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第二話  約束の報酬! 自己保身を優先させた結果です!

 喧噪や歓喜に満ち溢れる王都にあって、いささか異常な雰囲気を漂わせている場所があった。

 貴族や富豪の屋敷が集まる高級住宅街だ。

 王都はきっちりと区画整備がなされ、それぞれの地区ごとにかなり特色があると言ってもいい。

 商店が立ち並ぶ商業区、鍛冶場や資材置き場が並ぶ工業区などと言った具合だ。

 当然、住人も住み分けが成されており、庶民であってもその裕福の度合い、あるいは同業者等によって住む地区が違っていた。

 貴族であってもそうであり、おおよそ似たような家格や財力を持つ家門が近所に屋敷を構える事が多い。

 といっても、貴族の大半は領地が地方にあり、年に一度の星聖祭や何かしらの用事で王都に滞在するための上屋敷を用意していると言った感じで、主人不在が一年の大半を占めている。

 しかし、いくら使用頻度が少ないとは言え、上屋敷は他の貴族にも見られるものであるから、みすぼらしい門構えや設えなど、以ての外であった。

 むしろ、領地の屋敷よりも立派に造り、威勢を誇示する貴族までいるほどだ。

 そんな貴族や富豪の住まう地区は今、不安と期待が入り混じる空間になっていた。

 理由は簡単。反乱軍に参加したか否かの貴族が、互いに顔を合わせている状態であるからだ。

 今回の内乱は国を真っ二つにする内乱であり、シガラ公爵家側に付くか、旧王家の側に付くかで揉めに揉めた。

 シガラ公爵家側に付いた貴族、旧王家側に付いた貴族、中立を維持した貴族、立場は様々だ。

 そして、結果は出た。

 シガラ公爵家側に軍配が上がり、その証として、ヒーサが幼王マチャシュを連れて凱旋したのだ。

 そうなると、旧王家に与した家門は、現王家に弓引いた不届き者であり、処罰の対象となる。

 各家の当主はスアス渓谷の戦いでことごとくが討ち死にし、もはや抵抗する力はない。

 ゆえに、シガラ公爵家に付いた人々にとっては、刈り入れ時がやってきたと言うわけだ。

 現に勝った側の兵士が負けた側の上屋敷に踏み込み、早速接収できそうな物品の物色を始めていた。

 抵抗を試みようにもろくな兵がおらず、しかも自家の主君が討ち死にしている家が大半であった。

 荒らされるままに荒らされ、中には女中に狼藉を働く荒々しい連中もおり、王都とは思えぬほどに醜悪な状況を作り出していた。

 これを指揮していたのは、執政官であるマリュー・スーラ兄弟だ。

 この兄弟は実に狡猾かつ慎重であり、強かであった。

 表向きは中立を装い、もし旧王家側が勝ってもどうにかできる言い訳の余地を残しつつ、趨勢が決するといち早く反乱軍側の上屋敷を押さえ、ヒサコとの約束である報酬の確保に走った。

 今も傭兵を使って敵対した貴族の屋敷を漁っている有様だ。


(やれやれ、度し難いな。生き残るの必至であったとは言え、こうも露骨な態度を見せるのか)


