 大声で笑うヒーサに対して、ティースは顔を赤らめてうつむいてしまった。和やかな夫婦の一幕にも見えるが、実際のところ、その場の全員が“嘘つき”なのだ。


(夫は自らの腹黒さを隠すためにいい人を演じ、妻は裏の事情を探るために従順に振る舞う。むしろ、暴露話をぶちまけた、妹が一番正直者という歪みすら感じてしまう。従者ですら、身上を誤魔化す)


 テアは笑う二人を見ながら、強く思うのであった。誰も彼もが嘘つき。仮面の夫婦、偽りの家族ごっこ、そう判断せざるを得ないほどに、この空間は歪んでいた。

 和やかな家族と食べる朝食の一幕が、まるで戦場のような雰囲気だ。

 かくいう自分も、女神という存在を隠して、侍女として侍っているのであるから、どうこう言えた義理ではないかと冷笑するのであった。

 はたしてこんな光景がいつまで続くのか、テアは先行きが不安で仕方がなかった。



         ~ 第三話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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