第九話 忍び足! 敵に気付かれることなく忍び寄れ!
突入した洞窟は特にこれと言った特徴がない、なんとも殺風景な洞窟であった。
強いて言えば、入口から下に向かって伸びていた階段が、おおよそ千段を超す長いものであったが、そこからが単調だったのだ。
長く一本道な洞窟で、均等な間隔で魔道具の照明が設置されており、足下もわりと奇麗に整地されていた。
明らかに人工的に造られた洞窟であり、それだけに罠の存在を警戒した。
「空気は外以上に重いわね。何と言うか、こう……、首に手をかけられている感覚が、ね」
ティースは体で感じる違和感をそう評し、自然と刀の柄に手を置いていた。
特に口にするでもなく今の三十名ほどの集団全員が感じており、感覚を一層研ぎ澄ませ、得物を握る手にも力が自然と籠った。
そこへ、先頭を進んでいたアスティコスが手で合図を送り、この先に何かいると注意を呼び掛けた。
耳の良いエルフは何かを聞いたのか、長い耳をピクピク動かし、必死で聞き取ろうとした。
実際、他も足を止め、意識を集中して耳を澄ませると、何かしら呪文のようなものを唱えているように聞こえてきた。
「儀式でもやっているのかしらね。みんな、ゆっくりと足音を立てずに近付くわよ」
ヒサコが小声で指示を出すと、周囲も頷いてそれに従った。
そして、一歩一歩慎重に通路を進むと、その先に少し明るい出口のようなものを見つけた。
見張りも立っておらず、中から呪文が聞こえてくるだけであった。
そして、ヒサコやティースが慎重に中を除くと、そこは巨大なドーム状の空洞になっていた。
かなりの広さであり、ちょっとした屋敷ならば、丸々入りそうなほどの空間が開いていた。
あちこちに燭台や篝火が空洞を照らし、より濃い魔力の波が中に漂っていた。
気をしっかりと持たねば意識を持っていかれそうになるほどに息苦しく、ただ事ならぬ儀式の真っ最中であることはすぐに分かった。
(まだ儀式の真っ最中じゃない。魔王が覚醒したわけではなさそうね)
この時点でカシンが嘘を付いていたと、ティースは確信した。
もし儀式とやらが完遂していれば、覚醒した魔王が待ち構えているであろうし、あるいは居並ぶ術士が揃いも揃って注意を台座に向けているというのも奇妙であった。
その空洞の平らな部分をこれでもかというほどに巨大な魔法陣が描かれ、その周囲やあるいは魔法陣中央に位置する台座の側に黒い法衣をまとった者が何人もおり、そこから先程の呪文が発せられていた。
(……いた!)
ティースが向ける視線の先には、台座に寝かされているアスプリクの姿があった。
見慣れた銀髪と白磁の肌、それに似つかわしくない黒地の服を着せられていた。
同じく横で観察していたアスティコスも姪っ子の姿を確認したが、飛び出そうとしたのを当然ながらヒサコに止められた。
いくら儀式に意識が集中していると言っても、数が数である。ヒサコが相手の数をざっと数えただけでも五十は下らなかった。
対する救出組の数は三十弱。倍近い開きがある。
少し策を練る必要があるなと考え、逸るアスティコスを宥めつつ、ヒサコは後退した。
「で、どうでしたか?」
冷静なライタンも逸っているのか、口調に少し焦りが含まれていた。
なにしろ、この場は非常に居心地が悪く、黙って静かに移動するのがいい加減、億劫になっていたのだ。
雄叫びを上げ、得物を振り回している方が幾分かマシな気がしてならなかった。
「えっとね、結構大きな空間が広がっていた。で、魔法陣がびっしり。その中央に台座があって、アスプリクがそこに寝かされているのも見えた」
「敵の数はいかほどで?」
「見えていた数だけだと、五十ってところかな」
「微妙なところですな」
負けるつもりはないが、さすがに友軍の倍近い数は難儀であった。
しかも、こういう場所を任されているからには、それなりの実力があるのは明白であり、奇襲による最初の一撃で趨勢を決しなくては反撃が怖かった。
なにより、まとわりつくような重々しい空気だ。
この場にいるだけでズシリと圧し掛かる感覚があり、確実に何かしらの負荷がかかっているようであった。
表の瘴気を吸っているかのようで、確実に能力低下があるように感じていた。
一方の《六星派》は闇の神の加護を受けており、この瘴気の影響を受けないと聞いていた。
『影の湖』は闇の信徒には有利な場所であり、戦闘は極力避けたかったが、アスプリクの姿を確認した以上、強硬手段に出ても奪還しなくてはならなかった。
(儀式が継続中なら、アスプリクを奪還すれば妨害できる! なら、下がるなんて選択肢はない!)