 悲鳴が響く貴族街の中を進む一団がおり、その醜悪な有様を横目に見つつも素通りしていった。

 どこの誰だと乱取りに走っていた兵士らであったが、旗印を見るなり平伏する者が続出した。

 それはシガラ公爵家の旗印で、今回の戦の勝利の立役者であり、“次”の支配者に与する一団だとすぐに分かったからだ。

 その一団を率いているのは将軍のコルネスで、さらにマークもその中に含まれていた。

 先程の狼藉者を睨んでいたのはマークであり、コルネスは多少のため息を吐いた後は、見て見ぬふりをしていた。

 戦の後には略奪など付き物であるし、いちいち構っていてはきりがないからだ。

 それに、目の前の兵士の指揮権は自分にはないし、知った事ではないという態度も出していた。

 なにより、今回の戦における自分の報酬を受け取る方が先だと、そちらに気が向いていたのだ。

 そして、一団が到着したのはシガラ公爵家の上屋敷であった。

 先頃まで戦時下とあって、まだ物々しい警備体制にあったが、事前に先触れを出していたので、門前には屋敷の管理者であるゼクトがすでに待機していた。


「コルネス将軍、お待ちしておりました」


 ゼクトは丁寧にお辞儀をしてコルネスを出迎え、屋敷の中に入るように促した。

 “裏事情”もすでに知っているようで、あれこれ話す手間が省けたと考え、馬を降りてマークと共に屋敷の中へと入っていった。



                    ***



 ゼクトに案内され、屋敷の一室に通されたが、そこは特に厳重に警備されていた。

 扉の前には歩哨が二名立っており、ここへ来るまでの廊下にも巡回の兵士がいたほどだ。

 だが、コルネスは知っていた。警備が厳重なのは外からの侵入を防ぐためではなく、中からの脱出を防ぐためである、と。

 その警戒厳重な部屋の扉が開かれ、中に入ると、そこには二人の女性と二人の子供がいた。


「あなた!」


 女性の一人が部屋に入ってきたコルネスに駆け寄り、人目を気にすることなくしっかりと抱き付いてきた。

 余程心細かったのか、今までに溜まっていた感情が吹き出し、ガタガタと震えているのがコルネスには良く伝わっていた。

 コルネスも女性をしっかりと抱き締め、同時に後頭部を優しく撫でた。

 そんな二人によたよたと少しふらつきながら、小さな男児が歩み寄ってきた。


「ちちうえ~」


「おお、お前も無事だったな。よしよし、いい子だ」


 コルネスは男児の頭を撫で、そして、両脇に手を回し、小さな体を勢いよく持ちあげた。

 久しぶりに顔を見た“父親”に安堵してか、男児もまた満面の笑みを浮かべていた。

 この二人はコルネスの妻子であり、王都動乱の際には暴徒に殺されたと偽装され、その身をシガラ公爵家の上屋敷に移されていたのだ。

 裏切りの報酬、それは“家族の安全”であり、“その後の栄達”であった。

 まずはその片方を回収できたと、コルネスはひとまず安堵した。

 亡き宰相ジェイクの旧恩に報いるためにヒサコと袂を別つも、その手回しのよい動きや底知れぬ知略に恐れを成し、再度ヒサコと通じる事としたのが、今回の反乱におけるコルネスの動きであった。

 裏切って、裏切って、そして、今に至るのだ。

 決して褒められる動きではないが、自分と家族を守るために動き、こうなってしまったのだ。

 少なくとも、現段階ではその動きは正しかったと考えていた。

 自分と家族が生きて再会できたのがその証左だ。


(だが、完全に信用されているとは思えんな)


 チラリと視線を家族から話すと、そこにはマークが立っていた。


「負傷が思いの外に深く、上屋敷で待機を命じておいた」


 ヒーサからこう告げられていたが、明らかに“お目付け役”だとコルネスは考えていた。

 普段は公爵夫人ティースに侍る少年従者だが、その正体は工作員にして暗殺者である。

 妙な動きをすれば即座に消すぞ、と無言の圧力をかけられているに等しかった。


(言動には気を付けねばならん。裏切り者への対応など、喉元過ぎればなんとやらだ)


 大戦が終わった以上、軍人の価値は大きく減ってしまう事は目に見えていた。

 なにしろ、あれほど公爵家のために働いていたサームですら、勝つためとはいえ犠牲にしたのだ。

 外様の武官など、適当な理由を付けて潰される危険は大いにあった。


(だが、こればかりはなるようにしかならん。何より“けじめ”は付けなくてはな)


 家族の安否は確認できたし、シガラの上屋敷に訪問した理由の半分は終わったと言ってもよい。

 だが、残り半分がまだであった。

 むしろ、こちらの方がより重要かもしれないとコルネスは考え、家族を一旦隅に追いやり、もう一人の女性の前に進み出た。

 立膝を突き、恭しく頭下げる相手は、ジェイクの妻であるクレミアだ。

 こちらも娘共々屋敷を焼き討ちにされ、焼死したように見せかけられ、上屋敷へと幽閉されていたのだ。


「クレミア夫人、ご機嫌麗しゅう」


 コルネスの口にしたセリフはごくごくありふれた社交辞令ではあるが、欺瞞もいいところである。

 どの面下げてこの場にいられるのかと問われれば、何も言い返せないほどに厚顔無恥であった。

 クレミアは一度抱えている娘をしっかりと抱き締めた後、娘をソファーの上に置き、コルネスの前に立った。

 当然ながら憤激しているようで、その手には握り拳が作られていた。


「コルネス、委細はゼクト殿より伺いました。ですが、あなたの口からしっかりと確認を取っておきたいのです」


「はい、いかなる事でありましょうか?」


 いかなる質問が飛び出すかは、コルネスの予想するところであり、その後の反応も分かり切っていた。

 だが、受けねばならない事であり、下げていた頭をクレミアに向けた。

 コルネスの見たクレミアは怒りで顔を真っ赤にしており、同時にこれ以上に無い程の悲哀を抱え、それが目からこぼれ落ちようとしている事も分かった。


「……父上は、亡くなったのですね?」


「はい。ヒサコ様の仕掛けた罠にはまり、文字通り木っ端微塵になりました。ご遺体の回収も不可能なほどにバラバラです」


 “元”アーソ辺境伯カインは死んだ。

 ヒサコの仕掛けた爆弾を起動させてしまい、馬車に満載した火薬が大爆発を起こして、それに巻き込まれたためだ。

 そのため、カインを殺したのは厳密に言えばヒサコなのだが、その状況を作り出したのは間違いなく自分の裏切り行為にあると、コルネスは考えていた。

 後ろ暗いところは山ほどあるが、自己保身を優先させた結果であり、その点では後悔はしていない。

 だが、ジェイクへの恩義はあるため、クレミアに対しては誠実な対応をせねばならなかった。

 その結果、相手を激怒させたとしても、だ。


「よくも、この、恥知らずが!」


 クレミアは跪いているコルネスを殴った。それも平手打ちではなく、握り拳でだ。

 さすがに武門の出身とあって、それなりに鍛えており、女手にしてはなかなかの威力であった。

 バシィンという音が響き、コルネスの口からは血が滴り落ちた。

 本来なら近侍であるコルネスの妻が宥めるところであるが、クレミアの剣幕に圧され、ただただ怯えるだけであった。



             ~ 第三話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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