第六十七話 死闘! 黒衣の司祭を打ち倒せ! (6)
ティースの打ち込んだ峰打ちが完全に決まり、カシンの左肩が完全に砕かれた。
互いの手札を読み合い、その上で完全にティースの喉元に短剣を突き刺したはずだった。
だが、結果は裏を取られ、肩を砕かれるという結果に終わった。
ダラリと左腕が垂れ、苦痛に顔を歪ませるカシンは、痛みと困惑で汗をダラダラと流していた。
「ば、バカな。なぜお前がその技を使える!? 〈秘剣・神集〉はあいつの、ヨシテルの技だ。それをなぜ!?」
カシンには今し方、ティースの放った技に見覚えがった。
自分がこの世界に召喚した足利義輝の技であるからだ。
皇帝ヨシテルはかつての世界で、剣豪将軍と呼ばれるほどの腕前であった。
さらにこの世界に召喚されてからは、半覚醒の魔王としての力も上乗せされ、他の追随を許さぬほどの腕前の剣士となった。
その力を使い、たった一人でジルゴ帝国の猛者を蹴散らし、皇帝の座に登り詰めたのだ。
その光景はカシンもよく見ており、手強いと思った相手には“必殺技”を容赦なく使っていた。
〈秘剣・神集〉もまたその内の一つだ。
刀身に反射する光に自身の体を投影して、偽者の自分を相手に斬らせて隙を作るという技だ。
幻術使いのカシンのお株を奪う技であり、留飲を下げる意味においてもティースが敢えて使った技でもあった。
「自分の得意な幻術でハメられて、苦痛に歪む姿は無様よね。皇帝ヨシテルからの選別、気に入ってくれたかしら?」
「まさか、あいつが!?」
「まあ、この刀が私に技の使い方を教えてくれただけ。この刀抜きだと、多分使えないわよ」
ティースはシュッと『鬼丸国綱』を指でなぞり、これ見よがしに見せつけた。
そして、その光景を見ていたヒサコが、腹を抱えて大笑いした。
「フフフ、これは傑作! カシン、自分が召喚した奴に噛みつかれて、ねえ、どんな気持ち? ねえねえ、どんな気持ち?」
「お、おのれ、あの役立たずがぁ! 碌な働きもないどころか、邪魔までしてくるか!」
「どうやら、あたし以上に、あんたのやり口が“上様”には気に入らなかったってことよね!? あぁ~、本気で笑える珍事だわ!」
自分もまんまと騙された口であるが、よもや“上様”が援軍を寄こすとは考えていなかっただけに、実に痛快に気分になるヒサコであった。
(上様は死んだ。だからこそ、“将軍”や“皇帝”などという肩書を外す事ができて、純粋な剣士として愛刀と共にあるというわけね。そうなると、上様お気に入りのアルベールやティースへの仕打ち、見過ごす事は出来ないってところかしら)
ヒサコは一連の状況からそう推察した。
ヨシテルが死んで直接口を聞けない上に、ティースは決して『鬼丸国綱』を触らせようとしないので確かめようもない事であった。
だが、そうとしか思えない出来事であり、剣豪・足利義輝が刀を介してティースに技の閃きを伝えているとしか思えなかった。
理屈は分からないが、さすがは天下の名刀であると無理矢理納得しておく事とした。
「ほら、お姉様! さっさとぶった斬ってください!」
「できるわけないでしょ!」
「ん~、あ、そうか、そう言えばカシンはマークの体に入ったままだったわね」
本来ならば、先程の技で決着がついていたはずなのだ。
しかし、ティースにはそれができなかった。
今のカシンはマークの体に入っているため、真剣で斬るわけにはいかないのだ。
そのための峰打ちであり、あくまで殺さない程度に攻撃せざるを得なかった。
「マーク、ごめん、少しだけ辛抱してね!」
ティースは不本意ではあるものの、カシンへの追撃を開始した。
握る刀が異様に重く感じるが、それだけ精神負荷がかかっているのだ。
ティースにとってマークは唯一の“家族”である。主人と従者ではあるが、ティースにとってはナルが姉のような存在であったように、マークは弟に等しい存在なのだ。
夫は伴侶と言うよりかは“共犯者”であり、義妹に至っては完全に目の上のタンコブであった。
しかも、両者が同一人物だと知ってからは、余計に拒絶反応が出ていた。
それでもなお引っ付いているのは、利害関係による割り切りでしかない。
気兼ねなく話せる相手は、ナルが死んでしまった今となってはマークしかいないのだ。
(そのマークを、私の手で傷物にさせたのよ! 絶対に許さない!)
