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第十九話  決戦第二幕! 僭称の法王vs覚醒の魔王 (2)

 炎の竜をかわし、ヒサコの懐に飛び込んだライタンは、持っていた短剣でか細い首筋に一刺し。

 短剣を捻りながら抜くと同時に血が噴き出した。


「てっきり青い血でも流れているのかと思ったのですが、同じ赤い血ですか」


 返り血で来ていた緑色の法衣が汚れたものの、そのままヒサコの横を走り抜け、グルグル巻きに慣れて地面に捨て置かれたティースに駆け寄った。


「公爵夫人、すぐにお助けします」


 ライタンは短剣をティースをグルグル巻きにしてある縄に刃を当て、これを切断しようとした。

 だが、その縄は恐ろしい程に頑丈で、短剣では傷一つ付かない有様だ。

 それどころか、縄の硬さに負けたのか、刃こぼれまでおこしていた。


「……ライタン、後ろ!」


 切断の際に邪魔にならないジッとしていたティースであったが、ヒサコが復活したのを見て叫んだ。

 ライタンは即座に反応し、振り向きもせず、すぐ近くにあった魔法陣に手を当てた。

 すると、手が何者かに引っ張られ、凄まじい勢いで別の魔法陣の方へと飛んでいった。

 ヒサコの振り回した刃がほんのすぐ後に、ライタンのいた空間を引き裂いた。


「っあち!」


「あら、お姉様、ごめんなさい。ライタンを焼き切ろうとしたのに、素早くかわされたもので」


 ヒサコの持つ『松明丸ティソーナ』はなおも激しい炎をまとわせており、紙一重の回避を許さぬ意志を見せ付けていた。

 おかげで縛られて動けないティースも炎で焼かれ、軽くだが火傷を負った。

 回避したライタンであったが、やはりギリギリの回避であったためか、呼吸は乱れ、冷や汗をかいていた。


「しかし、随分と頑丈な縄ですな。切ろうとして、短剣の刃の方がボロボロですよ」


「魔王の毛髪で編み込んだ縄よ。鋼鉄製の鎖なんかより、余程頑丈よ」


「なるほど。となると、かなりの重量武器で思い切り叩き切る必要がありますか」


「それは困るわ。手元が来るって、お姉様に当たったらどうするのよ?」


「ご命数と思って、諦めていただくより無いですな」


「だそうよ、お姉様」


 意外とヒサコ相手に軽口も叩けるのだな感心しつつも、ライタンがすでに追い詰められている事はティースにもすぐに分かった。

 普段は真面目である分、冗談を言う性格ではない。苦手なやり方であろうとも、とにかく時間稼ぎに徹しなくてはと言う意思が感じられた。

 同時に、魔法陣がいくつか消えている事にも気付いた。

 風の術式が仕込まれているようで、ライタンが触れると同時に発動し、風に圧される形で急加速をかける術式と判断した。

 だが、それを使用するたびに魔法陣も消えており、無限に使える便利な術と言うわけではなさそうだ。


(魔王相手に、一人で時間稼ぎできているだけでも、ライタンは凄い。まあ、この日のために、ヒーサも腕利きを揃えて備えていたんでしょうけど……)


 ティースは思うのだ。準備はしていた。だが、それを全部バラバラにされていると。

 もし、戦力を集中できていれば、結果は変わったかもしれない。

 だが、現状はどうだろうか?

 アスプリク、アスティコスは殺され、マークは負傷療養中、ルルもどこかへ出かけて戻ってきていない。

 そして、自分は縄で縛り上げられている有様だ。


(そう、これは魔王ヒサコに各個撃破されていると言ってもいい。最上位の腕利きも、一人一人長所と短所がある。組み合わさってこそ、長所が更に伸び、短所を補う事が出来る。だというのに……!)


 戦力を集中できなかった点は、今回の作戦を立てたヒーサの失策だとティースは感じていた。

 それ以前に、ヒサコが魔王であった、すぐ側に潜んでいたと見抜けなかった時点で負けていた。

 これを挽回するのは容易でないし、考える時間も立て直す時間ない。

 それでもライタンは時間稼ぎを行ってくれており、この世で一番性格の悪い男の事を信じているとも言えた。


(自分もそう、どこかでヒーサに期待しているし、あの狡い頭でどうにかしてくれないかって。でも、現状はあまりにも厳しすぎる)


