第六話 影の湖! 漂う瘴気は侵入者を拒む!
『影の湖』
そこは《五星教》の総本山『星聖山』の山影にある湖であり、立ち入り事の出来ない禁域となっていた。
「うわ~、こりゃ酷い。聞きしに勝るわね、これは」
禁域に踏み込んだヒサコは、散々聞かされてきた“危険な場所”という言葉が、嘘でも誇張でもなく、むしろ控えめな表現であった事を認識した。
「ご覧の通り、湖から周辺の森に至るまで、非常の濃い瘴気を含んだ霧が、一日の大半を通して漂っておりまして、まともな動物は一匹もおりません」
説明をしているのはライタンであった。
なにしろ、この禁域に足を踏み入れた事のある数少ない人物であり、経験者による貴重な講義がなされていた。
「確かに、こんなところにいるのは、毒に耐性のあるやつか、闇の神よりの加護を受けた魔獣くらいでしょうね。普通の人なら、立ってるだけでもきついわ」
「はい。常人なら五分と持たずに正気を失うか、毒気で前後不覚になるでしょう。ここに踏み入る場合は、毒消し薬を常備して定期的に服用するか、あるいは治癒か浄化の術式が使える術士を帯同させておかねばなりません」
「探索の顔触れは精鋭を選んできて正解だったわね」
現在、『影の湖』のどこかにあると言われる〈六星派〉の秘密基地を捜索していた。
とは言え、ライタンより散々危険であると注意を促されていたため、ここの捜索は特に念入りに兵員を揃えた。
腕利きであることは当然ながら、十人前後の各小隊には必ず術士を配備するように手配しており、薬も持てるだけ持たせていた。
少し慎重過ぎやしないかと言う者もいたが、実際に現場を見てからは慎重なくらいで丁度いいことが誰の目からも明らかであった。
なお、ヒサコはスキル〈毒無効〉があるため、瘴気漂う湖畔の霧など、少しひんやりとした高原の涼風にしか感じていなかった。
「ライタン、あなたが前に来た時もこんな感じだった?」
「似たような感じではありましたが、幾分、漂う瘴気が濃いようにも感じます」
「魔王覚醒の儀式に関連しているのかしらね?」
「断定はできませんが、可能性は高いかと。儀式を邪魔させないために、術式を用いて、瘴気を濃くしているのかもしれません。闇の神に加護を受けし者は、この瘴気も効果がありませんので」
「そいつも効果なさそうよ~」
ツッコミを入れてきたのはティースだ。
指揮所ということで、ある程度見晴らしの利く湖畔に簡易の陣所を設け、そこを本営としていた。
本営には浄化の力を展開しており、中にいれば瘴気の影響を受けないで済んだ。
だが、ヒサコは周囲が気になるのか、陣所から出たり入ったりを繰り返しており、しかもそれでいながら平然とした顔をしていた。
毒気が全然効いていないのは明白であり、ライタンも困惑しているほどだ。
「こいつもさ、闇の神の眷属なんじゃない?」
「んなこと言い出したら、テアも平気じゃない。こちらも闇の神に属しているのかしらね?」
「違うからね! 全然違うから!」
思わぬ流れ弾に、テアは全力で否定した。
一応、力の大半を封じられているとはいえ、テアは仮にも神(見習い)である。
パッシブスキルとして〈毒無効〉くらい備えてはいるが、決して闇の神なのではなかった。
(というより、まだ役目の与えられていないわよ。でも、不安なのよね~)
なにしろ、この世界に来てからと言うもの、松永久秀を導く者として、全てを見てきたのだ。
その悪辣極まる外道な策謀の数々を、結果として指を咥えて見ていることとなり、これを上位存在が見たらどんな評価を食らうか知れたものではなかった。
(魔王を倒して、試験クリア! ってなっても、『外道なやり方で通したんだし、お前、今から邪神の列に加わってもらうから』なんて事になったらどうするのよ! 絶対イヤイヤ!)
