第二十四話 女神の提案! 魔王を誘拐せよ!
王都ウージェでの活動は終わった。御前聴取から始まり、結婚式、その後の顔見せの式典や宴席の数々など、怒涛の数日間であったが、それもすべて終わった。
シガラ公爵ヒーサにとっては、まず満足する結果であったと言える。
御前聴取においては、花嫁であるカウラ伯爵ティースを徹底的に貶め、伯爵家の吸収合併への布石を打てた。また暗殺事件の黒幕が《六星派》であるとの偽情報も殊の外上手く流布させることに成功し、皆の注意が完全にそちらへと向かった。
もはやこの段階でヒーサが仕組んだ自作自演の暗殺劇場であったことは誰も疑っておらず、順調に公爵位の継承と、伯爵家の併呑が決したと言ってもいい。
一応の不安点としては、ティースが父親の無念を晴らすべく、未だに執念を燃やしており、ひょんなことから勘付かれはしないかとの懸念もあったが、それについてはこれから公爵領に戻ってから“分からせ”るつもりでいた。
また、各地の貴族や名士との顔繫ぎもでき、特に交流を深めておくべき人材もすでに頭の中に叩き込んである。今後の策の展開次第では、協力を要請することもあるだろうと考え、すでにそれ相応の“お土産”も手配しており、その点はヒーサの手管に抜かりはなかった。
なにより、最大の巡り合わせは、火の大神官アスプリクとの出会いだ。
国王フェリクの末っ子で、国内随一の術士であり、ヒーサの考えている茶葉の温室栽培に大いに役立つと期待されていた。
しかし、テアの調べでは、この少女こそ魔王であるとの結果が出ていた。そこが最大の悩みどころであり、問題点であった。
一応、口八丁手八丁で手懐けておいたが、今後の情勢如何ではどうなることやらと、ヒーサもさすがに手に余らせていた。
そんなこんなで王都での一連の活動は終了し、公爵領へと戻るところであった。
王都の公爵家上屋敷の前には馬車とその護衛が列をなし、また屋敷に仕える者達も主君のお見送りのため、玄関先に集まっていた。
「ではな、ゼクト、色々と世話になった」
馬車に乗り込む直前、上屋敷の管理者たるゼクトに話しかけ、周囲の人々も含めて、滞在中の働きについて、その労をねぎらった。
「いえいえ、主人に仕え、その役に立つことが我らの務めでございます。その言葉だけですべてが報われます。臣一同、新たなる公爵様の、幸先良い走り出しに感激しております」
ゼクトの言うことは嘘偽りないことであった。
とにかく、王都におけるシガラ公爵の評判はすこぶるいいのだ。毒殺事件でどうなることかと噂が噂を呼び、なにかと暗い陰鬱な情勢ではあったが、ここ数日の熱心な対外宣伝が功を奏してか、ヒーサの名声も高まり、公爵家の安定ぶりや存在感をどうにか認知させることに成功したのだ。
勤め先が高評価を得るというのは悪い気分ではなく、ヒーサの人柄も相まって、公爵家に仕えるの人々は我が事のように喜んだ。
「しかし、公爵様、奥方様の件は、その・・・、よろしいのですか?」
ゼクトが視線を馬車列の最後尾に向けた。そこにはティースがおり、ヒーサとは別の馬車に乗り込もうとしていた。
「ああ、構わん。私が許可した。あちらも実家に戻って色々と準備がいるだろうし、こちらも早く公爵領に戻ってやらねばならないことがあるからな」
ヒーサもそちらに視線を向けると、丁度ティースもその視線に気付いてかヒーサの方を振り向き、軽く会釈してから馬車へと乗り込んだ。
ヒーサが出した許可とは、ティースに対してカウラ伯爵領への帰還を許可したことだ。
なにしろ、王都で急に結婚が決まり、そのまま挙式という流れであったため、彼女は公爵領への輿入れ、引っ越しをせねばならず、その準備が一切できていない状態であった。
必要な荷物や連れていきたい者達を選別し、それから公爵領へ来るようにと指示していた。
そのため、途中からは別行動になるので、乗り込む馬車が違うというわけだ。
ヒーサも馬車に乗り込み、それに続いて、ヒサコ、テアも乗り込んだ。
三人が馬車に乗り込み、扉が閉まるのを確認すると、ゼクトが御者や護衛に合図を送った。
パシィッという馬への鞭入れと同時に馬車が進みだし、護衛もまたそれに続いた。
「実り多き遠征であったな。まあ、我々の戦いはまだまだこれからであるが」
