第十四話 激突! 剣豪夫人vs覚醒の魔王! (3)
ティースの狙いは完璧であったし、それに指がかかったのも事実だ。
だが、現実は狙い通りにいかなかった。
ヒサコが懐にしまっていた女神を封じた黒い石像を狙い、皇帝ヨシテルの奥の手〈居合の秘剣・御雷〉を放った。抜刀、電撃、突きの三段撃だ。
突きが石像を捉えたのもの、神の力が宿った石像を“人間”が破壊するには威力が足りなかった。
もし、黒曜石を研磨しただけの石像であれば、突きで砕けたことだろう。
しかし、崩れなかった。
失敗したティースはヒサコに首を掴まれ、持ち上げられ、締め上げられた。
「ぐがぁ……」
「いやはや、狙いはよかったですよ。石像を破壊する。テアを解放する。テアが〈瞬間移動〉で逃げる。神の力を失ったあたしは弱体化する。あとは増援がどうにかする。作戦としては完璧。現状打てる手段としては、文句なしに最良と言えるでしょう。像が破壊できるかどうか、と言う点に目を瞑ればですが」
ヒサコはニヤリと笑い、ティースを壁に向かって投げ付けた。
人一人を投げたとは思えぬほどに軽々と投げ、壁に叩き付けられた。
すでにティースの体は限界が来ていた。何度も攻撃を受けてダメージが蓄積し、身体への負荷が大きいヨシテルの技を、すでに二回も使用していた。
生きているのが不思議なほどのダメージだ。
なおも死んでいないのは、ヒサコが明らかに手を抜いていたぶっているからであり、それにも気付いていた。
それを証明するかのように、倒れたティースに対してヒサコは癒しの術式をかけ、死なない程度をギリギリのところで維持した。
飛びかけていた意識も戻り、地べたに倒れながらどうにか顔を上げた。
視界に映るのは勝ち誇るヒサコの顔であり、もう打つ手のなくなった今となっては、睨み返すしかできなかった。
「あぁん、ゾクゾクしますわね、その顔! 諦めるしかないのに、諦めようとしない。もう少し顔を近付けたら、喉笛を食い千切りそうですわね」
「……なぜ、殺さない?」
「勢い任せに殺してしまってもよかったのですが、お姉様の検討に敬意を表して、ほんの少しだけ生きる時間を差し上げようかと思いまして。恐らく、ライタンはお兄様の所に戻って、増援を要請するのでしょうけど、そこにお姉様を人質として残しておき、お兄様の目の前に突き付けます。『さて、どうしますか?』という具合に」
「バッカじゃないの!? あいつがあたしなんかのために、人質をどうこうして、心が揺さぶられるとでも思っているの!?」
ティースの知る限り、ヒーサという男はいかなる外法も有効であると認識すれば、平然と実行に移す苛烈さと合理性を持ち合わせていた。
親し気にしている知己ですら、平然と犠牲の祭壇に捧げ、その命を散らし、自身にとっての最大利益を確保する。
そういう場面を、ティースは何度も見てきた。
仮に妻である自分を人質にしたとて、自身にとって不利であると悟れば、平気で見捨てるだろう。
自分が一番かわいいと考えているし、それを徹底してきたのが、ヒーサなのだ。
ゆえに、人質など無意味だとティースは考えたが、ヒサコは違う考えのようで鬱陶しいことこの上ない笑みを浮かべたままだ。
「お姉様、もうご存じだとは思いますが、あたしとお兄様“一心異体”であったのです。体は違えど、それを動かしてきたのは、“松永久秀”と言う名の異世界よりの来訪者。ゆえに、お兄様の、松永久秀の考えなどよく理解しているのです。なにしろ、女の言葉、女の仕草で誤魔化していましたが、頭の中の“発想”は同じですからね」
「だったなおの事よ! あんたが自分の利にならない事をやるとでも!?」
「まだ分かっていませんね、お姉様。松永久秀という男はですね、どちらに転んでも“利”にならないとなると、その判断基準の中心に据えるのは“様”なのよ」
「……つまり、カッコイイ方を選ぶ、と?」
「そゆこと♪」
自分の思考を自分で読み解く。ゆえに、ヒサコにはヒーサの、松永久秀の考えが読めてしまうのだ。
しかも、今ティースに説明したことを実行に移した実例もあった。
「お兄様はかつての世界で、自分で作った城と共に燃え尽きた。丹精込めて作った自身の最高傑作の城『信貴山城』と、自分が最も愛した茶道具『古天明平蜘蛛茶釜』と共にね」
そう言うなり、ヒサコからは先程の苛烈な態度は一切なくなり、どことなくしんみりとした雰囲気に変わった。
一心であるがゆえに、松永久秀にとってのかつての出来事が、自分の事のように思い浮かんで来るのだ。
