第七十話 阻止せよ! 魔王は絶対覚醒させない!
「まあ、それにしても一番の驚きは“上様”が横槍を入れてきた事よね」
ヒサコの視線の先には、ティースが腰に差している『鬼丸国綱』があった。
天下五剣に数えられる名刀であるが、黒衣の司祭カシン=コジが足利義輝の魂を召喚した際、これもまた一緒について来てしまったのだ。
皇帝ヨシテルの佩刀として呪物化し、その威力をまざまざと見せつけてきたが、今では『不捨礼子』の闇を吸い取る力によって浄化され、本来の妖怪悪鬼を切り裂く刀へと戻っていた。
「てなわけで、お姉様、その刀、ちょうだい♪」
「嫌に決まってんでしょ! あんたにだけは絶対に渡さないわよ!」
やはり業物の刀は素晴らしいと涎を垂らすヒサコに対して、ティースは当然拒否をした。
これは皇帝ヨシテルを討ち取った証の戦利品である。しかも、ヨシテル直々にティースに譲ると告げた逸品だ。
これを他人に、しかも松永久秀に差し出すとなると、名刀を託した当人が憤激するのは目に見えていた。
そういう意味においても、梟雄の手垢がつくような真似は断固拒否しなくてはならず、怪しく伸びてくるヒサコの手をティースは叩き落とした。
「と言うか、皇帝の魂がこの剣に宿っているのは間違いなさそうだけど、多分使い勝手は最悪よ?」
「あら、そうなの?」
「何かしらの魔力が付与されているのか切れ味は抜群で、剣としては最上。だけど、身体への負荷が大きすぎる。さっきも頭の中に流れ込んできた皇帝の“必殺技”の使い方だけど、使った際に体を“乗っ取られた”感覚だったわ。カシンの言葉じゃないけど、肉体と魂には相性があると思うのよ。それを無視して、一瞬とは言え無理やり別の魂と連結させたから、まだあちこちに痛みを感じる」
ティースは平然としてはいるが、その実全身に相当な痛みが走っていた。
筋肉痛と嘔吐感が同時に居座っているような感覚であり、ティースの鍛え抜かれた体と精神力がなければ、マークの横で倒れていてもおかしくないほどであった。
「普通の武器として使うのはいいけど、“必殺技”は激痛を伴う。多分、一度の戦闘でニ、三回使うのが限界だと思うわ。皇帝がこれを連発していたのは、本当に驚愕ものよ」
「自分の技だから魂の負荷がないとはいえ、上様も本当に自分を削って戦っていたのね。だからこその“呪い”であり、それを強いたカシンに対しても、色々と思うところはあったってところか」
とは言え、その皇帝と司祭の仲違えこそ、今回の勝利に繋がっており、その点ではヒサコは素直にヨシテルに対して感謝の意を示した。
仇敵に助けられるのはなんともこそばゆい感じがしてならないが、それでも勝利は勝利である。
一番の難敵を退け、あとは魔王覚醒前にアスプリクを救出できれば、また“遊べる時間”を作ることができるのだ。
なにしろ、ここの世界は魔王と英雄が戦う神々の遊戯盤であり、どちらかが倒れるまではリセットされない“設定”なのだ。
魔王覚醒を長引かせ、思う存分遊び倒すつもりでいる松永久秀にとっては、今の状況はかなり好ましい状況になりつつあった。
(そうそう。お茶摘みもそろそろ始まっているし、領地に戻ったら念願の“茶会”を開けるわね。うん、楽しみ楽しみ~♪)
色々と苦労を重ねて、ようやく手にした茶葉や茶道具である。
これを飲みつくして堪能せねば、今までの苦労が水の泡である。
前世から数えて早数年、まともな茶会を開くことができず、悶々と過ごしてきた松永久秀にとって、気の知れた顔触れと茶を楽しむのは、これ以上に無い念願成就だ。
自分が茶を点れ、ティースを始めとする面々に茶の湯の指南をする。
そして、名物や美術品を眺め、歌を詠み、美物を平らげる。
茶人として、数奇者として、これ以上に無い喜びだ。
戦国乱世を抜けた先は、“楽”に溢れる平穏な世界。これこそ梟雄の求めた世界であった。
それがもう間もなく手に入るとなると、今までに感じた事のない高揚感を覚えた。
「う、うう、痛たたた」
「あ、起きた、マーク。ごめんね、本当に色々と」
ようやく意識を取り戻したマークに、ティースは本当に申し訳ないのか、渋い顔をしながらその頭を撫でた。
自分にとって唯一無二の家臣であり、家族であり、ナルに託された唯一の忘れ形見だ。
それを自分自身の手で傷つけた事に、怒りと後悔がその表情を作らせていた。
「いえ、こちらこそ不甲斐ないばかりに、黒衣の司祭に体を乗っ取られてしまって」
「そうよね。もっと鍛練を積まないと、守れるものも守れないわよ。主人が死んだらどうするのよ」
「ヒサコは黙ってて!」
無神経なツッコミに苛立ちを覚えるティースであったが、マークにとっては心臓を抉られる思いであった。
義姉にティースの事を託されながら、危うく自分自身でそれを殺してしまうところであったのだ。
いくら体を乗っ取られたとは言え、これほどの無様はない。その思いが強いからこそ、ヒサコの言葉が強く突き刺さったのだ。
「この不手際は必ず挽回します! だから……」
「それはダメ。あんたは今回お留守番。アスプリクの捜索に加わらなくていいから、王都の上屋敷で養生してなさい」
ズバッと言い切るヒサコに、マークは思い切り睨み付けた。
「いよいよ魔王との決戦なんですよ!? それを指を咥えて見ていろと!?」
「魔王は覚醒させない。だから、決戦なんてない。その大前提を忘れないでほしいわ」
「万が一のことを言っているんです! 覚醒させないのに越したことは無いですが、もしカシンの言う“第三候補”が覚醒して暴れ出したら、少しでも戦力が必要です!」
