第四話 転生完了! まずは一発致し候!
目が覚めると、そこは寝台の上であった。なかなかに弾力の利いた寝心地で、思わずユサユサしたくなるようないい寝台であった。
寝台の上で横になっていたのは松永久秀であった。しかし、彼は死んだ。自らが築いた信貴山城、織田軍に攻められ、その炎の中で燃え尽きた。
そんな彼を拾う神があった。名をテアニンという。緑の髪と瞳が印象的な女神だ。
「ふむ。先程のことは夢幻ではなく、事実というわけか」
炎に焼かれながら肌には火傷の後が一切ない。それどころか、肉体が若返っている上に、頭髪は老いて禿げも見られた白髪から、整った金髪になっていた。
上体を起こし、体の各部を確認する。訳の分からぬ真っ白な空間にいる時は、完全なる全裸であったが、今は寝巻きに身を包んでいる。どうやら外は朝が到来したようで、山裾から太陽が顔をのぞかせていた。
久秀は寝台から起き上がり、自分の姿が映っている鏡を眺めた。
「ほう。これがこの世界でのワシの姿か」
その姿を久秀は気に入った。南蛮人風の金髪碧眼に白っぽい肌。顔立ちも整っている。何より若返っているので、体がすこぶる軽い。腕や足をブンブン振って確かめてみるが、やはり動きがいい。
「フッフッフッ、よいではないか。さて……」
どう行動すべきか考えていると、部屋に一人の女性が入ってきた。長い緑色の髪をした女性で、紺地の服にスカート、そして純白の前掛けに髪留め。侍女姿をした、先程の世界で色々と説明をしていた女神テアニンだ。
「無事にお目覚めみたいね」
「おお、女神か。気に入ったぞ。この体」
「そりゃよかった」
テアニンは久秀に歩み寄り、じろじろ見ながら体をぐるりと一周した。
「肉体と魂の同調も問題なさそうね。んじゃ、次は《性転換》が機能するか、試してみましょうか」
「どうすればよい?」
「狭間の世界でやったように、『女になれ』と念じればいけるはずよ」
テアニンに促されるままに、久秀は目を閉じて念じてみた。すると、すぐさま体に変化が生じた。金髪は一気に伸びて、腰に近い位置まで少し波打つ金髪が現れた。乳房が膨らんできて、服の上からでもしっかりとたわわに実っていることが見て取れた。もちろん、股座のイチモツも消え失せており、外見的には完全に女になっていた。
「おお。凄いな。女になったぞ、女に!」
とりあえず、久秀は大きくなった自分の乳房を揉んでみて、それが本物であることを確認した。
「だが待て。女神よ、確か、人前では変身できないのではなかったか?」
「ええ。“人”前ではね。私はあなたを連れてきた“神”だから、その条件には当てはまらないわよ」
「ああ、なるほど。そういうことか」
納得した久秀は、再び体のあちこちを動かし始めた。男性体と女性体でどの程度の違いがあるのかを見極めるためだ。
「背丈は少し縮む程度だが、やはり筋力は女の方が劣るな」
「頭の中身は一緒だけど、体付きは変わるしね。声帯も変わるから、声色も違ってくるわよ」
「なるほどな。女言葉やその所作も習得せねばならんし、“久子”を使うのであれば、いささか修練を要するようだな」
目の前の鏡には腕を組んで仁王立ちの女性の姿が浮かんでいるのだ。この格好をする女性はさすがにいないであろうから、これは修正の必要があるなと考えさせられた。
「女神、男に戻る場合も念じるだけか?」
「ええ、そうよ。『男になれ』と念じるだけでいいわ」
久秀は再び目を閉じて念じると、再び男の姿に戻った。伸びた髪は縮んでいき、体付きも男のそれに戻った。
「ふむ、使い出はおおよそ理解した。では、次だ。女神よ、ワシが置かれている状況を教えろ」
「はいはい。では、転生者、ステータス!」
テアニンが手を広げて久秀に向けると、空中に無数の画面が現れ、たくさんの数字や文字が現れた。久秀のキャラの基本情報だ。
「えっとね。現在地は異世界『カメリア』にあるカンバー王国ね。その三大諸侯の一角であるシガラ公爵ニンナ家の次男ヒーサ、それがあなたね」
「ふむ。では、ワシは国持大名の有力家臣の次男坊、それが肩書きか」
