第四十三話 野点の茶会! 英雄は一席設けて魔王を招く!(13)
ヒサコがティースから受け取った饅頭は、実に芳醇な香しさを放っていた。
同時に甘味であることを主張する甘い香りを放っており、実に食欲そそる菓子であった。
「饅頭に相違ありませんが、表面が茶色いのは……、味噌ですか?」
「いかにも。生地に味噌が練り込んである。アスティコスに味噌作りを依頼していたが、それの第一弾の熟成が間に合ってな。どうせならばと味噌饅頭にしてみた」
「なるほど。普通の饅頭に無い香りの正体は、味噌でしたか」
ヒサコ自身、饅頭すら食べた事がない。あくまで松永久秀の記憶として覚えているだけだ。
だが、やはり甘味は魅力である。
古今東西、権力者のみならず、万民に至るまで甘い物に取り付かれたものだ。
滅多に味わえないからこそ、食べれる時にはしっかりと味わいたいのである。
そして、ヒサコは饅頭を口に入れた。
と言っても、ティースのようにがっついて一口で納めるような真似はせず、半分だけしっかりと噛み締めて味わった。
「……甘い」
ヒサコの感想は率直であった。
味噌の香と味のある皮で包まれ、中身は粒あんが入っていた。
小豆をじっくりと煮込み、甘味料とよく馴染んでいた。
ティースががっつくのも納得の美味だと、ヒサコは感じた。
「中々の出来であろう? 運のよい事に、この世界にも小豆があってな。こちらでは雑穀粥として食すのが一般的であったようだが、やはり小豆であるならば“餡”がよかろう? いずれ茶の湯が流行るのを見越して、徐々に産量を増やしておいた。饅頭や羊羹、茶菓子として出してやろうと思ってな」
「しかし、この甘み……、砂糖ではなく、あえて甘葛を用いていますね?」
「その方が、“私”の出す茶菓子としては面白かろう?」
「ああ、なるほど、“蔦”ですか」
「松永の家紋は“蔦紋”であるからな」
甘葛は蔦の樹液を煮詰めて作る甘味料であり、日ノ本でも古くから貴重な甘味として扱われてきた。
砂糖の普及と共に一気に廃れていき、松永久秀も久しく甘葛は味わっていなかった。
しかし、敢えて今回はそれを用いた。
この饅頭を差し出すのが“ヒサコ”である事が分かっていたからこその趣向だ。
「蔦は松永の象徴。二人を繋ぐ絡まる蔓のごとく」
「蔦紋の本来の意味は、『あなたに忠義を尽くし、どこまでも側にいます』であるからな」
「お兄様の場合は、宿主を締め上げているようにしか見えませんが?」
「だが、同時に甘くもある。今こうして、お前が甘いと称した饅頭の餡も、甘葛を甘味料として用いているからな」
「寄り添っているように見えて、その実、締め上げているようにも見える。甘くもあり、同時に生い茂る深き闇をも内包する」
「そう、見る者によっていくらでも変化するのが、我らの象徴“蔦”なのだ」
二人は同時にニヤリと笑った。
同じ発想を持つ者同士、互いの言わんとすることがなんとなしに読めてしまう。
読めるからこそ、笑ってしまうのだ。
それが“無意味”であると分かるだけに。
「有為転変、常に世界は変化し続け、変わらぬものなど一切なし」
「それこそが世の常であり、不完全であるからこそ、変化に富むからこそ面白いのだよ」
「九十九の欠けたるものですか」
「その満たされぬ一はなんであるか、お前自身は見い出せておらんようだが、そのままで良いのか、ヒサコよ?」
やはりそういう流れに持っていくかと、ヒサコは認識した。
結局のところ、目の前のヒーサがヒサコを倒すのは無理なのである。
完全覚醒した魔王の力を以てすれば、今すぐにでも今いる聖なる山を更地にしてしまうことすら可能なのだ。
ゆえに、ヒーサが用いた逆転の一手は、外交折衝によって翻意を促す事であった。
実際、ヒーサの用意した茶事は、間違いなくヒサコを揺さぶった。
あるはずのない人の心に、茶と菓子が染み入るのを感じていた。
