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第十三話  激突! 剣豪夫人vs覚醒の魔王! (2)

 伴侶ヒーサが自らの置かれた状況を冷静に分析していた頃、その妻たるティースは生きるか死ぬかの絶望的な状況にあった。


(ヒサコが魔王になり、私を除く全員が死亡。まあ、ライタンは素早く引いてくれたけど、ちゃんと増援を呼んできなさいよ)


 ティースの視界に映るのは、皇帝ヨシテルをも上回る禍々しい気配を放つ義妹ヒサコと、そのヒサコの手によって殺されたアスプリクやアスティコスを始めとする、何十人分の死体ばかりだ。

 この状況をどう打開するべきか、そればかり考えているが、どうにもいい案が浮かばない。

 それほどまでに彼我の実力は開きがあった。

 最強最大の一撃と考えている〈秘剣・一之太刀〉すら、ヒサコが全力とは思えぬ力で放った炎の竜に押し負けたのだ。


(勝つのは無理。なら時間稼ぎでもする? でも、増援はどこから?)


 思い浮かんで来るのは、夫の満面の笑みだけだ。

 自分からすべてを奪い、それでいて至れり尽くせりに与えてきた“ろくでなし”の顔だ。

 こう言う場面にこそ、あの“悪知恵”が必要だというのに、肝心な時にいないのは腹立たしかった。


(バカ。何を考えているのよ、まったく。あんな奴に“すがる”のだけは絶対に嫌。甘えは自分を殺す事になる!)


 自分に対して色々とやらかしたヒーサであるが、一つだけ気に入っている事があった。

 それは“今”の自分を本当に愛してくれているということだ。

 夫はとにかくひねくれていて、開いた口が塞がらないほどの外道を成すが、認めた存在に対してはとことん愛情を注ぐタイプの人物だと、今では考えていた。

 以前はヒサコを使って色々と仕掛けてきたが、それは愛でるに能うかどうかの確認作業だ。

 妻を試すと言う行為自体は褒められたものではないし、猜疑心の強さを如実に表していた。

 どこか別の世界からの流れ者だと聞いてはいるが、おそらくは前の世界ではそれが“当たり前”だったのであろうと考えると、逆に哀れに思えて仕方がないのだ。


(自分以外のすべてを疑い、時には排除する。それは人としてどうなのかと思うけど、だからこそそれを飛び越えて認めた存在に対しては、この上なく優しくなれる。まあ、愛情表現が歪なのだけど)


 理解はできても、納得や受容とは別儀であり、やはり一歩引いてしまう自分がいるのだ。

 相手は自分を信頼して愛してくれるが、自分は相手への信頼も愛情もない。

 どう取り繕うとも、自分から大切なもの奪っていったのは、間違いなく夫であるからだ。

 決して埋まる事のない千尋の谷が夫婦の間にあるが、それに橋をかけたのがヒーサであり、渡るのを躊躇っているのがティースであった。


(考えなさい! “この程度”、私自身でどうにかしなくては、あいつに笑われる!)


 許しは強者の証であり、それに甘えるのは敗者の証である。

 肩を並べる事が出来るのは“対等”であればこそであり、甘える事は負けを意味する。

 それだけは断じてティースは認めたくなかった。仇に屈して首を垂れるなど、自身の矜持がそれを許さないのだ。

 それゆえに、逃げずに戦う事を選んだ。


(不利を悟れば一旦引く。ライタンの判断が正しいのでしょうけど、私は引かない!)


