第三十話 提案! 英雄は魔王のために一席設ける!?
「提案がある」
ヒーサからの言葉に、ヒサコは少しばかり複雑な表情を浮かべた。
すでに魔王としては完全覚醒しており、指一本動かすだけで天地が揺れ動くほどの力を発揮できる。
神の力を失った英雄を締め上げるくらい余裕だ。
だからこその欲が出てしまった。
(私は世界の意思に従い、世界に終焉をもたらす。それを邪魔するのが、神の送り出してきた転生者。ならば、お兄様をも屈服させ、完全なる勝利を以て閉める)
神のやり様を否定するための手段として、神の尖兵たる英雄を屠る。
これ以上に無い証明であり、そう考えると得も言われぬ高揚感が湧いてきた。
力ずくなら余裕で勝てるが、世界の終焉までは殺してはならないという縛りがある。
そのため、敢えての頭脳戦だ。
今のヒーサは神の力を失い、大幅な弱体化をしている。これをねじ伏せたとして、意味はない。
ならば、相手の得意な土俵の上で戦い、その上で勝利してこその完全勝利だ。
ヒサコの方針は決した。
世界は消し去るが、その前に兄ヒーサを、松永久秀を倒し、魔王・松永久子の前に跪かせる。
是非ともそんな光景を眺めてみたいと、不敵な笑みを浮かべた。
「それでお兄様、提案と言うのは?」
受け入れるかどうかは別として、まずは相手の出方を伺わねばならない。
いざともなれば力でねじ伏せられるが、それは最後の段階だ。
さて、どんな提案が飛び出すのか、そうヒサコは警戒しながらも兄の言葉を待った。
しかし、警戒とは裏腹に、ヒーサの口から飛び出した提案は、意外なものであった。
「一席、設けてある。場所を変えぬか?」
「……は?」
あまりに予想外の言葉に、ヒサコは一瞬理解できなかった。
その目に映るヒーサは実に淡々としており、淑女をお誘いする貴公子そのものと言えた。
それだけに、ヒサコは困惑した。
(一席、設けてある、ですって? つまり、宴席へのご案内、ってことよね? この状況でその言葉が飛び出すか)
相も変わらず突飛な言動と、場の空気を無視した勧誘に、その意図する部分を理解しかねた。
「あら、お兄様からお酒のお誘いを受けるなんて、どういう風の吹き回しでしょうか?」
「誰にも邪魔されず、私とお前だけの席を設け、話がしたい」
「一対一での勝負、というわけですか?」
「そんな気負ったものではない。最後に色々と話しておきたいのだよ。二人だけの席の方が、そういう意味ではやり易いだろうしな」
表裏のない、真摯な言葉のようだとヒサコには感じ取れた。
だが、それこそ目の前の男の一番怖いところであることも知っていた。
(そう、目の前の誠実そうな貴公子の最大の武器は“舌”。言葉巧みに人の心を操り、甘い言葉で誘い込んで、罠に落とし込む。そう言うやり口こそ、その真骨頂)
実際、ヒサコもそれを見てきたと言ってもいい。
と言っても、操り人形の状態なので喋らされていたと言った方が適当かもしれないが、時に兄妹揃って甘言を弄し、頭の中で思い描いた状況を作り出すために芝居を打った事も、一度や二度では済まない。
“外交折衝”こそ、この目の前の英雄の最も得意とするところだ。
一騎当千で戦場を駆け巡り、バッタバッタと敵を屠る。そんな“常識的”な英雄像など持ち合わせていないのだ。
戦場での殺生など、外交折衝で折り合いが付かなかった際の次の手段でしかない。
「まあ、この場は少々、あたしが荒らしてしまいましたからね。それで、どちらまで移動を?」
「なぁに、すぐそこ、見えている場所だ。あそこだ、あそこ」
そう言ってヒーサが指さしたのは『星聖山』であった。
《五星教》の総本山であり、五柱の神の台座であると伝わる聖地だ。
