表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

514/570

第二十一話  投了!? 勝負を投げた英雄!

「それじゃあ、お姉様、行きましょうか。兵なき将を討ちに、ね」


 担ぎ上げられたティースの耳元で囁かれたヒサコの声。これはまさに現状を表すのにこれ以上に無い言葉であった。

 選りすぐった精鋭は失われ、優れた術士も失った。

 それほどまでに魔王となったヒサコは強かったのだ。

 と言うより、各個撃破が上手かったと言うべきかもしれないと、ティースは考えた。


(まずはいつでも殺せるアスプリクを餌にして誘い込み、頃合いを見て目の前で殺す。激高するであろうアスティコスも仕留める。で、残ったライタンは不利を誘って撤収し、私は逆にむきになって突っ込んでしまった。そして、ライタンは罠を張り、増援と共に反転攻勢するも、これを弾き返す。まんまとやられた!)


 せめて一丸となって戦えていれば、あるいはまだ湖畔に到着していないヒーサやマーク、ルルも合流できていれば、違った結果になったかもしれない。

 そう考えると、やるせない気持ちでいっぱいになるティースであった。


(作戦に失策らしい失策はない。少なくとも、ヒサコが魔王になるまでは! 結局はそこ! ヒサコが魔王になると見抜けなかった、こっち側全体の落ち度だわ!)


 ヒーサとヒサコは同一人物であり、“松永久秀”と言う異世界からの転生者であると、幾人かの“共犯者”は知っていた。

 だからこそ、“誰も”ヒサコが魔王になるなどとは考えていなかった。

 そこを狙ったカシンの作戦勝ちと言えた。


(でも、まだ勝機がないわけじゃない。ヒサコはまだ不安定な状態での半端な覚醒。それを完全なものにするには、マチャシュを取り込むか、ヒーサの体そのものを乗っ取らないといけない! ヒーサがそれに気付いて、逃げて時間を稼ぎさえすれば……!)


 今、ティースが思い付く限りの策として、それが最善手であると結論に至った。

 だが、ティースはすっかり忘れていた。状況が状況だけに焦っているのだが、自分の夫が自分をことごとく“裏切って”きた事に。

 そう、視界の先から馬に跨って、誰かが全力で近付いて来ているのが見えたのだが、それがすぐに自分の夫であると気付いた。


「なんで来るのよ!?」


 てっきり時間稼ぎのために逃げ回るのかと思いきや、まさかの登場である。

 しかも“最悪”なことに、マチャシュを抱えてやって来たのだ。


「おお、まさかの登場。しかも息子付きで。探す手間が省けたわ」


 ヒサコも若干意外であったのか、少し驚きの表情を浮かべたが、すぐにそれは元の不敵な笑みに戻った。

 そして、ヒーサはティースを担いでいるヒサコから、およそ五十歩程度空けたところで馬を停めた。


「すまん、遅くなったな、ティース」


 特に悪びれた風もなく、颯爽と馬から飛び降りた。

 赤ん坊を抱えながら馬で全力疾走してきた時点で、息子へのその扱いはどうなのか、と問いただしくなったティースであったが、それは堪えて絶叫した。


「ヒーサ、状況分かってる!? 普通、逃げて時間稼ぐでしょうが!」


「そしたら、お前が殺されるではないか。生憎、妻を見捨てて逃げ出すような、格好の悪い真似はせんよ。愛する者の為ならば、たとえ火の中水の中」


 普段が普段だけに、胡散臭く感じる夫の甘い言葉であり、頭の中がますます混乱した。

 しかし、一つだけ今の状況を簡単に説明付けれる事象があった。

 それは“伴侶ヒーサが勝負を投げた”というパターンだ。

 勝ち目がないから大人しく魔王ヒサコが欲する息子マチャシュを差し出し、それを以て妻を取り戻し、世界の終わりを夫婦水入らずで迎える、という形を整えるためだ。

 そうでなければ、自分のみならず、マチャシュまでわざわざ連れてきた理由が見当たらないのだ。


「……ねえ、ヒーサ、本気なの?」


「本気も本気」

 

