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第二十話  決戦第二幕! 僭称の法王vs覚醒の魔王 (3)

 それは戦いと呼べる代物ではなかった。

 有り体に言えば、ただただ一方的な殺戮であった。

 ランタンの上げた狼煙により、湖畔地帯に散って捜索にあたっていた部隊が次々とやって来た。

 いよいよ決戦かと意気込んでやって来た部隊は、そして、地獄を味わう事となった。

 《六星派シクスス》の拠点入り口付近で、魔王と化したヒサコと激突し、その圧倒的な力を見に受けたのだ。


「怯むな! 姿形がヒサコ様であるとて油断するな! 中身は悪魔だ!」


「なんだよ、クソが! 斬ってもすぐに傷が塞がりやがる!」


「炎に気を付けろ! 焼かれるなよ!」


 静寂に包まれていた湖畔はにわかに怒声と悲鳴が飛び交い、そして、死体の山が積み上がった。

 物言わぬ肉の塊が次々と量産され、流れ出た血が湖を赤く染め上げた。


(ああ、ダメだ! それじゃダメだわ! 兵力の逐次投入なんて、愚策も、愚策よ!)


 縄で縛り上げられてなおも動けないティースは、その目の前で起こった凄惨な戦いに、体を揺らしてもがくことしかできなかった。

 だが、どれだけ暴れようとも、縄が解ける兆候もない。

 ただただ目の前の殺戮劇を見せられるだけであった。


(時間を稼ぐのはいい。多分、ヒーサも気付いているでしょうから、こちらにやって来る。だからこそ、戦力の温存をしておかないといけないというのに!)


 ヒサコが剣を振るう度に兵が斬られ、あるいは燃やされた。

 一人、また一人とその命を散らし、選りすぐりの精鋭も物言わぬ躯へと果てた。

 ヒーサが来ればあるいはと思うティースであったが、現状は最悪であった。

 あの圧倒的力を持つ皇帝ヨシテルさえ倒した二人が、今は不在なのだ。

 ヨシテルの弱点を看破したテアは石像の中に封じ込められ、弱点看破から即座に作戦を組み立て、見事にそれを突いたヒーサもまた不在だ。


(でも、王都からこの湖までは、早馬なら三、四時間程度で着ける! そのための時間稼ぎ! でも、これじゃあ……!)


 あまりにも力の差があり過ぎて、数の差がまったく意味を成していなかった。

 実際、ヒサコには攻撃が命中している。

 防ぎ切れていない矢が刺さり、銃弾が体に穴を開けていた。あるいは帯同している術士が使った〈火炎球ファイヤーボール〉や〈風の刃ウインドカッター〉も命中しており、部隊による攻撃、手数の多さは有効であることを示していた。

 だが、ヨシテルの時と同じだ。

 あの時ほどの再生速度ではないが、常人では有り得ない速度で傷が塞がっていた。

 と言うより、怪しげな術をヒサコが使っていたのだ。


「汝の傷もて、我が傷を癒せ、〈御礼参りリバース・スカー〉!」


 術式が組み上がると、ヒサコの体から黒い煙のような触手が伸び始めた。

 それが斬りかかって来る兵士を一撫ですると、ヒサコが受けていた傷が、そっくりそのまま移し返されてしまった。


「ぐぁが! な、なんだこいつは!?」


 斬られていないのに、いきなり腕に裂傷が走り、兵士は傷の痛みも相まって恐慌状態に陥った。

 そこをすかさずヒサコが『松明丸ティソーナ』を突き入れ、兵士を爆発四散させた。


「どうもありがとうね~。あたしの受けたダメージを肩代わりしてくれて♪」


「なんじゃそりゃぁ!?」


 風の刃で切り裂かれたヒサコの腕が回復し、代わりに近くの兵士が傷を負ったのである。

 何が起こったのか分からないティースは思わず叫んだが、ヒサコはニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていた。


「お姉様、心配しなくてもいいですよ~♪ 〈御礼参りリバース・スカー〉が使える限り、あたしへのダメージはそっくりそのまま返されますから。そう言う術式なんですよ、これ」


