第六十九話 涜神の梟雄! 神は祈りを捧げる存在ではない!
マークの治療はひとまず終わった。
外傷は塞がれ、ほぼ傷跡が見えなくなるほどに回復した。
折れていた骨も繋がり、あらぬ方向に曲がっていた箇所も、見た目では完全復活だ。
「とはいえ、体力魔力共に消耗しきっていますから、無理は禁物です」
治癒の術式を施したライタンはそう説明し、主人であるティースはひとまず安堵した。
なにしろ、黒衣の司祭に体を乗っ取られたマークを助けるため、自分自身で従者を峰打ちとは言え、何度も打ち据えたのである。
これで治らなかったり、あるいは殺してしまうようなことがあれば、マークの義姉ナルに合わせる顔がないのだ。
「まあ、ヒサコの言葉は不本意ではあるけど、アスプリクの捜索からは外しましょう」
マークの探知能力はこういう場面でこそ役に立つが、かと言って無理をさせるわけにもいかなかった。
なにしろ、これから赴く『影の湖』は、闇の神が座していたという禁域であり、今なお瘴気が漂う厄介な場所だ。
そんな場所に重症人を連れて行くなど、出来るわけがなかった。
「んじゃ、邪魔者はいなくなったんだし、さっさと行きましょう!」
「まあ、待ちなさい、アスティコス。今、部隊の再編中よ。禁域の捜索には術士がどうこうするのは、前にも話したでしょ? 瘴気漂う湖畔や周辺の森林部の捜索は、治癒や浄化の術式を使える術士がいないと厳しいわ。今回の戦でそれなりの被害は出ているし、送り込める術士と、それに合わせた捜索隊の数を現在計算中だから」
せっつくアスティコスを宥めつつ、ヒサコはすでに色々と手を回していた。
コルネスに部隊の再編を任せ、大きく三つの部隊を編成する事とした。
一つは、スアス渓谷の後始末をする部隊だ。
谷の入口は封鎖されたとは言え、中にはまだゾンビの大軍が居座っている。
これをちゃんと処理しておかないと、うっかりどこからか漏れ出して、周辺地域に被害が出るかもしれないのだ。
戦場の後始末が終わってこその、ちゃんとした“終戦”である。
次の部隊は王都の再制圧部隊だ。
現在、王都ウージェは無主の状態にある。国王は不在であり、その代役を務めれる“摂政”はここにいるのだ。
一応、執政官のマリュー・スーラ兄弟が代理という形で統治しているが、あくまで代理である。
ちゃんとした統治者が現れるのを待っている状態だ。
そうなると、内戦が終結したことを知らしめるためにも、勝者であるシガラ公爵軍が王都に入城し、これを掌握する必要があった。
そして、三つ目の部隊が、『影の湖』への派遣部隊だ。
この禁域のどこかに《六星派》の拠点が存在し、そこにアスプリクが魔王覚醒の儀式のために捕らわれていると考えられていた。
瘴気漂う禁域の捜索であるため、難航は最初から予想されていることであり、内戦終結が確定した以上、選り抜きの精鋭部隊を送るつもりでいた。
「……という感じで、今は準備の真っ最中なの。身一つで動き回れるあなたと違うんだから、もう少し我慢なさい。単独で飛び出して、返り討ちい合うのだけは避けて欲しいわ」
「でも、一番の難敵はすでに倒したわよ?」
「カシンを倒したと言っても、まだそれなりに術士はいるはずよ。相手の地の利が働く場所で、何の準備もなしに突っ込むのは得策ではないわ」
「……分かったわよ。とにかく急いでよね!」
アスティコスとしては今すぐにでもアスプリクの捜索にすっ飛んでいきたいが、ヒサコの言う通り、危険が大きいのも事実である。
万一にも自分が不覚を取った場合、誰が姪っ子の面倒を見るというのか。そう考えると慎重にならざるを得なかった。
(まあ、ヒーサが面倒見るって事になるんでしょうけど、それは絶対イヤ)
アスティコスはヒーサ・ヒサコが同一人物であることを知っているし、その中身はこの世で一番の性悪であることも認識していた。
そんな外道に姪っ子を任せるなど、絶対にあってはならない事であるし、自分が監視していなくてはいつ毒牙を剥くか知れたものではなかった。
(アスプリクの平穏な未来のためにも、私が倒れるわけにはいかない!)