「投げちゃうの、勝負を?」


「互いに持っている条件が違い過ぎて、勝負にすらならんからな。まともにぶつかれば、一方的な蹂躙が待ち受けている」


 ヒーサの言にも一理ない事もなかった。

 現状、ヒーサとヒサコは保有する戦力が違い過ぎるのだ。

 ヒーサは既に麾下の術士三強を失っているのに対し、ヒサコは一切の負傷が無い状態だ。

 つまり、これ以上戦っても無駄であり、ならば最後の時を迎え入れようという“諦めの境地”に到達しているとも言えた。

 ティースとしては犠牲になった知己や兵士達に申し訳ないという無念の想いがあるものの、だからと言ってこれをひっくり返すための戦力も策もないのが実状だ。


「まあ、すぐに解放するから、少し待っていろ」


「……本当に諦めたんだ」


 まさかの結末に、ティースは気落ちした。

 あの誰よりも悪辣で、誰よりも容赦がない自分の夫が、こうもあっさりと諸手を上げて降参をしたのだ。

 つまり、どう足掻こうともひっくり返せないと判断し、後は心穏やかに最後の時を迎えよう。そういう方向で腹を括ったと考えた。

 夫婦間の意思疎通を一通り終えたところで、ようやくヒサコが動いた。

 肩に担いでいたティースをポイッと地面に落とし、ヒーサとティースの間に割り込むように立った。

 ヒーサがヒサコという存在を生み出して二年弱。その間、それを大いに利用してきた。

 兄が仁愛の名君として名声を得て、裏では妹が荒事、謀をこなし、影からその治世を支えてきた。

 そして、袂を別ってから、初めてお互いに“別人”として相まみえることとなった。

 ヒサコは他人行儀に恭しく頭を下げ、目の前の男への拝礼を行った。

 だが、その気配は相手を軽く見ており、慇懃無礼の気配が隠せないほどに漏れ出ていた。


「ご機嫌麗しゅう、お兄様。こうして話すのは初めてですね」


「そうなるかな。今までは“松永久秀”という戦国一の美男子にして知恵者が、ヒーサ・ヒサコ兄妹を操っていたからな。だが、今やお前は“自律”してしまった。松永久秀ヒーサ松永久子ヒサコに別たれてしまった。ゆえに、“支配者ますたー”と“人形すれいぶ”ではなく、互いに別々の存在となった」


「はい、その通りでございます。お兄様には今までお世話になった分、色々とお礼申し上げようかと思っておりました」


「なぁに、私とお前の仲だ。気にせんでくれ」


「そうですわね。かつては女神を間に挟んで、仲良くしていましたからね」


 同じ自分同士であるというのに、仰々しくもあり、互いに距離感を測りかねている節もあった。

 それゆえに当たり障りのない言葉を選びつつも、どこか牽制を入れる二人であった。

 互いに感じ合い、互いに役目を担う事でシガラ公爵家を興隆させてきた二人であるが、分身体を操る傀儡の糸が外れた以上、すでに赤の他人となった。

 両者の間に利害も協力も、まして意思疎通など図りようもない。すでに“どう滅ぼすか”と頭の中で渦巻いていた。

 殺意を感じさせない、笑顔を向け合いながら。

 そして、さっさと本題に入ろうと、ヒサコは両手をヒーサに向けて差し出した。


「お兄様、こうしてマチャシュをわざわざ届けてくれたということは、一々状況の説明をしなくても良さそうですわね。さあ、その子をくださいな」


 ヒサコがヒーサに向けたのは屈託のない笑顔であり、十八歳の乙女に相応しいと言えよう。

 だが、ティースは知っていた。ヒサコが求めるのは我が子(実際は甥)への愛情などではなく、それを食らって自分を昇華させようという邪な考えであることを。


「ヒーサ、ダメよ! その子を渡したら、何もかもが終わるわ!」


 ティースとしてもそう叫ばざるを得なかった。

 ヒサコの話では、ヒサコは魔王として覚醒してはいるものの、まだ完全ではない。ヒサコはあくまでヒーサの影であり、数々のスキルを用いて生み出した“虚像”に過ぎないからだ。

 実態を維持するのには膨大な魔力が必要であり、今はそれを捕縛した女神テアから絞り出していた。

 そのため、息子の“肉”が欲しくてたまらないのだ。

 ヒサコという虚像に、マチャシュの肉体を混ぜ合わせる事により、完全体として受肉を果たし、安定した状態となる。

 肉体維持に使っているテアの魔力を、何の制限もなしに使用できる状態となるのだ。


(ヒーサの事だから、わざわざ説明の必要もないんでしょうけど、とにかく渡したらダメだからね!)


 とにかくティースは夫がとんでもない事をやらかさないかと、ヒヤヒヤしながらも自分ではどうする事も出来ない歯痒さを感じていた。

 縄で縛られ、地面をのたうち、どうにか叫ぶ事しかできないのだ。

 一人の赤ん坊を挟み、三人の思惑が乱れ飛ぶ、緊迫した空気が漂い始めた。



           ~ 第二十二話に続く ~

気に入っていただけたなら、↓にありますいいねボタンをポチっとしていただくか、☆の評価を押していってください。


感想等も大歓迎でございます。


ヾ(*´∀`*)ノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