第十七話 人質交換!? 最後は愛する妻と迎えたい!
魔王と化したヒサコの力は圧倒的であり、まともに戦ってはまず勝ち目がない。
ゆえに“頭”を使って相手の裏を突かねばならないが、その頭もヒサコの方が上であった。
現に、起死回生の一手、“女神の石像を破壊する”も通用しなかった。
あとはもう、ヒーサの悪知恵に頼るよりなかった。
(問題なのは、今回の相手がヒーサにとって自分自身だってことよね)
ヒサコはヒーサの分身として生み出された。それが“自律”して動き回っている状態なのだ。
思考を学習し、癖や好みも把握しているからこそ、通用しないのでは? そう考えた。
自分で自分の思考を先読みすればいいだけであるし、魔王としての力を有し、しかも女神まで強奪したため、圧倒的に分が悪い。
魔王を降ろした際の強さは、皇帝ヨシテルとの戦いで散々味わったし、今もまた圧倒され、この場にいた手練れを全員失っていた。
力任せに強引に動かれたら、その時点で世界は終わりなのは明白であった。
「んじゃまあ、お姉様、行きましょうか。……絡め!」
急にヒサコの金髪が伸び、それがティースをグルグル巻きにした。
完全に動きを封じられ、それから傷の治療がなされた。
「汝の傷を我が体へ」
ヒサコの力ある言葉に反応してか、ティースの体から痛みや傷が消えていき、変わってヒサコの体がズタボロになった。
だが、持ち前の再生能力でその傷もすぐに塞がった。
「〈お礼参り〉、受けた傷を相手に送り返す術よ。これでお姉様も完治。傷はあたしが引き受けて、あたしの再生能力で無事に治療完了」
「便利な術ね。傷を別に移すなんて、どちらかと言うと呪術の類だわ」
「実際その通りよ。本来は自分の傷を相手に移し替えるのだけど、それを反転させただけ」
「ああ、もう、身体が動くようになったってのに、クヌックヌッ! 縄を解きなさい!」
「ダメよ。そんなことしたら、また斬りかかってくるじゃないですか。お兄様が来るまで、その格好のままですわ。あくまでスパッと殺さないのは、人質交換のために、死んでもらったら困るからね」
ヒサコはグルグル巻きのティースを担ぎ、更に落ちていた『鬼丸国綱』も回収して、鞘に納めた。
「でも、ヒサコ、あなた、肝心な事を忘れているわよ!」
「あら、何かしら?」
「その人質交換とやらを、ヒーサが認めるかって事よ! 魔王として完全に覚醒するのにマチャシュの体が必要だって言うのなら、ヒーサは息子を処分すると思うわ」
自分の息子を殺す。世界のために、やむを得ない犠牲となった。
ヒーサならそれくらいはするだろうとも、ティースは確信を持って言えた。
ヒーサにとって可愛いのは自分自身であり、自己の栄達と享楽のためならば、親兄弟すら殺してきたのだ。
今更、赤ん坊一人くらい殺す事を厭うはずがなかった。
だが、ヒサコは高笑いでこれを返した。
「まあ、お兄様なら気付くでしょうね。無理やり体を追い出され、しかも、女神と音信不通。すぐに魔王の存在に気付き、マチャシュに関する件を頭の中に入れる。でも、そこまで。なぜなら、マチャシュを殺そうが生かそうが、どのみち結果は世界の破滅で決まっているから」
「なんでよ!? マチャシュがいなくなったら、魔王の全力を出せないんでしょ!? なら、ヒーサはそれを阻止するように動くわ。今更、血の湖に一滴加わっても、気にもかけないでしょうし」
「別にいいのよ、マチャシュを殺しても、それなら“お兄様”の体を頂戴するだけですよ」
「んな!? ……あ、でも、そっちの方がむしろ自然か」
そもそもの発想として、ヒーサとヒサコは同じ存在なのである。
相性云々を論じたら、自分が自分の体を取り込む方がいいのは当然であった。
「模造品が本物を乗っ取るなんてできるの!?」
「可能よ。ただ、松永久秀と言う“先客”がいて、それを殺す事は禁じられているから、優しく丁寧に乗っ取る事になるけどね。要は屈服させて『参りました! 降参です!』って言わせれば取り込める」
「ヒーサが言いそうにないんだけど!?」