得たもののことを思えば、思わずニヤつきたくなる状況であった。
自らの名声、麗しき花嫁、宰相との懇意、可憐なる魔王、それらすべてが今回の報酬である。
笑いが止まらんな~、それがヒーサの偽らざる思いであった。
***
ガタゴトと走り出した馬車のなかでは、早速というか、“謀議”が開始された。
「それで、彼女を単独行動させてよかったの?」
尋ねてきたのはテアだ。ヒサコはお飾りの人形であるため、会話には参加できない。梟雄と女神の実質一対一の会話だ。
「五日、五人」
「はい?」
「合格点のことだよ。言ったはずだ、彼女を試すとな。頭が回るのは分かったから、あとは心構えの問題だ。どれだけこちらに尽くせるか、というな」
ヒーサの顔も先程家臣向けていた穏やかな表情は消え失せており、“人”前では決して見せない歪んだ笑みをテアに向けていた。
「単独行動を許したのは、公爵家に靡くか、あるいは泥をかぶってでも突き進むか、の確認だ。この程度のことで思い悩むようでは、この先はないということだ」
「つまり、リリンのように……」
「リリンは知り過ぎた上に、用が特になかったから消しただけだ。一応、助かる道筋を用意するという慈悲深い配慮もあったが、それを無視したからな。しかし、ティースには奪うべき財産が存在する。それを奪いつくすまでは、まあ、命は保障する。そう、命だけはな」
悪びれもせず言い放つヒーサに、テアは特に何の感情も抱かなかった。それが逆に恐怖させた。すっかり慣られてしまった自分がいる、そう認識したからだ。
「試験の内容はこうだ。我々が公爵家の屋敷に到着して、伯爵領に寄り道する彼女の到着を待つことになる。その際、こちらが到着してから五日以内にあちらが到着し、かつ率いてきた従者が五人以下であること。これが合格の条件というわけだ。迅速な決断、そして、覚悟の度合い、それを確かめる」
「さっきの数字はそういうことなのね」
「もし、条件を満たした場合は、公爵夫人の礼を以て手厚く遇する。晴れて梟雄の妻となるのだ」
それが幸せだとは思わないが、少なくとも完全に追い詰められたティースには、それ以外の選択は“収奪と使い潰し”が待っている。
実際、今の伯爵家はヒーサの匙加減でいかようにも扱えてしまうため、ティースが生き残るには合格以外の道はない。
「では、条件を満たせなった場合は?」
「無論、ただの“抱き枕”に成り下がるだけだ。財を奪いつくすまであの整った体を貪り食い、頃合いを見て始末する。もう次の花嫁候補もいることだしな」
今度と言う今度こそ、テアの背筋に寒気が走った。
(つーか、やっぱりこいつが魔王でしょう!?)
不気味な笑みを浮かべるヒーサを見て、テアはそう感じずにはいられなかった。
しかし、高い精度を誇る《魔王カウンター》による測定によると、白無垢の少女の方が魔王だと示されていた。なにしろ、目の前にいる魔王にしか見えない男が魔王力“五”であるのに対し、アスプリクは魔王力“八十八”なのである。
アスプリクの性格も大概ではあるが、ヒーサこと松永久秀ほど歪ぶっ飛んでいるとは思えない。どう考えてもヒーサの方が魔王っぽいのに、機械はそれを否定している。
「というか、本当にアスプリクが魔王なのか? 一応、妙な気配、というか、安土にいる顔見知りの魔王に似た雰囲気を感じたから調べろとは言ったが、どうもハズレのような気がする」
「擬態するのが上手い個体もいるから、その可能性は捨てきれないけどね。可愛い見た目で、中身が悪魔なんてのは良く聞く話だし」
「つまり、ワシか」
「鏡見てから喋って」
こんな悪い顔をしている男が、本当にただの人間だとは、テアとしては納得がいかなかった。魔王か、もしくは魔王陣営幹部の参謀にでもいそうなタイプである。
「ともかく、八十代後半で魔王じゃなかったってパターンは、私の聞く限りじゃないわね」
「……では、魔王誕生の経緯を話してくれ。見落としがあるかもしれん」
「ええ、いいわよ」
テアがパチンと指を鳴らすと、白い球体が四つ、黒い球体が一つ現れた。
「上位存在が名簿から適当に神(見習い)を四柱選び、それがそれぞれ同時に英雄を召喚してスキルを授け、所定の世界に転生させる。私がそうだったように、転生者のすぐ側から観察できるように、同じ場所に落とされる」
