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第二十二話  墓荒らし! お茶のためならなんでもするぞ!

 部屋には再び静けさが戻って来た。

 魔王(と思われる)の力を有する背徳の神官アスプリクと仲良くしようとすることに腹を立て、テアがヒーサを責め立てたのであるが、まるで反省も撤回の意思もなし。あくまで、我欲を通そうとした。

 ヒーサの感覚で言えば、エルフの里には文字通りの宝の山があるのだ。それを是が非でも手に入れようと知恵を絞り、アスプリクと意見の一致を見た。

 だが、魔王と慣れ合うのを良しとしないテアは、アスプリクと手を切れと何度もヒーサに言うが、聞き入れるつもりは皆無であった。


「だって、こいつと手切れをしても、何の得もない。こちらが欲する物の情報を握っているのだ。当然、仲良くせねばなるまい」


 これの繰り返しである。

 一方のアスプリクにしても、生まれて初めてできた“トモダチ”としてヒーサを見ており、すっかり懐いてしまっている。これを引き剥がすのも困難であった。


「母がね、旅人だったんだ。だから、あちこち回った場所や地元の名産品、そうした情報を手記に残していたんだよ。だから、色んなことを知ることができたんだ。もちろん、その中には公爵が興味を持たれている、エルフの風俗や産物についてもね」


「素晴らしい! 母君には感謝だな!」


 ヒーサの手が小さなアスプリクの頭を撫で、少女は嬉しそうに微笑む。誰も彼もが少女の力や容姿を恐れたり蔑んだりする中、ただ一人、動じることなく接してくれる男が現れた。それがたまらなく嬉しいのだ。


「エルフの食べ物なら、僕も気になるのがあるな。トーフ、だったかな。豆から抽出した乳を固めて食べるんだそうだ」


「おお、豆腐もあるのか! エルフの食事情は素晴らしいな!」


「僕は半妖精ハーフエルフだからそうでもないけど、純粋なエルフは生臭ものを食べないんだよね。だから、植物由来の加工品が増えたんじゃないかと思う」


「なるほどな。いわゆる精進料理と言うやつか」


 ヒーサはますますエルフの風俗に興味を持ち始めた。しばらくご無沙汰していた懐かしの味を楽しめる、その可能性が見えてきたからだ。


「・・・豆、大豆、おお、味噌! 味噌と言う物はないか?」


「ああ、あるね。大豆を腐らせて作る、めちゃくちゃ臭いやつだね。煮溶かして汁物スープにすると美味しいとは聞いてるけど、食べたことないな~」


「うぎぎぃぃぃ! 味噌もあるぅ!」


 いよいよ感極まってきて、ヒーサの叫びも更に大きくなった。普段の姿からは想像もできないほど興奮しており、テアは思わず後ずさりした。


(ひえぇっ! 狂った!? ……あ、元々か)


 そう、目の前の男はどこまでも欲望に忠実。お気に入りのボロ鍋を捨てられてしまっただけで、神にすら躊躇なく殴りかかってくる。そういう男だ。


(そういえば、あれ、《古天明平蜘蛛茶釜》だっけか。どこいったんだろうな~。不燃物で出しちゃったけど、仕分け作業中に誰か拾ってくれてたら、取り戻す機会はあるんだろうけど・・・。あれが戻ってきたら、少しはマシになるのかな~)


 狂うように叫び踊る相方を見ながらしみじみ思うのであった。


「公爵は評議国が随分と気に入ったみたいだね」


「おお、もちろんだとも! ああ、そうだ。かの国には、別の種族がいて、合議制で国をまとめてるのであったな!?」


「そうそう。評議国の三大種族、森妖精エルフ地妖精ドワーフ草妖精グラスランナー、この三種族が年に一度集まって国の方針を決めたりするんだ。と言っても、大半は亜人国家のジルゴ帝国との国境紛争に関することだけどね。国としてまとまってるのが不思議なくらい、互いをバカにしあってるんだけど」