ティースはより一層カシンへの怒りを強めていったが、それでも斬撃は“手抜き”であった。
峰打ちと言えど、打ち所が悪ければ殺してしまう可能性もある。
(ならば、急所を外し、動きを封じる! 狙いは足!)
ティースは踏み込んでは刀を払い、下段への攻撃を繰り返した。
しかし、カシンの動きは素早く、ティースの斬撃は空を切るばかりであった。
肩が潰され、左腕が使えなくなっているとはいえ、右腕は健在であり、そちらにもつ短剣で上手く刀の一撃を流しつつ、素早い足運びで回避し続けた。
その間も砕けた肩の治療を行っていた。ヨシテルほどの桁外れの再生能力と言うわけではなかったが、それでも常人では有り得ない速度で回復していた。
回避に専念しつつ、肩の回復と共に反撃に出るつもりでいたが、焦りが失策を生んだ。
それは、ティースだけが相手ではなく、ヒサコもアスティコスもいたことだ。
三対一、負傷した状態ではあまりにも不利な状況であった。
「風よ、刃となりて、敵を斬り裂け! 〈風刃〉!」
アスティコスの放った風の刃が、カシンの右の大腿部を切り裂いた。
万全の状態であればかわす事も、あるいは防御系の術式で弾く事も出来たであろう。
だが、ティースの素早い斬撃に意識をそちらに持っていかれ、回避が遅れてしまった。
肉が裂け、血が吹き出し、膝をついた。
ここで足が封じられたと見るや、更なる追撃が入った。
ようやく捉えたとばかりに、ティースは左膝に峰打ちでの斬撃を加えた。
どうにか起き上がろうとした状態での一撃である。攻撃を受けた膝は、本来ならば曲がってはいけない角度で折れた。
同時に、ヒサコは残った右腕を炎で焼き、重度の火傷を負わせた。
ここでカシンは力尽き、握っていた短剣を地面へと落とした。
「お、おのれぇ!」
「いい加減目を覚ましなさい! ナルに怒られるわよ!」
四肢を損傷し、動けなくなっても、ティースは容赦なく一撃を入れた。
もちろん、殺してしまわないように鼻先への顔面パンチで済ませた。
四肢をズタボロにされ、とどめとばかりに顔面への強烈な拳打が直撃した。
盛大に鼻血を噴き出しながら、マークの体は仰向けに倒れた。
同時に、動かなくなっていたカシンの元の体が急に起き上がった。
「よっしゃ! 我慢できずに、マークの体を捨てたわね!」
「ええい、忌々しい! “バカ殿”のせいで、台無しになったわ!」
マークを人質にしつつ、敵戦力を削るつもりが、ヨシテルの置き土産のせいで失敗に終わってしまった。
マーク本人は重傷を負ったためにしばらくは使い物になりそうになかったが、あと一人、二人は主力を削る予定が、逆に追い詰められる結果になった。
完全に計算外であり、まだ修復が完了していない自分本来の体に戻るハメになった。
「だが、こうなっては仕方ない。この場は負けを認め、下がるとしよう。だが、すでに儀式は完了し、間もなく魔王様が覚醒の時を迎える! 束の間の勝利と安息に酔っているがいい!」
「残念ですが、捉えましたぞ!」
何者かの叫びと共に、急にサッと風が吹き抜ける感覚にその場の全員が感じ取った。
声の主の方に視線を向けると、そこにはライタンが立っていた。
「貴様、今までどこに!?」
「あなたは散々引っ掻き回して、頃合いを見て撤収するのが好きでしたからね。事前に“網”を用意していたのですよ」
ライタンが魔力を解放すると、先程通り抜けた風と同じような風が間断なく吹き荒れ始めた。
「世界よ、世界よ、黄昏と静寂の海の波音を耳に打ち、すべての者達に等しく風の神の腕の内へと誘うのだ!」
ライタンがこっそりと準備をしていた術式が完成した。
ブチュンッ!
何かが切れる音が全員の耳の中に響き、そして、それが最後の“音”となった。
何も聞こえない、何も届かない。
世界は“沈黙”の中に沈んだ。
~ 第六十八話に続く ~
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