 ヒサコの体から伸びた黒い触手は、次なる獲物を見定めんとウネウネ蠢いており、先程の負傷の変転減少もあって不気味さをさらに際立たせていた。

 ヒサコが余裕で解説していられるのも、やられても回復できると言う自信があるからだ。

 斬って斬られての応酬だが、差が出てきた。

 いくら斬っても元通りのヒサコの方が、明らかに優勢であった。


(ヨシテルは身体能力のみで戦っていた。でも、ヒサコは能力が劣る分、術を用いて補っている。これでは各個撃破の餌でしかない!)


 端的に言えば、“火力の集中”が欠如していた。

 体の維持に割いているため、ヒサコはテアから絞り出している魔力を出力全開で使うことはできない。

 ゆえに、ライタンの言う“削りきる”という判断自体は間違っていないのだ。

 しかし、その削りきる作業に必須の、大火力が不足していた。

 手札の内、最大火力アスプリクはすでに潰された。

 ライタンも優れた術士ではあるが、アスプリクに比べれば一発の威力は控え目だ。

 アスティコスも、マークも、ルルも、いない。

 神の眼も封じられ、世界一狡い男も不在だ。

 魔王をどうこうできるのは、今やライタン唯一人。


「ぬぅぅぅ! 解け、解けなさいよ!」


 ティースも必死で足掻くが、やはり縄が頑丈すぎた。

 目の前で散っていく兵士の命を、律儀に数えるしかてわきなかった。

 こういう場面でこそ、重たい一撃が活きてくる。

 それこそ、〈秘剣・一之太刀〉を直撃させることさえできれば、あるいはと思わなくもなかった。

 だが、自分は縛られて身動きが取れず、おまけに『鬼丸国綱おにまるくにつな』は先程の祭壇に打ち捨てられたままだ。

 縄が解けても、取りに戻っている時間もない。

 そして、“時間切れ”がやって来た。

 兵達が潰走を始めたのだ。


「あは〜♪ 精鋭といえど、心が折れちゃったか〜」


 ヒサコは実に楽しそうに笑った。

 転がる死体の山は、ゆうに五百を超えている。

 実に湖の捜索に来た兵士の、半数にも届く数だ。

 そこまでの死体が積み上がるまで、魔王相手に踏み止まっただけでも称賛に値する。

 だが、所詮は“普通の人間”でしかない。いくら選りすぐった精鋭と言えども、だ。

 “魔王”を倒すのは、“英雄”なのだが、今この場にはいない。


「怯えろ! すくみ上がりなさい! そして、魔王の前に跪け!」


 逃げる相手であろうとも、ヒサコは容赦しなかった。

 返り血に染まるその姿はまさに魔王と呼ぶに相応しく、逃げる兵士達の背に、さら一発豪快な一撃を叩き込んだ。

 荒れ狂う炎の塊が降り注ぎ、兵士達の一団を吹き飛ばし、湖畔の森ごと焼き払った。

 始めからこれくらいのことはできたのだが、敢えて“遊んでいた”のだ。


「悪魔は人の負の感情を餌にする。恐怖、憤怒、それがあたしの糧となる♪ さあ、逃げて逃げて、怯えてガタガタなさいな。それこそ我が愉悦、我が喜び。そして、魔王としての足場がより強固となる」


 恍惚とした表情で飛び跳ねるヒサコ。まるで舞いでも踊っているかのように軽やかな足取りと仕草で、次々と炎を繰り出し、そして、逃げ惑う兵士を焼き払っていった。


(終わった。何もかもが!)


