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第十一話  激突!? 剣豪夫人VS覚醒の魔王(1)

 その一振りは全てを狂わせた。

 ヒサコの振り下ろした斬撃は台座に寝かされていたアスプリクの首を刎ね、その命を絶ち切った。

 台座の上からごろりと首が落ち、切断された首からはドクドクと血があふれ出し、零れ落ちた。

 手元が狂った、というものではない。

 “ヒサコ”が“狙って”、台座に寝かされていた“アスプリク”を“殺した”のだ。

 だが、それだけではない。

 脳天を揺さぶるほどの衝撃を受け、僅かな時間とは言え前後不覚になっていたテアに手を伸ばし、その喉を掴みかかった。

 恐ろしい程の怪力であり、利き腕でない左であるにも関わらず、テアの引き剥がそうと両手で力を込めるも、まるでびくともしなかった。


「ぐが……」


「もう逃げれないわよ、女神様。ここはあなたを閉じ込めておくために用意した、“神封じの牢獄プリズン・パンテオン”なんだからね」


 首を鷲掴みにされ、もがき苦しむテアに笑顔で応対するヒサコであるが、それはヒサコであってヒサコでないことはすぐに分かった。

 テアは目の前の自分を締め上げている女性から、“松永久秀”の気配を一切感じなくなっていた。

 ヒサコという“器”はあっても、中身は完全な別物。何者かにヒサコの体が“乗っ取られて”いるのは明白であった。


「ヒサコォォォ!」


 大絶叫しながら突っ込んできたのは、アスティコスであった。

 上手く回り込み、素早くアスプリクを解放するかと思いきや、いきなりの斬首である。

 困惑している周囲の面々であるが、アスティコスは“ヒサコ”に“アスプリク”が殺されたと即断し、困惑より先に怒りが噴き上がったのだ。

 術で風の刃を生成してヒサコに放ち、同時に腰に帯びていた小剣ショートソードを抜き、斬りかかった。


「今いいところなんだから邪魔しないで」


 ヒサコは飛んできた風の刃を剣で撃ち落とし、更に突っ込んでくるアスティコスに向かって剣を払った。

 見えざる刃が生み出され、豪快な風切り音と共にそれは飛んでいった。

 まず、アスティコスの“首”を切断し、勢いそのままになおも乱戦が続く場所にも届き、敵味方問わず何人も吹き飛ばした。


「死因は大好きな姪っ子と同じく、斬首にしていてあげたわ。感謝しなさい」


 走る勢いのままに地面に転がったアスティコスの体は、首と胴が離れており、アスプリクと同じく切断された首から血が溢れ出ていた。

 まるで二人の血を飲み干すかのごとく地面の魔法陣も反応し、より怪しく光り始めていた。


「クッ……、なんて威力なの!? ヨシテルの〈秘剣・浮舟〉よりも上かも」


 ティースは咄嗟に身を屈め、どうにか今の一撃をかわす事が出来たが、周囲は惨澹さんたんたる有様だ。

 走り抜けた衝撃波ごと上半身を持っていかれ、スッパリ斬られた死体がそこかしこに転がっていた。

 今の一撃で反応の遅れた者は敵味方問わず殺され、重傷を負っている者も多数おり、どうにか動けそうなのは上手くかわせた自分と、比較的後方にいたライタンだけであった。

 なお、そのライタンは立ち上がると同時に、入口に向かって駆け出した。


「不測の事態が発生したら即撤退! 判断が早いわね、ライタン! でも、逃がすつもりはないから!」


 ヒサコが『松明丸ティソーナ』を掲げると、それは現れた。

 蛇のように動く炎の鞭を使っていた事もあるが、今回のそれはそんな生易しいのではない。蛇と言うより、巨大な竜と呼ぶべきもので、極太の炎の渦がそこにあった。


「じゃあ、死んで!」


 剣が振り下ろされるのと同時に炎の竜が雄叫びを上げて飛び掛かり、ライタンが逃げ込もうとした空洞入り口に目がけて突っ込んでいった。

 だが、それにティースが割って入った。


「〈秘剣・一之太刀〉!」


 炎の竜の真正面に立ち、大口を開けて突っ込んでくるそれに向けて、大上段から渾身の一撃を叩き込んだ。

 あらゆるものを吹き飛ばす最強の一撃であり、ティースの気迫と名刀『鬼丸国綱』の威力も相まって、飛び込んできた炎の竜を真っ二つにした。

 だが、その威力を相殺しきれなかった。

 炎の竜は打ち消したものの吹き飛ばした際の衝撃でティースは吹き飛ばされ、壁に勢いよくめり込んだ。


「ぐはぁ!」


 背中を強く打ち付け、ティースは吐血しながら崩れ落ちた。

 また、拡散した炎は周囲を焼き払い、生き残り全員を焼き尽くしてしまった。

 しかし、ライタンはその威力を巧みに利用し、転がるように通路に逃げ込むことに成功。

 すぐに姿は見えなくなり、足音だけが遠ざかっていった。


「あら、残念。取り逃がしましたか。しかし、お姉様もお人好しですわね。あんな即逃げるような奴を庇って、結構な深手を負うなんて」


「くっ……。必要だからそうしたまでよ」


 ティースは刀を杖代わりにしてヨロヨロと起き上がり、ダメージに震える足を自ら叱咤しながら刀を構え、切っ先をヒサコに向けた。


「〈秘剣・一之太刀〉でも相殺しきれないなんて、どれだけの威力よ、まったく」


「借り物の力で調子こくからですわよ、お姉様。その刀は元々、足利義輝の愛蔵品で、使わしてもらっている剣技は、あのバカ将軍の実力。お姉様自身の自己鍛錬が足りていませんわよ」


