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第一話  目覚めよ! 女伯爵は朝日に輝く!

 窓から優しい朝日が差し込み、一日の始まりを告げていた。

 そこはシガラ公爵の屋敷の一室で、貴人が寝泊まりできるよく整えられた寝室であった。

 少し呻き声を上げながら寝台より起き上がったのは、おさまりの悪い茶髪の女性で、寝ぐせのある頭髪を軽くかきながら体を伸ばした。

 彼女の名前はティース。シガラ公爵ヒーサの妻であり、同時にカウラ伯爵の位を持つ貴婦人だ。

 結婚してから初めて公爵家の屋敷に入ったのだが、意外と待遇が良かったことに驚いていた。なにしろ、『シガラ公爵毒殺事件』と世間では呼ばれる事件において、ティースの父である先代の伯爵ボースンは、ヒーサの父である先代の公爵マイスを毒殺したことになっていた。

 そのため、公爵家に仕える面々には心象が最悪であり、どんな嫌がらせを受けるのかと心配したほどであった。

 しかし、それは杞憂であった。夫ヒーサが事前に言いくるめていたのか、彼が歓迎の意を示すとそれに倣って、屋敷の人々もティースを夫人として受け入れたのだ。

 無論、心の中では色々と言いたいこともあるであろうし、油断はできない。

 ヒーサが抑え込んでいるということは、ヒーサ次第で悪意が解放されることでもあり、十分この屋敷はティースにとって“敵地”なのだ。


(まあ、なるようにしかならないでしょうけど・・・、情勢が穏やかなうちにやっておかねばならないことがある)


 ティースの最大目標は、毒殺事件の真相を暴くことだ。父は何者かにはめられており、その証拠を掴まねばならなかった。そのためにこそ、ヒーサとの婚儀を大人しく受け入れ、公爵領に身を置いているのだ。

 証拠、証人共にことごとく消されており、事件の真相に向かうための道は閉ざされているのに等しい。唯一の突破口は、ボースンに毒キノコを渡したという“村娘”だけだ。


(でも、限りなく発見の可能性は低い)


 寝台から起き上がり、窓越しに広がる雄大な領地を見つめた。このどこかに潜んでいるのなら幸いであるが、もしどこかの工作員であるならば、さっさと引き上げているだろうし、あるいは口封じに消されている可能性もある。

 現に、ティースの兄キッシュが殺された落石現場の近くには、遺体が六名分転がっていた。あれは明らかに口封じによるものだ。

 ティースはこの口封じを、例の“村娘”がやったのでは、と考えていた。暗殺計画の陣頭指揮を執り、事が成ると用済みとなった使い捨ての駒を消す。状況としては一番しっくりくるのだ。


(もしそうなら、公爵領内に残っている可能性は低い)


 いつまでも現場に残るような、バカな真似はさすがにしないであろう。あるいは、見つからないと絶対の自信があれば、第二幕を仕掛けてくるという可能性もあった。

 事件のために実質消えていたヒーサとティースの婚儀を復活させ、事件の黒幕に対して、「無駄な努力ご苦労さん」と啖呵を切る意味での結婚でもあるのだ。

 もし、この挑発に乗ってくれれば、本当に第二幕があるかもしれない。そここそ、唯一無二の捕縛の機会となる、ティースはそう期待していた。

 外の景色を眺めながら考えに耽っていると、誰かが扉を叩いた。


「誰かしら?」


「ナルでございます」


 ナルはティースの専属侍女であり、伯爵領からの輿入れの際に同行してもらったのだ。

 しかし、それは表向きの話で、ナルの正体は伯爵家に仕える密偵頭である。つい最近、若くして密偵頭の地位を継ぎ、今はティースの側で事件の裏側を探ることに集中していた。

 扉を開け、恭しく頭を下げると、カートを押しながら部屋に入って来た。カートの上には朝の身支度のための道具類が乗っており、ティースも考え事を中断して、化粧台の前に座った。

 ティースは鏡に映る自分の姿を確認すると、肌色から艶、目元も問題なく、いたって健康であると確認できた。


「ティース様、昨夜はぐっすりとお休みになれたご様子で」


「ええ。枕が変わったくらいで寝つきが悪くなるほど、私は神経質じゃないですから」


「それはようございました。なにより、いきなりのお呼び出しがなくてよかったですわ」


 ナルの発する言葉の意味を理解して、ティースは恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 ティースとヒーサはすでに婚儀を済ませており、夫婦となっていた。しかし、未だに床入りせず、同衾してはいないのだ。

 王都で忙しなく挙式が行われ、その後は連日の宴会や催し事に振り回され、ようやく領地に戻って来た、という状態であった。

 とてもではないが、ヒーサにしろ、ティースにしろ、多忙すぎて夫婦としての“契り”を交わす余裕がなかったのだ。


「まあ、その、今夜あたりに呼び出されるかもしれないけど」


「その際はせいぜい頑張ってください。しっかり旦那様を体を使って、篭絡するのですよ。あ、なんでしたら、朝食まで少し時間もありますし、腰振りの練習でもなさいますか?」


