第八話 開錠! どうしてすんなり開いちゃうの!?
《六星派》の隠された拠点を見つけたと報告があり、本営にて待機していた精鋭は現場へと急行した。
瘴気の混じる濃い霧が立ち込める中を歩き、案内役もこまめに目印を確認して、道に迷わないように注意をして進んだ。
途中、怪物に襲われたが、そこは最精鋭部隊である。
闇の洗礼を受けし魔獣の類から、通常の武器が通用しない悪霊まで、まさに魔窟の住人と言った顔触れであったが、ほぼ鎧袖一触であった。
(ふむ……。どの程度の腕前かなとは思っていたけど、これならどこに出しても第一線で戦える戦力ね)
ティースも悪鬼を打ち払う名刀『鬼丸国綱』を手にし、次々と襲い掛かってくる敵を屠ったが、それでも周囲を観察する余裕があり、連れてきた精兵の実力とやらを感じ取った。
この点のヒサコの目利きはさすがと認めざるを得ず、手抜かりはないなと素直に称賛した。
なお、当のヒサコは剣すら抜かず、完全に人任せであったが。
そうこう進んでいる内に、目的の場所に到着した旨を案内の兵士が告げた。
そこにはちょっとした屋敷ほどはあろうかという、巨大な岩が鎮座していた。
他にそれらしいものもなく、案内の兵士もこの岩で間違いないと告げた。
「……えっと、岩? これ? これが隠れ家?」
さすがに状況が掴めず、ティースは岩の目の前に立ち、ペチペチと叩いてみた。
少しひんやりとした感じの岩で、特にこれと言った特徴はなかった。
「こちらでございます。これです、これ」
案内の兵士が岩の一点を指さすと、そこには何かしらの魔法陣が描かれていた。
大きさとしては、人の手がすっぽり入るほどの円に、様々な図形が描かれており、自然にできた瑕などではなく、明らかに人の手が加わっているのが分かった。
「なにかしらね、これ。ライタン、お願い」
「承知しました」
魔法陣を覗き込むヒサコに応え、ライタンが進み出てきた。
図形を読み解き、岩を何度も小突き、丹念に調べた。
「これは鍵穴ですな」
「鍵穴? んじゃ、何かを差し込めって事?」
「そうです。そして、差し込む鍵は“魔力”です」
ライタンがそう言うなり、アスティコスが割り込んで魔法陣に手を当てて魔力を流し込んだ。
かなり不用意な行動だが、アスプリクの事を考えると、他の事が目に入らなくなっているため、気持ちが急いていたのだ。
しかし、そんなアスティコスをあざ笑うかのように、魔法陣は多少光りはするものの、特にこれと言った変化はなかった。
「反応ないじゃない!」
「となると、これは魔法陣に記憶され、登録された者の魔力にしか反応しないと思われます」
「ああ、それもそうか。そもそも、敵方の拠点だもんね。部外者は入れないようにするか」
考えてみれば、至極当然の事であった。
そもそも《六星派》は異端者として隠れ潜んでいるものであり、だからこそ禁域の中という人がいない場所を拠点に選んだのは想像に難くない。
こうして本腰を入れて捜索しない限りは、この魔法陣のように見つけるのも困難なのだ。
「見張りや門番を立ててれば、『ここが拠点です』と目印置いておくようなもんだし、こういう形になるのも当然か」
「《六星派》は腕利きの術士が多いですし、ある意味で当然の措置かと」
ライタンも魔力を込めてみたが、やはり反応はなかった。
さてどうしたものかと悩んでいると、今度はティースが進み出て、刀の柄に手を当てた。
「なら、斬っちゃいましょう」
「こらこら、やめいやめい」
本気で斬ってしまいそうな勢いであったため、ヒサコがティースの動きを制した。
「多分、“必殺技”を使えば、岩でも吹っ飛ばせるわよ」
「消耗するのはダメだって言ったじゃないですか。敵と遭遇して戦うまでは、極力消耗は避けたい」
アスプリクがいない今となっては、一発の威力はティースが一番優れていた。
しかし、“秘剣”は消耗が激しいため、何度も繰り出せる技ではなく、ここでそれを出すべきか、悩ましい点であった。
