第四十四話 逆転劇! 罠は外に仕掛けておいた!
「今し方食べた“毒饅頭”のお味はいかがだったかしら?」
ティースの口から吐き出されたのは、ヒサコへの“死刑宣告”のごとき言葉であった。
途端、ヒサコは視界がグラつくのを覚えた。暗くなったり、あるいはぼやけてくる有様で、間近にいるティースの顔すら焦点が合わなくなるほどだ。
しかもそれだけではない。他の体の各部にも影響が出始めていた。
頭痛や吐き気は言うに及ばず、全身が熱めの風呂に浸かっているかのごとく感じ始めていた。
手足は痺れ、皮膚はただれ、あちこちから血が滴り始めていた。
(これは毒!? 一体どうやって!?)
毒を食らった事は明らかであり、それだけに動揺した。
しかし、答えを同時に貰っていた。
ティース曰く、“毒饅頭”なのである。
だが、それだと大いに疑問が残る。
(饅頭に毒が仕込まれていたとした場合、それだとお姉様の方にこそ症状が出るはず! なのに、なぜあたしにだけ毒の症状が!?)
なにしろ、ティースはバクバク饅頭を食べていたのだ。
それも、十二個ある饅頭の十一個を平らげた。
もし、毒饅頭であった場合、余裕で症状が出るはずなのに、目の前の義姉には一切症状が出ていないのは妙な事であった。
当然、そこには何かしらの“詐術”があるはずだと考えた。
しかし、それを詮索している余裕はなかった。
服毒による“隙”を呑気に眺めているほど、ティースは鈍くなかった。
伸びてきたのだ、右手が、懐に向かって、素早く。
(狙いは女神の石像!)
当然、狙ってくるのはそれである。
もし、自分が逆の立場でもそうするのは分かり切っていた。
女神は石像に封じられているが、英雄の魔力源としての役目は健在である。
その放出される魔力を横取りしているのが、ヒサコなのだ。
覚醒直後の不安定な状態にあっては、身体の維持のために女神の魔力は必須であったが、今は息子を取り込んだので安定化しており、絶対にいるというわけではない。
だが、女神から得られる“無尽蔵の魔力”は、世界を崩壊させるためには必要であった。
(奪い返されたら、話がこじれてくる!)
あくまで最終目標が“世界の死”である以上、女神を取り返されたらその道筋が遠のいてしまう。
毒で揺らぐ意識を気力で取り戻し、懐に手を伸ばしてきたティースの手を叩き落とした。
叩き落とすと言っても、魔王による全力の打ち落としである。咄嗟の事であったので全力とはいかなかったが、人間の腕をグチャグチャに砕くのには十分すぎる威力であった。
延ばされたティースの腕はグニャリと曲がってはいけない方向に曲がり、しかも折れた骨が皮を突き破っていた。
だが、ティースも諦めない。
次は左手を差し入れようとしたが、これもヒサコは反応した。
バシッっとこちらも払いのけ、またしてもぽっきりとティースの腕が折れた。
しかし、ティースは文字通り食らい付いてくる。
大口を開けて、ヒサコの喉笛に噛み付いてきたのだ。
(しつこい!)
執拗とも思える攻撃であったが、ヒサコは素早く反応し、上体を反らしてティースの噛みつきをかわした。
ガチンッという歯が衝突する音だけが響いたが、それこそティースの執念が外れた証でもあった。
だが、意識がティースに奪われて、しかも毒によるダメージによって、もう一つの、最大の脅威を見落としてしまった。
ヒーサによる一撃だ。
ヒーサは風炉にかけていた鍋、神造法具『不捨礼子』を掴み、中身の湯を二人まとめて浴びせてきたのだ。
しかし、それはただの湯である。
ヒサコは無視すればよかったのだが、咄嗟の事でつい防御結界を張ってしまった。
当然、ただの湯であるため、すんなり弾かれた。
だが、それだけに回避が遅れてしまった。
次に飛んできたヒーサによる鍋による打撃。全力の薙ぎ払いであった。
結界を打ち据えて破壊し、勢いそのままにヒサコの頬を捉えた。
バチィンッという鍋底で打ち据えられた音が響き、ヒサコは吹っ飛んでいった。
毒によるダメージに加え、神造法具『不捨礼子』が直撃し、何度も転がるように地表を吹き飛ばされ、崩れ落ちた神殿の壁に叩き付けられた。
「が、ぐぅ……」
「崩れ落ちた神殿に、魔王がただ一人。中々絵になるではないか、ヒサコ」
「なぜ……。どうやって、あたしに毒を……!?」
ヒサコの受けたダメージはそれなりであったが、致命傷と言う程でもなかった。
毒もその威力こそ感じるが、決して耐えられないものではない。人間の感覚で言えば、風邪を引いて微熱を感じる程度のものだ。
ただれた肌も意識を集中させていれば、再生させることも難しくない。
厄介な点があるとすれば、心臓が動くたびに継続的にダメージの波が来ることくらいだが、許容範囲の内であった。
むしろ、より“痛い”と感じているのは、顔面に受けた傷の方であった。
『不捨礼子』で思い切りぶん殴られており、その威力で吹き飛ばされて、壁に叩き付けられたのである。
直撃した左頬は砕かれ、頬骨はグチャグチャになっていた。
(今のあたしは魔王。神聖属性の道具は思った以上に効く! やはりあの鍋だけは警戒が必要ね)
ほんのちょっぴりだが、何度かあの鍋を叩き付け、その都度、顎を砕く結果となった黒犬の気持ちが分かった気になったヒサコであった。
だが、それ以上に深刻なのは、やはり“毒”がどうやって自分の体の中に入ったか、だ。
それを解析しないことには、思わぬ方向からの一撃を再び食らう事になる。
気を落ち着け、意識を集中させ、砕けた頬の再生に注力した。
(追撃はない……。あちらもやはり“鍋”以外の手札がない状態か?)