白い球がヒーサの前まで飛び、そこから手に納まった。
「ふむ。それは以前おおよそ聞いた。で、魔王の方は?」
「魔王は落とす世界ランクに合わせてステータス調整され、転生者から少し遅れて世界に落とされる」
「少し遅れて……か」
実際少し遅れて黒い球が動き出し、これもヒーサの前まで飛んでからその手に納まった。都合、掌の上に二種五個の玉がそろった。
「ええ。聞いた話だと、調整ミスって、とんでもない積極的な魔王が生まれちゃってね。しかも、その当時は先に魔王が世界に配置され、それから転生者が現れるってことになってたのよ。で、その積極的な魔王は、降臨した英雄を転生殺し連打してそのまま終了。ものの半日で魔王の完勝だったそうよ」
あまりの情けない結末話に、ヒーサは思わず吹き出してしまった。なお、手に納まっていた玉は白が全て弾け飛び、黒だけが残った。
「つまり、“動作確認”する間もなく、いきなり魔王が現れて殺されたというわけか!」
「そう。どんだけ強力なスキルを得ても、慣れるまでが大変だからね。だから、今ではその辺りが修正されて、転生者がスキルに慣れるまでの期間は魔王を出さないってことになってる」
「その期間は?」
「担当している監督官の上位存在の性格や気まぐれで決まるわ。一月くらいで落とす時もあれば、半年は待つこともある」
「となると、微妙な時間か……」
現在、ヒーサがこの世界に落とされてすでに一ヵ月は経過している。もし早めに落とすことを好む監督官であったならば、そろそろ魔王が現れてもおかしくないのだ。
「私としては、魔王の発見が早すぎたと考えているわ」
「つまり、魔王となるべく用意された器だけを見つけ、中身はまだ空っぽであった、と」
「そう、それ! だから、アスプリクが魔王力が高くても、魔王っぽくない説明がつくわ。見張りを立てて、できれば拘束するべきだと思う」
テアとしてはようやく標的たる魔王の目星がついたのだし、さっさとこの世界と目の前の外道からおさらばするために、すこしばかり前のめりになっていた。
それをヒーサは笑った。
「やれやれ。仮にも見習いとはいえ、女神たる者が幼児誘拐とは嘆かわしい」
「幼児と評するほど幼くないでしょ! せめて、要人誘拐と言いなさい!」
「どのみち、卑劣な振る舞いではないか。なんという外道よ」
「あんたにだけは言われたくないわ!」
実際、目の前の男は、この世界に来てからというもの、暗殺や口封じのオンパレードであった。しかも迫真の演技でそれらの罪をすべて他人に擦り付けるというおまけ付きだ。
誘拐が穏便に思えるほど、過激な振る舞いをしてきた。ゆえに、テアはそれに比肩するような言い方をされるのが不満でしかなかった。
もっとも、そんなむきになる女神の顔など、目の前の男にとっては玩具にしかならなかった。
「騒ぐな女神よ。品行方正な貴公子に対して、無礼極まる発言だぞ」
「ええ、品行方正でしょうよ、見た目だけはご立派だわ!」
「ご立派なのは、またぐ……」
「もういい! 喋るな!」
言わんとすることが分かったので、テアは顔を真っ赤にして止めた。
「複雑な状況にもなってきたし、いっそのこと昨日誘われたときに、床入りしておけばよかったな。股座のお祓い棒で調伏して、支配下に入れておけばよかったかな。そう、百八の必殺技の一つ、《石清水八幡大菩薩》でな」
「だから何の必殺技よ!? それに調伏て・・・。あんた、十三歳の女の子に何する気!?」
「大丈夫じゃろう。信長の所にいた前田利家なんぞ、十一歳の嫁に子を産ませておったし、それに比べれば問題はあるまい?」
「反省しろ、戦国男児全員んんん!」
こうして、道中延々テアはヒーサにおちょくられ続けるのであった。
ガタゴト進む馬車の赴く先は、シガラ公爵の屋敷。自分達の住処だ。正式に公爵位を手にしたヒーサを迎えるため、皆が待っているのだ。
だが、そこへ到着した時こそ、次なる一手を打つための、開始の合図となるのだ。
それを知るのは、騒々しい事この上ない、馬車の二人だけであった。
~ 第二十五話に続く ~
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