第十二話 お手上げか!? この先どうしていいのやら!
急に意識が飛び、気が付くとそこにいた。
ぼやけていた視界が鮮明になると、先程までいたはずの薄暗い洞窟などではなく、明るい煌びやかな王宮の一室にいた。
「……これは、王宮だな。無理やりこっちに飛ばされた、ということか」
ヒーサこと松永久秀は、今までの事象からそのように判断した。
先程までは女性体を本体、男性体を分身体として操作し、毎度のごとく“一人二役”をこなしていた。
《六星派》の隠し拠点を見つけ出し、そこに捕らわれていたアスプリクを救出する、その一歩手前までの記憶があった。
だが、アスプリクを拘束していた鎖や枷を破壊しようと剣を振り上げた後、急に意識が遠のいた。
そして、気が付くと王宮の一室にいたというわけだ。
そこはヒーサの私室として宛がわれていた部屋であり、戦闘が激化してヒサコの操作に集中する必要があるかもしれないとの判断から、休憩を理由に人払いをしていた。
なんとなしに弄ぶ揺り籠の中には、甥(実際は息子)である幼王マチャシュがいた。
今は静かに寝入っているが、少し離れた場所にある禁域では、“母親”が魔王として覚醒してしまっていたことをこの幼子は知る由もなかった。
「さて、これは困った事になったぞ」
ヒーサは現在把握できている状況を頭の中に思い浮かべ、整理を開始した。
「まず、常に一体になっていた“ヒサコ”との繋がりを感じなくなった。共有していた視界も感覚もない。今や私はヒーサただ一人。この状況から見て、ヒサコの体を奪われたとみて間違いない」
松永久秀は常に兄妹を同時に操作してきた。
〈性転換〉、〈投影〉、〈手懐ける者〉の合わせ技でヒーサとヒサコが同時に存在する事を演出し、存在しない“ヒサコ”と言う女性がさも目の前にいるという演出を続けてきた。
結果としてはそれは、“下剋上”を成すために大いに役になった。
『シガラ公爵毒殺事件』
『花嫁いじめの御前聴取』
『飴と鞭の新婚生活』
『ケイカ村黒犬事件』
『アーソ動乱』
『エルフ族の墓荒らし』
『アイクとの結婚』
『第一次ジルゴ帝国戦争』
『偽装出産と嬰児交換』
『王都騒乱と武力政変』
『幼王マチャシュの即位と摂政就任』
『第二次ジルゴ帝国戦争』
『大規模反乱の鎮圧』
ざっと思い浮かべてみただけでも、これくらいの案件はすぐに思い至った。
松永久秀が戦国日本より転生してわずか二年足らずの出来事だ。
下剋上と栄達のために引き起こした事件、戦争の数々だがその全てにおいてヒサコが、表に裏に三面六臂の大活躍を見せた。
もちろん、悪名はヒサコに、名声はヒーサに行き渡るようになるべく手配し、松永久秀の立てた計画はほぼすべて完遂したと言ってもよかった。
「すべては順調であったし、此度の内乱鎮圧によって、邪魔者はことごとくが排除された、そのはずだった。あとはアスプリクを救出し、時間を稼いでこの世界で遊び倒すはずだった。だが、ダメだった」
女性体の視界が途中で途切れてしまったため、あちらが今どうなっているかは推察に頼るしかないが、おそらくは全滅している可能性が高いと見ていた。
ヒーサは、松永久秀は決して状況を楽観視しなかった。
“魔王”相手にいい戦いを演じ、増援の到着を待っているなどとは決して考えなかった。
それほどまでに彼我の戦力差は大きいのだ。
圧倒的な力の前にねじ伏せられ、血だまりに沈んでいる姿は良いに想像できたし、間違いなくそうなっているであろうと予測していた。
「つまり、ここから逆転の一手を打とうとした場合、捜索組に加わっていた面々をいないものとして考え、かつ魔王を倒せるだけの戦力ないし策を用意しなくてはならない」
はっきり言って無茶ぶりもいいところであった。
魔王の強さは知っている。なにしろ、松永久秀と同じく転生者としてこの世界に来て、半覚醒状態の魔王となっていた足利義輝と戦ったからだ。