 ティースは一度深呼吸をしてから刀を鞘に納めた。

 そして、腰を落とし、左手で鞘を握り、右手で柄に手を当てた。

 全神経を集中させ、ヒサコの姿をした化物の一瞬の動きすら見逃すまいとした。


「ふ~ん、居合いの構え、か」


 ヒサコはその意図をすぐに察したが、同時にバカだとも感じた。

 逃げる事も、命乞いもなく、無駄な力を振るって、自己満足しようとしているようにしか感じなかった。

 さてどうしたものかと考えたが、同時にそれ自体もバカバカしいのであった。

 居合の技は間合いに飛び込んだ相手を素早い抜刀術で切り裂く技だ。ゆえに、“遠距離戦”ができる自分には無意味な技でもある。

 先程のように大火力をぶつけてやれば、それでおしまいなのだ。


「……まあ、乗ってあげましょうか。お姉様への手向けとしてね♪」


 いつもの軽い口調に戻り、また姉を虐めてやるかとニヤニヤ笑いながら挑発した。

 余裕の表れでもあるが、それほど力の差があるのだから、当然とも言えた。

 どう足掻こうともティース一人で勝てる手段はない。

 それにもかかわらず、抵抗を止めないのは無駄な労力と言えた。

 瞬時に判断して、迷わず逃げに転じたライタンの方が賢いと言えよう。

 激情に身を任せ、斬りかかってきたアスティコスに至っては、語るに値せぬ愚物とさえ思えてならない。

 しかし、冷静に判断した上で、逃げずに戦う事を選択したのが目の前の女剣士だ。

 魔王の力がどれほどのものか分からせてやろう、という悪戯心がヒサコに芽生え、あえての近接戦で臨む事とした。


「じゃあ、行きますわよ」


 ヒサコは右手に『松明丸ティソーナ』を握り、やや前傾姿勢を取った。

 一気に間合いを詰め、剣を突き入れるためだ。

 ティースの持つ『鬼丸国綱おにまるくにつな』の長さ、ティースの腕の長さや姿勢、それらを加味すれば、相手の間合いを測るなど造作もない。

 必殺の一撃をかわし、その上で致命傷を与えずに突き入れ、あとは無駄な抵抗をしたことを後悔させるように切り刻んで殺す。

 それがヒサコの考えであった。

 そして、それは跳んだ。

 まさに一足飛びという言葉が、そのまま当てはまるかのような速さだ。

 常人が一歩詰める内に、実に二十歩の距離を“縮めた”。

 だが、ティースもまた常人に非ず。その圧倒的な速さにも対応してみせたのだ。

 頭と体に流れ込んでくるのは、最強の剣豪の技と力。それがティースの血管と神経を走り抜け、隅々まで行き渡った。


「覚悟! 〈居合の秘剣・御雷みかずち〉!」


 溜めに溜めた力が開放された。

 ティースの神速の抜刀に雷が宿り、雷光がほとばしった。

 超高速の横一閃がヒサコを捉えた。

 だが、外れた。

 ほんの僅か、指先程度だが、斬撃が届かなかった。


(幻術!)


 ヒサコもまたカンシと同じく、幻術で位置をズラしたのだ。

 斬撃が通り過ぎたが、それも計算の内であった。


(二段構えの電撃を食らいなさい!)


 輝く横一閃は強烈な電撃をまとい、走り抜けようとも電流がヒサコの体を打ち据えた。

 ヒサコが繰り出した突きが僅かに鈍り、ティースに突き刺さるはずのそれは、かすめるギリギリのところですり抜けた。


(勝機!)


 ヒサコの攻撃をかわし、同時に踏み込んだ。

 通り過ぎた刀を引き戻し、それをヒサコの胴体に突き入れた。

 ガキィンという強い衝撃を受け、刀は通らなかった。

 だが、ティースは笑った。それが作戦であったからだ。

 見事にそれに“当てた”のだ。

 だが、それはすぐに驚愕の色で表情が満たされた。

 策は完璧だった。命中もした。

 しかし、予想に反して、それは崩れなかったのだ。


「なぁ!?」


「お姉様、残念でした〜♪」


 ヒサコはニヤリと笑い、左手でティースの首を鷲掴みにした。

 軽々と持ち上げ、ティースは刀を落とし、ジタバタと足を前後に振った。

 ヒサコはすぐには絞め殺さず、ギリギリ声を出せる力加減で、持ち上げたティースを見つめた。


「狙いは悪くなかったですよ。こちらの弱点を突いていましたし、しかもきっちり命中もさせました。ただの剣豪なら抜刀する前に斬り伏せられているでしょうから」


「ぐぁ、こ、の、なんで、効かなか、かったのよ」


「ん〜、これのことよね?」


 ヒサコは剣を地面に刺し、空いた右手で懐を弄った。

 そして、取り出したのは、黒曜石の神像だ。

 テアが封じ込められている像であり、黒い光沢とテアの神気が溢れて、得も言われぬ雰囲気を出していた。


「勝つことよりも、これに目を付けて破壊することを狙うなんて、お姉様の勘の良さには脱帽ものですわ」


 ヒサコが見せ付ける黒い像は、傷一つ付いていなかった。

 天下の名刀を全力で突き入れたというのに、軽い剥離すらなく、ピカピカに研磨されたままの姿だ。


「狙いは良かったですけど、実力不足ですね。神の力が宿った神具が、“人間ごとき”の力で破壊できるわけないじゃないですか。お姉様の実力、ヨシテルの技、そして、業物の名刀、どれも“人”の領域を逸脱してはいませんから♪」


 ヒサコの余裕の高笑いが響き、もがくティースを嘲笑った。

 魔王として覚醒し、神の力をも手にした自分に敵はない。

 そう確信すればこその笑いであった。



          〜 第十四話に続く 〜

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