今、三人がいる『影の湖』が闇の神の台座の跡であり、聖なる山の影となる場所となる。
距離としては目で捉えられるほどに近いが、傾斜や山林がそれなりにあるため、足で行く分にはそれなりに時間を要する場所でもあった。
(あそこは今は無人のはず。“人払い”はもう終わっているわよね)
なにしろ、王都での騒乱の際、そこの聖山も“もののついで”に焼き払ったからだ。
神殿を破壊し、火をかけて焼き払い、数多の聖職者もあの世送りにした廃墟と瓦礫の山と化した聖地、それが今の教団総本山だ。
高い上に無人、誰にも邪魔されずに話をするには最適と言えた。
(無人で人払いをする必要のない場所。……が、そういう場所に誘いをかけたということは、何か仕掛けがあるという事でもある。なにしろ、相手は信用ならないお兄様ですからね~)
ヒサコは当然のように疑った。
信用ならない、と言う点で世界一信用あるのが、自分と兄なのである。
「威力拡大、長射程化、〈探知〉!」
ヒサコは罠の存在を考え、一にも二にも、まずは調べてみる事から入った。
罠のある場所に誘い込んで、そこで襲撃するなど、策士の視点で言えばありきたりであった。
舐めるように聖山の中央神殿の辺りに探りを入れ、何か奇妙な点はないかじっくりと観察した。
(……思った通り、無人ね。人の反応が全然ない。まあ、殺して焼いたのはあたし自身なんだし、当然と言えば当然か)
と言っても、あの時はヒサコが本体であり、ヒーサの方が分身体であった。
しかし、あの時の熱量は心はなくとも“体”には、それが染み付いていた。炎の熱さや人々の悲鳴がそれとなく肌触りに残り、目を閉じればその場面を想像するのも難しいことでなかった。
そして、丹念に神殿周辺を調べていると、“人間”の生体反応を感知した。
(ん? 人がいる。聖職者の生き残りか、それとも火事場泥棒か)
ヒサコは魔力を収束し、その反応を集中して調べ始めた。
そして、すぐに気付いた。その人間の反応から発せられる魔力に、心当たりがあったのだ。
(この反応……、これはルルの魔力だわ。あんなところにいたのね)
術式で調べた結果、それがルルのものであることは分かった。
問題はなぜ、あの無人の廃墟にルルがいるのか、であった。
(そもそも、あたしはルルがなぜお兄様の下を離れたのか知らない。スアス渓谷での戦いにおいても、まるで最初からいなかったように振る舞っていたから、その点の情報が欠如している。まあ、アルベールと戦いにくいとは思うから、戦列に加えなかったのでしょうけど……)
実際、ヒサコのこの考察は当たっていた。
アルベールとルルの兄妹はどちらの陣営が勝っても生き残れるようにと、敢えて袂を別ってそれぞれの陣営に与するようにアルベールが仕組んだのだ。
だが、ルルはそれを理解しつつも、やはり兄と敵味方に分かれる事に苦悩した。
しかも、ヒーサの前で堂々と兄とは戦えないとまで宣言してしまった。
本来なら不覚悟を以て処罰されかねない発言であったが、ヒーサはこれを許し、戦列に加わらない代わりに、別の任務を与えていた。
なお、これについてはルル本人を除けば、ヒーサ、ティースの二人だけが知っていた。
ヒサコはヒーサがルルに何を命じたのか、全く知らなかった。
なので、直接聞いてみる事とした。
「お兄様、ご指定の聖山にはルルがいるようですが、これはいかなる意味で?」
「おお、ここからでも見えるのか。さすがは魔王、大した眼を持っているな」
「下手な誤魔化しは通用しませんよ。……で、先程の質問の返答は?」
「なに、特に他意はない。席を整えておくよう申し付けていただけだ」
シレッと答えるヒーサに対して、ヒサコはさらに警戒心を強くした。
