第四十五話 暴露! 秘密はとうの昔にバレていた!?
「あなたと言う人は! 妹を操り、とことんまでそれを利用し尽くし、今度は伴侶も人形に仕立て上げましたか! スキル〈手懐ける者〉を使って!」
隠されていたピースがハマり、ヒサコは絶叫した。
かつて自分にやっていた事を、今度は伴侶に対してやっていたのだ。
ヒサコはそもそも実体のない影であり、最初はスキル〈性転換〉によって生み出された虚像に過ぎなかった。
ヒーサが要所要所で〈性転換〉によってヒサコと入れ替わり、裏で暗躍してきた。
それが変わったのは、新たなスキル〈投影〉を覚えてからだ。
〈投影〉は自分の分身を実体ある物として作り出すスキルであり、これによってヒーサとヒサコが同一空間に存在できるようになり、これで人々を欺いた。
さらにこの“一人芝居”に磨きがかかったのは、更なる追加スキル〈手懐ける者〉を手に入れてからだ。
本来は小動物などを使い魔に仕立て上げるスキルなのだが、もし相手を屈服させることができるのであれば、それこそドラゴンでも使い魔に仕立て上げる事も出来た。
それをヒーサは利用し、自分の分身にスキルを使い、より高度な動きができる人形にヒサコを仕立て上げた。
もっとも、状況に応じてヒサコの体を本体にしたりと、柔軟な運用で数々の状況を潜り抜けてきており、その点では魔王もよく認識していた。
だが、ティースにそれと同じ事をやろうなど、発想が抜け落ちていた。
と言うより、不可能だと考えていたからだ。
(そもそも、あたしに〈手懐ける者〉を無条件で使えたのは、心のない人形だったからなのよ!? 小動物のような明らかな格下なんかならともかく、明確な意志を持つ人間を使い魔にして、完全な支配下になんかできない! 半殺しにして、完全に屈服する意思でも植え付けない限りは!)
ちなみに、その手段は以前行っていた。
アーソでの動乱の際、リーベを黒衣の司祭に仕立て上げるために、一度リーベをボコボコに殴り付け、半殺しにしてから〈手懐ける者〉を使用した。
結果は大成功。
リーベはヒーサの操り人形となり、同じく使い魔である黒犬と一緒にアーソの地を縦横無尽に駆け巡り、大暴れさせたのだ。
(でも、お姉様はその過程を経ていない! お兄様に完全な従属を約することは無いはず! なのにどうして〈手懐ける者〉が発動しているのよ!?〉
スキルが発動しているのは明白であり、そこが最大の疑問点となっていた。
ティースの腕が修復されたのがその証拠だ。
ヒーサにはスキル〈スキル転写〉がある。自分の保有するスキルを、使い魔に譲り渡し、それを強化するために使うスキルだ。
装備している『不捨礼子』には、スキル〈形状記憶〉が付与されているため、これをティースに移したとすれば傷の治りが異常に早かったのも頷けると言うものだ。
ルルの〈治癒〉と駆け合わせれば、両腕が開放骨折という重篤な状態であっても、かなり短時間で治す事が可能なはずであった。
「不思議かね? 麗しの伴侶が、私の使い魔になった事が?」
見透かしたようにヒーサが尋ねてきた。
『不捨礼子』を頭から被り、馴れ馴れしくティースの肩に手を回して抱き寄せていた。
普通ならここでティースの鉄拳が飛ぶであろうが、反応が一切ない。
拳による一撃どころか、呼吸の乱れも、表情の歪みも一切ない。
完全にヒーサのものであるかのように微動だにしなかった。
「どうやってお姉様を使い魔に!?」
「さっきの“でこぴん”、あの時にスキルを使った。なにしろ“都合の良い事”に、本来の使い魔が勝手に動き出したために、枠が一つ空いていたのでな」
よくよく思い返してみれば、確かにティースを取り戻した後、ヒーサはティースに“でこぴん”をしていた。
だが、それだけで屈服させるなど不可能なはずであった。
半殺しにして無理やり従属させるのが〈手懐ける者〉が発動する条件である。
“でこぴん”一発では、到底その条件を満たせない。
