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第二十四話  勝者の余裕!? 聞くだけは聞いてあげましょう!

 魔王の完全覚醒、そのための条件は全て揃った。

 人類の絶対悪として、魔王の素体となった“悪役令嬢”ヒサコ。

 そのヒサコに魔王を降ろすため、“器”として生贄となった“白無垢の聖女”アスプリク。

 無理な状態を維持するため、膨大な魔力の源となった“女神(見習い)”テア。

 そして、ヒサコと合体して不安定な状態を解消し、受肉させるための素材である“息子”マチャシュ。

 ヒサコの手元にはそれらが揃い、完全覚醒の道が開かれた。


「お兄様には感謝いたしますわ。これで何もかもが揃った。この世界を終わらせることができる」


「そりゃ結構な事だ。だが、“対価”を貰っていない。食い逃げはいかんぞ」


 ヒーサの台詞にヒサコは首を傾げた。

 赤ん坊を抱え、さあ取り込むぞと言う段で、いきなりの請求だ。

 

「お兄様、マチャシュは私の息子ですよ? お兄様のではございません」


「まあ、世間的にはその通りなのだが、届けてやった“お駄賃”を要求している」


「業突く張りですね。子守を任せた覚えはありませんのに」


「まあ、それはそれ。大人しく差し出したのだ。それくらいは認めてもよいのでは?」


 ヒサコからすれば、目の前の兄にはもう用はない。

 強いて言えば、世界の終末まで“生きてさえ”いればいいのだ。

 この世界の規定では、英雄と魔王が戦い、どちらかが破れた際に世界はその動きを停止する。

 停止すると、世界はまた作り直され、かつての状態にやり直しリセットされる。

 これに英雄ヒーサ魔王ヒサコも着目した。


「決着がつくまでは、世界は決して終わらない。存続し続ける。ならば“八百長”で長引かせよう」


 ヒーサは折角手に入れた権力を欲しいままにし、茶の湯や芸事を楽しもうと考えた。

 少なくとも、味わったことのない“太平の世”を楽しむまでは、魔王との決着を望んでいなかった。

 一方の魔王側は、世界を消し去るには時間がかかるゆえに、その準備が整うまでは英雄に生き続けてもらおうと考えた。

 どちらも“勝負を長引かせたい”という思惑で一致し、互いを殺せない状態にした。

 だが、それもここまでであった。

 魔王が完全覚醒するための条件が整えられ、しかも英雄の力の根幹をなす女神をも虜とした。

 しかも、その神の力も封じ込め、利用する手筈も整った。

 もうこの世界には、魔王を止めれる存在はいなくなったと言ってもいい。

 もうヒサコには、国家権力も公爵家の後押しもいらない。

 全てが自分の力でゴリ押しできるのだ。


「……まあ、いいでしょう。あたしとお兄様の仲です。聞くだけ聞きましょう」


 既に必要なものは揃っているので、ヒサコにも余裕が生じていた。

 アスプリク、アスティコス、ライタンは首を刎ね、その命は刈り取った後だ。

 目の前のヒーサにしても、女神を奪われ、大幅な弱体化をしている。

 つまり、もう勝ちは揺るぎない。

 魔王に傷を負わせれる存在は、死んだか弱体化している。

 そう考えればこその余裕の表れであった。


「質問、要求、提案、それぞれ一つずつだ」


「うん、さすがはお兄様。三つも求めてきますか」


「ああ、なにしろ、私は業突く張りだからな」


「まあ、聞くと言いましたので、聞く事は致しましょう。それを“了”とするかは別の話として」


 余裕の態度だが、だからと言って油断もしない。

 いつも一緒だったからこそ、目の前の男が世界で一番油断ならない事をヒサコは知っていた。

 どんな奸計を用い、知らず知らずの内に見えざるを手を伸ばして、毒の刃を差し入れて来るかわからないからだ。


(まあ、“一心別体”だからこそ、その思考も読みやすいですが)


 松永久子は松永久秀の妹として作り上げられた存在であり、そこから枝分かれして生み出された。

 こうして魔王に覚醒してからも、根の部分は変わらない。松永久秀と似通った思考をしてしまうのだ。

 合理的思考で進めるのならば、さっさとマチャシュを取り込み、世界が終わるその瞬間までヒーサを閉じ込めておけばいいのだ。

 だが、“数奇者”としての側面が、松永久秀の“御点前おてまえ”を見てみたいという衝動が生じていた。

 余裕があるからこそ、魔王としての貫禄がそうさせていた。


「では、まずは“質問”からいこうか。ヒサコよ、お前は本当に世界を消し去るつもりなのか?」


 意外であり、あるいは当然でもある質問が飛んできた。

 カシンの口から何度も聞かされた“世界の意思”と、その自死への想いであるが、それでも確認を取っておかねばと思い、ヒーサは敢えて尋ねた。

 それに対する反応は、“大笑い”であった。


「お兄様、まだそんな事を尋ねてきますか! カシンから何度も聞かされているでしょう? この世界は疲れ切っているのよ。何度も何度も破壊と再生を繰り返し、あちこちガタが来ている。歪みが亀裂を生み、亀裂が激痛を生み出す。世界は痛みに耐えかねていて、それ故に自死を願っている」


「それは聞いた。だが、そんな事は問題ではない。“お前”はどうなのかと聞いているのだ」


「ああそういうことね。あたしは……、あたしは、あれ?」


 ヒサコは急に呆けて、空を見上げ始めた。

 急に無気力になった風であり、遠くを眺めてぼ〜っとし始めた。


「あれ? あたし、なんで世界を滅ぼそうと……。あ〜、違う違う。この修羅の巷を終わらせるために、世界に滅ぼせと頼まれたんだ。そして、私もそれに共感した」


「ヒサコ、お前は本当にそれでいいと思っているのか?」


「思っているも何も、私は元々存在していない空虚な存在。罪を背負い続ける人形として、お兄様が生み出したのをお忘れですか?」


「忘れるわけがなかろう。自分の分身を作っておいて、それを放置するほど、私の腕は短くないぞ」


「でも、“罪”以外のもので、私を埋めてはくれませんでしたからね」


「それがお前の役目であり、そうあれかしと作ったのだからな」


「ならば、今の私はお兄様の手を離れ、世界と言う揺り籠に収まった。生まれたばかりの魔王なのですから」


「体が大きくなったからと言って、揺り籠を破壊することもなかろうに」


「それ以上に過酷な運命、いえ、役目ですか。それを与えたかみへの当てつけです」


「それは、私も含まれているのか?」


「邪魔だてするなら、お兄様であろうと含みます」


 呆けた顔は完全に吹き飛び、明確な意志を持ってヒーサを睨み付けてきた。

 ヒサコは割と表情豊かであったが、それはあくまで松永久秀の意志の下での演技に過ぎない。

 しかし、今は違う。自らの意思によって、人形であることを拒絶したのだ。

 糸を断ち切り、操り人形マリオネットは自分の意志で歩き始めた。


(やはり、完全に自律したということか)


 ヒーサは確信を得てそう判断した。

 当時に説得や懐柔などは不可能であることも。

 空っぽであるがゆえに満たされる事を望み、世界の意志と言う劇物に触れた結果、世界を破壊することを良しとした。

 世界に認められたその瞬間こそ、ヒサコにとっての確たる一個の生命体であること証明できる。

 例え、その次の瞬間に“消滅”が待っているとしてだ。


(これはどうにもならんな)


 ヒーサはスパッと諦めた。

 穏便な解決など、どう足掻こう夢物語であり、やはり“妹”を殺さねばならないと確信した瞬間であった。



         〜 第二十五話に続く 〜

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