第四話 当然の帰結! 裏切り者はまた裏切るものだ!
マークの裏事情は、クレミアの心を砕くの十分すぎる威力であった。
何もかもが欺瞞であり、優しく手を差し伸べて手厚く保護してくれたヒーサが、実は利益を独占するために仕組んだ策謀を巡らせていたのだと知ったからだ。
マークの言葉を信用するのであれば、ヒサコが仕組み、ヒーサがそれを事後承諾したとのことだが、そうだとはとても思えなかった。
権限にしろ、財力にしろ、公爵家当主であるヒーサがそれらを握っているのだ。
ヒサコだけの独断で不可避の状況まで持ち込めるとは思えず、絶対にヒーサも知った上で放置したと結論付けた。
だが、それまでであった。
今の自分にはもう何も残されていない。そうクレミアは思い知らされていた。
アーソ辺境伯家の長女として生を受け、王都に赴いた際に宰相であった第二王子のジェイクに見初められ、未来の王妃に定められた。
娘も生まれて、何もかもが上手くいっていた。
だが、今はその全てが失われた。
実家の領地は失われ、父も、兄も、夫も、全員がすでに他界していた。
残された者は娘ただ一人であり、あとは何もないのだ。
そんな哀れな母子に対して、マリュー・スーラ兄弟の視線は冷たかった。
つい半年前までは、宰相夫人として礼を尽くしていたのだが、今は“ただの女”でしかなかった。
この二人はシビアな世界で生きてきた分、“利用価値”がなくなった者への態度は、清々しいまでに露骨であった。
「しかし、マーク少年よ、この女の娘をマチャシュ陛下の許嫁のままでいくのは本当の事ですか?」
打ちひしがれるクレミアを見下ろしながら、マリューが尋ねてきた。
言い方や口調からして、クレミアへの敬意が一切なく、完全に見下している態度であった。
さすがに手のひら返し過ぎだろうとマークは思わないでもなかったが、兄弟の不遜な態度を流す事にした。
「公爵様からはそう伺っていますし、国母様もこの件では特に変更するつもりもないようで」
「意外と律儀ですな、御二方は。今少し良い縁談も用意できましょうに」
スーラとしても、すでに下剋上は達成され、何の価値もなくなったジェイクの血筋との婚儀に意義を見出せなくなっており、それゆえに価値なしと断じた。
これにはさすがに、コルネスが怒りを覚えた。
自分も不義理を働いた身ではあるが、ここまで旧恩を蔑ろにしたつもりもなかった。
立場が似ているだけに、こんなのと一緒くたにされるのだけは我慢ならなかった。
これは一言釘を刺しておくべきだと判断したが、マークがコルネスに手を向け、ひとまず自分に預からせろとその動きを制した。
「あぁ~、両大臣、よろしいでしょうか?」
「何かな?」
「実は、国母様より急ぎでお二人にお渡しせよと預かっていた物があるのです。それをお渡しするために、ここに呼んだわけでして」
「おお、そうかそうか。公爵閣下の凱旋をお出迎えせねばと思っていたが、急に呼び出されてなにかと思っていたら、そういうことか」
なお、この二人は貴族街にあって強奪した貴族の財産を物色し、自分達の取り分をせっせと回収していて、夢中になるあまり、ヒーサの出迎えを忘れていたりする。
マークが伝令を出していなければ、今も略奪に勤しんでいたことだろう。
「それで、国母様よりの預かり物とは?」
「それは、こちらです」
マークがおもむろに懐に手を入れ、ゴソゴソとまさぐっているので、何か重要な書類か手紙だと考えた。
だが、そうではなかった。
シュッと何かがスーラの首筋を通り抜けると、首筋から真っ赤な噴水が吹き出した。
首筋を通り抜けたのは、マークが懐にしまい込んでいた短剣であり、それがすり抜け様に頸動脈を捉えたのだ。
スーラは自分の身に何事が起ったのかと判断を下す前に、さらにもう一撃を受けた。
今度は肩口に短剣を刺し込まれ、あまりにマークの手際が良すぎたため、何がどうなっているのか誰も分からないほどであった。
気付いた時には致命傷。口から、首から、血がこぼれ落ち、グリグリ刺し込んだ短剣を押し付けるかのようにスーラを倒した。
「な、なんで……」
それが最後の言葉となり、スーラは己の体より流れ出た血だまりの中に沈んだ。
マークはスーラの死亡を確認すると、今度は血濡れの切っ先をマリューに向けた。
当然、こちらも抹殺対象だ。
「なななん、だと!? ど、どういう事だ!?」
「どうもこうもありませんよ。国母様よりお二人へ渡すように頼まれたもの、それは“あの世への通行手形”なのですから」
