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第三十一話  野点の茶会! 英雄は一席設けて魔王を招く!(1)

 ヒサコは〈瞬間移動テレポーテーション〉を使い、『星聖山モンス・オウン』の中央神殿まで飛んだ。

 と言っても、神殿は廃墟となっており、かつての荘厳な佇まいは見る影もなく、瓦礫の山を晒していた。

 ヒーサとティースもそれに引っ張られる形で移動し、移動後はヒサコのすぐ側に立ってしまった。

 魔王のすぐ真横に立つなど、本来なら絶対避けねばならないことではあるが、ヒーサもティースも特段気にすることなく無防備に近い状態で横に立っていた。

 なぜなら、ヒサコは目の前の光景に目を奪われ、どう答えるべきか迷っていたからだ。


「うわ! もうお越しになられたんですか!」


 慌てふためく声を上げたのは、わちゃわちゃ忙しなく動き回っていたルルだ。

 どうやら予定外にも早く到着してしまい、席が整っていないのが丸分かりであった。


「いかんな、少し早かったか。まあよいか。水指みずさしと鍋に水を入れておいてくれ。あとは私がやろう」


「あ、はい! 水の神ネイロよ、汝の恵みで器を満たせ、〈水生成クリエイトウォーター〉」


 ルルの力ある言葉に反応し、その手のひらより、水が零れ落ちた。

 手元にあった鍋と水指にそれは注がれ、それぞれに八割ほどを満たした。

 そして、ルルはペコリを頭を下げ、そそくさとその用意してあった席より退いた。

 場は完全に整ってはいないが、それでも何がしたいのかはヒサコの想像の及ぶところではなく、首を傾げた。


「あの、お兄様、このしつらえはなんですか?」


「見て分からんのか? これは“野点のだて”だ。まあ、要するに“野”外で“”てる茶を楽しむ席の事だ。しばし、失礼する」


 そう言うと、ヒーサはルルが持ち運んだ“茶道具”が居並ぶ場所の歩み寄り、揃えるべき道具に欠けがないかを確かめた。

 茶碗、茶釜、風炉ふろ茶筅ちゃせん柄杓ひしゃく、その他多くの道具がズラリと並び、敷かれた絨毯の上や、あるいは漆塗りの台子だいすの上に並べられていた。


「よしよし、ちゃんと全部揃っておるな。おっと、灰形はいがたはさすがに仕上がっておらんか」


「手引書に書いてありましたけど、とてもじゃないですけど無理です」


「まあ、それはそうだ。素人がどうこうできるものでもないしな」


 ヒーサがのぞき込む真鍮製の風炉は、まだ何も入っておらず、日差しを浴びて黄銅色に輝いていた。

 ドワーフの工房で作られた逸品であり、形、大きさ、共に注文通りに仕上がった炉だ。


「では、炭点前すみてまえを始めようか。皆も折角だから、覗いていきなさい」


 ヒーサがそう言うと、ヒサコ、ティース、ルルは誘われるがままに近寄り、風炉を覗き込んだ。


「では、まずは灰形を整えようか。そうさな、今日は“二文字押切にもんじおしきり”でいこうか」


 ヒーサの口調は心なしか軽やかな、それでいて感無量と言った風を感じさせるものがあった。

 実のところ、“茶事”とはなんであるのかを、ティースもルルも知らなかった。

 ヒサコも兄の記憶をある程度盗み見てはいるが、その神髄に届くところまではいっていない。

 実質、三人とも茶に関して言えば、素人と言ってもよかった。

 そして、すぐに気付いた。ヒーサの気配が変わった事を。


(雰囲気が変わった!? 気配がない、というより、溶け込んだといったところかしら)