「だからこそ、時間がかかり過ぎるのよ。ゆえに、魔王の“第三の候補”なんてのは考えられてはいても、実行は不可能に近かった。こうして維持するだけでもかなり面倒だしね。だったら、意識が希薄な赤ん坊を受肉の依り代にした方が遥かに効率的」
理屈ではまさにその通りなのだが、息子を生贄に捧げる事を前提にした策など、嫌悪感しか湧かなかった。
ティースも同じように生贄とするように取り計らったが、あくまで“表向きの親子関係”を断絶するだけで、殺す事などはしない。マチャシュを直接手をかけるなど、論外中の論外だ。
ティース自身、ヒーサの影響でかなり“染まって来ている”と言う自覚はあるが、自分の子を本気で手をかけるところまでは堕ちてはいなかった。
「つまり、マチャシュを差し出せば、そのまま世界が滅ぶ。マチャシュを殺しても、遅かれ早かれ滅ぶ。後者の方は自分が実質的に滅ぼす事になるけどね」
「なら、案外“足掻く”方を選択するんじゃないかしら?」
「それはない。何度も言うけど、お兄様とあたしは発想が同じ。こういう場面に出くわした時、お兄様の選択肢の基準は“カッコイイ方”なのよ」
信貴山城の天守を爆発し、愛する名物『古天明平蜘蛛茶釜』と共に果てた松永久秀。
散り際があまりにド派手過ぎたため、後世まで長らく伝わる事となった。
それを知っているからこそ、ヒサコはヒーサがマチャシュを差し出して、愛する大名物と最後の時を迎えるという確固たる自信があった。
「生き様も重要だけど、臨終の際の散り様もまた重要。最後が締まらず、いまいちな評価を当てられたら、生き様自体が否定されないからね。だからこそ、無様な最期は断固として拒絶する。それが松永久秀と言う男。時間稼ぎのために息子を手にかけ、それでいて結局世界は滅びましたじゃ、格好悪過ぎますから」
「矜持、それとも、こだわりかしらね」
「両方よ。いえ、全部と言った方がいいかしら。なにしろ、お兄様は誰よりも強欲ですから。商人として財を成し、武士となって成り上がり、家宰・国主として権勢を欲しいままにもして、最後は自業自得、裏切りを重ねた人生の集大成は裏切りによって炎の中に消えた。ただ、数奇者として一笑を取りに行った結果、その名は散り際のド派手さと共に、後世まで長く語り続けられる事となった」
「つまり、もうどうやって格好良く、あるいはド派手に散るかを、ヒーサは既に考え始めている、と」
口には出してみたものの、あまり想像できない夫の姿に、ティースは首を傾げた。
どこまでも図太く、それでいて自らの手を汚さない、それがヒーサと言う男だと認識していた。
強欲と悪辣を両肩に乗せ、それでいてそれを隠し通してきた男が、こうもすんなり諦めるだろうか、という疑問があった。
しかし、過去にそうしたやり方を通して散ったのであれば、今回もまたそうする可能性もあるかもしれないとも考えた。
(……どのみち、何かを閃いても、実行に移すための準備が足りないか。おまけに切れる手札もないし)
グルグル巻きにされているティースは顔を動かし、改めて“それ”を見た。ヒサコによって斬首されたアスプリクとアスティコスの亡骸だ。
あれほどの手練れがあっさり殺されたのだ。それだけでも自軍戦力の減少は大きな痛手となった。
どう足掻いても勝ち筋が見えないし、それを実行に移せる状況とも思えなかった。
「どうせ滅びるなら、最後は心静かにその時を待つ。伴侶と一緒に」
「そういう事! さあ、お姉様、そうと決まればお兄様のお出迎えをしましょう。世界の終焉、その姿を見届けるのよ。夫婦、兄妹、そして、義理の姉妹、仲良く最期を見届けましょう!」
ヒサコは軽々と縛り上げたティースを担ぎ、洞窟の外へと駆けていった。
もう世界の終末は見えている。
あとはヒーサからマチャシュを受け取れば、バラバラであったすべての部品が手元に揃う。
死を望む世界の最後の瞬間、それがもうすぐそこまで迫っていた。
~ 第十八話に続く ~
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