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第三十八話  野点の茶会! 英雄は一席設けて魔王を招く!(8)

 ティースはヒサコの手招きに応じ、すぐ側まで歩み寄った。

 そして、その意味は言うまでもないことだ。

 ヒーサがいて、差し出された茶が義妹ヒサコの手にある。

 何を目的としての手招きか、一目瞭然であった。


「私に毒見をしろって事ぉ!?」


 ティースはヒーサと茶碗を交互に見やり、その表情は明らかに難色を示していた。

 ヒーサは何食わぬ顔で道具を手拭いで磨いているが、どう考えても怪しかった。


「あら、別に怪しい物じゃないわよ。なにしろ、お兄様が手ずから用意なさいました濃茶こいちゃですから、別に“毒”の類なんか入ってませんわ」


 ヒサコはこう言うが、どう考えても疑っているのは明白であった。

 ティースは顎に手を当て、しばしの間、黙考した。

 そして、結論に至った。


「間違いなく入れるわね」


「あ、お姉様もそう思います?」


「おい!」


 嫁からのダメ出しに、ヒーサもさすがに声を上げた。

 ヒーサと茶碗の間を交互に行き交う二人からの視線は、間違いなく疑っているそれであり、バツが悪そうに不満げな表情を浮かべた。


「毒なんぞ入れておらん。この期に及んで、私が茶に毒を仕込むとでも?」


「間違いなく入れますわね」


「確実に入れますね」


 妹も、嫁も、全くヒーサを信用していなかった。

 現状、ヒーサは手詰まりな状態だ。

 ヒサコへの説得は不調に終わり、切れる手札がもうないのだ。

 逆転の一手が毒殺以外考えられないだけに、ヒサコは完全に疑っていた。

 ティースにしてもここは誤魔化すべきなのだろうが、それだけに毒見だけは勘弁であった。


「まったくどいつもこいつも、私がいったい何をしたというのだ」


「私の実家を滅ぼしましたが?」


「そもそも、違反していない国内法を探す方が難しいかと思いますが?」


「バレなきゃ問題ない」


 シレッと言い切るヒーサであるが、二人の疑いはさらに増すばかりだ。

 それならばと、ヒーサはヒサコから茶碗を奪い、中身を一口飲み込んだ。


「あ、旨いな」


 さらに追加でグイっと残りを飲み干し、フゥ~っとため息まで漏らす始末だ。


「飲み干すのか……、客に出した飲み物を」


 ティースは何をやっているんだと言わんばかりにため息を吐いた。

 毒見の域を超える、まさかの完飲である。

 ヒサコも書ける言葉がないようで、渋い顔をしていた。


「ほれ見ろ、毒は入っておらん。あと、美味しい。女神の入れ知恵を試してみたのだが、これまで飲んだことのない茶であった」


 ヒーサは鍋から空いた茶碗に湯を注ぎ、茶筅でそれをかき回して奇麗に洗った。

 湯を建水に捨て、茶碗を茶巾で磨き始めた。


「女神が言うにはな、『茶葉の新芽が出始めた頃に、遮光の幕で覆い、二、三週間置いておくと、ほのかに甘い茶ができる』とのことだ。折角だから、完成した茶畑の一部で試してみたが、これは旨い。大々的にやるべきだな、これは」


 ヒーサは奇麗にした茶碗に再び抹茶を入れ、湯を注ぎ、濃茶を練り始めた。

 久々の茶に興奮と感激をしつつも、茶事に関してはやはり堂にいったものがあった。

 再び丁寧な所作を二人に見せつつ、すぐに濃茶が完成した。

 そして、今度はティースに差し出した。


「飲め、と?」


「ヒサコは誠心誠意入れた茶を、疑っているようだからな。お前も毒見しておけ」


「……大丈夫、よね?」


「ピンピンしているぞ、私は。ああ、ちなみに股座またぐらの方も」


「お黙れ」


 相も変わらずどうしようもないスケベエな夫を睨みつつ、少し警戒しながら茶を口に含んだ。

 緑色の液体など、初めて口にするであろうし、どうにもビクついている感じがして、最初の一口を注ぎこむのにいささか時間を要した。

 だが、いざ口に含んで味わってみると、その色合いからは想像もできないほどに味わい深く、苦いどころか上品な甘みさえ舌の上で踊り、脳を刺激した。


「あ、確かに美味しい」


 ティースは毒見の事をすっかり忘れてか、再び茶を口に運び、茶碗の中身を飲み干してしまった。

 そして、夫と同じくフゥ~ッとため息を漏らしてしまった。

 そんな呆けたティースの顔を見て、呆れ返るヒサコであった。


「夫婦揃ってこの体たらく。毒見の意味を理解していないのでは?」


 二人の態度には呆れるばかりであるが、同時にヒサコは気付いた。

 またしても殺伐とした空気を弛緩された、と。


(狙ってやっているのだとすれば、やはり侮れない。と言うか、反目しつつも連携は完璧か、この二人)