「多少のいざこざなんぞ、共通の敵がいれば鳴りを潜めるものだ。利害こそ、同盟の潤滑油であり、裏切りの導火線でもあるしな」


 なにしろ、かつての自分が人心を操り、あるいは隙間に入り込んでは、離合集散を繰り返し、のし上がっていったのであるからだ。そして、自分を焼いた信貴山の炎もまた、部下の裏切りによってもたらされたものだ。


「でさ、エルフは征服するのは確定しているみたいだけど、他の種族はどすうるの?」


 少しばかり物思いに耽っていたヒーサに、アスプリクは悪戯っぽく尋ねてきた。子供ゆえの無邪気さか、あるいは明晰ゆえの打算か、判断に迷うところであった。

 しかし、ヒーサはそれを笑顔で返した。これほど話して楽しい相手は久々であるからだ。


「欲しいものがあるなら、貰いに行くまでよ。ドワーフは職人気質で、鍛冶などが優れていると聞いているが……」


「うん。鋳物作りは、ぶっちぎりでドワーフの技術が優れているね。金属製品が欲しいなら、あそこに頼むのが一番だ」


「ふむ……。茶釜を作る際には、そこに依頼するのが無難か。堺や国友の鋳物師いもじに比肩できるほどの腕前であることを期待しよう」


 刀剣に鎧兜、鉄砲に茶道具、依頼すべき案件が多い。冶金、鋳造はまさに工業の根幹部なのだ。

 それを司る職人ならば、丁重に扱う必要もある。エルフのように奪い取ればよいというわけではない。技術は簡単には盗むことも奪うこともできないからだ。


「食べ物が気になるなら、草妖精グラスランナーの所へ行くのがいいよ。彼らは平地に住んでて、農耕を営んでいるからね。麦に大豆、トウモロコシに米、芋類、なんでも揃うよ。まあ、小柄な見た目に反して、とんでもない大喰らいだから、彼らの作物が国外に出回ることも少ないけどね」


「……こ、米!? 米もあるのか!」


 妖精の治めるネヴァ評議国が、ヒーサにとってはもはや宝の山にしか見えなくなっていた。自分が欲するかつての日ノ本の食材、その多くがたった一つの国境を跨いだあちら側に存在するというのだから。


「あの~、もしもし、もしかしなくても、妖精さんの国に攻め込んじゃう?」


「当たり前だよな!? こんなお宝、見逃す手はない!」


「言うと思った。でも、止めた方がいいわよ。人間よりも、優秀な種族だから」


 テアとしてもこれ以上余計な争いごとなど起こって欲しくはないので、止めるのにも力が入った。まし、魔王の口車にのってホイホイ他国に攻め込むなど、狂気の沙汰である。


「エルフは術士や弓使いとして優秀。全員がどっちかの名手と思っておいた方がいい。ドワーフは屈強な体を持ち、腕力勝負ならまず勝てない。グラスランナーは小柄で俊敏な上に、投擲術の達人揃いよ」


「なるほど、手強くはあるな」


「人間は全部を足して三で割ったくらいかしら。明確に勝ってるのって、繁殖力くらいかも」


「では、数はこちらが上と言うわけだな」


 全然歯止めになっていない様子であった。目の前の梟雄のことだ。さぞや悪逆非道な手練手管を用いて、罪もない妖精を血だまりに沈めることだろう。


(ほんと、こいつを転生させたのが悔やまれる。これでジルゴ帝国の亜人共まで動き出したら、全種族を巻き込んだ世界大戦にまで発展しかねないわよ。つ~か、魔王討伐すれば済む話なのに、どうしてこうなるのよ!?)