 ティースは何度ももがいて縄から解かれようとするが、やはりビクともしない。

 ライタンが短剣で断ち切ろうとしても、逆に刃こぼれしたような縄だ。

 見た目はそれほど頑丈とは思えなくとも、魔王の毛髪で編み込まれたそれは思いの外に強固であった。

 その時だ。

 不意に矢がヒサコに目がけて飛んできた。

 ヒサコは即座に反応し、飛んできた矢を掴んだ。

 振り返ってみると、何十人もの集団が駆け寄って来るのが見えた。


「ん~、探索組がこっちに来たってところか」


「狼煙の正しい使い方ですよ」


 少し離れた所に逃げたライタンは、流れ落ちる汗を拭いながら言った。

 さすがに一人で魔王への時間稼ぎは無理だと考えていただけに、ようやくの援軍到着に思わずニヤつくほどであった。


「狼煙で居場所を教えて、周辺に散っていた兵士達を集める。確かに、正しくはある。でも、それは彼我の戦力を考慮に入れての事。圧倒的強者を前にして増援を呼びこんでも、無駄に犠牲が出るだけよ」


「いいえ、私の考察が正しければ、魔王、お前を倒せる。むしろ、今しか倒せる機会がない」


 呼吸を整え終わったライタンは、今一度攻撃を仕掛けるべく魔力を高め始めた。

 続々と集まって来る兵士を見ながら、次はどの手で行こうかと慎重に戦術を頭の中で組み上げているようだが、そんな必死の姿をヒサコは笑い飛ばした。


「倒す!? この私を!? 魔王を!? ライタン、あなた、思っていたより冗談が上手いようね!」


「いいえ、冗談などではありませんよ。なぜなら、あなたは魔王として目覚めたようですが、だからと言って完全に覚醒したわけではない! 極めて不安定な状態だ。ならば、その不安定さに付け込み、命を対価に揺さぶれば、タガが外れて崩壊する!」


「へぇ~、そういう考えか。うんうん、良いわよ、そういう積極性は」


 ヒサコは素直に感心し、拍手をした。

 実のところ、ライタンの予想は正解を引き当てていた。

 現在、魔王となったヒサコであるが、その状態は極めて不安定なんだ。

 魔王としての適性が低いヒーサこと松永久秀の分身であるため、魔王の魂を定着させるための決着力に欠けていた。

 しかも、分身という仮初の肉体であるため、これにも余計な力を使わざるを得なかった。

 女神テアを石像に封じ込め、そこから膨大な魔力を抽出してはいるものの、魔王の定着と自身の体の実体化にその多くを振り分けているため、全力を出せないでいた。

 はっきり言えば、皇帝ヨシテルよりも弱いのだ。


(まあ、それも“受肉”するまでの話。得意の演技で圧倒的強者を演じ、マチャシュがあたしの手の内にくるまでの我慢我慢)


 豪快に見える炎の竜もまた、その演出の一環だ。

 何か凄そうと思わせる技や術、今まで国を相手に騙し抜いた演技力、そして、一瞬だけだがここぞという場面で見せる全力の一撃、これらを組み合わせて“魔王・松永久子”を演じているのだ。


(でも、ライタンには勘付かれた。ティースにも本能的に弱点を突かれた。さすがに手塩にかけて鍛え上げたこの世界の猛者達よね。分散できてよかったわ)


 その点はヒサコにとって幸運であった。

 もし、ティースの起死回生の一撃が、石像の破壊ではなく、強奪であったならば体を維持できなくなり、消滅の危険もあった。

 それを今度は、ライタンがやろうとしていた。

 しかも、兵で周囲を取り囲み、“手数”で押し切ろうという魂胆だ。


「まあ、やられてやるつもりはないけどね。さあ、ライタン、後悔なさい!」


 ヒサコは再び『松明丸ティソーナ』に火を灯した。

 炎が豪快に渦を巻き、またしても竜を形作った。

 威圧するように燃え盛る竜の首をぐるりと回し、周囲を威圧した。


「怯むな! 魔王の力とて無限ではない! いずれ限界が来て、身体を維持できなくなる!」


 ライタンの叱咤激励に兵達も応え、気勢を上げながらヒサコを取り囲むようにして武器を構えた。

 しかし、ヒサコに焦りは見えない。ニヤリと笑うだけだ。


「さて、湖の捜索隊としてやって来たのは、おおよそ千名。そう、“たったの”千名でしかない! ああ、無駄死に無駄死に、悲しい事だわ。その程度の数で、魔王の魔力が削りきれるとでも!?」


「現状、打てる手段としては、これが最良です。さあ、魔王よ、お前の力が尽きるのが先か、それともこちらの命が尽きるのが先か、我慢比べといきましょうか!」


 ライタンの放った風の刃を合図に、集まって来た兵士らもまた斬り込んでいった。


「たかが雑兵千名に、魔王が臆するか! さあ、消し炭になりたい奴から前に出なさい!」


 ヒサコは剣を振り回して威圧し、そして、ライタンの放った風の刃を切り落とした。

 次々と迫る兵士らも、すでに後はないという自覚があり、捨て身の斬り込みをかけた。

 まだ全員が揃っていないが、後続も狼煙を見て、続々と集結しつつあった。

 炎と血飛沫が舞い、少し澱んだ湖の湖面を赤く染めていった。



            ~ 第二十話に続く ~

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