「まあ、そんなところね。予想通り、いいとこのお坊ちゃんになれてよかったじゃない」
貧農の倅なんかにならなくてよかったとテアニンはひとまず胸を撫で下ろしたが、久秀は何か納得していないのか、顎に手を当てて考え出した。
「まあ、色々と考え事もあるでしょうけど、まずはこの世界に慣れることから始めましょう。あ、あなたの名前はヒーサ=ディ=シガラ=ニンナだからね。自分の名前、それから爵位、最後に家名、こういう呼び方になるから」
「日ノ本の呼び方とは逆か。あっちでは最初が家名であったからな」
「それで、私はヒーサお坊ちゃま付きの侍女テアってことになっているから、呼ぶときはちゃんとそう呼んでね、ヒーサお坊ちゃま」
「心得た、テア」
互いの呼び名を確認し合ったところで、ヒーサは素早く動いた。テアの腕を掴んだかと思うとぐるりとひっくり返しつつ投げ飛ばした。テアは自分の身に何が起こったのか認識できずに視界が回った。
そのまま寝台の上に寝転がされ、いつの間にか前掛けを引っぺがされ、服のボタンも外されていた。ポヨンと柔らかいクッションの感触が背中に伝わり、それに合わせて自身の胸も揺れ動いた。
「え? ちょ、え?」
「騒ぐな、すぐ終わる」
テアに覆いかぶさるようにヒーサがのしかかり、転がされたテアの両手首を掴んで抑えつけた。
「ちょ、ちょっと、ヒサヒデ!」
「ここでの名前はヒーサのはずだが?」
「ああ、そうだったわ。ヒーサお坊ちゃま、これはどういうことでありましょうか?」
まるで三文芝居でも見させられている感覚であったが、久しぶりに“女体”を組み伏せて支配する楽しさを思い出し、ヒーサこと久秀はニヤリと笑った。
「なあに、お約束よ、お約束。女房もおらぬやもめ暮らしゆえ、遊女を呼んで楽しむこともあるが、今は女中が“御役目”を務めるのも一興だろうて。若様と家中の侍女の逢引なんぞ、珍しくもあるまい?」
「それを今ここでやる!?」
「体の動作確認も兼ねておる。“どこまでやれるのか”ちゃんと調べておかねばなるまい?」
などど供述しているが、ヒーサの瞳は間違いなく欲望にぎらついていた。よもや異世界に着いた矢先に、女神が転生者から組み伏せられて一発かまされることになるとは、完全に予想外の出来事であった。
「ちょっとちょっと、マジで待って! 私、こういうのダメだってば!」
「拒まれるくらいがむしろそそる。体付きも良いし、これは楽しめそうだ」
「ダメだってば!」
ジタバタもがくテアであったが、動く度に服が開けていき、徐々に柔肌があらわになっていった。
「この状況で何もできないとなると、テア、“神”としての力を失っているな?」
「そ、それは……」
テアは視線を逸らしたが、実際のところ当たっていた。神が降臨して奇跡を振りまくのは、“この世界”ではご法度なのだ。あくまで、転生者に任せることになっており、一緒に降りてきた神は手近に控えて観察し、多少の指示をするだけであった。
そのため、無意識に術を使わないように、この世界に降臨した神は術が封じられる。正確には、術式封印の細工が施された人形に乗り移って活動しているのだ。
使える術式は探知及び情報系の術式、緊急避難用の移送系術式くらいなものだ。
はっきり言うと、神がチート能力持ちの転生者に襲われるということを全く想定していないのであった。
「なれば好都合。欲望も満たせて、ワシはスッキリ。新しい体の動作確認もできてなおよし。そして、お前は女としての喜びを知る」
「知りたくないから、放しなさい! 本当に放しなさいって!」
「なに、痛いのや怖いのは一時の事。すぐに女の喜びを知り、極楽浄土へと送られる」
女神が転生直後に色んな意味で大ピンチを迎えるが、それに待ったがかかった。
部屋の扉が開かれ、侍女が一人、入ってきたのだ。
「ヒーサお坊ちゃま、おはようございます! 今日もいい朝で・・・すね」
入ってきた侍女は見てしまった。仕える家のお坊ちゃんが、同僚の侍女を寝台の上で組み伏せているところを。
しかも服はすでにかなりの部分まで剥がされていて、あと少しで胸があらわになるところまできていた。