「その判断は正しい。だからこそ、そうなった場合に備えて、ひとまずは回復に専念しなさいってことよ。これから捜索隊が向かうのは瘴気漂う禁域よ。毒気にやられて、回復どころじゃないわ。温かい寝台で横になって、癒し手に面倒を見てもらっておきなさい」
ヒサコのいう事も正論であり、万全とは言い難い自分がどうこうしても、役に立てるかどうかという不安がマークにはあった。
だが、主人の影差す所に従者は侍れ、というナルの言葉もあるので、ティースの離れて行動する事には抵抗があった。
まして、自分の落ち度で負傷し、その療養で離れろというのは屈辱としか感じなかった。
そんなマークに対して、ティースはもう一度その頭を撫でた。
「マーク、今は回復に専念なさい。働き場が出来たら、その時は存分に働いてもらうけど、今はその時ではない。これは君命です。休め、以上」
ティースにしては珍しく、マークに対して有無を言わさぬ強い口調で言い放った。
無論、これは掛け替えのない従者への労りであり、それが分かるからこそ、マークも素直に受け入れざるを得なかった。
これから探索に赴くのは危険な禁域であり、こういう時にこそ側に侍って主人に危険が及ばぬように身を挺して守らねばならないのだが、その主人より止められたとあっては止むを得なかった。
そこへヒーサがやって来て、手のひらに収まるくらいの袋をマークにヒョイッと投げ付けた。
「マークよ、ティースの言う事を聞いて、今は大人しくしておけ。ほれ、薬だ」
「必要ありません。癒しの術式であれば、俺も使えます」
「魔力は温存しておけと言う事だ。体力が戻っても、魔力が減っていては、いざという時に役に立たんかもしれん。それに、私の薬は評判なのだぞ」
実際、ヒーサはスキル〈本草学を極めし者〉を有しているので、この世界では屈指の腕前の医者にして薬師であった。
その腕前は本物であり、マークもそれは認めるところであった。
「なにより、お前には“遊撃”の位置にいてもらう必要もあるからだ。分かるな?」
「……万一、魔王が覚醒し、湖の探索に出かけた組を閉じ込める結界などに捕まった際、外側に相応の術士を配備していた方がいい、ということですか?」
「うむ、その通りだ。ここにいる顔触れで、湖に赴かないのは私とお前だ。私は王都の安定化のために、その身を王都に置いておかねばならないのでな」
ヒーサの理論は至極当然であり、結局は誰かが留守居をせねばならなかった。
軍を率いているヒーサと、まだ完治してないマークがそれを務めるというわけだ。
「あ、それと、テア、いい加減、“陛下”は返してもらうぞ」
「えぇ~」
「え、じゃない。お前も湖の探索組に加わるのだし、そんな場所に赤ん坊を連れていけはしないだろうが」
これもまた至極当然であった。
向かう先である『影の湖』は瘴気漂う危険な領域であり、赤ん坊が踏み入れようものなら重篤な病を得て、すぐにでも死んでしまいかねないのだ。
なにより、この赤ん坊が王様であり、王様は玉座のある王都にいるのが自然であった。
渋るテアから半ば無理矢理マチャシュを引き剥がし、ヒーサはそれを抱き上げた。
途端に目を覚まして大泣きを始めてしまった。
「あれ? もしかして、嫌われてる?」
必死であやそうとするヒーサを見ながら、幾人かがさもありなんと頷く有様だ。
特に複雑なのはティースであった。
ティースはヒーサより、絶対にマチャシュに触れないようにと厳命されていた。
親子の情が出てしまい、思わぬボロが出かねないからだとのことだ。
それはそうなのだが、それでも手の届くところに我が子がいながら、母と名乗ることも、泣き喚く赤ん坊をあやすこともできないのは苦痛であった。
だが、そんな伴侶の事など意にも介さず、ヒーサは話を進めた。
「では、最終確認だ。まず一部の部隊はここに留まり、屍人の掃討を行う。そして、私とコルネスの部隊は王都に入り、現地を鎮撫する。ヒサコ、テア、ティース、アスティコス、ライタンは探索隊を率いて、アスプリクを救い出してくれ。マークは負傷療養で王都で待機だ。これでいいな?」
ヒーサが確認を取ると、皆が無言で頷いて了承した。
マークは渋ったものの、ティースに促され、指示に従うことになった。
こうして反乱は鎮圧し、黒衣の司祭カシンも討ち取ることに成功した一同は、それぞれの役目に従い、動き始めた。
後はアスプリクを救出し、魔王覚醒の儀式さえ妨害すれば全てが丸く収まる。
そうなるはずなのだが、暗雲はまだ晴れてはおらず、状況は予断を許さなかった。
果たして魔王覚醒までにアスプリクを救出できるのか、それは誰にも分からない。
ただ一人、“この場にいる”魔王の第三候補を除いて。
〜 第十二部・完 最終部に続く 〜
これにて第十二部が完結でございます。
前の第十一部もそうでしたけど、やはり二つくらいに分割しても良かったかなと思っています。
さて、次回はいよいよ最終部です。
ここまで応援してくださったからこそ、ここまで書き続ける事が出来ました。
読者の皆様には感謝の言葉もございません。
毎日ひたすら更新を続け、気が付けば累計話数が500話目前。
総字数も200万を超えています。
さあ、いよいよ長く続いた物語もクライマックスです。
もう少しの間だけ、お付き合いいただければ幸いです。
どうぞ最後までよろしくお願いいたします。
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