(いや、でも、あたしもかつては“でこぴん”で従属させられた事もあったか)
それこそ最初の話だ。
〈手懐ける者〉を覚えた直後の事、本体は分身体に“でこぴん”を食らわせ、以てスキルを発動させた。
(でも、あれはあたしに心がなかったから。始めからお兄様の影として従属していたようなものだし、それを明確な契約としてスキルが介在したようなもの。れっきとした人間であるお姉様とは条件が違う)
答えらしきものは浮かんで来るが、どうにもあやふやな点が大きく、何かを見落としているような感覚をヒサコは覚えた。
思考を巡らせるヒサコを見ながら、ヒーサは挑発の意味も込めてティースの頬に口付けをして、更に不敵な笑みまで向けてきた。
完全におちょくっているのは明白であり、ヒサコは眉を吊り上げて激怒した。
「聞きたいかね? 答えを?」
「……答えは何よ?」
「決まっている。“愛”だ!」
「……は?」
あまりに予想外過ぎる答えに、ヒサコは困惑して目が点になった。
ヒーサの横にいるルルに至っては「えぇ……」とぼやく有様だ。
どういう意図でこのような言葉が漏れ出たのか、全く理解できなかった。
何しろ、“愛”などと言う言葉は、目の前の男には最も似つかわしくない言葉であるからに他ならない。
悪辣な策を持って外道を成し、どこまでも自分本位、我田引水を貫く。
そんな男が“愛”などと、口から飛び出す事自体おかしいのだ。
「なに、簡単な話だ。そもそも〈手懐ける者〉を発動させる条件は二つある。小動物のような明らかな格下であるか、あるいは何らかの手段で相手を屈服させて、服従を精神的肉体的に認めさせるかだ。どちらかの条件を満たせばよい。ヒサコ、お前に対しては前者の条件が当てはまる」
「ええ、そうね。心を持たないあたしにとって、創造主への従属は当然の事。だから、“でこぴん”一発分の刺激で発動には事足りた」
「そうだ。そして、ティースに対しては後者の条件を使わせてもらった」
「それは不可能なはずよ! あれだけ反発して、お兄様とやり合っていたお姉様が、何もかも投げ出して『あなたに全てを捧げます』なんて言うはずがない!」
「だからこその“愛”の力だと言っている。愛こそすべて、夫婦円満、結構な事ではないか」
どう考えても出任せだろうと、ヒサコは考えた。
普段、あれだけヒーサに対して疑心暗鬼を抱き、事ある毎に突っかかって来たティースが、その身を一切の疑いもなくヒーサに差し出すなど、あっていいはずがないからだ。
まして、“愛”などと言う言葉を持ち出すなど、ふざけているとしかヒサコには思えなかった。
「まあ、疑うのは当然と言えば当然だ。結構、疑う事、疑問に思う事は探求への第一歩だ。人形から人間へと移り変わった証拠だ、ヒサコ」
「あたしは人間ではないわ! 魔王よ!」
「そう思っているのであれば、今少しドシッと構えていてもらわんとな。私の知っている魔王は、言葉にできない威圧感を常にまとっていたぞ。んでは、スキル解除。ティースよ、身体を返すぞ」
ヒーサは組んでいた肩から手を離し、一歩下がった。
途端にティースが止まっていた時が動き出したかのように、腕が、足が、体中すべてに意志が宿ったかのように動き始めた。
腕や足を動かし、身体に異常がないかを確認し始めた。
「ティースよ、気分はどうかな?」
ヒーサが愛する伴侶に話しかけると、ティースのからの愛が“拳”に形を変えて放たれた。
繰り出された右の拳はヒーサの頬を打ち抜き、そのまま地面に転がっていった。
「めっちゃ痛かったわよ! 腕がもげるかと思ったわ!」
顔も、声も、明らか怒りで満ちており、間近で見ていたルルはオロオロするばかりであった。
なお、吹っ飛んだヒーサは鍋の力で自己修復し、何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。
「まあ、実際もげかけたからな。正直、済まなかったと思っている」
