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第三十七話  野点の茶会! 英雄は一席設けて魔王を招く!(7)

「よもやここまで擦れてしまうとはな。誰に影響されたやら」


「間違いなくお兄様ですわね」


 ヒーサとヒサコ、兄妹の視線がぶつかり合い、バチバチと火花が散り始めた。

 先程までは視線を合わせず、茶事を行っていたヒーサであったが、さすがに「ティースを殺す」とまで言われては無反応と言うわけにもいかなかった。


「心穏やかに茶を飲んでゆっくりしようというのに、随分とまあ物騒な事だ」


「お兄様、時間稼ぎは結構でございますよ。何もかも終わらせて、誰も彼も無に帰するだけです」


「これから人生の楽しみと言うやつを教えてやろうというのに、なんともせっかちな事だ」


「散々、妹を利用してきて、よくもまあそんな台詞が吐けますね」


「ああ。“人形”には道楽など不要であるからな。だが、お前は今や、一己の生命体として“自律”した。ゆえに、それに相応しい対応をしているわけなのだが?」


「遠回しな命乞いにしか聞こえませんね。それとも懺悔でしょうか?」


 今やヒサコにとってヒーサは、世界の終末を見届けるという役目以外に、一切の価値がなくなっていた。

 ジッと息を潜めていた魔王の意識が解放され、少しばかり高揚感に浸ってヒーサの興じる茶事に付き合ってはみたものの、すでに飽きていた。

 少し揺さぶってやろうと、ティースに狙いを定めてみれば、案の定、焦り出した。

 表面的異は平静を装い、なおも上から目線の強がりを吐いていたが、目線はヒサコが上であり、ヒーサを見下ろしていた。

 立場と言うものを本気で分からせてやろうか、という意趣返しがヒサコを突き動かし始めた。


「どうせお兄様以外に要はありませんし、それこそ指をパチンと鳴らすだけで、あちらの二人を吹き飛ばせるのですよ? 少しはへりくだってみてはいかがですか?」


「ヒサコよ、お前は本当に“興”というものを理解しておらんな。何もかも潰して、何が面白いというのだ?」


「あたしは満たされない底なし沼のようなもの。埋めれない、埋まらない、何もかもを飲み込む渦。お兄様だって、気に入らないものは潰すじゃありませんか」


「それは否定せんが、自分自身まで潰すような真似はしない。そこがお前とは違う」


「あくまで、個人の悦楽のみを追求しますか」


「そうだ。折角得た第二の人生だ。楽しまんでどうする?」


女神テアが聞いたら泣きますよ」


「泣けない体にしたお前が言うべき台詞ではないな」


 今もテアはヒサコの懐で石像になったままだ。

 大事な魔力の供給装置と化し、一切の動きが封じられたまま絞られるだけの存在に成り果てた。

 この一事だけでも、神と言う身勝手な連中への溜飲が下がると言うものであった。


「ヒサコよ、私は本気で心配しているのだぞ? こうして茶の楽しみを教えるのも、真人間になって欲しいという思いがあってこそだ」


「すいませんねぇ、もうあたしは魔王なんで、今更真人間なんかになれませんよ。なにより、自分自身が真人間だと勘違いなさっている点が度し難い」


「私は常に大真面目だが?」


「大真面目に国を奪い、大真面目に万余の人々を殺め、大真面目に女を無理やり侍らせて、悦に浸りますか。つくづくお兄様の方が魔王らしいですわね」


「この世界は前の世界よりも、好き放題やらせてもらえるからな。唯一足りなかった茶もこうして手に入ったのだ。いよいよのんびりとした生活が始まるというのに、お前ときたら!」


「申し訳ありませんね、ご期待に添えなくて。ですが、そうした憂慮もほんの一時の事。何もかも世界と共に消してまえばいい」


「苦しみもないが、同時に喜びもないのだぞ? そんな世界に何の意味がある?」


「意味も理由も必要ありません。思考も、思想も、何もかもが存在しないのですから」


「ますます以て、行きたくない世界だ」


 そう言うと、ヒーサは一度出した茶碗を下げた。

 鍋の蓋を開け、今一度、茶碗に湯を柄杓で僅かに注ぎ直し、また鍋に蓋をした。

 そして、茶筅で茶を練り直し、再びそれを小机の上に置いた。


「まったく。折角の茶が冷めてしまったではないか。長々と話し過ぎだ。二度注ぎはよろしくないのだが、まあ、飲むがいい」


「まだ茶にこだわりますか」


「良質な一番茶だ。気分も変わるし、身体にも良い。活力が湧いてくるからな」


「そういえば、日ノ本に茶が入ってきたのも、そもそもは薬用でしたものね」


「そうだ。そこから徐々に変質していき、侘茶わびちゃへと至った」


 自慢げに言うヒーサにはまだ苛立ちが残っているが、風炉より香り立つ沈香じんこうが気分をやわらげ、再び熱の入った茶碗から登る湯気もまた、ヒサコの気を鎮めるのに役立った。

 末期の茶、かつての世界で飲めなかったそれを異世界で叶える。茶人・松永久秀の執念と言える一杯だ。

 ならば自慢の一杯をいただこうと手を伸ばした時、ヒサコはある事に気付いた。


(いや、待って。あたしはなんで茶を飲もうとしている? いやいやいや、末期の茶とか、バカの極みじゃない? 何で“敵”が差し出してきたものを口にする!?)