さながら“蔦”のように、いつの間にか伸びてきていて、絡め取ろうとしてくる感覚だ。
「……まあ、そうでしょうね。このフクロウもまた、その趣向の一つ」
ヒサコが見つめる食べかけの饅頭には、フクロウの焼き印が押されている。
フクロウはシガラ公爵家の象徴であり、それゆえに抹茶を入れていた“棗”にも、二羽のフクロウを用いて“兄妹仲良く”などと遠回しに示していたのだ。
しかし、目の前にいるの“梟”雄・松永久秀である。
仲良く手を取り合うなど、もう有り得ないのだ。
それを指し示すかのように、ヒサコはフクロウの描かれた饅頭の残りをパクリを食べてしまった。
口の中に広がる甘みは美味であるが、同時に兄からの誘いである。
「……ヒサコ、私の意を“呑む”と言う事でよいかな?」
「いいえ、梟を“食らう”と言う意味です」
「なるほど、それがお前の回答か」
ヒーサは特に残念に思う事もなく、茶道具の片づけに入った。
魔王との交渉が不調に終わった以上、世界の滅亡は決まったようなものである。
今更茶道具の手入れなど、無用な事をするとヒサコは鼻で笑った。
そして、それから入れ替わるように、今度はティースが側に寄って来た。
「ヒサコ、美味しいって言う割には、なんだか微妙な顔をしているようだけど?」
「楽を知れば、辛い事も理解できる。出会う喜びもあれば、別れる悲しみもある。甘いを感じるからこそ、苦みも一入になる。茶も、饅頭も、魔王が食するには甘すぎる」
「ヒーサの言葉じゃないけど、難儀な生き方よね」
「お姉様のように、“お気楽な人生”を歩んできたわけではないので」
「人形風情が偉そうに。魔王の力を得て、ふんぞり返っているようにしか思えないわね。本当の意味で、自分の足で立って歩いてみたらどう?」
「……うるさい」
ティースの指摘がいちいち突き刺さるので、ヒサコはさらに機嫌を悪くした。
すでに覚醒は完了しているし、ヒーサ以外の人間には死んでもらっても特に問題はない。
このまま消し飛ばしてやろうかと思うヒサコであったが、どうにもティースが相手であると調子が狂うのだ。
甘い、と言ってもいい程に。
(まあ、その辺はお兄様の影響がたっぷり出ているのでしょうね)
ヒサコの視点から見ても、ヒーサはティースを寵愛しているのは明らかであった。
自分を出し抜いて、自力で正体を暴き出したのが、逆に面白く感じたのだろうと考えている。
実際、身バレして以降の方が、明らかにティースに気を遣っているように思えたからだ。
そして、そんな妻に甘々なヒーサこと松永久秀から枝分かれしたのが、自分なのであった。
「お姉様、お兄様も諦めて大人しくなったようですし、お姉様も心静かに最後の時を迎えられてはどうですか?」
「ん~、それもいいんだけどさ。ただね、一つだけ、あなたに聞いておきたい事があるのよ」
「聞いておきたい事? なんでしょうか?」
ヒサコはなんともこそばゆく感じた。
基本的に、ティースからヒサコに飛んで来る言葉と言えば、罵声か嫌味のどちらかである。
それが最後が近付くこの時に、何を質問しようと言うのか。まったく読めなかった。
そして、それは起こった。
ティースがグイっと顔を近付け、ヒサコの顔に息がかかるほどの至近まで近付き、笑った。
その笑顔たるや、不気味と一言で片づけるには、あまりに含意が多い笑みであった。
面白くて笑っているのか、あるいは、嘲っているのか、判断に困るほどだ。
だが、口の端が大きく吊り上がるその笑みは、ヒサコを“引かせる”のには十分であり、思わず顔を下げてしまう程だ。
「な、なに……?」
「んで、質問なんだけど」
その吊り上がるティースの口から、その質問が漏れ出た。
「今し方食べた“毒饅頭”のお味はいかがだったかしら?」
~ 第四十四話に続く ~
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