「いや、本当に痛かったのよ!? 意識はあるのに体は一切動かせないし、声も出せない! そのくせ、痛みだけは律義に頭の中に刻まれるから、なおの事、気持ち悪かったわ!」
「うん、まあな。そう言う感覚なのだな。なにしろ、このスキルを使った事があるのは、心を持たないヒサコと、人語を話せぬ黒犬とか伝書鳩、後は処分する気満々だったリーベくらいだからな。体験者の感想など、初めて聞いた」
「んな物騒な技を、このぶっつけ本番で練習もなしに使う!?」
「練習させてもらえそうになかったからな」
「私の体の自由を奪ったら、えっと、その、い、色んな事をする気なんでしょ!?」
「え? そんな事を考えていたのか? 心外だな。愛する妻にそんな真似はせんよ。というか、反応のない人形を抱いて、何が面白いと言うのか? 想像するのは結構だが、やはりティースはムッツリ……」
「もう一発いっとく!?」
ティースは腕をバキバキ鳴らし、ヒーサを威圧した。
なお、ヒーサはニヤニヤ笑って受け流すだけであった。
「……おかしい。おかしいわよ。なんでそんな反発しているのに、夫婦でいられるのよ!?」
「愛ゆえに」
「利害の一致」
ヒサコの問いかけにすら、夫婦でこの乖離する回答である。
とても、全てを委ねる、などと言う様子は微塵もなかった。
そんなヒサコに対し、ティースはため息を吐いた。
「まあ、分からなくもないけど、答えは教えておくわね。私が解放されて、ヒーサに抱き締められたじゃない? あの時、耳元でこう囁かれたのよ。『時は来た。“あの時”の手紙を思い出し、今こそ私に全てを任せろ。心も体も差し出せ。後で返す』ってね」
「あの時の手紙?」
「ナルがあなたの暗殺に失敗して、その際に差し出されたあなたからの手紙よ」
ナルからの遺言状。無論、その手紙は偽物だ。
ヒサコからの手紙と銘打って、ヒーサが書いた手紙であるからだ。
「まあ、ここが重要。いくつかある賭け要素の中でも、特に重要な事だ。その手紙の内容を魔王が見ていたかどうか、というな」
そう言い放ったのはヒーサだ。
なにしろ、あの時、英雄の中に魔王が潜んでいるのだ。潜んでいた魔王の意識に察知されていたかもしれない、という“賭け”だ。
魔王が四六時中起きていて、情報を得ていたかどうかは確認しようがなかった。
いるのは分かっているが、どの程度の情報収集力があるかは未知数であり、それだけに手紙の中身を知っているかどうかは判断しかねる状態であった。
だが、現在のヒサコの様子を見る限り、どうやらその点は突破できていたと確信するに至っていた。
「そして、手紙の内容はこうよ。『ヒサコは魔王。いずれ倒さねばならぬゆえ、もしもの時はヒーサに協力してこれに当たってください。いざともなれば身も心も捧げてください』とね」
「な、なんですって!?」
ヒサコは今度こそ完全にしてやられたと思い知らされた。
ヒーサは言った。ずっと以前から魔王が自分の意識の中に潜んでいるということを。
それを一切悟らせずに行動を続け、今に至っていた。
だが、それすらの嘘。すでに前々からティースにその事を伝えていたと言うのだ。
ナルからの遺言状、という形をとって。
「と言う事だ、ヒサコ。あの手紙を見たティースは、お前が魔王だと知っていたのだ。表向きは私への敵愾心を見せつつ、肝心な部分では渋々同意したという格好を取り繕ってな」
「そういう訳よ、ヒサコ。あんたの失敗は、『魔王の隠れ家がヒーサの意識の中だと、最終局面まで隠し通せた』という嘘を信じた事なのよ! ずっと前にヒーサが気付き、しかも私とに伝わっていたとも知らずにね!」
こうして、夫婦合作のドヤ顔が魔王に突き刺さった。
そして、同時に狼狽するヒサコを指さした。
「「騙される方が悪い! この間抜けぇぇぇ!」」
こう言う時だけ息ピッタリに言葉を合わせる夫婦であった。
~ 第四十六話に続く ~
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