 どんどん余計なものに手を出して、深みにはまってく感覚にテアは襲われた。

 さっさとこの世界のどこかにいる他三組と合流し、目の前の魔王をぶっ倒して終わりにしたい。テアの心はそんな気持ちでいっぱいであった。

 とにかく、目の前のニタニタ笑う戦国の梟雄に振り回されっぱなしである。出会ってこの方、ずっとそうだ。仮にも見習いとはいえ、神たる自分がである。

 もう点数とかどうでもいい。さっさとこの欲望の塊みたいな相方とおさらばしたい。ただそれだけだ。


「まあ、我が心の友によって、妖精の国がお宝の山であることは分かった。しかし、あれだけは外せぬ。ゆえに、教えて欲しい」


 ガシッとヒーサは力強くアスプリクの肩を掴み、グイッと顔を寄せてきた。今までになく真剣な面持ちに、少女もまた息をのんで、次なる言葉を待った。


「茶は……、茶の木はあるか?」


「……あるよ」


 少女の放つ言葉はしっかりと目の前の俗物の心を捉え、嬉しさのあまりそのまま少女の小さな体を持ち上げ、雄たけびを上げながら踊り始めた。


「よっしゃ! やはり妖精の国は天竺であったか!」


「天竺て、あんた……」


 嬉しさのあまり白無垢の少女を振り回す男は、テアには完全に狂ったとしか思えなかった。たった一枚の葉を求めてここまで突き詰めれるとは、全く未知で、理解の及ばぬ世界であった。

 アスプリクも生まれて初めての友人がここまで喜んでくれることには、自分自身も嬉しい気持ちで満たされてくるが、さすがに目が回り始めたので下ろしてくれと手でペチペチと相手の手を叩いた。

 ようやく正気を取り戻したヒーサは、二度三度深呼吸をして気持ちを静めた。


「まあ、君が喜んでいるのはいいにしても、問題は茶の木だよ。あれははっきり言って、エルフの里からもっとも持ち出すのが難しい物なんだ」


「ほう……」


 ヒーサにしても興味津々だ。なにしろ、探し求めていた品のことである。当然、どんな状況であろうと手にれるつもりでいるが、その難しいと言われる内容は気になるところである。


「まあ、実際に僕が見たわけじゃないんだけど、母の手記によると、茶の木というのは、エルフ族にとっては“墓標”と同義なんだ」


「ほほう。つまり、エルフは茶の木を墓にしていると?」


 意外な回答に、ヒーサは目を丸くして驚いた。

 確かに、樹木を墓に見立てることもあるにはあるが、まさかそれを茶の木で行っているとは意外なことであった。


「エルフは死ぬと、その遺体を茶の木の下に埋める。そして、葉を採取し、葉を煎じて、それを水に溶かし込む。茶葉の煮汁が死者と生者の橋渡しとなり、魂が結合して一体となる。これがエルフの葬儀であり、祭礼なんだって」


「なるほど。言わば、茶の木の御神木と言った風情か。喫茶の文化と葬祭が合一したもの、それがエルフの茶の湯か」


 なるほど、そういうのもあるのかと、ヒーサは素直に感心した。

 かつての世界ではもてなす主人と招かれた客が茶や回りの景色を楽しみ、会話に華を咲かせた。

 それが先祖供養と一体化したのが、この世界の茶の湯。そうヒーサは理解した。


「まあ、だからと言って、エルフの流儀に合わせてやるつもりはないがな。どうにかして、種や葉を奪い取る手段を考えねばな」


「言うと思った」


 テアはやれやれと言わんばかりに首を横に降った。何しろ、今の会話から、問答無用で“墓荒らし”をやります。ヒーサはそう宣言したに等しいからだ。


「あのねえ、ヒーサ。死者への弔意とか、聖域への敬意とかないわけ?」


「聖域? ああ、生臭坊主の住処のことか。都を鎮護する聖域だの、清き尊き教えだのと宣い、全国の寺から銭を集め、己らは贅沢三昧。戒を破り、享楽に更ける阿呆ども。ゆえに信長(まおう)が道を正して、業火に沈めてやったのだ。この点は、あやつと珍しく意見の一致を見ている。もっとも、その一事を大きく喧伝し、魔王の名を確固たるものに仕立て上げたのも、私ではあるがな」


 比叡山延暦寺焼き討ち、誰も手が出せなかった京の鬼門封じの聖域を、織田信長は焼き払った。直接的な原因は織田家の敵対勢力を匿い、退去命令を無視した結果、攻撃を加えられたのだ。