 ティースは絶望の中に沈んだ。

 ライタンも、駆けつけた兵士達も奮戦した。

 だが、千の精鋭の命を消費しても、魔王の命一つ削り切ることは叶わなかった。

 その場に残ったのは、すでにライタン一人。残りは全て物言わぬ躯か、あるいは焼け焦げた炭化物に成り果てた。

 至福の踊りに満足したのか、闊達な動作を止め、ヒサコはクルリと膝をつくライタンの方へと歩み寄った。


「ライタン、残念だったわね。意外といい線行ってたんだけど、届かなかったわね、あたしの命に」


 勝ち誇るヒサコはライタンの前に立った。

 当のライタンはすでに息絶え絶えだ。

 魔力も体力も使い果たし、膝は地面に付き、荒れた呼吸は一向に戻る気配がない。

 仕込んでいた魔法陣も、一つ残らず使い果たした。

 策も、力も、何もかも全てを出し切った。そう全身が告げていた。

 跪くライタンが見上げる魔王ヒサコは、余りにも高みに身を置く存在だと思い知らされた。

 だが、不思議と怒りも湧いてこない。あれほど味方が殺されたというのに、まあ仕方ないか、という感情の方が強く出ていた。

 諦めが付いた、とも言えた。


「残念な結果ですが、受け入れざるを得ませんか」


「ええ、そうね。でも、あなたは頑張った。実際、あたしの心臓に剣を差し込んだもの。誰にも真似できることではないわ。そういう意味でも、本当にあなたは頑張った」


 すでにまともに動けないライタンに対して、この頭を撫でた。

 激闘の最中、ライタンは一瞬の隙を見出し、風の術式で加速して、ヒサコに肉薄。見事に剣を心臓に突き入れた。

 だが、〈御礼参りリバース・スカー〉であっさりと致命傷を手渡され、近くの兵士が絶命した。

 あれで勝てなかったのであれば諦めが付く。それが出し切ったライタンの感想であった。


「では、ヒサコさま、これにておさらばでございます。願わくば、あの世に次にお越しになるのがあなた様であることを願っています」


「そのご期待には添えないわね。んじゃあ、さようなら」


 撫でた手でそのままライタンの頭を掴み、そして、ヒサコは剣を払った。 

 スパッとライタンの首が胴から離れ、血を吹き出しながら前のめりに伏した。

 ヒサコが持ち上げた首は、特に恨みも苦痛もない実に穏やかな表情をしていた。

 そして、興味が一気に失せたのか、刈り取った首はポイッと無造作に捨ててしまった。


「あれほど奮戦した豪傑も、死んでしまえばただの躯。何一つ変わらない」


 周囲に転がる死体の山に、ライタンもまた溶け込んでしまうことだろう。

 代わり映えしないからこそ、興味がないのだ。


「さあ、お姉様、お待たせしましたね。これで、あたしを倒せる者はいなくなりました」


「まだよ! まだ、ヒーサがいる!」


「無駄無駄無駄、ですわね。お兄様は弱い。それはあなたも理解しているでしょう?」


 ヒサコの指摘は図星であった。

 ヒーサはそれほど強くない。一対一サシの真っ向勝負であれば、自分でも勝てると思えるほどだ。

 ヒーサが強く感じるのは、どんな悪辣な策でも実行に移せる決断力や冷徹さと、それを考え付ける思考力あってこそだ。

 しかし、今の段階ではそれは難しい。

 策を閃いても、それを実行に移せる“手駒”がいないのだ。


「アスプリク、アスティコス、そして、ライタン、お兄様の持つ戦力の内、術士三強は始末した。後の戦力だけではいくらなんでも厳しい」


 わざわざ説明されなくても、ティースにはそれが分かっていた。

 残された戦力は、負傷療養中のマークと、どこかに行ったルル、愛刀を失った自分、それとヒーサだけだ。


(ダメだわ! どう考えても、ヒサコを削り切れる自信がない!)


 動けないからこそ、頭を全力で動かすが、ティースには一切の打開策がない。

 戦力も各個撃破の憂き目に合い、すり潰されてしまった。

 もう勝ちは揺るがない。そう考えたからこそ、ヒサコは笑みを浮かべていた。

 そして、ティースを抱え上げ、その耳元で囁いた。


「それじゃあ、お姉様、行きましょうか。兵なき将を討ちに、ね」



          〜 第二十一話に続く 〜

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