難しいが、やらねばならないと覚悟を決めた。
その上で、さてどうしましょうかと、ヒサコは周囲の面々を見回した。
策もなしに突っ込むのはバカのやり方であり、何か良い手はないかと尋ねた。
すると、即座にライタンが手を挙げた。
「お、何か良い手があるの?」
「任せてください。全員、耳を塞いで待機。私が立ち上がると同時に一気に突っ込んでください」
そう言うと、ライタンは身を屈め、見つからないように注意しながら空洞の方へと進んでいった。
ヒサコは何をするのかを気になったため、ライタンの後に続いた。
そして、物陰からライタンは空洞を眺め、いけるな、そう呟いた後に自らも耳を塞いだ。
ヒサコもまたそれを見て、慌てて耳を塞いだ。
「風の神アーネモースよ、偉大なる御身の信徒がここに願う。その万里先に届く声を我が口に移せ、〈拡声〉」
周囲に聞こえないように小声で詠唱しつつ、術が組み上がると大きく息を吸った。
肺に空気を送り、魔力も慎重に高めて、口に集まる力を感じ取り、そして、解放した。
「ワァ!」
それは絶叫などと生易しいものではなかった。
人間が発する事が出来る声を、遥かに凌駕する声量であった。
本来〈拡声〉は風の力を使って声を大きくし、より広範囲に声を飛ばすための術式なのだが、今の状況はそれを兵器に転じる条件が整っていた。
なにしろここは閉じた空洞の中であり、術式によって増幅されたライタンの声は壁に反響して更に威力を増し、身体が揺さぶられる程の威力を感じた。
突然の大音響に、儀式を行っていた異端者達は慌て驚き、急いで耳を塞いだほどだ。
だが、完全な不意討ちであったためか防ぎ切れず、中には鼓膜でも破れたのか、地面に蹲るように倒れる者までいた。
(おほ~。声出すなって状況で、逆に大声上げるとか、やるわね、ライタン!)
一方のヒサコ達は事前に警告を受けていたため、耳を塞いでそれを凌いだ。
塞いで身構えていたにもかかわらず、頭に響く大声であった。
それをまともに食らった《六星派》の面々の慌てる様は滑稽であり、同時に攻め時が到来したと言ってもよかった。
「今です!」
「でかした、ライタン! よし、全員、かかれぇ!」
ライタンとヒサコが立ち上がると、待ってましたと言わんばかりに空洞の入口から味方が飛び出してきた。
すでに得物を握り、手近な敵に向かって斬り込んでいった。
《六星派》もこれを迎撃するために態勢を整えようとしたが、ライタンの奇襲が思いの外に効力を発揮し、動きが明らかに鈍っていた。
数では不利であったが、まだ頭に残響があるのか、足取りがおぼつかない敵も多く、確実に倒してその数を減らしていった。
(よしよし。んじゃま、そっちは任せた!)
ヒサコは戦いば始まると同時に壁に向かって走り、大周りに迂回してからアスプリクが横になっている祭壇に走った。
「え、ちょっと、いいの!?」
これにテアが続いていたが、走りながらも視線は両陣営が激突している方を向いていた。
「儀式の妨害が最優先! まずはアスプリクを祭壇からひっぺかすわよ!」
味方が敵を引き付けている間に、さっさとアスプリクを取り戻す。それがヒサコの考えだ。
どこで発動するか分からない儀式の効果だが、とりあえずはまずもってアスプリクを取り戻す事を優先させた。
そして、上手く敵味方が入り乱れて戦いとなり、密かに祭壇の方へと近付くヒサコには、“誰も”気付いてはいなかった。
~ 第十話に続く ~
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