「ん~、あ、テア、あなた、探知系は得意でしょ? これ、調べてみて、どうにかならないかしら?」
「組まれた術式を詳しく解析しろってことね。了解」
ここで今まで控えていた女神の登場となった。
テアは色々と制約がかかっている身であり、特に敵への直接攻撃は禁則事項になっていた。
あくまで魔王側と戦うのは“英雄”の仕事であり、神はそれを導くのが仕事なのだ。
そのため、情報を解析し、的確な指示を飛ばすことが本来の動きであり、それがあったからこそ皇帝ヨシテルの体の秘密を探り当て、これに勝利することができた。
今回、またそうした役目として登場となった。
「さて、じゃあ、まずは術式の解析を……」
そう言って、テアが問題の魔法陣に触れると、途端に強力な光をそれが発した。
今までこれと言った反応を示さなかったのに、いきなりである。
岩の一部がグニャリと歪み、岩に人が通れるだけの通路が穿たれ、さらに地下へと通じる階段まで現れた。
「……え?」
テアもいきなりの事に当然驚いた。
だが、それ以上に問題なのは周囲の反応だ。
ライタンの見立てでは“登録された者”だけが開ける事が出来るはずなのに、なぜか“こちら側”にいるはずのテアがすんなり開けてしまったからだ。
当然、疑惑の視線がテアに向いた。
「……! その眼には映る虚ろの姿、その頭に刻まれしは偽りの記憶、夢と現実の壁を取り払え、〈虚偽記憶〉!」
自分に疑惑が向けられたことに焦ったテアは、術式を発動した。
何かが通り抜けた感覚に“ヒサコを除く全員”が襲われ、まるで寝覚めたばかりの朦朧とした状態に陥った。
「あ~、皆さん、いよいよ敵陣突入です。こういう場合は、懐に誘い込み、それから背後に伏せていた部隊に襲撃させ、前後から挟み撃ちにするのが常道です。突入前に、ここいらに敵が伏せていないか、調べてから突入しましょう」
少々焦りながらもテアがそう提案し、それもそうだと皆が頷いた。
そして、手分けして周囲の確認を行い、ぽっかり空いた入り口前にはテアとヒサコだけが残った。
もちろん、ヒサコもまたテアを見つめていた。
「二つ質問。今の術式は何かしら? それと、なんですんなり開いたのかしら?」
実に簡潔な質問であったが、それだけに急いで話せとも受け取れた。
周囲は実質人払い中であるし、二人きりでなければ話せない内容というのも、英雄と女神の間にはあった。
「今のは〈虚偽記憶〉。言ってしまえば、記憶を改竄する術式。人間の術士なら、ちょっと記憶を曖昧にしたり、若干の虚偽を植え付ける程度だけど、神である私が使えば、“世界そのものの設定”を変えてしまえるわ」
「ああ、情報系の術式は制限されてないものもあるものね。さすがは神様。というか、それ、この世界に来た当初も使ったわね?」
「ええ。神が世界に降臨して現地民に溶け込むには、世界規模での情報操作が必須だから」
元々は女神テアニンとしてこの世界に松永久秀と共に降り立ったが、それでは不都合が多すぎるため、様々な措置が取られていた。
うっかり禁則事項に触れてしまうレベルの神の力を使わないよう、制限がかけられている体に意識を移したり、あるいは人々が違和感を感じないよう、記憶を弄ったりした。
“ヒーサの専属侍女テア”というのも、その弄った結果のこの世界における仮の姿に過ぎないのだが、記憶が弄られており、長くシガラ公爵家に仕えてきた女官と全員が誤認するようになっていた。
これが通用しないのは、“この世界の住人でない存在”だけだ。
転生してきた松永久秀や、上位存在が何かしらの理由で生み出した黒衣の司祭カシン=コジがそれに該当する。
「だから、記憶を弄って、『私が魔法陣を解析して、そこから開錠のための術式を発動した』という事に記憶を作り変えた。『私に反応して、いきなり開いた』という部分は消した上でね」
「便利というか、凶悪過ぎる術式ね。神が世界に干渉すると、何でもありになっちゃうわよ、それじゃあ」