 毒物混入を予想し、毒見をやらせて揺さぶりをかけてみたが、結果は大外れであった。

 二人揃って茶を飲み干し、それでいてピンピンしている。

 しかも、茶の効果か、むしろ気力がみなぎっている雰囲気すら出していた。


(同じ湯、同じ茶碗、同じ抹茶、二人とも毒物反応なし。杞憂だったかしら)


 予想が外れたため、ヒサコは肩透かしを食らう格好となったが、それでも警戒を緩めなかった。

 本当に諦めて、世界の終末まで大人しくしていてくれるのであればそれに越したことは無いが、そうとは思えぬほどに目の前にいる世界で一番信用できない男は、あまりに落ち着き過ぎていた。


(いや、待って。だから、あたしは何をしている? そもそもこんな茶席なんて、居座る意味はない。強引にひっくり返してしまえばいい。なのに、なぜそれをしない!?)


 ヒサコは未だに席に着いたままの自分に困惑していた。

 魔王となり、世界を破滅させるはずの自分が、なぜ“茶”の催促をしているのか、と。

 毒見をやらせるという事は、それを食みたいという願望の裏返しである。


(ああ、もう。これは記憶の混濁だわ。あたしの中にある“松永久秀”の因子が、茶を飲ませろと疼いている。つ~か、魔王の破壊衝動よりも、一人の人間の喫茶願望が勝るってどうなのよ!?)


 ヒサコは混乱する一方であるが、同時に解決策もあった。

 茶が飲みたいのであれば、飲ませてやればいい。

 かつての松永久秀は末期の茶を所望しながら、それは叶わずに天守諸共爆死したのだ。

 その欲望が形となり、今こうして茶席と言う場を整えていた。

 異世界であろうが、茶を飲みたい。という桁外れの願望が、明確な形となって現れた証左であった。

 そう、“松永久子は茶が飲みたい”のだ。

 ならば、茶事の間は大人しくしておいて、事が終わってから本気を出そう、という結論に達した。


(まあ、それはさておき、やはりお兄様の目的が見えてこない。毒を仕込んで、こっちに一発かますという予想も外れたし、本当に諦めたの?)


 何を考えているのか読みにくい。そんなことをヒサコは悶々と試行していると、ヒーサはまたしても濃茶の用意を始めた。

 茶碗を清め、しっかりと拭き、三度同じ動作を繰り返した。

 抹茶が入り、湯が注がれ、茶筅で抹茶を練り、かぐわしき濃茶が仕上がった。

 しかし、今度は少し違った行動を取った。

 出来上がった茶を差し出す前に、茶碗の上に“扇子”を乗せ、それからヒサコの前にある小机の上に置いた。

 扇子を蓋に見立てて差し出してきたのだ。

 どういう意味かと思いつつも扇子を掴むと、その意味をすぐに理解した。

 扇子の絵柄は、“夜空に舞うフクロウ”だ。

 扇形の料紙は黒であり、夜空の闇を表していた。そこに金糸で描かれたフクロウと、銀箔を散りばめられた星々が輝いていた。


(銀は毒に反応する。でも、これには変色が見られない)


 茶碗の湯気に当たった扇子に銀箔が張られているので、もし茶に毒気が入っているのであれば反応があるはずだ。

 だが、そうした傾向は見られない。

 二度の毒見(飲み干したが)に加え、銀の変色反応を用いた検査と、徹底した念の入れようだ。

 ならばと、茶碗を持ち、それを鼻に近付けて嗅いでみても、怪しい匂いもなかった。


(毒は……、やはりない。でも、無駄にそれを強調しているようにも見える)


 過剰演出、ともとられかねないパフォーマンスだが、少なくとも目の前の茶については白を出せた。

 そして、喫茶欲求で体が疼いていたこともあって、ヒサコは濃茶を口に含み、そして、飲み込んだ。

 程よい温かみと、苦みの中に差し込まれているほのかな甘みも相まって、思わず感嘆のため息が漏れだしてしまう程だ。

 これを飲んだヒーサとティースと同じ反応であり、だからこそ理解、納得した。


「美味しい……」


 味もさることながら、この場を設えた雰囲気作りと言い、途中の殺伐とした空気がいかに“馬鹿らしい”やり取りであったのかを、たった一口で分からされた。

 気分が落ち着きつつ、それでいて沸々と湧き上がる熱気を感じずにはいられないヒサコであった。



           ~ 第三十九話に続く ~

茶畑を遮光するやり方は、安土桃山時代~江戸時代初期の辺りから始まったやり方で、松永久秀存命時にはまだなかったやり方です。


『玉露』もこうした遮光した茶畑で摘み取ります。


あと、『玉露』はコーヒーやエナドリを上回るカフェイン含有量を誇り、ギンギンに冴えわたるほどにパワフルな飲料です。


カフェイン慣れしていない人々なら、間違いなく精力増強剤になってもおかしくない飲料なのです。





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感想等も大歓迎でございます。


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