「ひ、ひぃぃぃい!」
手違いなどではなく、完全に殺しに来ているのが分かり、マリューは腰を抜かして尻もちを突いた。
部屋の中にいた他の顔触れも状況を理解できないでいたが、あまりに不意討ち的な血生臭い状況に、コルネスの妻が気を失ってしまった。
それを見たコルネスは慌てて妻に駆け寄り、抱え起こして目を覚ますようにと呼びかけた。
そんな夫婦の事などすでに目に映らず、マリューは必死でマークから逃げようと後ずさりをするが、そこは壁であった。
マークは両手にしっかりと短剣を握り、壁際に勝手に追い詰められたマリューの前に立った。
それは先程二人がクレミアに対して向けた視線と同じ、実に冷ややかな視線であった。
まるで無価値なガラクタでも見ているような態度であり、返り血で真っ赤になったマークの不気味さをさらに醸していた。
「無価値になったと思ったからこそ、お前らは御夫人に冷ややかな態度を取った。だが、まさか国母様にとって、お前達も無価値になったと考えなかったのか?」
「そ、そんな、そんな! ややや、約束した報酬は!?」
「ああ、それについても伺っております。国母様が言うには、『口約束など信じる方がどうかしている』だそうです。誓紙もないですからね。人質なり、担保なりを差し出して、より従順な姿勢を示さなかったお前らの失策だ、愚か者」
兄弟は色々と役に立ってくれたが、今の段階ではもう用済みになっていた。
何しろ、“誠意”のやり取りで裏の事情をいくつも把握しており、しかも口が軽いのだ。
それに重しを付けておく相応の金銭も、馬鹿にならない額であった。
そうなると、行きつく答えはただ一つ。後々の騒動の火種になりかねないので、口封じをしておくのは当然であった。
(ただ、汚れ仕事を俺に回すのはどうなんだろうな~)
いくら“下拵え”はできていると言っても、十二歳の少年に任せる仕事ではなかった。
だが、それも今では吹き飛んでいた。
兄弟の醜悪な態度を見せられ、さっさと処分しなくてはという感情が生まれたためだ。
この二人を生かしておくと、我が物顔で王宮を練り歩き、主人の目に汚物が止まりかねないからだ。
「と言うわけで、さっさと死んでください。なにしろ、本来、俺は重症人なのですから」
相手の反応を待たず、マークは逆手に持った両手の短剣を、それぞれマリューの肩口に振り下ろした。
狙い違わず深々と刺さり、グリグリと抉る度に血が滴った。
マリューは恐怖と苦悶の表情でマークを見つめ、弟と同じく血だまりに沈んだ。
「こ、ここまで登り詰めたのに、こんな……」
何度か口をパクパクさせ、そして、ついに動かなくなった。
確実に死んだことを確認すると、マークはスッと立ち上がり、動かぬ躯を見下ろした。
なんの高揚感もない、くだらない仕事が終わったという空虚な達成感だけが残った。
「登り詰める事が出来たのは、宰相閣下のご高配あってものだろう? それを裏切った。一度裏切った人間は、またそのうち裏切る。お前らは死んで当然だ。あの世で宰相閣下に侘び続けろ、クズ共」
珍しく苛立ちや不快感を口にしたマークであったが、それはコルネスの心臓を抉るに等しい一撃となった。
裏切った者はまた裏切る。それは自分にも当てはまるからだ。
無論、今死んだ兄弟とは違い、軽薄な金銭欲などではなく、悩みに悩み抜いた末に自分と家族を守るために勝つ方に寝返ったのだ。
裏切られた側にとってはたまったものではないだろうが、誰しも自分が可愛いものである。
自己保存を優先した結果だが、ジェイクの恩義を放り投げ、シガラ公爵家に擦り寄ったのは取り繕い様がなかった。
やはり今の自分も危ういと感じ、自然と腰の剣に手が伸びていた。
だが、ここで思わぬ失態を演じてしまった事に気付いた。
気絶した妻に気を取られ、息子の事にまで気が回っていなかった。
そして、ようやく歩けるようになったばかりの息子は、当然ながら今の状況を理解できようはずもなく、しかもマークのすぐ側に立っている有様だ。
そして、マークとコルネスは一瞬だが視線が合い、次いでマークの目は幼子を捉えていた。
(あ~、もう、完全に悪役だよ、今日の俺は)
返り血に染まり、手も足も体も顔も真っ赤になったマークは、幼子の方へと一歩進み出た。
~ 第五話に続く ~
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