 ヒサコはヒーサの気配が今まで感じた事のない雰囲気を出したので、より一層の集中力を高めた。

 面白いものが見れそうだと考えたためだが、それはヒサコの想像を超えていた。


「いいか。灰形を作る際は、まずこの“底瓦そこがわら”という陶器製の円盤を置く。その上に灰をかけていく」


 ヒーサは素焼きの円盤をまず風炉の中に入れ、続いて側に置いていた灰桶から灰を什能じゅうのうで一杯、二杯と移していった。

 時折、手拭いで風炉の淵を磨き、汚れが一切付かないように心がけていた。


(そうか、気配を感じないのは、一切“気負っていない”からか。こういう人から見られている場面だと、『やってやるぞ!』と意気込むものだけど、それが一切ないんだわ。だから気配を感じさせない。自然体で周囲の溶け込んでいるように感じるんだわ)


 ヒサコは魔王の力を得て荒々しくなった自分とは正反対に、茶事に取り込むヒーサがあまりにも真逆の“静謐せいひつ”を備えた振る舞いに感じ入るものがあった。


(なんと言うか、こう……、無駄な動きが一切ない。無駄がないから、突っ掛かる場所がない。炉の中を覗き込んでいるはずなのに、突っ掛からないから視線が空を舞っているようにも感じる。舞う姿は何とも言えない美しさがある)


 ルルもまた未知の感覚に戸惑いながらも、ヒーサの所作に見入っていた。

 灰桶から風炉に灰を移し、時折、手拭いで道具を磨いているだけだというのに、その無駄のない動きがあまりにも美しく、かける言葉もなかった。

 ティースもまた無言でしっかりとその光景を眺めていた。


「ある程度灰を移し終えたら、今度は“五徳”を風炉に入れる。茶釜を乗せる際に、“足”になる部分だ。この際、ちゃんと炉の中心に五徳を据えねば、釜が中心からずれてしまい、見苦しいものとなる。それを避けるため、灰匙の柄を物差し代わりにして、中心に置けているかどうかの確認をする」


 ヒーサは側に置いていた五徳を手にし、目測でここだと目星を付けてから灰の山に捻じ込んだ。

 そして、匙の柄を風炉の淵に当て、五徳がちゃんと中心に来ているかを測った。

 目測はほぼドンピシャであり、計測後も動かさずにそのままであった。


「五徳の設置が終わったら、再び灰を入れていくが、この際は手前寄りに入れ行く方が良い」


 ヒーサは再び灰桶から風炉に灰を移していき、五徳の足が半分沈む程度にまで足していった。


「次にこの“前瓦”を差し込む。位置は手前側の五徳の足の中心だ。これも位置がずれると美しくないから、灰匙の柄で確認しておくのを忘れるなよ。前瓦は五徳の先に対して、指一本分程度が空いているような高さにしておくとよい」


 前瓦は底瓦より小さな円盤であり、これもズブツっと灰の中に突き刺した。


「位置が定まったら、前瓦の後ろを灰匙でしっかりと押し込み、動かないように固定する。そして、灰を更に前の方へと移し、山を作る感じで寄せていく。特に、前瓦と五徳の間にはしっかりと灰を積んでいくのを忘れないようにな。ここの部分は客に一番よく見える場所であるから、特に丁寧に仕上げていく」


 茶事と言うよりかは、まるで授業のようなヒーサの所作に誰もが心を奪われた。

 シュッと灰匙が積まれた灰の上を滑る度に形が整えられ、前瓦も獣毛で編まれた毛筆で払われ、美しい顔を灰の中から覗かせていた。


(押さえつける、と言うよりかは、灰を切っている感じね。切った灰を後ろ側に平べったいスプーンで灰を移し、崩れない傾斜を作り、山を形作っている。僅かな線すらない、完全な傾斜の山になる)


 ちょっとのズレで崩れそうな灰の山も、目の前の男にかかれば、山を形作ることくらい造作もないと言わんばかりの手際の良さだ。

 三人が作られていく山をジッと見つめ、“一文字”の山が仕上がるの見守った。


「これで手前の山は完成だ。切った灰は後ろに移したが、こちらも同様のやり方でもう一つ横一文字の山を作っていく。切った灰は風炉の中には置き場所がなくなるので、灰桶に戻す」