「あんたの方こそ、その力はなんなのよ!?」


「さて、なんでしょうかね」


 ヒサコは余裕の笑みを浮かべ、掴んでいたテアの首を更に締め上げた。


「あ、あああ、あ……!」


「さて、いい加減、持ち続けるのも疲れましたし、何より片手が塞がってしまいます。女神様には“使いやすい形”になっていただきましょうか」


 ヒサコは剣を一度床に刺し、空いた手を奥にある神棚ララリウムに向けた。

 そこにはテアによく似た姿をかたどった石像が安置されていた。


「我が手の内に」


 軽く呪文を唱えると、シュッと石像が消え、次の瞬間にはヒサコの手の中に納まっていた。

 像は黒曜石で作られており、奇麗に研磨され、黒く光沢のある女神像に仕上がっていた。


「さあ、女神様、お引越しの時間ですよ。ちょっと痛いかもしれませんけど、すぐに終わりますから!」


 ヒサコはさらにテアを鷲掴みにする手に力を込め、その首をへし折ってしまった。

 まるで糸が切れた人形のように全身がだらりと垂れ下がり、それと同時に黒い石像が光沢とは別に、淡く輝き始めた。

 ヒサコはそれを満足げに眺め、ニヤニヤと笑った。


「ん~、これで女神様のお引越しは完了。新居を気に入ってくれるといいんだけどね。てなわけで、旧い住居はポイッとね!」


 あろうことか、ヒサコは動かなくなったテアの体をティースに向かって放り投げた。

 片手で体を持ち上げていただけでも驚愕であるのに、今度はそれを小石でも投げるかのように軽々と投げ付けてきた。

 ティースは一瞬判断に迷ったが、横に軽く飛んでかわした。

 だが、そこからがまた信じられなかった。

 優に三十歩は空いていたであろう両者の距離が、一瞬で縮まった。

 お互いにそれこそ一歩踏み出すくらいの時間しかないのに、その距離をヒサコは詰めてきた。

 その手には燃え盛る炎の剣が握られており、振り下ろされたそれをティースは持っていた刀で防いだ。


「おお、良い反応。さすがはお姉様!」


 防ぎはしたものの、力の差は歴然としていた。

 速さは段違いであるし、相手は片手での斬撃であるにも関わらず、両手で刀を構えるティースとの鍔迫り合いを涼しい顔でこなしていた。

 明らかに余力があるヒサコに対し、ティースはすでに限界に達しようとしていた。

 ガチガチと刃同士の摩れる音が空洞に響くが、これでは勝負にすらならないとティースは汗をダラダラと流し、どうにか足蹴で突き飛ばして距離を空けた。

 ティースはあれた呼吸を整えているというのに、ヒサコは一切の乱れがない。


「あら、お姉様、お疲れですか? 休みます?」


「あんたに気遣いされる謂れはないわよ……」


 虚勢を張るティースであるが、状況は絶望的であった。

 味方は一切おらず、彼我の戦力差は絶望的なまでに開きがある。

 唯一の希望は“増援”を呼びに行ったライタンだけだが、誰が助けに来るのかと言う話でもある。

 それだけ今のヒサコは異常な強さを持っていた。

 しかも、今までとは“明らかな別人”としてである。

 なぜなら、今までのヒサコには“殺気”がないのだ。正確には、ティースはヒサコから殺意を向けられたことが一度もないのだ。