ジルゴ帝国の皇帝ヨシテルとして立ち塞がり、その圧倒的な力を見せ付けられた。
少なく見積もっても、あの実力が“最低レベル”と見積もっておかなくてはならなかった。
それだけに、アスプリク、アスティコス、ライタン、そして、ティースが抜けた状態で勝つための算段をしなくてはならず、この段階で絶望的であった。
魔王に勝つのは十の内に一つと考えていたが、やはりいくらなんでも厳しすぎるなと思ったが、そうかと言って何もしないつもりもなかった。
燃え盛る信貴山城にて、自らに“お灸”を据えていた時に比べれば、まだまだ“温い”からだ。
「まあ、それはさておき“動作確認”だな」
そう言うとヒーサは意識を集中して、こう念じた。
「女になれ」と。
そして、それはすぐに効果が現れた。
鏡に映るその姿は男性体から女性体へと変じた。
何度も行い、見慣れた姿がそこにあった。
だが、明らかに今までと違う点が今回の〈性転換〉で発生していた。
「なんだこの強烈な脱力感は? 急激に力が抜け落ちる、そんな感覚だ」
ヒーサは体に違和感が生じるとすぐに男性体へと戻り、少し乱れた呼吸を整え始めた。
その間もどうしてこうなったのかを考察し、今までとの相違点を探った。
「……そうか、根本的な問題だ、これは。いつも側にいた麗しの女神が今はいないのだ」
転生者を英雄としてこの世界に送り出し、常に側に立っている女神がいないのだ。
意識を集中してみても、女神の繋がりを感じない。呼べば嫌々でも飛んで来るあの愉快な“共犯者”の気配を、全く感じないのだ。
「まあ、神だし、死ぬことは無いだろうが、少なくとも飛んでこれない状態にあるという事だけは確実か」
今までの事を照らし合わせてみると、〈入替〉で本体と分身体を入れ替えた際、テアは本体の側にいる事になっていた。
スキルで入れ替わると、追っかけで強制的に〈瞬間移動〉が発動し、例え遠く離れていようともすぐに飛んできたものだ。
ところが、今はその女神の姿がない。
事ある毎に文句を言ってきたり、“たまに”からかってやれば悶絶するほどに苦悶したりと、反応が豊かでついつい弄って来たあの女神がいないのだ。
「女神がいないということは、スキルの回数制限があるという事か。先程の脱力感はそれだな」
神より授けられたスキルは強力で有用であるが、魔力消費が著しく高いという欠点があった。
強力な技であるため、それは止むを得ないのだが、それを連発してもそれほど負荷のかかる事は今までなかった。
それは神と言う最強の魔力供給装置が存在し、英雄は魔力消費を気にすることなく、仕様に引っかからない限りは何発でも連射する事が出来た。
別世界からの転生者と、この世界の猛者とでは、その点が決定的に違っていた。
「女神からの魔力供給がなくなったという事は、この体に備わっている自前の魔力でやりくりするしかない。そうなると、あと数回使えればいい方か」
次々と明らかになる不利な状況に、ヒーサは腕を組んで唸るよりなかった。
集めてきたこの世界の腕利きはその多くを失い、魔力と知識の源であった女神は虜となった。
何もかもが、ヒーサに不都合な現実を突き付けていた。
「戦力不足、魔力不足、ここから新たに策を構築させる時間もなし。そもそも通用するかも怪しいがな。なにしろ、相手は私を模倣した“私の妹”なのだからな」
何もかもが足りない上に、相手は自分と同水準の悪知恵まで備えているときたのだ。
これはどうしようもないなと考えながら立ち上がり、揺り籠の中にいたマチャシュを抱き上げた。
「なあ、王様よ、この先、どうしようか?」
共犯者も、伴侶も、愛妾も失い、その他大勢の腕利きを失った。
ヒーサは返ってくるはずのない質問を、片言も喋れぬ赤子に問いかけるしかなかった。
~ 第十三話に続く ~
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