第四十六話 欠落! 情報戦ではこちらの勝ちだ!
「「騙される方が悪い! バァ~カ!」」
普段は荒れまくりな夫婦であるのに、こういう時だけ息ピッタリな二人であった。
成し遂げた、とでも言わんばかりのドヤ顔をヒサコに見せつけていた。
ヒーサは『不捨礼子』を持って意味不明な踊りをしたり、ティースもまたそれに倣って舞っていた。
明らかな挑発であった。
なお、状況についていけてないルルは、困惑するだけであった。
だが、当のヒサコは二人の頓珍漢な二人の動きに却って冷や水を浴びせられた感覚を受け、冷静に状況を分析する事が出来た。
「なるほど。お姉様に〈手懐ける者〉が有効だった理由は、前々から演技をしていて、今この瞬間に必要だったからと言うわけですか」
「ああ、その通りだ。“愛”の力ってすごいだろう?」
「利害の一致だって言ってるでしょうが!」
ティースにとってはヒサコを倒すための必要な措置としてヒーサの策に乗ったわけだが、ヒーサにとっては楽しい夫婦の共同作業であった。
ゆえに、それぞれの表現に差異が見られるのだが、“魔王を倒す”点では目的が一致している。
「利害は同盟の潤滑油であり、裏切りの導火線」
幾度となくヒーサが使った言葉であるが、身バレ以降ヒーサに対して疑心暗鬼であったティースだが、事ここに至って夫の策に乗っかる事を決意したのだ。
なにしろ、事前の予想通り、ヒサコが魔王だと確定し、悪魔の悪知恵に頼るよりなかったからだ。
「世界で一番信用ならない男だが、悪知恵を奮わせても世界一」
この点では、ティースは自分の伴侶を誰よりも信用していた。
「まんまとやってくれましたね。確かに、お兄様がお姉様を使い魔に仕立て上げたのでしたら、〈スキル転写〉で〈毒無効〉を渡す事が出来ますし、“毒饅頭”をムシャムシャ食べても平気だったと言う事ですか」
「そういうことよ~。いやまあ、実際に美味しかったしね、あの“まんじゅ~”とか言うお菓子。毒が入ってなければっていう前提だけど」
「ティースよ、あれだけ甘味を食したのであるから、体型には気を付けるのだぞ。太るから」
「一言多い!」
ティースはヒーサに蹴りを入れたが、優しさなのだろうか、一番ダメージの少ないお尻を蹴った。
ヒーサは蹴られた箇所を摩り、ニヤリとティースに笑いかけただけで終わった。
「それを感じさせない手管については、お見事としか言えませんね。まさか“でこぴん”以降のお姉様の動き、あれが全部、お兄様の“一人芝居”であったとは」
「ああ、何しろ女になりきる演技は、この世界に来てから存分に磨いてきたからな。ましてやオシドリ夫婦の相方の演技くらい造作もない」
「オシドリ夫婦とか、異議申し立てしたいのですが!?」
「照れるな、照れるな。実際、息ピッタリではないか」
そう言うと、ヒーサは側に控えていたルルに視線を向けた。
その意味を察したルルは、何度も首を縦に振った。
「お、お似合いの夫婦だと思います!」
「な?」
「な、じゃない! 何をどう見たらそう言う回答になるのよ、ルル!?」
ワチャワチャと賑やかに会話を交わす三人であるが、魔王が目の前にいることなどそっちのけだ。
完全に場の空気を乱されたヒサコの方が、どうしたものかと悩んでしまうほどだ。
(ええい、やりにくい。詐術に関しては、本物の方が上ということかしらね)
なにしろ、今回の“埋伏の毒”に関して言えば、完全にしてやられたからだ。
“毒の入っていない茶”を使って油断させ、文字通りの意味で茶を濁した。
おまけに合間合間に夫婦漫才と言う名の“一人芝居”を差し込み、これを煙幕とした。
そして、こっそり発動していた〈手懐ける者〉でティースを下僕化しておき、そこから〈スキル転写〉で〈毒無効〉を渡し、“毒饅頭”を食べまくった。
なにより、“伴侶に甘い”という、ヒーサの性格をある程度受け継ぐことも計算に入れて、ティースに饅頭を勧めさせるという念の入れようである。
目の前でティースがバクバク饅頭を平らげていれば、そこから油断してヒサコも饅頭を食べるであろうという幾重にも重ねた皮で、毒と分からぬようにまんまと魔王に食べさせる事に成功した。
(性格、状況、伏せた手札をそれと分からずに隠し通した手管と言い、見事としか言いようがない。全部を読み切って見せた点では、あたしの負けね)
この点ではヒサコは素直に負けを認めた。
思考が似通っていると言っても、今回ここまで差が出たのは、“情報”の絶対量が違い過ぎたのだ。
魔王はジッと松永久秀の意識の中に潜み、時が来るのを待っていた。