 ヒサコは常に高圧的で、これでもかと言うほどにきつい言葉や行動をティースに向けてきたが、それでも殺意を向けてきたことは無かった。

 その理由はヒーサとヒサコが同一人物であると知った時に、その疑問点が解消された。

 要するに、伴侶ヒーサとして、あるいは義妹ヒサコとして、“共犯者パートナー”に相応しいかどうか、試していただけなのだ。

 飴と鞭を使い分け、硬軟合わせた試練を課し、肩を並べるのに相応しいかどうかの確認作業を行っていたのだ。


(でも、今のヒサコにはそうした“遊び”の部分が一切感じられない。殺意、あるいは破壊衝動、そうしたもので満たされている。これは決して、“私の夫”のそれじゃない!)


 これがティースの結論だ。

 そして、その結論を、この場で導き出した時、その答えは自然と向く方向が定まっていた。


「あら、つれないお返事ですね~。妹がこんなに気遣っているというのに」


「うるさい。こんな化物みたいな妹を持った覚えはないわよ!」


「化物だなんて~。こんなに可愛い姿をしているというのに」


「フンッ! 可愛い妹が、もっと可愛い女の子の首をぶった切るわけないでしょ!」


 ティースの視線の先には、首がなくなったアスプリクの遺体があった。

 台座に寝かされたままであり、なおも血が滴っていた。

 首は転がり落ちたるままに放置され、奇麗な銀髪の髪も血でグチャグチャになっていた。

 あれほど気にかけていた少女を事も無げに斬首するなど、絶対に“自分の伴侶”がやるはずがない。

 そう考えると、分かり切った事とは言え、確認を取っておかねばならなかった。


「改めて聞かせてもらうわ! ヒサコ……、いえ、ヒサコの姿をした怪物め! 何者よ!?」


 臆する態度を一切見せず、仲間を殺された怒りを糧とし、魂の内より湧き上がる炎で萎えていた精神に活を入れ、刀の切っ先を改めてヒサコに向けた。

 ヒサコにはそれがせめてもの“虚勢”であることはすでに承知であり、それゆえに小馬鹿にしながら笑い飛ばした。


「フフフ……、まあ、なんて健気で可愛らしい事! ますますお姉様が好きになりそうです! じゃあ、折角なので、名乗っておきましょうか」


 ヒサコは剣を収め、黒い石像を懐にしまい、そして、両手を大きく広げた。


「あたしの名はヒサコ=ディ=シガラ=ニンナ。兄ヒーサの手によって生み出された、この世の悪を全て背負う事を宿命付けられた人の形を成した人類の絶対悪。罪過を背負い続ける身代わり人形スケープゴートとなる者。悪を演じ続ける事を押し付けられた、悪役令嬢と呼ばれる存在。全ての罪を背負い、人々の悪意を一身に受け、やがて消える哀れな流し雛。ゆえに、あたしはそれを成す。全てを受け止める事を自らに課し、そして、“世界”と共に消えよう」


 ようやくここまで来れた、という達成感を表情にこれでもかと浮かべ、そして、一瞬内に殺意マシマシの睨みをティースに向けた。


「あたしの名は……、いえ、我の真なる名は魔王・松永久子なり!」



            ~ 第十二話に続く ~

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