あやふやな記憶も多いが、死に際などと言う強烈な印象は、実際に体験したきたかのように、鮮烈に頭に刻み込まれていた。
「内通者によって籠城策が破られ、完全に追い詰められた。そして、進退窮まったお兄様は自分の愛してやまぬ“物達”と最期を迎える事を決めた。茶釜に火薬を詰め、そして、攻め手側から良く見えるようにと、城の天守と共に爆発炎上。それが最後の姿よ」
「随分とド派手な死に様ね」
「まさにそれ! 死に様こそ、最も重要なのよ! その点、お兄様は徹底していたわ! 生き様は誰よりも貪欲に“利”を求め、一介の商人から己の知略でのし上がり、一国を差配した。でも、最後は裏切りによって進退窮まり、最もド派手な“様”を選び、城ごと爆死という最期を遂げた」
ヒサコの頭の中には、その当時の事がありありと刻まれていた。
爆発炎上する城ではなく、その内側にいる一人称の視点ではあるが、その後の城の姿、見ていたであろう攻め手の表情など、容易に想像できた。
「テアから聞いた話なんだけど、その後はザッと調べただけでも、四百年はその散り際が語り継がれているそうよ。人は生まれ、やがて死ぬ。でも、カッコイイ生き様やド派手な散り様は、後世まで長く語り継がれる事になる。ある種の“不死性”を得て、永遠の存在になれると言うものよ」
「言いたい事は分かった。でも、それが私の人質としての価値になんの繋がりがあるというのよ?」
「お兄様は誰よりも強欲な戦国の梟雄。でも、“平蜘蛛”を抜かれて無様に生き続けるよりも、愛する“物”とド派手に散って、永遠の存在になる事を選んだ。商人、武士、大名、茶人、色々な顔を持つのがお兄様だけど、最後に選んだのは“数寄者”としての矜持だった」
「つまり、自分と言うものを削いで、見つめて、更に削いで、見つめて、最後に残ったのがそれというわけね」
「うほ~、正解! さすがはお姉様! お兄様がこの世界で見つけた愛でるに能う大名物! まあ、あたしも同じ感性なんだし、よぉ~く分かってますとも!」
べろりと舌なめずり様は不気味であり、ティースはますますヒサコへの嫌悪感を強めた。
同じと言いつつ、“魔王としての精神”が異物として入り込んでいる以上、ヒーサとヒサコはもう別の存在になっていた。
ヒーサは鬱陶しいし、今までの件があるので嫌悪感も強いが、どこか憎めない一面もある。
しかし、同じと言いつつも、ヒサコからは嫌悪と拒絶しか生まれなかった。
「つまり! もう進退窮まって、どちらに転んでも負けや死が待ち受けているこの状況にあっては、“どうやって散るか”を考える段になっていると言う事! だったら、愛してやまぬ“大名物”と一緒に最後の時を迎えるってもんでしょうが!」
「そこまでヒーサが考えているとは思えないけど?」
「分かってないわね~、お姉様。私はお兄様と“同じ”なのよ? 考えや発想が一緒なの! だからこうするだろうと分かってしまうの! だから、今私が唯一欲する“あれ”を差し出してでも、その臨んだ最期の瞬間を手に入れようとする」
「“あれ”って何よ?」
「お兄様には今、二つの選択肢が用意されている。“あれ”を殺して時間稼ぎをするか、“あれ”を差し出して妻と交換して最後の瞬間を一緒に迎えるか、とね。そして、ちょっと悩んだ後に“あれ”を差し出すことを選ぶでしょうね」
ご高説を垂れ流すヒサコの意図が、ティースには全く分からなかった。
そもそも、圧倒的な力を手にし、神すら封じ込めてその力を得ているのだ。この世の摂理を飛び越えた存在になったに等しい。
にも拘らず、そんな存在が欲し、しかもそれがヒーサの手元にあるというのが信じられなかった。
「もう一度聞くわ。“あれ”って何よ?」
「まあ、教えてあげましょう。お姉様も当事者ですからね。なにしろ、“あれ”こそ、本来魔王になるはずがなかったあたしを“第三の候補”にしてしまい、魔王に成る切っ掛けになったのですから」
「当事者? 私が?」
「ええ。今、あたしが欲する唯一欠けたるものを補う“あれ”、それはお姉様の子であり、今はあたしの子であるマチャシュなんですから」
ヒサコから漏れ出た言葉は、完全にティースの意表を突いていた。
自分が腹を痛めて産んだ赤子。
ヒサコに奪われて、母とさえ名乗ることを許されない子。
自らの栄達のために生贄に捧げた罪の証。
それを魔王が欲していると言ったのだ。
どう一体と出そう述べたのか、ティースの理解の及ぶところではなった。
~ 第十五話に続く ~
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