 ごくごく初歩的な事であった。

 すっかり茶事の件で紛れてしまったが、今は“英雄ヒーサ”と“魔王ヒサコ”が最後の一戦に臨んでいる場面だ。

 とは言え、戦力差は絶望的に開いているため、本来ならば勝負にすらならない。

 しかし、“英雄”は諦めない。

 最も得意とする“話術”と“数奇”で挑むという奇手に出たのだ。

 実際、ヒサコは危うくそれに呑まれかけた。

 松永久秀の模造品である松永久子、これのために趣味嗜好が引っ張られてしまったのだ。


(そう、お兄様の所作に見惚れたのは事実。一種の〈魅了チャーム〉に引っかけられた感じかしら。頭に響くカシンの囁きがなかったら、持っていかれたかもしれない。そういう意味では流石です)


 戦力を失い、女神すら強奪されながら、ヒーサは諦めていなかった。

 魔王ヒサコの中に残る人間性と嗜好への共感力、これを得意の話術で増幅させ、時間稼ぎを謀った。

 遊びが過ぎたとはいえ、まんまとそれに乗せられていたのだ。


(途中までは成功した。でも、魔王の感情が“心の闇”を広げ、なかった事にした。だから今のあたしは、正しく魔王の思考で物事を見れる。んで、目の前には“敵”であるお兄様が、これ見よがしに出してきた“茶”がある。どう見てもこれ、仕込んでいるわよね?)


 ヒサコには分かっていた。ヒーサがこの状況から逆転の一手があることを。

 それは一にも二にも“女神テアの奪還”である。

 ヒサコはマチャシュを取り込む事により受肉を果たし、魔王としては肉体的に安定している。

 しかし、実力としては“弱い”のだ。

 無論、人間のレベルで言えば文句なしの最強術士であるアスプリクよりも強い。

 だが、それだけだ。魔王と言う存在にしては、それほど強くない。

 それが桁外れに強くなっているのは、女神の加護を英雄ヒーサから分捕り、それを使っているからに他ならない。

 万一にも女神が奪還されてしまった場合は、かなりの弱体化が予想されていた。


(だからこそ、お兄様は隙を誘発しつつ、時間を稼ぐ意味でこの茶席を設けた。実際、その試みは半ばまで上手くいっていたし、まんまと乗せられた。でも、気付いたからには、それは警戒を生み出す材料にしかならない。茶の中に“毒”を入れておくとか、当然思い付くわよね)


 毒を飲ませて弱体化させ、前後不覚になったところを女神が封印されている石像を奪う。

 手順としては単純だが、そこに至るまでが果てしなく長い。

 しかも、警戒心を抱いてしまったヒサコに対しては、もう騙す事など不可能であった。


(お兄様の残された武器は、その頭脳と話術。そして、スキル〈本草学を極めし者〉による、毒や薬の知識や技術。このスキルは魔力消費が控えめだから、今のお兄様でも使える)


 そして、ヒサコはチラリと視線を脇に向け、ルルを見つめた。


(ルルはシガラ公爵領に戻り、茶葉や茶道具を運んできた。そして、公爵領にはお兄様の診療所があり、“危険”な薬物がゴロゴロしている。もし、ルルがお兄様に指示された道具の中に、何かしらの毒薬が含まれているとしたらば?)


 可能性としては十分に有り得るだけに、戻した視線の先にある茶碗が、なんとも怪しく思えてきた。

 だが、同時に分かりやすい試し方も閃いた。

 差し出された茶碗を無造作に右手で掴んで持ち上げ、そして、空いた左手で手招きした。


「お姉様ぁ~、ちょっと来ていただけますか?」


 ヒサコは少し離れた場所にいるティースを呼んだ。

 これから起こるであろうことを想像して、満面の笑みを浮かべていた。


(さあ、お姉様、毒が入っているかどうか、その体で確かめさせいただきますよ)


 この反応を見れば、毒を入れたかどうか分かる。

 ヒーサが焦るか、ティースが死ねば、それは毒入りである。

 さあ、どう反応するだろうかと、ヒサコはニヤニヤしながらヒーサに視線を向けた。



            ~ 三十八話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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