第二十三話 全面降伏!? 英雄は魔王へ賄賂を贈る!
ヒーサの手から放たれた息子は放物線を描きながらヒサコの方へと飛んだ。
父親が息子を乱雑に放り投げるなど、親として最低な行動であるが、そこに思い至る者はその場にはいなかった。
なにしろ、ヒサコにしろ、ティースにしろ、飛んで来る“我が子”のそれは、“罠か否か”に意識が向いているからだ。
(ヒーサ、あなた、まさか!?)
ティースは戦慄した。
もし、状況の逆転を狙うのであればただ一つ。“ヒサコの懐にある女神の石像”を奪い取るしかないのだ。
現状、ヒサコは魔王として覚醒しているものの、状態としては極めて不安定であった。
“ヒサコ”というヒーサの影を無理やり実体化して、そこに魔王の魂が宿ったような状態なのだ。
本来ならば実体のない体の維持のために膨大な魔力が必要であり、それを女神から吸い上げているのが現状であった。
この均衡を崩すには、女神の力を吸い上げれない状態、例えば石像を分捕るなどが考えられた。
(問題は抜き取るための“隙”を、どうやって作るか! そのためにマチャシュに注意を向けさせて、さあ、ここからどうするの!?)
ティースの考えの及ぶところではなかった。
本気で“赤子爆弾”などという非道を成すのか、あるいは他に何か手段はあるのか、ティースは動きを見逃すまいと、グルグル巻きの状態ではあったが、夫の動きを凝視した。
一方のヒサコは、さらに冷静であった。
「風よ、包み込め」
ヒサコは力ある言葉を発し、風の術式を用いて〈飛得物封じ〉を展開した。
風の力を借りて強烈な防御幕を張り、飛び道具を弾く術式だが、魔王の力はより洗練された幕を作り上げた。
本来ならば“面”で防ぐ幕を、グニャリと捻じ曲げて、飛んで来るマチャシュを包み込んだのだ。
放り投げられた赤ん坊は薄い幕と風に包まれ、ゆっくりとヒサコの手に納まった。
そして、爆発は……、なかった。
「……あれ?」
「……あれ?」
何もなかった事に逆に驚き、ティースもヒサコも呆けた顔になってしまった。
念を入れて、ヒサコは手にしたマチャシュに〈探知〉をかけ、怪しい点がないか丹念に調べた。
「爆発物……、なし。呪いや病気等の負荷もなし。かと言って、“偽物”でもない。これは本物のマチャシュ。怪しい点は一切ない」
調べた結果、ヒサコはそう結論付けた。
放り投げるという子供への雑な扱い、と言うより虐待レベルの乱暴さではあったが、マチャシュは無事に母親の手元へと戻った。
本当に何の仕掛けも裏もなく、ヒサコは欲する最後の鍵を手に入れた。
「え、ちょ、え!? ヒーサ、どゆこと!?」
困惑しているのはティースも同様だ。
魔王を倒そうとした場合、完全覚醒してない今を置いて他にないのだ。
完全覚醒に必須条件である“マチャシュの肉体を利用して受肉を行う”という、最後の条件が満たされた事を意味していた。
つまり、赤ん坊と一緒に勝負を投げた、勝ち目がなくなったので諦めた、これしかもう道筋がないのだ。
何か仕掛けでもあるかと思っていただけに、完全に肩透かしを食らった格好であった。
「だから言ったではないか。何もない、自分で確かめろ、とな。ヒサコ、これで満足か?」
「……ええ、そうですね。これで世界の滅亡が確定しました」
マチャシュがヒサコの手に打ちに入ったという事は、完全覚醒が確定した瞬間であり、もはや一切の憂いがなくなったとも言えた。
あとはカシンの情報に従い、世界を無へと帰すればすべてが終わる。
そのために必要な物が全て揃ったのだ。
「……ああ、そういうことですか。お兄様、本当に“投げて”しまわれたのですね?」
「最初からそう言っているではないか」
「マチャシュ以外にお渡しできるもの、それは“誠意”というわけですか」
「いかにもその通りだ。さすがは私の妹だ。ちゃんと伝わったではないか」
「何を仰るのやら。そもそもお兄様にとって“誠意”とは、“賄賂”と同義ではありませんか?」
「だからこそ、お前の最も欲する“贈答品”をくれてやったではないか? 不服か?」
無論、不服など一切なかった。
マチャシュが手に入った以上、不安定な体ともおさらばして、神の力を存分に使えるようになるのだ。
しかし、それだけにヒサコには解せないのだ。
兄がこうも素直に最後の鍵を渡してきた事に対して、何かが引っかかって仕方がないのだ。
「……何を企んでいるのですか? よもや、マチャシュの深層領域に罠を仕込み、取り込んだ瞬間にそれが発動する、などと言う事はありませんよね?」
「そんなことせんわ。と言うより、できん。麗しの女神が奪われた以上、私自身には大した魔力もないからな。そんな高等な術式が使えるとでも? それはお前自身が一番知ってるはずだ」
それもまたその通りであった。
ヒーサ自身は術士でもなんでもない。ただの貴族のお坊ちゃんで、そこから始まったのだ。
しかし、松永久秀の策謀によってシガラ公爵家の家督を奪い、それ以降も謀略と暗殺を欲しいままにして、ついには息子を王位に就けるという下剋上を完遂させた。
その点では見事としか言いようのない策士であったが、それはあくまで“人の領域”を出ていない。
確かに、女神から授かったスキルの数々は有用であり、それを完璧に使いこなした応用力は手放しで称賛できた。
だが、そのどれもが“魔王”と戦うには力不足なのだ。
工作や情報収集に特化し、その分野では右に出る者はいないが、人外レベルの戦闘には決して耐えられるようにはできていない。
それこそ、正面から戦えば、先程始末したばかりのアスプリク、アスティコス、ライタンの方が遥かに強いのだ。
(だからこそ、おかしいんじゃない! 神妙にし過ぎよ!)
ティースはそう心の中で絶叫したが、声に出すのは止めておいた。
ヒサコの言う通り、ここは兄と妹の二人だけの戦場だ。
梟雄・松永久秀と、魔王・松永久子の、騙し合いの真っ最中の“はず”なのだ。
迂闊に割って入って場を乱すよりも、まずは“見”に回って下手な口出しをしない方が得策と判断した。
なにより、まだグルグル巻きにされている状態なので、身動きが取れなかった。
(ヒーサはいつも人を“裏切る”。私も何回も騙されてきた。だからお願い、今回も“騙して”ちょうだい!)
散々やり込められてきたが、今となっては夫の性格の悪さに期待するよりなかった。
ヒーサはここぞという場面でいつも裏切る、騙す、陥れる。
ティースは今回もそうであってくれと願うばかりであった。
~ 第二十四話に続く ~
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