確かに、ルルは今でこそ王国内でも随一の術士となっているが、元々は地方領主に仕える侍女であり、宴席の準備などは経験済みである。
席を整える、と言っても特に不自然な点はないし、むしろ適任と言えた。
だが、それを命じたのは他でもないヒーサである。他意はないと言いつつ、含意が多すぎる言葉でもあるからだ。
どんな“趣向”を凝らしてくるか、分かったものではない。
いくら何でも怪しすぎた。
「時にお兄様、“嘉吉の乱”ってご存じですか?」
「おや、ここでその名が出てくるとは。まあ、私がお前を育てたようなものであるし、あちらの世界の知識も多少は盗み見ておったか」
「“くじ引き将軍”がどうとか、言っておりましたので」
「ハッハッハッ! それもそうか!」
睨み付けてくるヒサコに対して、ヒーサは笑って応じた。
“嘉吉の乱”
嘉吉元年(西暦・一四四一年)、京の都において、播磨国の守護大名・赤松氏によって時の征夷大将軍・足利義教が暗殺された変事である。
関東で起こっていた騒乱“結城合戦”が終結し、その祝宴と言う事で赤松氏は「能を献じたい」として、義教を西洞院二条の邸宅に招き寄せた。
その席において、伏せていた兵を差し向け、幕府の最高権力者である将軍を暗殺したのである。
当時の義教は“万人恐怖”と謡われるほどの恐怖政治を強いており、些細な事で人々を処罰しては財産を没収したり、果ては流罪や処刑を頻発するなど、薄氷を踏む時節であると人々は恐怖した。
赤松家当主・赤松満祐は義教に睨まれ、領地を召し上げて義教のお気に入りであった赤松貞村に与えようとするなど、両者は対立状態にあった。
そして、「恐怖の魔王を討ち果たすべし!」と決起し、それが将軍暗殺と言う結果に結びついたのだ。
これによって足利将軍家の権威は失墜し、後に義教の子・義政が幕府の威光を取り戻そうと躍起になった挙げ句に失敗し、“応仁の乱”へと繋がっていくのである。
「よもやとは思いますが、魔王を討ち果たす宴、などということはありませんよね?」
「安心せい。障子の裏に兵を潜ませるような真似はせんわ」
確かに、今の聖山は瓦礫の山であり、兵を潜ませておくには不向きである。
なにより、ヒサコが〈探知〉を使って調べた結果、席を設けたと言う山頂部にいる人間はルル一人であることも判明していた。
(兄夫婦にルルが加わったとしても、今のあたしであれば問題にすらならない。やはり危険なのは、マークと黒犬……)
警戒すべきは従者と番犬であり、ルルはそれほどの脅威ではない。
そうなると、見てみたいのはやはりヒーサがどんな“趣向”を凝らしてくるかと言う点であった。
(松永久子は松永久秀の妹にして、そこから枝分かれした影。ゆえに、“数奇者”としての性質も受け継いでしまっている。これは本当に度し難いわ。世界をぶち壊すのに、数奇の力など不要だというのに)
本来、道具は“渡十分”であればいいのだ。実用のみを考え、“景”など不要であるはずだ。
そこに風情を見出すなど、無駄もいいところである。
ゆえに、合理的な思考のカシンの囁きは、さっさと潰してしまえ、だ。
しかし、ヒサコの内に潜む“数奇者”の性質が、その囁きを隅の方へと追いやった。
「いいでしょう。では、お兄様の最後の晩餐、御相伴に与ると致しましょう」
ヒサコは抑え込んでいた魔力を解放した。
吹き抜ける風は徐々に強くなり、ヒサコ、ヒーサ、ティースを取り巻いていった。
「我が双脚は時空を超える、〈瞬間移動〉!」
術が発動し、眩い光と共に三人の姿は消えた。
そして、聖山の中央神殿へと飛んでいった。
~ 第三十一話に続く ~
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