「だから、神は下手に世界に干渉しないし、何かしらの事象変異を起こす際は、“英雄”を間に挟んでやらせるようにしてるのよ」
「んで、神々の試験会場は、その適性や実力を計るためにある、と」
「そういうこと」
ヒサコはなるほどと納得し、一つ目の質問の回答を得た。
やはり神は桁外れの力を備えているなと、改めて実感した。
「それはよしとして、なぜいきなり開いたのか、ってことはどうなのかしら?」
「推察になるけど、いいかしら?」
「聞きましょう」
今後の作戦に関わる重大な話であり、ヒサコも真剣に耳を傾けた。
「登録された者が開ける事が出来る、そうライタンが言ってたけど、それは間違いないわ。それで私が開けたから登録されてた、なんで? っていうのがみんなの反応。これは当然よね」
「“あちら側”って疑いがかかるのは当然の帰結だものね」
「でも、それは違う。おそらくは登録内容に、“カシンの魔力量を上回る存在”も入れていたって事だと思うのよ。カシンが全力で魔力を浴びせ、これを超える存在は開ける事が出来る、って具合に設定してね。つまり、“魔力の内容”ではなく、“魔力の量”を鍵にして開けた、ということ!」
テアの説明は納得のいくものであり、転生システムについてある程度理解している松永久秀にとっては、理解するのは造作もなかった。
だが、それと同時に危惧も生じていた。
「そうなると、これはかなり問題だわ。この世界でカシンを上回る術士なんて、捕まっているアスプリクを除けば、神であるあなただけ。つまり、カシンはここにあなたが来て、中に入ることを想定している! あいつとの戦いはまだ終わっていない!」
「そうなる……、わよね。あいつがどんな置き土産をしているかは分からないけど、私がいないと開けられない扉があるという事は、私に入って来てもらうように仕向けているってことだもの」
「よくよく考えてみれば、スアス渓谷でもそうだったわよね」
「ああ、そっか。そう言えば、なんか屍人が私に妙に群がっていたわ」
「そう考えると、あなたを捕まえて“何か”をさせたいんじゃないかしら?」
「何かって、何よ?」
「ん~、女神様をとっ捕まえて、やりたい事って言ったら……」
ヒサコは改めてテアの姿を舐め回すように観察し、その“何か”について思案を巡らせた。
そして、らしい結論に達した。
両の手を怪しく動かし、無意識にその豊満なる胸元へと近付けた。
「こら」
ペチッと、テアはヒサコの伸びてきた手を叩き落とした。
「いや~、だって、ねえ? こう、そそられるじゃん」
「やかましい! 決戦前なんだから、そういう事は頭の中から消し去りなさい!」
「だって、女神を捕まえてやりたい事なんて、“致す”以外にないでしょ?」
「女性体で言うべき台詞じゃないでしょ! 誤解されるわよ!?」
「もうライタンには誤解されてるけどね」
「余計な騒動を増やすな! まったく……!」
どこまでも自分に対してのおふざけに歯止めのかからぬ共犯者に、テアは疲労感を覚えた。
相方が頼りにならないと、テアはあれこれと頭の中で検討したが、それらしい回答を得られなかった。
自分を使って何がしたいのか、どうにも相手の思惑が見えてこない。何かしたいという事だけは分かっており、警戒感だけが増していった。
「まあ、悩んでも仕方がないわ。女神様、あなたはとにかく、あたしかティースの側にいて。いざという時に守れると思うから。いいわね?」
「了解。そろそろみんなも戻って来るし、そうさせてもらうわ」
二人だけの最後の軍議が終わり、続々と周辺を探索していた面々が戻ってきた。
特にこれと言ったものは発見できず、背後からの奇襲はまず大丈夫だろうと結論付けた。
一応、一部を入口に残し、それ以外は開いた洞窟に入り、階段を降りていった。
~ 第九話に続く ~
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