 風炉の奥側にまた一文字の山が出来上がって来て、灰匙で整えられ、削った灰は灰桶へと戻されていった。

 みるみる内に奥側にも山が出来上がり、こちらもまた僅かな取っ掛かりのない美しい山が完成した。

 最後に中央に線を引き、ヒーサは道具を置いた。


「撒き灰を少し散らして、これにて灰形は完成だ。二つの平行する山のような形を成し、これが“二文字押切”という名だ。他にも均整の取れた円山を作る“丸灰押切”など、色々とある」


 さも当然とばかりに完成された灰形は、感嘆の声が上がるほどに美しく、整ったものとなっていた。

 灰の中に五徳が埋まっており、釜を乗せる部分だけが首をもたげていた。

 前後にある二つの一文字の山は、一切の乱れがなく、奇麗に整えられていた。

 少し手元が狂えば崩れそうな灰の山ではあるが、これを一切の震えもなく完成させたヒーサの、松永久秀の“御点前おてまえ”の技量の高さがうかがえると言うものであった。


「凄い……。こんなやわな素材で、きっちりとした山を仕上げるなんて。しかも、使ったのは灰を移す大きいスプーンと、形を整えるために灰を切っていた小さなスプーンだけ」


 ティースとしても、それ以上の言葉が出なかった。


「こんなのすぐに崩れちゃいますよ。よくこんな奇麗に整えられますね」


 ルルも今の光景を見て、頭の中で早速描いてみたが、どう頑張っても途中で手先が狂うなと思った。

 素早く、正確に、気負うことなく、自然体に仕上げる。


(漆器の件もそうだけど、ほんと、公爵様の美的感覚やその技量は、異世界のそれなんだな)


 ルルも指示されるがままに道具を持って来たのだが、その使い方が自分の常識を遥かに超えていた。

 一体、この人には何度驚かされた事だろうと、改めてその存在の大きさに敬服した。


「まあ、灰形を整えるのは難しくはあるが、ルル、お前は職人村で鍛えた器用さがあるからな。すぐにできるようになるだろう。むしろ、大雑把なティースの方が覚えるのが苦労しそうだがな」


「何ですって!?」


「ほれほれ、あまり声を荒げるな。暴れるな。整えた灰形が崩れてしまう」


「……いいから、あとで教えなさいよ」


「ヒサコの“説得”が終わってからな」


 ここでルルはハッとなった。

 そういえば、魔王がすぐ側にいて、いつでもこちらを攻撃できる状態にあるという事にである。

 ヒーサの灰形にすっかり心を奪われていたが、今も危機的状況にある事は疑いようもないことであった。

 ティースもヒサコの方を見て、何か言いたげにしていたが、敢えて口を紡ぎ、その役をヒーサに回した。

 ヒーサも灰形に使った道具を隅の方に置き、改めて座り直して正座でヒサコと対峙した。

 と言っても、ヒサコは中腰で風炉を覗き込んでいたため、ヒーサが見上げる格好となってはいた。


「ヒサコよ、世界とはこの灰形のようなものだ。そこの人手によって、美しくもあれば、醜くもできる。整えるのは手間であるが、壊すのほんの一瞬。そして今、世界はもろく儚くもあり、お前の判断一つで潰えるものでもある」


「何が言いたいのですか?」


「本当に壊してもいいのか、ということだ」


 いつになく真剣で、それでいて相手を憐れむような視線を、ヒーサはヒサコにぶつけた。

 ヒサコにはそれがなぜか“痛かった”。

 心の中にある何かがズキズキと疼き、正面からヒーサを見つめ返すことに苦痛を感じ始めた。



           ~ 第三十二話に続く ~

茶を入れるシーンを、まず炭点前から書いてみましたが、これまた難しい。


一度、野点の茶席に招かれた事があるので、ある程度は想像できますが、どうにも上手く書きにくい。


ちゃんと情景が伝わっているかどうか、表現力が試されますね、これは。


(;^ω^)




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ヾ(*´∀`*)ノ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 状況、情景、作法、心象と描写が難しそうですね。でもバランスがいいと思います。 [一言] 怒涛の勢いですね。私が言うのもおこがましい気もしますが、最後までがんばってください。
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