そのため、意識をはっきりさせて、黒衣の司祭と情報のやり取りをしていたが、それでも情報の抜けは否めなかった。
時折、危険を承知で本体の意識が逸れている間に、分身体の視界を盗み見たりと、カシンからの送信以外の方法での情報の入手も手掛けていた。
だが、全知全能な存在でもないので、どうしても抜け落ちてしまうものがあった。
しかも、松永久秀はかなり前から魔王の潜伏場所が自分自身であると見抜いていたため、防諜にはかなり気を回しており、結果としてティースの芝居にすら気付けていなかった。
女神を奪われ、魔力枯渇の危険がある状況下で、回数制限のあるスキルを惜しみなく使い、魔王を騙した胆力と智謀は乱世の梟雄に相応しい動きだ。
ヒサコとしては、情報戦における負けは認めざるを得なかった。
(でも、それだからってどうだって言うの? 毒を食らった? それで、となるのよ)
そう、ヒサコにとって重要なのはここからなのである。
毒は食らった。ダメージも継続的に受けており、その威力が全身を駆け巡っていた。
さすがに医術の悪用と言うか、スキル〈本草学を極めし者〉を全力で使い、作り上げたであろう必殺の猛毒と言う事もあって、解毒もままならない状態だ。
(毒を消すには時間がかかる。でも、それまでに、あの三人を仕留めるくらい造作もない)
毒で全身が崩れ落ちようとしているが、魔力を少しばかり治癒に回せば問題はなかった。
崩れても、即再生可能なのである。
だからこそ、分からないのだ。
魔王を毒で殺す事はできない。それはヒーサも分かっていたはずなのだ。
しかし、あれほど回りくどい手段を用いて、どうにかこうにか毒を魔王に飲ませる事をやった。
では、その続きは何か?
どうこの状況を活かし、追撃の一手を打ってくるのか?
それがヒサコには見えてこなかった。
(もし、毒を食らった直後であれば、こちらも動揺し、追撃の一手も打てたはず。でも、女神の石像の奪取に失敗してからは、これといった動きはない。まあ、『不捨礼子』の一撃は痛かったけど、そこからの連撃はなし。ルルに至っては、完全に置いてきぼりで、連携に絡めていない。練りに練られた計画のようで、どうも非効率的な点が目立つ)
特にヒサコが引っかかっていたのは、重要な手札が二枚も伏せられたままだからだ。
すなわち、従者と黒犬である。
隠密行動に長けた二人であるため、全力で潜んだ場合、探し出すのは極めて困難と言わざるを得ない。
最大の好機まで伏せたままでいる可能性は高いが、そうなると先程の瞬間こそ、その最大の好機ではないのかと考えてしまう。
(毒を食らった直後、あるいは、『不捨礼子』で殴り飛ばされた瞬間、あそここそ好機ではなかったのかしら? あそこで仕掛けられたら、もしかすると女神の石像を奪えたかもしれない。でも、あいつらは出てこなかった。それはお兄様の指示なのか、あるいはそもそもいないのか……)
ヒサコも周囲の気配を探っているが、やはりどちらの反応も掴む事が出来なかった。
視線も右へ左へと動かし、怪しいものはないかと探るが、これと言ったものはなし。
そんなヒサコをヒーサは嘲笑った。
「情けない奴め。魔王の力を手に入れた、女神を我が物とした、などと御大層な御託を並べておいて、やっておることは児戯にも等しい。私の模倣品などと名乗るな。こっちが恥ずかしい」
「一々癪に触る言い方ですね。そんなに毒を盛ったのが面白いのでしたら、続きを演じていただけませんか? 演目が途中で途切れてしまっては、見ている側からすれば興覚めもいいところです」
ならばいっそ、こちらから仕掛けようかと、ヒサコは鞘に戻していた『松明丸』の柄に手を置いた。
それを見たヒーサも一歩前に出て、ティースを庇うように立ち塞がった。
「あらあら、夫婦仲良くて羨ましい事で」
「今のティースは得物がないからな。前に立たせるのは酷と言うものだ」
「おや? あたしの記憶違いでなければ、魔王相手に素手で掴みかからせようとしたはずですが?」
「無様な姿で隙だらけな状態を晒していたので、ついつい手が出てしまってな」
ヒーサも『不捨礼子』を握り、ヒサコを迎え撃つ気満々であった。
ルルもそれをみていよいよ最後の戦いが始まると覚悟し、魔力を高めていった。
一触即発。いよいよ英雄と魔王の本当の激突が始まろうとしていた。
~ 第四十七話に続く ~
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