逸る気持ちはあるが、だからと言ってヒーサ・ヒサコの成すがままでいるつもりもないアスティコスであった。
「ん~、そう言えばさ、ライタン、さっきの術式、あれはなんなの? 打ち合わせもなしに咄嗟の事だったから、さすがにビビったわよ」
ヒサコとしても、これはずっと気になっていた。
いきなり“音”を奪われ、何もかもが聞こえなくなったのだ。
どれほど力いっぱい叫ぼうとも、自分にすら聞こえない完全なる静寂の世界は、恐ろしくもあり、興味の惹かれる現象でもあった。
「あれは私の切り札、〈閉鎖空間〉です」
「随分と御大層な術式ね」
「我々術士は基本的に、“言葉”による対話によって神と意思の疎通を図ります。詠唱は神のへ祝詞であり、その奇跡の力を借り受けるための許可申請のようなものです。信仰の強さ、そして、術者の魔力によって、神の御業が形となって世界に体現する。それがこの世界における術の基本様式です」
「ああ、なるほど。つまり、“風”によって運ばれていた言葉を、風の流れを完全に断ち切ることにより、神様へのお願いを一切できなくするってことね」
「そうです。〈防音壁〉をより大規模かつ完全無音の状態にしたものです。敵味方問わず、口頭での伝達や術の使用ができなくなりますので、余程の事がないと使いませんが」
「でも、今回は黒衣の司祭を仕留める切り札になったわ。術が使えなくなった術士なんて、剣士にとっては獲物以外の何ものでもないもの。見事な機転、さすがは“元”法王聖下!」
「嫌味にも程がありますぞ」
法王を僭称していたのも今は昔。ライタンとしてはさっさと忘れてしまいたい過去であった。
「それにしても、私が驚いたのは、神への祈りが届かない状態で、国母様が“炎”を使われた事です。あれはどうやって使ったのですか?」
「んなの決まっているじゃない。あたしにとって神とは、“祈りを捧げる存在”なんかじゃなくて、“その力を利用する存在”でしかないからよ」
「おい、こら」
その“神様”から怒りの託宣が下りてきた。
もちろん地母神(?)のテアである。
先程まで赤ん坊を抱えて逃げ回っており、騒ぎが落ち着いたのを見てようやく合流できたのだが、耳に入ってきたのが英雄による涜神発言ときた。
これは神として見逃す事が出来なかった。
「あのさぁ、少しは神への信心を持ったらどうなのよ!? 祈れば応えてくれるものよ」
「御手々合わせてお祈りしてたら、手が塞がっちゃうじゃない。そんな事をしている暇があったら、欲しいものを片っ端から拾っていくわよ。両手で抱えられないくらいに拾っていたら、手を合わせるなんてできないしね」
「発想がゲスいわ! なんなのよ、その欲望丸だしな回答は!」
「人の欲望には果てなんかないものよ。あたしは何もかもが欲しい。富、名声、名物、美物、そして、いい女。ふふ、とてもじゃないけど神様にお祈りする“隙”がないわね」
「今に天罰を加えてやるから、覚悟しときなさいよ」
テアとしては、現状は神の力を封じられているに等しく、制限が解除されたら真っ先にやらねばならぬ事が出来た。
この松永久秀に裁きの雷をお見舞いしてやることだ。
「あの~、ちょっと待ってください。国母様、富とか名声とかならともかく、女って……?」
ヒサコの意外過ぎる発言に、ライタンは目を丸くして驚いていた。
「悪い? あたしが美女を侍らせて?」
「え、あ、その……」
「夫の事なら好きよ、芸術に関することでは」
「えぇ……」
いまいち噛み合わないヒサコとライタンの会話であるが、ヒサコの中身は戦国男児・松永久秀であるため、当然ながら“女好き”である。
ただ、今ここにいる顔触れ、テア、ティース、アスティコス、マーク(気絶中)、ライタンの中では、ライタンだけがヒーサとヒサコの中身が同一人物であることを知らなかったのだ。
それだけに、ライタンだけが違和感を受けていた。
なお、他のメンバーはただ呆れているだけだ。
(ほんと、こいつは何とかならんのか!?)
例外なくヒサコの言動に頭痛を覚え、魔王と一緒にこいつも封じ込めたいと考えるのであった。
~ 第七十話に続く ~
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