 あれにはさしもの乱世の梟雄も度肝を抜かれ、そして、その悪名を広めるのに一役買ったものであった。

 だが、あの信長(うつけ)はまといし魔王の衣を着こなした。あれほど魔王の二文字が似合う輩も、二度とは出会うまい。

 なにしろ、この世界の魔王は、目の前の白無垢の少女だと言う話だ。不気味さと言う点では悪くない素材だが、威厳風格では明らかに見劣りする。

 ならば、もっとそれらしく“ぷろでゅーす”してやるのも一興ではなかろうか。ヒーサはニヤリと笑った。


「アスプリク、エルフどもを劫略し、魔王この世にありと、知らしめてみようぞ」


「あは♪ なんだか面白そうだね!」


「あの能無し女神が言うには、お前は魔王らしいからな。私がお前を一流の魔王にしてみせよう」


「わーい、公爵、よろしくね!」


 無邪気に笑う魔王の少女と、その頭を優しく撫でてやる転生者プレイヤー。はっきり言って、テアにとって、今まで見たことのない光景であった。

 世界の歪みに集う闇の落とし子たる魔王と、それを打ち倒すべく呼び込まれた転生者プレイヤー、この両者が慣れ合うなど、本来ならあってはならないのだ。


(もしかして、《大徳の威》が魔王にまで効力を及ぼしている!? “倒す”のではなく、人徳を以て“丸め込む”ていうこと!? 可能なの、それ!?)


 その仮説が正しいのであれば、まさに今までにない快挙と言える。

 本来、斥候役は戦闘にはそれほど貢献できないので、あくまで手早く魔王を探すことに全力を注ぎ、いざ本格的な戦いになったら、他の戦闘役に任せて牽制役に終始するのが常であった。

 しかし、もし魔王を見つけ、魔王を“手懐けて”しまえば、それにて終了。

 戦わずに勝つ、という孫子の兵法における最上の勝利なのだ。

 そして、ヒーサの内には、スキル《手懐ける者テイマー》が存在する。発動条件は厳しいが、こなせば相手を支配下に置くことができる。

 思考をそこまで進めたところで、テアの視線は改めてヒーサを注視した。馴れ馴れしく抱き付く魔王アスプリクと、それを愛娘でもあやすかのように慈しむヒーサがそこにはいた。

 そう、この光景と、ヒーサの持つスキルを考えれば、もう“王手チェックメイト”に入る段階まできているのだ。


(荒んだ人生を歩んできた少女の魔王に言葉巧みに近付き、心の隙間に入り込む。その閉ざされた心に《大徳の威》という光を当て、その刺々しい魂を解きほぐす。そして、徐々に手懐け、自身の支配下に置く。ああ、完璧な計画、隙のない策略、これが乱世の梟雄が出した答えなの・・・?)


 魔王を手懐けるなど、前代未聞の出来事だ。これ以上にない完全勝利といえるだろう。

 だが、テアは見てしまった。少女を撫でる男の顔が、欲望によって歪みに歪んでいることを。到底、大徳を携えし名君には見えなかった。


(あ、これ、絶対嘘だわ~。調子のいい事言ってたけど、これ口から出まかせ吐いてるわぁ~。どう見ても、お米かっ喰らって、梅干し齧って、味噌汁すすって、最後にお茶飲みたいだけだわ~。いい加減にしろ、日ノ本人! 騙されるな、私! こいつはどこまでも己の欲望に忠実なクソ野郎よ!)


 女神の視線の先には、ゲスい笑みを浮かべる乱世の梟雄が、非行少女を宥めすかしている。

 福祉などと生易しいものではない。己の欲望を満たすために、あやしているのだ。

 どこまで行こうと、下衆は下衆。欲望に忠実な男である。その怪しく笑う瞳には何が映っているのか、それは当人以外誰にも分からない。



           ~ 第二十三話に続く ~

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ヾ(*´∀`*)ノ

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