「ナル!」


 本気とも冗談とも取れる提案にティースは抗議の声を上げた。

 二人は主従関係にあるが、同時に年近い友人、あるいは姉妹のような感じであり、人目を気にすることがないときは、かなり緩い関係でもあるのだ。


「……で、マークはどうしてるかしら?」


「あの子は給仕の支度で、先に食堂の方へ向かわせてます」


 ちなみに、マークは従者として連れてきた少年で、齢は十一歳だ。表向きな身分は士分、すなわち騎士見習いと言うことになっている。

 だが、実際のところは、伯爵家の隠し玉であり、最大戦力でもあるのだ。

 なぜなら、少年マークは貴重な《五星教ファイブスターズ》教団所属でない術士であるからだ。

 基本的に、新生児は生後半年ほどで教団の施設に連れていかれ、神の祝福を受ける。と言ってもそれは形式的なもので、本来の目的はその際に魔力検査を行うことだ。

 術士を独占したいと考える教団は、新生児が魔力持ちであると分かると、かなり強引に子供の親を説得して、その身柄を確保しようとする。

 これも教団に反感を抱く原因にもなっているが、教団の力の前には貴族ですら抵抗も難しいのだ。

 術士の才能があると分かると一応それなりの謝礼金は貰えるが、身分の貴賤に関わらず、十歳前後になるとほぼ強制的に神殿へと入れられる。

 しかし、マークの場合は捨て子であり、ナルの父が拾って育てたのだ。戸籍にもない存在しない子供であり、鍛え上げれば裏仕事に仕えるだろうという目論見だった。

 そして、それはいい意味で裏切られた。

 なぜなら、マークと名付けられた赤子は魔力持ちで、しかもなぜか訓練も受けていないのに、熟達した術士であったのだ。

 その成長ぶりは異常で、九歳になる頃には、兵士が十人がかりでも返り討ちにされるほどの腕前になり、拾って育てた先代密偵頭でさえ驚くほどであった。

 その後も教団側にバレないよう情報封鎖に力を入れつつ、じっくりとマークを育て、今では伯爵家の中では最強の存在になっていた。

 なお、ナルとは姉弟のように育てられており、ナルの指示にはよく従うように訓練されていた。


「マークを父に付けていれば、あるいは兄に同行していれば、と思うのは酷な話かな」


「本来、先代様が公爵領へお出かけになるのは、ティース様とヒーサの婚儀に関する話し合いで、平穏無事に終わる予定のことでした。そこに、秘匿してある最大戦力をわざわざ護衛につける、というのは誰も考え付かない事ですしね。そもそも、マークは私と一緒に別件の調査に同行していましたし」


 実際、マークがボースンやキッシュの側にいたらば、暗殺を防げたかもしれないと、ナルも考えていた。それほどに、ナルは義弟の腕前を信頼していた。

 マークの得意とする術式は、地属性のものだ。大地の恵みを最も感じ取れる属性であり、毒キノコの危うさも気付いたことだろう。

 また、落石も崖を隆起させ、逸らすことすらできたはずだ。

 終わった話とは言え、防げた未来も存在していたので、二人としては残念でならなかった。

 そうこうしているうちに朝支度が終わった。少し寝ぐせのあった髪は丁寧に梳かれ、服も寝間着から普段着へと着替え、人前に出れる格好に仕上がった。


「さて、それじゃあ、食堂に行きますか。愛しの旦那様とご一緒に、てね」


「まあ、妹君よけいなものも付いて来ているでしょうが」


「あ~、それ! 気が滅入るわ~。つ~か、この屋敷で暮らしている限り、どうあがいても顔を会わせることになるわね、ヒサコに」


 ティースにとって、一番顔を会わせたくないのが、ヒーサの妹であるヒサコだ。ヒーサと結婚した以上、義理の妹となるが、できれば顔も見たくないのがヒサコなのだ。

 なにかと自分に突っかかってくるのに、気が付けばいなくなっていたりする掴みどころのない義妹だ。頭もよく回り、口も達者なのだが、やることが子供じみている。そのくせ抜け目がなく、やって欲しくないことを的確にやって来る狡猾さも持っていた。

 一つ屋根の下で暮らし、しかも義理とはいえ身内にまでなってしまったのだ。結婚して一番億劫なのは、間違いなくヒサコの存在であった。


「ああ、どうか、大寝坊して、食堂にいませんようにっと」


「いっそ、マークに頼んで、落とし穴でも作らせましょうか?」


「おお、それ、いい案だわ。今度試してみましょう」


 端から聞いている分には、女子二人による他愛無い悪巧みなのだが、女伯爵とその密偵頭という組み合わせなので、実行可能でもあるのだ。

 こうして、ティースにとっては敵地も同然の公爵領での生活が始まった。



          ~ 第二話に続く ~


ここから第三部開始です。


これからもよろしくね~。




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ヾ(*´∀`*)ノ

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