「え、えええええええ!? ヒーサお坊ちゃまとテア先輩って、そういう関係なんですか!?」
ちなみに、テアは降臨した際に使える数少ない情報系の術式を用い、この家の侍女として何年も務めあげていることになっていた。
そのため、この家の人間は初顔合わせであったとしても、すでに顔見知り、同僚、あるいは雇い主ということに記憶は改竄されていた。
「ち、ちが、ちょ、え、違う……」
「そうだよ」
否定せずに即答。ヒーサの回答を聞き、入ってきた侍女は目を丸くして驚き、そして顔を赤くした。
見た感じではまだ十代前半といったところであるが、二人が“ナニ”をしようとしているのかは理解しているようで、それゆえの赤面であった。
「し、失礼しました。私、邪魔ですよね!」
「ちょ、ま、たすけ」
「そうだ、邪魔しているぞ。すまぬが、席を外してくれ」
ヒーサの言葉に確かに邪魔しては悪いと考え、侍女はあたふたしながら頭を下げた。
「では、ごゆっくり……、さ、されると困りますので、程々の時間で致してください! じきに朝食が出来上がりますので、食堂までお越しください! あ、これ、御着替えです! では!」
侍女は持っていた服を置き去りにして、慌ただしく扉を閉めて部屋から出ていった。
二人揃って扉を見つめ、しばしの沈黙の後、視線を合わせた。少しばかり気まずい雰囲気であったが、その程度で折れる乱世の梟雄ではなかった。
「では、時間も押しているようだし、早速一発致し……」
「致すかぁ!」
テアは体ごと捻って寝台から強引に転げ落ち、ヒーサもまたそれに引っ張られる格好で落とされた。そのまま転がる勢いでテアはヒーサを投げ飛ばした。
ヒーサは軽い身のこなしで上手く着地し、テアは息を荒げながら乱れた衣服を整えた。
「まったく……、油断も隙もあったもんじゃないわ。まさか、転生して一番にやることが、女神への襲撃だなんて!」
「違う違う。“動作確認”だと言ったであろうが」
「物は言い様ね!」
テアは服を着直し、剥ぎ取られたエプロンも結び直して、身形を整えた。
さすがに、お坊ちゃんの部屋に行った侍女が、服を乱して人前に出ようものなら“ナニ”があったと疑われても仕方がないからだ。
「無駄な努力ではあろうがな。先程の女子が言いふらせば、屋敷内に噂が拡散するであろうな」
「げ、外道め……。全く何がしたいのよ、あんたは!?」
「茶を飲んでのんびりしつつ、女遊びでもする」
「完全に御貴族様の放蕩息子じゃん、それじゃあ」
実際、目の前の青年は公爵の次男坊である。そのルートを突き進むことも可能だ。テアとしては、そうなると本来の“魔王探索”が疎かになるので、なんとか修正しなくてはならなかったが。
だが、ヒーサにはその気がないのか、テアを見ながらニヤニヤするだけであった。
(くそ、このままではろくな点が取れずに落第ものだわ。どうにかして、この好色外道ジジイを働かせないと)
とりあえず、自分の身が危険にならないよう、そこだけは注意しておく必要があった。奇襲に騙し討ち、この男なら何をやって来てもおかしくない。
「まあ、朝のお遊戯はこれくらいにして、食堂とやらに行くか。“標的”の顔合わせに」
ヒーサからまたしても不穏当な発言が飛び出したが、テアにはどうすることもできなかった。
基本、この世界での降臨中の神は観察者や助言者であり、自ら力を奮うことができないからだ。
そうこう考えを巡らせているうちに、ヒーサは寝巻きから普段着へと着替えていた。
「さて、では参ろうか、テア」
「は、はい、ヒーサお坊ちゃま」
「続きはまた後ほどな」
「お、御戯れを……」
「ワシはいつでも大真面目なのだがな」
こうして、波乱に満ちた梟雄と女神の異世界生活が始まりを告げるのであった。
この先何が待ち受けるのか、それは誰にも分からない。
というより、分かりたくもないし、嫌な予感しかしない女神であった。
~ 第五話に続く ~
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