などと無言で頭を抱えて苦悶の表情を浮かべては、身体をグリグリ捻じり回していた。
他人から見れば奇妙な踊りでも踊っているのかとしか思えず、陣所にいる顔触れは困惑するだけであった。
唯一、テアの苦悩を理解できるヒサコだけが、腹を抱えて笑っていた。
「ああ、もう! なんであんたはいつも笑ってんのよ!」
この状況下で笑っていられるヒサコに対して腹を立てたのは、森妖精のアスティコスだ。
ゲラゲラ笑っているヒサコは、今の状況では非常に苛立つ存在であり、いい加減、堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
そもそもアスティコスがここにいるのは、何はさておき、姪っ子のアスプリクを救出するためである。
〈六星派〉に誘拐され、魔王覚醒のための出汁にされそうになっているのだ。
それだけに気が気でなく、こうして陣所に待機を命じられているだけでも不本意であった。
「まあまあ、落ち着きなさいって」
「落ち着いていられるわけないでしょ! さっさとアスプリクを見つけて、こんな辛気臭いところから公爵領の我が家に帰るのよ!」
「それはいんだけどさ、“温存”しておく重要性は何度も説明したわよね?」
ヒサコの言葉に、アスティコスは閉口してそっぽを向いてしまった。
反論できないだけに、そうせざるを得ないのだ。
「もう一回言うけど、今回の最重要案件は“アスプリクの救出”であり、“儀式の妨害”よ」
「それは分かっているから!」
「んで、そうなると〈六星派〉との戦闘を想定しておかないといけない。黒衣の司祭カシン=コジは倒したと言っても、他の狂信者がまだ残っているでしょうしね。だから、そこまでは主力は温存。そして、主力の中にあなたも入っている。だから、動くなと言っているのよ」
現在、陣所にはヒサコが選びに選んだ最精鋭が留まっていた。
腕利きの中の腕利きであり、その数は三十名に達しようかという数だ。いずれも武芸やあるいは術士として優秀であり、決戦に臨む顔触れであった。
探索に回っている人員も優秀であるが、それよりもさらに選り抜かれた精鋭中の精鋭だ。
探索で疲弊し、その上で戦闘となると、しくじる危険性があった。
それを危惧したヒサコは、探索組と戦闘組を分け、何かあったらすぐに駆け付けれるようにと、本営に待機を命じていたのだ。
アスティコスも術士として優秀であるから、本営での待機を命ぜられていた。
さっさと探し出してアスプリクを連れて帰りたいのに、消耗するから陣所からは出るなと言われ、今に至っていた。
それがどうにもこうにも、じれったいのだ。
「最大の難敵を屠ったとは言え、油断は禁物よ。最悪、覚醒した魔王と鉢合わせなんてこともあるし、全力を出すためにも今は消耗を最小限にとどめておくべきよ」
「分かっているわよ!」
何度も何度も説明したが、頭と体がまるで別の生き物のように、アスティコスは落ち着きがなかった。
頭では分かっていても、身体の方は正直なのだ。
早くアスプリクを助けたいと、身体や血液の方が正直であった。
「まあ、場所さえ分かればすぐよ。あたしが蹴散らしてやるから、アスティコスは今日の夕食の献立でも考えながら待機していなさいな」
ティースは冗談半分にそう述べ、アスティコスを落ち着かせた。
とは言え、捜索範囲はかなり広い。湖やその湖畔、周辺の森林地帯など、調べねばならない場所は多岐にわたる。
じれったく思うのは、ティースも同様であった。
ただ、ティースとアスティコスを比較すると、アスプリクへの思い入れの強さの違うのだ。それが態度となって表に出ていた。
イライラを隠さないアスティコスに対して、割と平然としているティースの差はそこだ。
だが、さっさとこのような辛気臭い場所とはおさらばしたいというのは本音であり、早く見つけてくれと願うばかりであった。
~ 第七話に続く ~
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