動かないヒーサを見て、ヒサコはそう判断した。
今、ダメージが入ったのは間違いなく、こういう場面こそ勇猛果敢に突っ込んで戦果の拡大を狙うべきなのだ。
だが、それをしてこない以上、向こうもこれで手詰まりとも考えられた。
(やはり女神の存在の有無が鍵になるかしらね)
今こうしてヒサコが落ち着いて治療できているのも、女神が魔力を無尽蔵に補充してくれている点が大きかった。
これを引き剥がされただけでも戦力低下は否めず、逆転を狙うのであれば、これの奪還が必須だ。
当然、ヒサコはそれを阻止しなくてはならかった。
現に毒が入った瞬間にティースが動き、懐の内にある女神を封じた石像に手を伸ばしてきたのだ。
凌いだとは言え、そちらに意識を取られて、鍋で引っぱたかれたのは痛かった。
さて、次はどう動くかとヒサコはめり込んだ壁から起き上がり、相手の観察をしていると、そこには驚くべき光景が目に飛び込んできた。
ティースの腕が“完治”していたのだ。
(バカな!? 早すぎる! ルルの治癒系の術式!? 使ってはいたみたいだけど、ルルはそれほど治癒系は得意じゃないはず。両腕が開放骨折の状態をこんなに早く治せるわけがない!)
実際、ティースの傷口は塞がっており、今は指を動かしてちゃんと繋がったかどうかの“動作確認”まで行っているほどだ。
その側にルルがいるが、全力で術式を使ったとは思えないほどに落ち着いていた。
つまり、本気で治療していたというわけではない。
では、“誰”がティースを治療したと言うのか?
答えは当然、ヒーサが握っているとヒサコは考えた。
(でも、お兄様は薬師ではあっても、術士じゃない。あんな傷の治し方はできないはず。ならもっと別の超常的な……)
何かが抜け落ちている。
そう感じるヒサコであったが、抜け落ちた“それ”はすぐになんであるのかに気付いた。
それは鍋、『不捨礼子』であった。
神が造り、数々の能力が備わった破格の道具だ。
(そうだ。あの鍋にはスキル〈形状記憶〉が備わっている。装備者に再生能力を与えるスキル。でも、装備者にしか効果はないはず。でも、あの鍋を装備しているのはお兄様であって、お姉様じゃ……)
そして、ヒサコは気付いた。
ヒーサが装備したまま、ティースに〈形状記憶〉を付与する方法を。
「どうやら気付いたようだな、ヒサコ」
勝ち誇ったような物言いはヒーサからであった。
鍋を頭に被り、仁王立ちで腕を組んでこれ以上に無いドヤ顔をキメている。
魔王相手であろうとも完全に舐め腐り、嘲笑うかのような態度だ。
つまり、今この状況は決して偶然なのではなく、最初からこうなるように詰めていた証でもあった。
「間抜けめ。“ティースの異変”に気付かなかった、お前の負けだ、ヒサコ!」
そう。ティースには“仕掛け”が施されていたのだ。
茶席、茶道具には何の仕掛けもない。目立つからこそ警戒され、何かを仕込んでも見破られるのは目に見えていた。
仕掛けていたのは一客一亭の“外”。席を外したティースの方であった。
席を外し、そして、“ヒサコ自身が呼び戻す”事を予想して、そちらに仕込んだのだ。
ティース自身と、それが差し出した“饅頭”にだ。
それに気付かなかった点は落ち度であり、ここまでそれを隠匿し、騙し切った手管はヒーサの“ろくでなし”ぶりを表していた。
そして、ヒサコは絶叫した。
「あなたと言う人は! 妹を操り、とことんまでそれを利用し尽くし、今度は伴侶も人形に仕立て上げましたか! スキル〈手懐ける者〉を使って!」
~ 第四十五話に続く ~
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